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第3章 学び舎の季節

命を懸けた問答の果て、日吉丸は再び善得寺へ。

今回は「空気を読む」ことを意識し、雪斎からの学びを吸収していく。

「和」か「理」か──

学び舎でのやり取りが、彼の思想と処世を深く変えていく。


善得寺での日々は、日吉丸にとって第二の誕生とも言える時間だった。


あの日、命を落とし、講義の日の朝に戻った日吉丸は、言葉の力と沈黙の意味、そしてこの時代において“空気”が持つ死をも左右する力を骨身に染みて理解していた。


それ以来、彼の立ち居振る舞いには慎重さと深慮が加わった。人々の機微を読み取り、言葉を選び、礼を失せず、だが自らの思想は曲げない。


彼のそうした姿勢は、次第に寺内の年長者たちからも一目置かれるようになっていった。


昼は講義と写経、夕刻には寺の作務や水汲み、夜は灯火の下での読書と記録。学問に打ち込むうちに、健一だった頃の“テストのための勉強”とはまったく異なる、本質を掴もうとする学びの面白さに日吉丸は目覚めていく。


特に彼が興味をもったのは、孫子の兵法だった。そこに記される戦略と心理、そして“兵は詭道なり”に込められた人間観。


ある晩、善得寺の奥の間にて、和尚との問答が交わされた。

始計篇(しけいへん)には、戦いを始める前に五つの要素を比較せよとあります。道・天・地・将・法……これを日吉丸はどう解釈する?」


「“道”は民が為政者と心を一つにすること、“天”は時節や運命、“地”は地形と遠近の利、“将”は将軍の徳と知略、“法”は軍の組織と規律……それぞれを揃え、比較し、勝算を立てよ、ということでしょうか。」


「特に“地”についてですが、私はこの国の川の流れ、山の線形、湿地や台地の配置などが、戦の布陣においても大きくものを言う要素になると考えます。」


「高地からの見晴らし、物資を運ぶ路の確保、湿地を利用した守りの構え……地形を読むことは、まさに勝敗を分ける鍵です。」


「さらに申せば、私は敵軍の移動の早さや疲れ具合、物資を運ぶ道すじなども、地形と照らし合わせることで見極められると考えます。道の長さ、合流点となる峠や渡河地点、風向きや日照時間までも視野に入れることで、勝敗の分かれ目が見えてまいります」


「ふむ、よい読みだ。“勝つ者は、これを計りて多く、勝たざる者は、これを計りて少なし”――ただ勢いに乗じるのではなく、事前の思考と準備の深さが勝敗を分けるという教えよな」


「はい。勝つための準備とは、兵の数だけではなく、思想と秩序の整備にも及ぶものだと感じます」


「おぬし、よくぞそこまで見た。始計は、戦の始まりであり、また終わりを見据える智でもある。だが忘れてはならぬ、真に重要なのは“謀攻篇(ぼうこうへん)”じゃ。」


「始計はその土台に過ぎぬ。謀によって攻めること、血を流さずに勝つこと、これぞ兵法の極意よ。」


「そして、この謀攻を成すためには“用間篇(ようかんへん)”の理を知らねばならぬ。人を使い、情報を操る術こそが、無血の勝利を支える根幹なのじゃ。忘れるでないぞ」


「日吉丸、そなた、詭道(きどう)とは何と思う?」


「兵は人の心を制する道……。正を示して奇を行い、虚を実と見せ、実を虚と欺く。勝利の鍵は、いかに相手の意志を読み、その裏をかくかにあります」


「ふむ、理にかなう。だがそれでは卑劣な謀略と、どう違う?」

日吉丸は少し黙し、静かに答えた。


「勝ちさえすればよい、というものではありません。勝った先に何を築くかを問う視点がなければ、それはただの破壊です。」


「そして“詭道”が真に機能するためにも、“用間篇”に記される人の使い方と情報の扱いを知らねばなりません。そもそも“詭道”の前提として、敵の内情を探り、偽を正に見せかけるには間者の働きが欠かせぬ。」


「つまり“用間篇”こそが“詭道”を可能たらしめる土台なのです。正を偽り、偽を正と見せる策は、人の心を読み動かす術によって初めて成り立つのです」


和尚は黙って頷き、しばし灯火の揺らぎを見つめた。


「それが見える者が、兵を用いても人を救う。……よい、覚えておけ」

そうして雪斎の口から語られる兵法と政道、仏法と哲理の融合は、日吉丸の中に一つの軸を芽生えさせていった。


それは、ただ天下を取るためではない。いかにして、力を持ちながら、秩序と倫理を両立させるか――そんな問いが、日吉丸の胸に静かに根を下ろしはじめていた。

ご覧いただきありがとうございます。


本章では、再び善得寺を訪れた日吉丸が、雪斎や学僧たちと本格的な思想的対話を交わします。

初期段階のテーマは、「学ぶとは何か?」という問いです。


雪斎が語った「人に勝つは力なれど、我に勝つは学なり」という言葉は、仏教的内省と儒学的修身の接点にあり、まさに中世的知識人の理想像を象徴しています。


また、今回は「言いすぎず、聞きすぎず、空気を読む」処世の実践編でもあります。

日吉丸は知識や理屈で勝とうとはせず、敢えて“空気に沿うこと”で評価を得ます。


しかしこれは、合理と信念を捨てた妥協ではなく、“空気の器に、理の水を注ぐ”という戦略への第一歩でもあります。


学び舎で彼が得たものは、単なる知識ではなく、「思想の翻訳力」でした。

次回、村へ戻った彼はそれを実践へと移していきます。


いよいよ物語は、「頭の中」から「村の現場」へと舞台を移します。お楽しみに!



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