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第50章 落合川砦(別名:梯子砦)

ついにその姿を現す――“灰色の砦”、落合川の防衛拠点。


第50章では、秀吉の手によって築かれた「爆炎城=梯子砦」の完成直前の姿を描きます。

それは、川と谷と舟とが一体となった“生きた要塞”。

竹と灰、泥と石を組み合わせて作られたその構造は、単なる防御ではなく、再建・撹乱・退路の確保すら計算に入れた兵法建築です。


砦の役割は、敵を迎え撃つことではない。

敵の行動を“限定し、錯乱させ、疲弊させる”ための誘導装置――それが秀吉の目指した「戦わずして勝つ砦」の真骨頂でした。


山の秋、冷え込む霧のなかに、戦略の形が立ち上がります。どうぞご覧ください。

(1565年10月・落合川)


落合川沿いの微高地。


冷え込む川霧が資材を包み、空気はすでに冬の匂いを含んでいた。


砦の建設は最終段階に入っていた。


秀吉は小高い丘に立ち、眼下の工事現場を見下ろしている。


竹中半兵衛が測量縄を張りながら、背後から声をかけた。


「殿、基礎の“白い粉”、思った以上の効果ですね。土の中で固まり、地面がまるで石のようです」


「……この硬さは、いざ火を入れられても、しぶとく残る」


秀吉が小さく頷いた。


「“灰色の地面”が残れば、また一晩で建て直せる。墨俣で学んだことだ」


蜂須賀小六が土埃にまみれながら叫んだ。


「堤防ができりゃ、川からの襲撃も怖くねぇ。」


「こっち見てくだせぇ、幅一間の壁の間に土砂でも石でもぎっしり詰めてやった!」


堀尾吉晴が巻き上げ機の組み立てに没頭しながら口を挟む。


「出入口の“落とし戸”、滑車機構で門が上下します。殿、これで夜討ちも安心です」


「……うむ。北は木曽川、東は落合川。流れが砦を守る。舟があれば、脱出もできる」


秀吉が目を細めた。


「その舟も、物見櫓のふりをさせた竹筏に組んでおけ。」


「いざとなれば分解して、長良川を流せるようにしておけ」


「非常脱出用の船とする」


「おうとも、既に組み始めてますぜ」と小六が笑った。


長屋が梯子のように並ぶ砦の内部。


半兵衛がふと秀吉の横に並んで言った。


「この構え、広さこそ墨俣よりは広いが、動線ははるかに効率的ですな。」


「堤防に沿って防壁を張り巡らせれば、武田方も簡単には近づけまい」


「武田が攻め来るなら、木曽川の遥か下流を回り込むか、落合川の上流を渡る他ない。」


「どちらも兵を割かせるには十分な“面倒”だ」


「殿、外壁の設営も進んでおりますぞ」


吉晴が塀を叩きながら笑った。


「柱を差し込んだコンクリートに竹垣を括り付けるだけ。」


「竹の節の中に流し込んだ灰色の泥が、乾けばまるで岩のようだ。火矢でも通りませんぜ」


「……弓も、炎も、そう簡単には入らぬ。それでよい」


秀吉は、じっと砦の全景を見渡した。


村人や足軽たちが、完成間近の簡易長屋に荷物を運び込んでいる。


彼らの声が霧の中にこだました。


「これで春の出水にも耐えられますな」


「川があるから、何かあれば舟で逃げられる」


その声を聞きながら、秀吉は黙っていた。


(いざ焼けても――この“灰色の地面”さえ残れば、また一晩で蘇る)


心の中に、焼け落ちた墨俣の砦を幾度も再建した記憶がよみがえる。


秀吉は、小さく呟いた。


「この砦は、焼かれるために作るのではない。焼けても、立ち上がるためにあるのだ――」


誰にも言えぬ自信を噛みしめていた。

読了ありがとうございました。

この章では、落合川沿いに築かれた「梯子砦」の完成が目前となり、その構造と戦略的意図が徐々に明かされていきました。

秀吉が重視したのは、“守る”ための砦ではなく、“再建できる”砦。

燃えても、壊れても、再び一夜で甦るという心理的影響を、敵にも味方にも与えるその設計は、まさに戦場の“虚実”を操る兵法そのもの。

長良川へ流す舟、落とし戸による閉鎖機構、二重の壁に詰め込まれた土砂や石、そして竹と灰が織りなす即席構築。

次章では、いよいよ実戦の予兆が忍び寄り、砦が“ただの防御線”では終わらないことが明らかになっていきます。

砦は焼けても、意志は燃え残る――その意味を胸に、物語は新たな局面へと進みます。

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