表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/179

第47章 説得

信長から託されたのは、伊勢ではなく、東の境――恵那・岩村の備え。

第47章では、秀吉が小里氏と遠山氏という地元勢力の板挟みの中で“地の利”と“人の和”を繋ぎにかかる姿を描きます。

この章で問われるのは、軍事力ではなく、言葉と信頼の駆け引き。

恵那に築く新たな砦がただの防衛施設でなく、**「三国の境を結ぶ戦略拠点」**であると、どう理解させ、どう動かしていくか――。

歴史の裏にある、知られざる「口の戦」。その舌鋒と間合いをご覧ください。



(1565年2月)小里城・岩村城


小里城の本丸。


冬の陽が石垣を照らし、吹き抜ける風に冷たさが混じる。


阿木川あぎがわの築城……うちが骨を折る理由は?」 小里光忠の声は静かだが、眼差しは鋭い。


秀吉はひとつだけ笑って膝を寄せる。


小里(おり)殿、この戦、勝てば尾張・美濃・恵那の三国が一本に繋がる。


その道筋の城、誰が采配しても、この地の力がなければ半分も進みませぬ。


殿(信長公)は、この恵那を、小里殿の力なくしては成り立たぬと深くご覧になっておられる。」


「なるほど――だが、岩村と我らの思惑は必ずしも一つではないぞ。」


「岩村は織田の血筋を引くとはいえ、武田とも深く繋がりがある。板挟みは避けたいのが本音だ。」


光明は本音を隠そうとしない。


秀吉は頷き、静かに応じる。


「それゆえ、殿は“小里と岩村の板挟み”を解く手を、わしに任せてくれたのでございます。」


「岩村殿との間を取り持ち、両者が利を得る道を探せと。」 光明は唇を歪めて笑った。


「ならば見せてみよ。おぬしの算段とやらを。」


秀吉は一礼し、立ち上がった。小里城を後にする彼の背中に、光明の視線が突き刺さる。


揺れる岩村の心


秀吉は、小里城から岩村城へ使いを立てた。


厳冬の山道を越え、岩村の使者を伴い、雪がちらつく岩村城の座敷へ通される。


座敷には、武将としての精悍さと、どこか憂いを帯びた眼差しを持つ遠山景任とおやま かげとう


座していた。


景任は、織田信長の叔母であるおつやの方を妻とし、織田家と血縁を結びながらも、一方で父・信前の後


に後見となった武田信玄の支援も受けていた。


東濃における中立的な立場を保つべく、常に両大名の狭間で苦悩しているのが見て取れた。


「犬山の百姓と新田の話ばかりされてもな……。」 景任は切り出した。


その声には、日々の苦労と、常にどちらかの大名に傾倒することを強いられる現実への疲労が滲む。


「だが――甲斐の気配が強まれば、東は一夜で燃えるぞ。」


「武田が本気で西へ動けば、この岩村こそが最前線になる。」


「織田殿は、その覚悟をどこまで見せられるのか。」


景任の視線が秀吉を射抜く。


武田信玄の西上作戦の足音が、すでにここまで届いているのだ。


秀吉は、景任の心情を慮るように深く頭を下げた。


「その通りにございます。それゆえ、この阿木川の築城のかなめは**“岩村の口添え”**にございま


す。」


「小里殿と岩村殿、両輪が揃わねば、この地に堅固な備えは築けませぬ。」


「万一の際は岩村の蔵に兵糧も人足も頼みたい。信長公は、岩村殿こそが東美濃の要であると見定めておられます。」


景任は、しばし無言だった。


彼の脳裏には、織田と武田、二つの巨大な影が去来しているのだろう。


信長との血縁、そして信玄からの支援。


どちらをも蔑ろにはできない立場。


だが、迫りくる戦乱を前に、いつまでも中立でいられるはずがない。


やがて、景任は静かに盃を差し出した。


「まずは呑め。話はそれからだ。」


秀吉もまた、黙って受け取る。


その盃の重みは、言葉以上に彼の決意と、景任の苦悩、そして彼が背負う東濃の未来を物語っていた。


信長が伊勢へ向かうその隙に、秀吉は静かに、しかし着実に、東美濃の国境に新たな戦の礎を築きつつあった。


その礎は、やがて武田との激突を招き、景任自身もまた、その渦中で命運を分かつこととなるのだが、この時の彼らはまだ知る由もない。

第47章では、小里氏と遠山氏という信長から独立性を保ちたい地元勢力との交渉戦を描きました。

秀吉の言葉は、決して力ではなく、相手の事情と誇りを“読み切る”ことから始まります。

そして岩村・小里の両者が持つ不信の隙間を埋め、自らを「中立の橋渡し役」として位置づけたのは、武力を伴わない“策の技”そのもの。

こうした地味で非戦闘的な交渉の積み重ねこそ、のちの“天下人”の基盤となる能力の萌芽です。

また、この章で語られた阿木川沿いの築城計画は、のちに登場する「爆炎城(灰色の砦)」へとつながっていきます。

次章ではいよいよ、村人たちと共に新たな砦を築く様子が描かれます。

焼かれるためではなく、甦るために築かれる城――

その発想の原点が、ここから動き出します。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ