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第23章 開戦、矢の嵐

墨俣に火蓋が切られる。

戦国の砦は、ただ守るだけの場所ではない。情報を束ね、民を動かし、敵を震えさせる「意思の砦」となるのだ。

藤吉郎が築いたのは、土塁ではなく信念――その成果が、今まさに試される。

3,000の斎藤軍が迫る中、竹垣と塹壕の先に待ち受けるのは、連弩と弓の雨。

その矢は、人を殺すためのものではない。敵の心を折るために放たれる。

本章は、砲火よりも深く突き刺さる「戦の哲学」を描く序曲である。

(1562年六月初旬) 墨俣。


六月の声を聞いた墨俣の空に、斎藤軍の先遣隊が姿を現した。


彼らは濃尾平野を抜けて進軍し、墨俣の砦の前に陣を張った。


だが、砦の周囲にはすでに多数の柵と塹壕、竹垣が構築され、矢倉の上からは弓兵たちが常時警戒を続けていた。


先遣隊来襲。 斎藤方の先遣隊、三千。 その先頭に立つのは、斎藤家中の若き将、稲葉一鉄の嫡男・良通。


しかし墨俣の防衛陣を目にした彼は、驚きを隠せなかった。その目には、形容しがたい圧迫感と、微かな絶望の色が浮かんでいた。


「……これは、砦ではない。城塞だ」


兵らの士気は高かったが、突撃命令は出されなかった。


偵察と牽制を主とするこの部隊に、砦を落とす力はなかった。


結果、十日あまりにわたって斎藤軍は動きを止め、ただ遠くから墨俣の様子をうかがうだけにとどまった。

墨俣砦の防衛陣形。


藤吉郎と半兵衛は、徹底した防御と射撃戦を主とする陣形を敷いた。


第一列:竹垣と塹壕を設けた防御線。数撃ちの連弩隊を配備し、塹壕の中から槍による迎撃を主とする。


第二列:本壁の上段に長弓兵を配置。遠距離からの精密射撃、出来るだけ当てる事を目的とする。


第三列:本壁の下段に短弓兵を配置し、短距離の精密射撃を行う。


後方隊:輜重隊が矢・弩弦・食料などの補給を担い、迅速に前線を支える。


休憩・予備:兵を二隊に分け、交代制を導入。


弓の腕が優れた者は長弓隊へ、一般兵は短弓隊へ、初心者や腕の劣る者は連弩隊へ配属。


状況に応じて交代し、敵の攻撃が激しくなれば全戦力と輜重隊が総出で応戦する体制とした。


各部隊には農民出身の者も多く、農閑期に鍛錬された射撃技術が活かされていた。


連弩・長弓・短弓・槍の運用指示。 藤吉郎は明確な指示を出した。


「長弓は狙いを絞って、指揮官格と騎馬を撃ち抜け」


「短弓は射線を絶やすな。矢筒が空になるまで撃ち続けろ」


「連弩は三射同時を基本に、竹の矢で矢の壁を作るように撃て」


「総勢2000人の弓矢攻撃の凄まじさを思い知れ」


この命令のもと、墨俣砦はまさに“矢の要塞”と化していた。


矢の滝のような集中攻撃と敵兵の動揺。


六日目、斎藤軍が試みに一軍を前進させた瞬間。


それに応じて砦の各所から無数の矢が放たれた。


連弩が一斉に火を噴き、竹矢が雨のように降り注ぐ。長弓が的確に騎馬の首筋を狙い、短弓が間断なく射線を埋める。


――まるで矢の滝であった 。


騎馬兵は次々に馬ごと倒れ、前進した者は弓の届くあたりから前に進めず退却した 。


「く、狂っておる……! なんという矢数だ……!」


先遣隊の陣に動揺が走る 。戦場には何万本もの矢が刺さっていた 。


墨俣砦の火力と精神戦の成功。


連日の砦からの射撃、狼煙、時折の鼓と法螺貝。


これらは物理的な損耗だけでなく、精神的圧迫を与えた。


「斎藤軍は、墨俣の矢の雨に耐えられるか?」


その問いは敵陣に広まり、やがて先遣隊は本隊を待たぬまま、陣を後退し始めた。


この報を受けた信長は、「よくやった、藤吉郎。次は攻め手の番だ」


と、いよいよ全軍の進軍を開始する。


そして、次章「雷鳴、長良の決戦」へと、戦国の波が激しさを増していく。

一日に万本の矢が飛び交う戦場において、勝敗を分けたのは、矢そのものではなかった。

それは――敵の心に「この砦は落ちない」と思わせたこと。

本章では、藤吉郎が如何にして“戦わずして勝つ”という境地へ至り始めたかを描きました。

彼の狙いは兵を討つことではなく、「先に心を討つ」ことだったのです。

敵の将・良通の絶望と動揺、そして先遣隊の停滞。

それらすべてが、墨俣の矢と鼓と情報が織りなした“見えざる槍”でした。

いよいよ次章では、信長本隊が動き出します。

――すでに勝負は、ついていたのかもしれません。



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