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第38章 歴史の修正力?

長島の戦は、終わった。

だが勝利の声に包まれた犬山城の中、ただ一人、深い敗北感に沈む男がいる。


何度も“死に返り”を繰り返し、未来知識と策略を尽くした秀吉(健一)。

だが、いかなる手段も届かず、歴史はあたかも“修正力”によって悲劇へと回帰していく。


本章は、戦後の静けさの中で彼が向き合う「空気」と「集団心理」の正体、

そして“変えられぬもの”の存在に気づき、折れそうになる内面を描きます。

1564年7月。夏の犬山城は、うだるような暑さに包まれていた。


蝉の声が絶え間なく続き、城下の木曽川は鈍い光を湛えて静かに流れている。


夕方、秀吉は人の気配が消えた書院の奥にひとり座り込んでいた。


窓の外、薄く色づいた西の空が川面に揺れている。


長島の戦が終わった。


誰もが「信長公の勝利」と称え、城下では武功を語る宴も催された。


しかし、秀吉の胸には何も残らなかった。


いや、何も残らなかったのではない。


むしろ、重く沈んだものが、心の奥底に暗い影のように広がっていた。


今回の戦いは、ただの“良いとこなし”で終わったわけじゃない。


恩賞もなければ、名誉もない。それが悔しいのではなかった。


自分が、女子供まで見殺しにしてしまった——あの輪中に響く断末魔、子供の泣き声、母たちの叫び、僧


侶たちの絶望の顔。


焼け落ちる寺、濁流に消える舟、夜明けの水面に浮かぶもの——そのすべてが、今も脳裏を離れなかった。


彼の心は、血と泥と絶望の渦中に取り残されたかのようだった。


何度も何度も、「死に返り」を繰り返した。策も尽くした。


伊賀者や修験者を動かし、裏切りを誘い、門徒の心に揺さぶりもかけた。


時には情に訴え、時には脅し、時には包囲戦を長引かせて降伏の道も用意した。


だが——そのどれも、歴史の大きな流れに飲み込まれた。


“修正力”。それはまるで、巨大な、見えざる手が、あらゆる策を打ち消し、全てを元の悲劇へと引き戻す


かのようだった。


「——これは、単なる歴史の修正ではない。宇宙の進化がその誕生と共に内包させた遺伝子進化の、最も


効率的な経路を選ばせる『遺伝子進化圧』なのだ。袋小路に陥った物は退場するだけ——」


彼の脳裏に、あの声が響いた。


・・なぜ、これほどまでに何も変えられなかったのか。


その答えは、終わった今になってようやく見えてきた。


長島には、はっきりとした「大将」も、「決断する主」もいなかったのだ。


皆が“集団”で物事を決め、誰もが「自分一人が決めて良いわけではない」と思い込んでいた。


だから、一人を説得しても意味がなかった。


村でも寺でも、「話を聞く顔」はあっても「決める口」はなかった。


これは「空気」という見えない力が社会を動かすメカニズムだった。


長島の門徒衆は、「ここで死ぬのが仏の道」という「空気」を共有していた。


それは誰かの命令ではなく、誰もが自発的に、そして無意識のうちに同意する集団の総意だった。


この「空気」は、個人の理性を麻痺させ、集団的な行動へと人々を駆り立てる。


例えば、副頭領が家族を逃がそうとした時、それは「裏切り者」という「空気」によって即座に排除された。


情報が漏れたのは、密告者がいたからではなく、その行動自体が「空気」に反すると無意識に察知され、


自浄作用のように露呈したのだ。


寺の裏門を開かせようとした策も、「信長に屈しない」という「空気」が門徒衆を結束させ、秀吉を待ち


伏せる結果となった。


この「空気」は、怒号や悲鳴となって具現化し、秀吉の策をことごとく無力化していった。


集団指導体制。皆で決め、皆で苦しみ、皆で責任を分散し、皆で滅びる——そんな仕組みが、知らぬ間に


隅々まで染み渡っていたのだ。


この「空気」は、意思決定の権限を曖昧にし、誰もが責任を負わないゆえに、誰も止められない悲劇を生


み出した。


本当なら、その「仕組み」に気づいた時点で、自分は“介入すべきではなかった”。


出ていっても何も変えられない。“誰も代表しない”集団には、どんな言葉も策も届かない。


それでも、「自分なら何かできるはず」と思い込んでいた。


転生者の知識、未来の知恵——そんなものは、集団という“顔なき力”には全く効かないと分かっていなが


ら、諦めることもできずに足掻いてしまった。


歴史は、人間一人の意志や計算では動かせない。


組織も社会も、理想も正義も、時に“責任者なき運命”という怪物がすべてを飲み込んでいく。


日本社会ではそこに忖度というものが介在してまるでここに最上位者がいるような空気を皆で醸し出し、


そして突き進んでいくのだ。


健一は、膝を抱えて静かに目を閉じた。


心の奥底から湧き上がるのは、「救えなかった」という苦い現実。


そして、自分の傲慢さへの悔いと、どうしようもない無力感だった。


その感情は、彼の胸に鉛のように重くのしかかっていた。


外では蝉の声が絶え間なく響き、犬山の城下を夕闇がゆっくりと包み込んでいった。


川面に映る赤い空が、やがて暮色の中へと沈んでいく。


それでも——その痛みと暗さだけは、決して消えることなく、健一の心に深く、長く、住み着いていくの


だった。

この章は、物語の中でもひとつの「思想的転換点」となる重要な場面でした。


戦術・策略・情も通じなかった長島。その敗因は、単なる武力や知識の不足ではなく、「意思決定主体の不在」──

つまり、“誰も決めない社会”にあったのです。


日本社会に深く根ざした「空気」「忖度」「全会一致の幻想」。

それは時に、誰よりも優秀な者をも無力化し、ただ流されるしかない集団を生み出す。


秀吉が見たのは、歴史の修正力という“超越的な力”ではなく、

社会構造そのものに巣食う、“顔なき意志”の重さだったのかもしれません。


39・40章は刺激的な章となります。信玄ファンの方には大変申し訳ないのですが経済的・地形的事実を基に検証した結果私の考察では「こうなりました」と言う一側面・一解釈ですのでご容赦願います。物語的に今後も同じ様な章が出てきますので不快に思われる方は飛ばし読みをお願いします。

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