第161章 積み出しと輸送 ― 火の通り道
(1573年8月)神明砦跡
灰色の雲がようやく散り、真夏の太陽が犬山【1】の町と川を照らしていた。
墨俣から運ばれた袋詰めの灰色漆喰が、木曽川沿いの港に山と積まれている。
【川と道と火】
川辺に並ぶのは、荷車に載せられた灰色の甕。
それは火薬を撃つ砲ではなく、それを支える「道」の材料であった。
いま、次の戦場へ向けて運ばれようとしている。
牛二十頭に、人足二百名。輸送される甕はおよそ二万個。秀吉の手は、すでに次の戦の準備に取りかかっ
ていた。
三成が帳簿をめくる。
「東は桑名湊より遠州灘を経由し、天竜川沿いへ。西は犬山から美濃、そして中山道【2】経由で内陸
へ・・」
砲は火薬で撃つ。だが、砲を撃たせるには、まず「道」が要るのだ。
【灰の盾 ― セメント技術】
犬山では、木曽川の水車を使い、火山灰と砂利、消石灰を混ぜた“灰色漆喰”が量産されていた。
「これが・・“火を進めるための盾”か」 清正が手に取り、乾いた板状のそれを叩く。
金属音すら響くほどに、それは固かった。
土木の頭である堀井が胸を張る。
「表面には木目を残し、滑りにくくしてあります。裏は砂利で地面を噛む。
水も染み込みませぬ。これで、道が死ぬことはございません」 この新技術を核として、「築道工兵隊
(ちくどうこうへいたい)」が結成された。
墨俣、犬山、美濃加茂から集められた土木工ら七百名。
伊賀の火薬師や道具鍛冶が技術指導にあたる。
馬車での運搬と板敷きを交互に繰り返し、砲が通る道を「石の帯」として敷設していくのだ。
【砲道、山を越える】
砲道は、まさしく砲のための道であった。
道に使われる板は、川沿いに設けられた乾燥場で三日かけて天日干しされ、斜面では杭で固定された。
急な坂道には綱引き車を使い、牛の力と滑車で運搬された。 清正が苦笑する。
「道を作るための戦とは・・。」
今どき、城ではなく“地面”を奪い合うとはな」 秀吉はその言葉にうなずいた。
「砲で山を焼いても、道がなければ先へは進めぬ。だが、この道があれば、どこまでも火を通すことがで
きる」
【火の守り ― 防衛と罠】
もちろん、道を作れば敵はそれを壊しに来る。秀吉は防衛にも手を抜かなかった。
火縄銃 六十挺(交代制)
短弓部隊(二十名)
連弩【3】(二十名)
手筒火砲(使い捨ての小型火筒・三名)
この手筒火砲は、蹴鞠ほどの大きさの花火を内蔵し、斜め45度上空に撃つと三十間(約55m)ほど舞い
上がり、夜空に炸裂する。
清正がそれを手に取って笑った。
「これなら、二百の敵が来ようと、花火で出迎えてやれるな」 斥候が夜間に接近すれば、毒霧の罠(松
脂と唐辛子を混ぜた爆裂玉)も用意されていた。
【武田の奇襲と撤退】 山県昌景の斥候は、夜陰に紛れて砲道を襲撃した。
だが、草陰で火縄銃が響き、次の瞬間、手筒砲が炸裂。紅蓮の光が夜空を割った。
「な・・なんだ!? あの火は!」
「爆竹・・いや違う、天から火が・・!」 恐慌状態となった斥候たちは半数が逃げ出し、残りも銃撃と
矢で撤退させられた。 その明け方、工兵隊はすでに次の舗装板を敷いていた。
【火と道、そして人】 焚き火を囲み、秀吉がつぶやく。
「火は、ただ撃てば勝てると思うな。撃てる場所を守り、通せる道を築き、人を失わぬ仕組みを作らね
ば・・」 三成が記録帳を閉じた。
「その“仕組み”が、敵には見え始めております。だからこそ彼らは、火そのものよりも――この道を恐れ
ているのです」 火を運ぶ灰。火を通すための道。そして、その道を守る人。
その三つが揃って初めて、“火の戦”は完成する。
秀吉の戦は、もはや単に「焼く戦い」ではなかった。
それは「通す戦い」――火と道と人で創られる、新たな時代の始まりであった。
注釈
【1】 犬山 (いぬやま): 現在の愛知県犬山市。木曽川沿いの交通の要衝であり、国宝・犬山城で知られる。
【2】 中山道 (なかせんどう): 江戸時代の五街道の一つで、江戸と京都を内陸経由で結んだ重要な幹線道路。
【3】 連弩 (れんど): クロスボウ(ボウガン)の一種で、複数の矢を連続して発射できる機構を持つ中国の古兵器。諸葛亮(孔明)が改良したものが有名。




