第27章 新たな家臣団の誓い、未来への密談
1563年正月。
「羽柴」の名を得て、犬山城に戻った藤吉郎は、いよいよ自身の家臣団を正式に構築する節目を迎えます。
この章では、前田利家、蜂須賀小六、堀秀政、浅野長政らが羽柴家に名を連ね、家族としての絆を誓う場面が描かれます。
また深夜の密談では、伊賀者、修験者、豪商茶屋四郎次郎といった陰の協力者たちとのネットワークが広がり、羽柴家が「武」「影」「財」の三位一体の体制を整えつつあることが明らかになります。
未来を知る者として、藤吉郎が“真宗一向宗の脅威”にいち早く着目する場面にもご注目ください。
(1563年 1月)犬山城
岐阜で「羽柴」の名を受け、犬山城に凱旋した藤吉郎。城内の座敷には、旧来の家臣とともに、新たに
正式に加わる同志たちが居並んでいる。
藤吉郎は厳かに告げる。
「本日より、前田利家、蜂須賀小六、前野長康、堀秀政、浅野長政――この五名を正式に我が羽柴家の家
臣として迎える。」
「これよりは志をひとつにして、天下のため、犬山のために共に歩もう」
まず前田利家が一歩前へ出て、力強くうなずく。
「槍の又左、いつでもお前の盾にも刃にもなる。新しき羽柴家のため、命を預ける!」
蜂須賀小六は豪快に笑いながら、
「おうおう、羽柴殿!兄貴の背中、これからも泥舟でも追い続けるぜ!」
と、その豪胆な性格を隠さない。
前野長康は誠実な顔で、
「これまでの縁に感謝し、これよりは家名のため、恥じぬ働きをお見せします」と、
静かながらも強い決意をにじませた。
続いて、堀秀政が進み出て深々と頭を下げた。
「これまで藤吉郎様のもとで学んだこと、今後は羽柴家の柱石として尽くします。」
「実務のことならお任せください」と、その冷静沈着な才を誓った。
浅野長政も慎重に前に出て、丁寧に一礼。
「この長政、羽柴家のために一身を捧げ、政と人の橋渡し役となる所存です。」
「どうぞ秘密かお導きくださいませ」と、その細やかな気配りの才を示した。
藤吉郎は皆の顔を見て、力強くうなずく。
「それぞれの才能、それぞれの信義。これからは家族も同然。」
「互いに支え合い、戦国の荒波を渡っていこう!」居並ぶ家臣たちも力強く応え、拍手と歓声が広がる。
その場には、ねねや女房衆も、未来への希望と安堵のまなざしで見守っていた――。
こうして、新しい羽柴家は、前田・蜂須賀・前野・堀・浅野という多士済々の同志を得て、犬山城から次
の大きな一歩を踏み出したのであった。
深夜の語らい――藤吉郎と半兵衛。
犬山城の夜。宴の余韻も消え、城は静けさに包まれていた。
小さな明かりのもと、藤吉郎と半兵衛は向かい合って言葉を交わす。
半兵衛が、低く声を落とす。
「藤吉郎殿――伊賀の忍び、一族を分けることで引き込むことに成功しました。」
「頭領の弟ですが、家族も郎党もすべて羽柴家のために働く覚悟を示しています」
藤吉郎は静かにうなずき、
「伊賀が一族ごと味方となれば、情報も工作も思いのまま。よく動いてくれたな、半兵衛」とその功を労
った。
半兵衛はさらに続ける
。
「修験者筋でも、優れた“聞き耳”を持つ山伏に目処がつきました。」
「里や町、各地の動きを網のように集めることができる。これで諜報の仕組みが整います」藤吉郎は感慨
深げに盃を回す。
「“耳”と“眼”が広がれば、武だけでは動かぬ戦も動かせる。――さて、商いの方は?」
半兵衛はふと笑みを浮かべる。
「茶屋四郎次郎殿が、羽柴家への協力を約してくれました。」
「熱田湊の店で、清州城におられた頃からよく顔を合わせていたそうですね。」
「“あの頃の木下藤吉郎が、ここまで出世するとは思いませんでした”と、しんみり語っておられましたよ」
藤吉郎も思わず微笑み、「茶屋殿は、あの頃から商いも人脈も天下一品だった。」
「清州で知り合った縁が、こうしてここまで続くとは……有り難い話だ」と、かつての縁が実を結んだことを喜んだ。
半兵衛はうなずき、「今や京、堺、熱田、犬山と全てが繋がります。茶屋殿の網があれば、兵糧も金も、
情報も自在です」と、その繋がりが持つ大きな意味を語った。
藤吉郎はゆっくりと杯を重ねる。
「“武”も、“影”も、“財”も、これで揃った。――さあ、ここからが真の勝負どころだな、半兵衛」外は静かな夜。
ふたりの間に交わされた言葉の中に、すでに新たな時代の息吹が潜んでいた。
深夜の語らい――未来を知る藤吉郎と半兵衛。
藤吉郎、その実、後世の知識を持つ健一は、半兵衛と膝を突き合わせて地図と小札を並べていた。
藤吉郎(健一)は低くささやく。
「……半兵衛、織田家に残された時間は、あと三年ほどだ。やがて、浅井、朝倉、武田、そして上杉――
北も東も西も、包囲の輪がじわじわと狭まる。」
「皆、信長様の急成長に怯えている。今のうちに備えなければ、すぐに窒息する」
半兵衛は目を細めてうなずく。
「確かに、今は各地が調整や手探りの段階。しかし――」
藤吉郎は、桑名・長島周辺に印をつける。
「だがまず最初の火種は、ここだ。長島――浄土真宗の門徒衆。」
「今は小競り合いのように見えるが、いずれ大火になる。」
「勝家殿が桑名で力を誇示しているのは、むしろ“油を注ぐ”動き。真宗門徒の本気は、戦国随一の“しぶ
とさ”だ。放置すれば、美濃・尾張の裏から焼かれるぞ」
半兵衛は真剣な表情で地図を見つめ、「門徒衆は民も武士もない、徹底抗戦の覚悟を秘めている。早めに
手を打たねば……」と、その危険性を再確認した。
藤吉郎は小声で続ける。
「そして浅井とお市の婚約話――これがまとまれば、北近江の浅井が味方になる。」
「だが、裏を返せばいつでも敵に回るリスクも大きい。」
「武田信玄も動きが見え始めた。東からの脅威は、駿河を抜けてあっという間にこちらに届く。」
「……この三年で、味方を増やし、敵の芽を早めに摘む必要がある」
半兵衛は静かにうなずき、
「殿下(藤吉郎)がこれほど先を読むとは……。やはり、今のうちから“人の網”と“耳目”を広げておかねば
なりませんな」と、その才に感嘆した。
藤吉郎は深くうなずき、心の中で後世の歴史の“答え合わせ”をしていた。
(――史実では、この三年で織田家は四面楚歌になる。そして、真宗門徒に苦しみ、裏切りと包囲に翻弄
される。だが、俺はその全てを知っている……この世界では、もう少しうまく立ち回ってみせる)
二人は夜更けまで、 真宗門徒対策 浅井への根回し 武田への偽情報流布 周辺国衆の調略 など、現実と“未
来の記憶”を織り交ぜて、周到な備えを始めるのだった。
深夜の語らい――信長の心を測る。
しばし沈黙が降りたあと、半兵衛がふっと口を開いた。
「……これで“武”も“影”も“財”も、揃いましたな。しかし――信長様は、これをどうご覧になりますやら」
藤吉郎は、わずかに盃を傾けて目を細める。
「信長様は、時に全てを見透かしておいでのように思う。だが、時に、まるで何も気にしていないように
も見える。」
「何を喜び、何に怒るか――一筋縄ではいかぬ御方よ。あの御方が本当に恐れているものは、敵か、味方か、それとも……己自身かもしれぬ」
半兵衛は、静かに同意する。
「“天下布武”――言葉は雄々しいが、その実、信長様の胸の内までは、未だ誰も測れません。」
「どこまでが本気で、どこまでが“試し”なのか。……だからこそ、我らも常に策を二重三重に巡らせてお
かねばなりませんな」藤吉郎は、苦笑交じりにうなずく。
「信長様は、才ある者を重く用いる。」
「だが、その才が“我”を超える時は、惜しげもなく斬る――そんな御方だ。いずれ、我らの才も、そ
の“試し”の中にあるやもしれぬ。……怖い御方よ。だが、それゆえに、ついていく価値がある」
半兵衛はその言葉をじっと噛みしめてから、「殿の心を読み切れる者は、おそらくこの世にいません。
我らは我らの策を磨き、殿の器量に試される覚悟で進みましょう」と、決意を新たにした。
藤吉郎は、最後に杯を傾け、低く言った。
「信長様の器――それがどこまで広がるか、この目で見届けてやろう。……半兵衛、頼りにしているぞ」
夜はますます深く、犬山城の静けさの中で、二人の知恵者は静かに主君の器と自らの進む道を思い、盃を重ねた。
信長から授かった「羽柴」の名のもとに、藤吉郎はついに独自の家臣団を組織し、新たな時代に挑む体制を築き始めました。
その背後では、伊賀忍、修験者、豪商といった“裏の力”を巧みに糾合し、いわば“影の国造り”が静かに進行していきます。
本章の密談にあるように、藤吉郎は史実において織田家が苦しんだ長島一向一揆の勃発を予測し、それに先んじた備えを整えようとしています。
そして信長という巨大な存在を前にしながらも、その“心の深さ”と“器の限界”を冷静に測る視点は、彼がただの成り上がり者ではなく、“体制の再設計者”として動き出していることを示唆しています。
次章では、犬山の山裾において、新たな里――「影のインフラ」の萌芽が描かれます。火薬、絹、薬草、流通、教育――それは戦国時代を超えた、未来構想の第一歩です。




