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第190章 本能寺の変③

(1582年6月)


◆ 豊臣秀頼ではダメだった――天を超えるためにこの国の人々の心を一つにするには、「神聖なるも


の」が必要だ。


人々が心の底から「これは清らかだ」と信じられる存在。


それだけが、この国の“空気”を支配できる。


“空気”とは、集団の中に自ずと生まれる「本音の合意」だ。


表では反対していても、内心で“そうだ”と腹に落ちれば、それはもう合意として機能し始める。


徳川政権は、家康を「権現」として神話に仕立て上げ、それによって「神聖さ」を得た。


だがそれは、天皇に取って代わるものではなく、天より統治を“委託された”という形での合意にすぎな


い。


俺がようやく辿り着いた結論は、徳川とは異なる、まったく新しい「神話」を紡ぎ出すこと。


この国のすべての人々が納得し、「彼こそが新たな神聖な者だ」と思うほどの“空気”を作り出す、壮大な


物語が必要なのだ。


そして、あの時の記憶が蘇る。


前回の死に戻りの最後――朝廷、織田家、宗教勢力のすべてが、俺の排除に動いたあの瞬間のことだ。


なぜ、そうなったのか・・。


今ならわかる。あの“天筒火砲”の存在が、それを決定づけたのだ。


あれはただの兵器ではなかった。


“天を撃てる力”――それは神すら超える力の象徴であり、同時に、この国の古い「神聖さ」にとって最も


忌むべき“物語製造装置”だと、彼らに認識されたのだ。


彼らにも見えたのだろう。俺が「新たな神聖」そのものになり得る可能性が。


だからこそ、既存の勢力すべてが『秀吉を排除すべし』と、本音で合意してしまったのだ。


朝廷も、織田家も、宗教勢力も、他の大名家も、俺個人を知らぬ多くの農民に至るまで、その“空気”は


隅々まで行き渡った。


だが、今は違う。天筒火砲を使うべき時を、見定めねばならない。


織田家の家臣団を退けるとき、そして家康との決戦の時――その時こそが、あの天筒火砲を用いる刻だ。


家康もおそらく、本能寺の真相を知っている。


だからこそ、光秀の娘を匿ったのだ。


それは、滅びた将軍家を再興させるための札として、そして織田家が一つに固まるのを防ぐための歯止め


として。


あの有名な“伊賀越え【1】”の真意は、信長の敵の遺児を匿い、逃がすための道でもあった。


史実の小牧・長久手の戦い【2】で、秀吉があえて決定的な勝利を避け、家康と和睦したのも、家康に


「本能寺の証人を差し出す」と脅されたからだろう。


信長の次男・信雄を表向きの対立者に仕立て上げたのも、その真実の構造を覆い隠すためだった。


ならば、答えはひとつだ。


小牧・長久手で、そして賤ヶ岳【3】で、天筒火砲を使え。


本能寺の真相を知る者も、その証拠もろとも、吹き飛ばせ。


ただし、“証拠ごと焼き払う”という行いは、別の神話を生む危険も孕む。


殉教は、空気を跳ね返す力を持つ――その天秤の重さは、俺自身が背負わねばなるまい。


神話を紡ぐ。すべての人が「秀吉こそが神聖なる者」と納得する物語を。


まず、天皇には伊勢にて“みそぎ【44】の行幸”を賜る。


その上で、大阪城にて“顕現けんげん【5】の式”を執り行う――この二段構えの物語で、新たな「神


聖さ」を世に定着させる。


そして、その上で――この国を、まったく新しい形に再構築するのだ。


「環太平洋連邦」――かつて夢見たあの構想が、ついに現実へと動き出す。


中世から近代へ、この国を一気に引き上げてやる。


歴史の流れにただ抗うだけでは、その修正力に呑み込まれてしまう。


流れを変えるには、水源から河口まで、すべての流れの向きを変える必要があったのだ。


ようやく、本当の「答え」と「方法」に、俺は到達した。




注釈

【1】 伊賀越え (いがごえ): 本能寺の変の際、堺にいた徳川家康が、明智光秀軍の追っ手を逃れて本国の三河まで命からがら逃げ帰った出来事。伊賀国の険しい山道を通ったことからこう呼ばれる。

【2】 小牧・長久手の戦い (こまき・ながくてのたたかい): 1584年に、羽柴秀吉と、織田信雄・徳川家康連合軍との間で行われた戦い。戦術的には家康が優勢だったが、秀吉は巧みな政治交渉で信雄を味方に引き入れ、結果的に家康を臣従させるきっかけを作った。

【3】 賤ヶ岳の戦い (しずがたけのたたかい): 1583年に、羽柴秀吉と柴田勝家との間で行われた、織田家の主導権を巡る決戦。この戦いに勝利したことで、秀吉は信長の後継者としての地位を不動のものとした。

【4】 禊 (みそぎ): 神道における儀式で、水を使って心身の罪や穢れを洗い清めること。

【5】 顕現 (けんげん): 神や仏が、人の目に見える姿で現れること。

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