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第54章 黒鋤隊の誕生

第54章では、都から届いた急報が、秀吉を次の段階へと押し出します。


義輝の横死――幕府の瓦解――義昭の動向――

ついに、歴史が“表”で大きく動き始めます。

一方で秀吉は、恵那という“裏の国づくり”を絶やさぬために、新たな布石を打ちます。

それが「黒鋤隊」の誕生――かつての土工がそのまま兵として、町の守り手となる仕組みの始まりでした。

これは、兵農分離とは異なる方向性。

**「普請と戦をつなぐ新しい常備力」**であり、民を搾取せずに“動員する”という、秀吉の思想の芽です。

京の大義と、田舎の築城――両者がここで静かに交錯します。

(1565年12月末)恵那


夜明け前の仮設小屋。焚き火の明かりに照らされ、秀吉は黒鋤隊となった人々を前に立った。


「皆の働きで、この恵那城の工事も、あと一週間で全て終わる。本当に、よくやってくれた。」


焼けた手を見つめる若い者もいれば、隣の職人同士と肩を叩き合う者もいる。


「だが――これで終わりではない。これからは岩村城までの新しい道を切り開く。砦と城を結ぶ“命の


道”だ。防衛のための新たな柵や見張り台も作る。さらに土岐の町へと通じる街道も整える。――わしら


黒鋤隊の力を、もっともっと必要とする。」


どよめきが広がり、「岩村の親戚にも手伝わせるか!」


「今度は自分が頭になりたい!」


若い衆は希望に顔を赤らめ、老職人たちは「また新しい仕事があるぞ」と目を細める。


長年働いてきた土工や百姓、鍛冶や石工たちを集める。


「今までは城ができたら解散だったが、これからは”黒鋤隊”として常に雇い入れる。」


「戦の時は兵、平時は普請――そのままここで生きていける者ばかりだ。」


集まった人々はざわめき、「あんたに使われるならもう一度でも二度でも働くわ」と村の古老が笑い、若


い衆は「これで腹の心配もねぇ」と顔をほころばせる。


彼らの目には、未来への希望の光が宿っていた。


中津川砦から膨れあがった人足は、その数、3800人。


秀吉はさらに、「これからも解散させず全員雇う。誰ひとり無駄にはせん。これが”新しい城づく


り” ”国づくり”の力になる」と強調した。


竹中半兵衛が「よい人の波をそのまま力にするのは、殿の真骨頂よ」と小声でつぶやき、蜂須賀小六は


「こりゃあ、俺たちの力もまだまだ要るってことだな」と手を打った。


秀吉は全員の顔を見渡し、「城も砦も町も、人が作る。人さえ揃えば何度でもやり直せる。この地で働


き、暮らす者は、わしの家族も同然じゃ」と告げた。


焚き火の炎が、誇らしげに揺れた。


夜明けの空に、黒鋤隊のこれからが照らし出される。


誰もが、己の手で作る未来に胸を熱くしていた。


■ 恵那城の竣工と犬山への帰還


寒風が阿木川を渡る十二月も末に近づくころ、恵那城はついに最低限の施設を備えてその姿を現した。


土塁と石垣、門と見張り台、長屋と兵舎、炊き出し小屋――村人や職人、黒鋤隊の面々が寒さに肩をすぼ


めつつ、城内外を行き交っていた。


「これでひとまず、城としての”かたち”は整った。よくここまでやり抜いてくれた。」


秀吉は半兵衛、小六、吉晴、そして黒鋤隊の頭たちを集めて、しみじみと労いの言葉をかける。


「だが、冬はこれからが本番だ。食糧や薪の備え、城下の見回り、病や火の元にも目を配れ。人心が緩ま


ぬよう、隊ごとに仕事と持ち場を決めよ。」


半兵衛が城の設計図を広げ、「防衛柵や見張り櫓はさらに増設できます。雪に備え、屋根の補強も要りま


すな」と助言する。


小六は炊き出し場を見回り「腹が減れば士気も下がる。鍋と飯だけは絶やすなよ」と若い衆に声をかる。


夜は、石垣の影で小さな焚き火を囲みながら、黒鋤隊の面々が、「もうすぐ今年も終わりだな」


「来年もきっと新しい町や道を作れるぞ」と、夢と不安を語り合う。秀吉はその背中を見つめ、(この城


を拠点に、道を、町を、人と力の流れを守っていく――これが”国づくり”だ)と、静かに決意を新たにし


た。


「信長様よりの急使! 羽柴殿、即刻これを!」


竹封の書状を受け取ると、秀吉は灯火の下で一気に目を通す。


――義輝公、京にて横死。手筈通り、今後は義昭殿からの接触も予想される。細々たること多し、即刻登


城せよ――


秀吉は一瞬、手が止まる。


(ついに歴史の大きな歯車が動いたか・・)彼の胸には、未来を知る者としての焦燥と、決意が交錯して


いた。


翌朝、恵那の冬空はどこまでも高く、川べりの霜が朝日を反射して白く光る。


秀吉は完成したばかりの恵那城をゆっくりと一巡した。


門番の若い衆が「いってらっしゃいませ」と深く頭を下げ、黒鋤隊の頭たちが並んで見送る。


「冬の間はくれぐれも気を抜くな。どんな小さな異変も見逃さず、すぐ知らせよ。・・とはいえ、この季


節は武田もさすがに動けまい。山は雪に閉ざされ、谷も道も封じられる。だが、油断は大敵だ――わしら


は常に先の一手を忘れるな。」半兵衛が「承知いたしました」と深く頭を下げ、小六は「冬の間に備えを


固めておきます」と胸を張る。秀吉は、冬枯れの城下をあとにして登城の準備をすべく犬山城へと馬を走


らせた。

第54章では、歴史の激動(義輝の横死)と、秀吉の地固め(黒鋤隊の結成)が交差する局面を描きました。


京では将軍家が崩壊し、織田家が本格的に天下を見据える状況へと進む一方、

秀吉は“土と人”を繋ぎ、戦と普請の両輪で「民と軍を一体化した力」を築こうとします。

その象徴が、黒鋤隊――

かつての一過性の人足たちが、「普請常備兵」として城や町の土台を維持し、次の一手に備える新たな戦力となっていきます。

歴史の本流が京で動き始めた今、秀吉もいよいよ「前線の知将」から「天下取りの胎動を支える男」へと、もう一段階進もうとしています。

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― 新着の感想 ―
楽しませて頂いています。 即刻登城せよって手紙受けてからの次話を含めた描写に違和感がありました。"即刻"と呼ばれてるのに準備が遅かったりぜんぜん別の話が始まったりといった点です。 成り上がりの新人が上…
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