表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/179

第132章 追放された旗印、逆流する大義

(1571年3月中旬)


将軍・足利義昭が京を追われたその夜、都を離れる一台の輿【1】が、堺を経て紀伊水道を越え、西国へ


と急いでいた。


行き先は、備後国【2】の港町――鞆の浦【3】。かつて将軍に仕えていた細川藤孝の元家臣ら数名がお


供し、その手には、毛利輝元【4】に宛てた密書が握られていた。


「信長は将軍を見捨てた。日本の正義は、今こそ貴殿にある」 毛利家は即座には動かなかった。


しかし、義昭が天皇の名を使った書状と、信長に対する長年の警戒心が、じわじわと彼らの心を揺さぶり


始めていた。


【安土城構想、始動】


1571年3月末、二条城にて緊急の軍事会議が開かれた。


信長は、義昭が毛利にかくまわれていると断定し、地図の上に手を置く。


「やつらが“将軍”の旗を再び掲げれば、西国が戦になる。


・・琵琶湖を完全に抑えよ。湖が城壁となる」 この一言が、湖を中心とした防衛ラインと、のちの安土


城【5】を築く計画の始まりであった。


命を受け取ったのは、以下の者たちである。


丹羽長秀:北近江から湖北エリアの守備を強化せよ


明智光秀:比叡山を見下ろす場所に坂本城【6】を築け


羽柴秀吉:堺を掌握しつつ、湖の西側に新たな城を構想せよ


秀吉は湖の地図を見つめたまま、ぽつりと呟いた。 「湖は、城壁よりも強力な防御となり得ます・・な


らば、“舟”も必要ですな」 その言葉が、後に彼の水上輸送と兵站の戦略へと繋がっていく。


【それぞれの決意】


丹羽長秀


秀吉をかつてのような得体の知れない存在ではなく、「自分より先を読む者」として意識し始めていた。


(・・先に動くからこそ、信長様の信頼を得るのか。ならば、俺も――)


明智光秀


地理を冷静に分析しつつも、心には一抹の不安がよぎる。


(湖は敵を囲むことも、逆に味方を逃がすこともできる。・・だが、秀吉という男、何を考えているか読


めぬ)


羽柴秀吉


石山の屋敷に戻り、静かに独り言を漏らす。


「信長様――あなたの未来を邪魔させないために、俺は今、道を造っているのです」 それは忠義か、あ


るいは野心か。


秀吉の心は、主君への想いと自らの理想の間で揺れ動いていた。


【そして再び、火種】


鞆の浦に辿り着いた義昭は、毛利家の小早川隆景【7】に迎えられ、御座船【8】で広島湾の奥へと案内


された。


船の中で、隆景が問う。


「将軍様は、再び戦を始めるおつもりか」 義昭は青白い顔のまま、静かに呟いた。


「・・信じすぎた。それが、あの男の計算違いだったのかもしれぬ。


だが、今度は違う。今度こそ、正義の軍が勝たねばならぬ」 その言葉に、隆景は何も答えなかった。


しかしその沈黙の裏で、彼らの心には、新たな“戦いの理屈”が芽生えつつあった。


【動き出す列島】 能登では上杉が密かに動き始め、四国の長宗我部も軍を立て直す。


石山本願寺では、僧兵が再び武器を手にしていた。


信長が将軍を追放したことで、むしろ各地の敵に“戦うための正当性”を与えてしまうという、皮肉な結果


になったのだ。


しかし、その動きを誰よりも早く察知し、対策を始めていたのは――他の誰でもない、羽柴秀吉であっ


た。


注釈

【1】 輿 (こし): 人が乗る部分に屋根と壁をつけ、2本の棒で担いで運ぶ乗り物。身分の高い人が使用した。


【2】 備後国 (びんごのくに): 現在の広島県東部にあたる旧国名。


【3】 鞆の浦 (とものうら): 備後国にある港町。京を追われた足利義昭はここに拠点を移し、毛利氏の支援を受けて「鞆幕府」と呼ばれる亡命政権を樹立した。


【4】 毛利輝元 (もうり てるもと): 中国地方の大部分を支配していた戦国大名。毛利元就の孫にあたる。


【5】 安土城 (あづちじょう): のちに織田信長が琵琶湖のほとりに築いた城。豪華絢爛な天主(天守)を持ち、城下町を含めた新しい時代のシンボルとなった。


【6】 坂本城 (さかもとじょう): 明智光秀が琵琶湖のほとりに築いた城。琵琶湖の水運を支配し、京への玄関口を固める重要な拠点だった。


【7】 小早川隆景 (こばやかわ たかかげ): 毛利元就の三男で、毛利家を支えた優れた武将・政治家。「毛利の両川」の一人として知られる。


【8】 御座船 (ござぶね): 大名などの身分の高い人が乗るための、豪華な飾りのついた船。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ