燃えぬ壁、黙る敵
第16章(1561年2月)墨俣
楯が並び、柵が立ち、見張りの兵が弓を構えている。竹と泥だけの即席だが、遠目には立派な防備のように見える。
そしてその朝、早速、斎藤方の斥候隊が現れた。
「昨日までは何もなかったのに、ありゃなんだ……」
しばらく見張っていたかと思うと、後ろの茂みに隠れていた十数名の兵が一斉に火矢を放った。
ヒュッ、ヒュン――空を裂いて飛んできた矢が、竹楯の表面に突き刺さる。数本、楯の表面に火がつくが……燃えない。
泥が火を吸い、黒煙だけが立ち上がる。
「……やるな」
敵はそれ以上手出しせず、その日はそのまま引き返した。
藤吉郎は兵を集めて言った。その声には、自信と、確かな戦略が宿っていた。
「今日から本番や。敵が帰った今のうちに、堀を掘るぞ」
その夜から、砦のまわりに堀をはじめた。水を引く準備も始め、守りを厚くしていく。
作業は昼と夜の二交代制。昼は農民と職人、夜は兵士たちが代わる代わる土を掘り、杭を打ち、柵を補強した。
三日目には、竹楯の内側に仮の兵舎と倉庫が立ち、五日目には矢倉と見張り台が組み上がった。
七日もすると、竹の外郭の内側に、実際の城としての機能を備えた砦が完成していた。台所があり、井戸が掘られ、兵の寝所と指揮所が設けられた。
初めは“見せかけ”だった一夜城が、今や本物の前線基地となった。
半兵衛がそれを見てぽつりと言った。その目には、藤吉郎の手腕への感嘆の色が浮かんでいた。
「最初の一夜は嘘だったが、今となっては“本当の城”やな」
藤吉郎は、にやりと笑った。その笑みには、単なる戦の勝利を超えた、新たな社会の構築への確信が滲んでいた。
「見せかけで始まったもんでも、筋さえ通せば本物になる。国だって、そんなもんやろ」