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第136章 見えざる城

(1571年6月)安土


秀吉は、ただの築城資材の調達係ではなかった。


彼が動かしていたのは、人でも石でもなく――金であった。


安土の地に人と物が集まりはじめたその頃、秀吉は一つの“城”を描き始めていた。


それは、石垣でも天守でもない、“見えぬ支配”のための土台であった。


【構想:安土信用金庫】


「――城を建てるには、まず“経済の城”が要るのでございます」 秀吉が信長に差し出したのは、一枚の帳


図と設立趣意書。


その表紙には、こう記されていた。 『安土信用金庫【1】 設立案』


「・・しんよう、きんこ、とな?」


信長が首をかしげる。 「はい。“金を預かり、必要な所へ回す”仕組みにございます」 秀吉は口調を崩さ


ぬまま、帳面をめくりながら語った。


各国の代官・商人・寺社・豪族から金銀を預かる


安土築城に関わる資材調達・労務費を信用貸付で補填する


預金者には「利札(利付預かり証)」【2】を発行し、年一度の利回りを保証する


金の流れを一元管理し、畿内の物流・労働・課税を経済統制下に置く


将来的には、朝廷への献上・献金もこの金庫経由で統括可能とする


「・・つまり、“金の道”を掴めば、流通も労働も、“儀礼という名目”すら我らの手で動かせるのです」 信


長は沈黙ののち、ふと笑った。


「ほう・・寺ではなく、銭で神を封じるつもりか」 「いえ、信長様。


これはあくまで――“神仏を借りずとも、我らが世を動かせる”という、証明にございます」 その言葉に、


信長の目が細められた。 「・・面白い。やれ。――ただし、失敗したらその首は、貴様の“信用金庫”に預


けておけ」


【創設:動き出す金の心臓】


安土信用金庫は、こうして正式に設立された。 実務には堺の茶屋四郎次郎【3】、博多の神屋宗湛【4】


といった有力商人を招いた。


茶屋は南蛮との資材調達網を、神屋は年貢米と銭の換算業務を担当する。


金庫は通貨発行こそ行わぬものの、利札と引換状によって“信用に基づいた金の流れ”を生み出した。


預金対象:


城下町への出店を希望する商人


資材を提供する地方領主


南蛮貿易に関わる船主


末寺の修繕を求める寺社勢力


融資優先先:


安土築城(特に水運整備と人足管理)


湖上水軍の舟建造


宿場町【5】の市場整備と“利札流通制”


緊急の軍資金準備


町では、噂が広がっていた。


「金を預けると札が返ってくる。年が明ければ利がついて戻るらしい」


「あの羽柴様の“金の倉”が、商いの命綱になるという話だ」


「ただの建設じゃない。あれは、“国を動かす城”なのだと・・」 庶民のあいだにも、信頼と警戒が入り混


じる空気が生まれていた。


【見えぬ支配】


夕暮れ、秀吉は一人、金流帳の前でつぶやいた。


「兵を動かす者が“将”ならば、金の流れを握る者は・・その将の影。いや――神、ですな」 安土の天守が


まだ影も見せぬうちに、秀吉はすでに“金で動く城”を立ち上げていた。


信長の「天下布武」が、剣と威容で築かれるならば、秀吉の布武は、音もなく社会を包み込む――“経済


の網”として姿を現し始めていた。


その支配は、目に見える城よりも高く、目に見える軍よりも――深く、広く、遠くへと届くのであっ


た。


注釈

【1】 安土信用金庫 (あづちしんようきんこ): 物語上の架空の組織。特定の商人や寺社が金融を担っていた時代に、国家事業として預金・貸付・利子の概念を導入し、経済全体をコントロールしようとする極めて先進的な構想。


【2】 利札(利付預かり証) (りさつ・りつきあずかりしょう): お金を預けた証明書であり、一年後には利子が上乗せされて戻ってくることを保証する札。現代の債券や定期預金証書に近い金融商品。


【3】 茶屋四郎次郎 (ちゃや しろうじろう): 京都の豪商。朱印船貿易などで巨万の富を築き、織田信長や豊臣秀吉、特に徳川家康と深く結びついてその天下取りを財政面で支えた。


【4】 神屋宗湛 (かみや そうたん): 博多の豪商。朝鮮や明との貿易、石見銀山の経営などで活躍し、豊臣秀吉の信任を得てその経済政策に関わった。茶人としても知られる。


【5】 宿場町 (しゅくばまち): 江戸時代以前の主要な街道に置かれた、旅人のための宿屋や店が集まる町。物流や情報の中継点でもあった。

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