第44章 戦略会議
新年の儀式が終わると、信長は間髪入れずに軍議を開始します。
本章では織田家の「先を読む戦略」が次々と明かされていきます。信長の視野の広さ、政治・外交・軍事を一体で捉えるその頭脳――現代的なリアリズムすら感じさせるその一手一手を、秀吉の視点から描いています。
東の武田、西の伊勢、北の上杉――そして朝廷と婚姻戦略まで。ここからが“織田政権の始動”です。
(1565年1月元旦)岐阜城・大広間
挨拶と膳がひと段落すると、広間の中央に大きな地図が広げられた。
炭で記された川筋や山並み、国境の城々。
その周りに重臣たちが膝を寄せる。信長は正面に座り、炭筆を手に取り、鋭い目で全体を見渡した。
「まず、東――武田信玄だ。」
低い声に、広間の空気が引き締まる。
柴田勝家が軽く鼻を鳴らし、蜂須賀小六が膝をさする。
誰もが地図の上、信濃と美濃の境を見つめている。
信長は岩村城の位置を指先で押さえる。
「岩村は要。ここをさらに強化する。」
「恵那の阿木川沿い――ここに新たな城を築いておく。」
「進軍路を抑えるには、いずれも肝要だ。」
「はっ。」家臣の一人がすぐさま頭を下げた。
「北の上杉はどういたしましょう?」小さな声が広間の隅で漏れる。
信長はすぐに応じる。
「将軍家がこの織田を頼る時が来る。」
「その時は、将軍の威光を使い、上杉を動かして武田の背後を牽制させる。」
「上杉を動かす下地を、今のうちに作っておく。」
膝を寄せた重臣たちが、目を見合わせてうなずく。
「徳川は?」前田利家が膝の上で指を組みながら尋ねる。
信長は地図の南、遠江へ炭筆を滑らせた。
「家康には大井川まで進ませる。武田を挟撃する下準備だ。」
「伊勢は――?」蜂須賀がわずかに前のめりになる。
信長は地図の西をなぞる。
「我らは浅井と手を組み、六角と対峙。その隙に伊勢をとる。」
「浅井にはお市をやる。夏頃を予定している」
広間の空気が一段と熱を帯びた。家臣たちのひそひそ話が交錯する。
「天下の半分は、もう織田のものか……」
「この速さ、他では真似すまい……」
秀吉は息を潜め、信長の言葉を一つひとつ胸に刻んだ。」
「歴史が目の前で組み替えられていくような、不思議な昂ぶりがあった。
信長は最後に全員をじっと見回し、「各々、油断せず持ち場を守れ。すべては“先の先”を読む者が勝つ」
と言い放った。
小姓が静かに酒を注ぎ、地図の上で炭が小さく転がる音だけが響いた。
岐阜城の軍議の間には、新しい時代の熱が静かに満ちていた。
信長の戦略は、単なる軍事作戦ではありません。城の配置ひとつにも「相手の動きと心理を制する」という思想が宿り、さらに外交と婚姻、朝廷への布石までが絡み合います。
読者の皆さまには、ぜひこの戦略会議を、いわば「織田幕府の構想発表」としてお楽しみいただければ幸いです。
次章では、年明けの密談――信長と秀吉が語る「伊勢平定」の裏舞台が描かれます。




