第12章 蜂須賀との再会、そして半兵衛
桶狭間を越えた先に、次なる“変革の縁”が待つ。
本章では、かつての地回り頭領・蜂須賀小六との再会を経て、藤吉郎が運命の策士・竹中半兵衛と出会います。
戦乱の世を変えるために必要なのは、「力」だけではない。「知」と「理念」――その芽生えの瞬間です。
第12章(1560年9月)木曽川
川並衆 蜂須賀家
翌朝、藤吉郎はまだ夜明けの残る薄明の中、小牧山城を出た。
向かった先は、かつての戦友にして地回りの頭領、蜂須賀小六が逗留しているという小さな湊町の宿だった。
「小六殿は、今や西街道筋の橋や川港の掌握役として忙しいらしいな。」
城下で耳にした噂を頼りに、藤吉郎は宿を訪ねると、運よく小六はそこにいた。
「おお、これはこれは。なんでも草履取りが今や小物頭だとか?成り上がりにもほどがあるのう。」
酒をあおりながら笑う小六に、藤吉郎は屈託なく頭を下げる。
「わしゃあすでに与力だでよー。おかげさまで。だが小六殿、今日は頼みがあって参った。」
「頼み?お主が拝みに来るとは珍しい。さて、何じゃ?」
「まづ一つは墨俣周辺の事を教えてくれ。もう一つは半兵衛を紹介してくれ。礼はする。」
小六の目がわずかに細くなる。
「まあな。美濃に縁があるといっても、あれは別格よ。頭の回りが十人分はある。お主、まさか――」
「会わせていただきたい。どうしても話をしたい。これから先、戦だけでは世は治まらぬ。知と仕組みが要るのです。」
小六はしばらく黙し、そして大きく頷いた。
「よかろう。あやつも今の美濃を忌々しく思っておる。お主に会わせる価値はあるかもしれん。 」
「だがその前に一言言っておく。結婚したそうじゃな。祝いの言葉も言わずに済まんな。」
「それでこの頼み、祝いと帳消しにしてやる。」
その夜、小六の案内で藤吉郎は密かに美濃国へと向かった。
夜風に乗って、遠くに木々のざわめきが聞こえる。旅の途中、藤吉郎は馬の上で静かに目を閉じた。
彼の胸には、未来への漠然とした不安と、それでも何かを変えたいという強い願望が交錯していた。
「出会いが、運命を変える。今度の出会いは、己だけでなく、世の仕組みさえも変える第一歩になるかもしれぬ。」
そして月明かりの下、竹中半兵衛が待つ山の館へと、その歩みは近づいていく。
半兵衛は、少し口元をゆるめた。
「――この国に、真に必要な“秩序”とは何か。藤吉郎殿、あなたの考えを聞かせてください。」
藤吉郎は、しばし沈黙した。茶の湯気が細くたなびく中、やがてその静寂を破るように、ゆっくりと口を開いた。
「国の要とは人であると、私は考えております。」
半兵衛の目が細められた。藤吉郎は続けた。
「甲斐の信玄公も、人こそ国の礎と仰っていると聞きます。」
「しかし、あの方の言は『人の上に国がある』たとえ情けを捨てようと、仇を重ねようと、国の理を優先する。信玄公のやり方は、まさにそれ。」
言葉を区切り、藤吉郎は半兵衛の目を見据えた。
「私は、違う。国とは人そのもの――国=人だと考えております。」
「人々の暮らしを守ることが国を守ること。彼らの安寧が秩序であり、その秩序のために政がある。」
「そして政とは、すべての人が仏の示す道を歩めるよう導くことだと。」
その言葉には、現代に生きた健一としての記憶が色濃く滲んでいた。彼が命を落とすきっかけとなった、選民思想に基づく「ノアの箱舟政策」。
それは選ばれた者だけを救い、見捨てられた多くを切り捨てる冷酷な合理主義だった。
(人を線引きし、選び、価値の有無で分ける――あれが“未来”であるものか。あの理屈に飲まれ命を落としたからこそ、私は、この時代でそれとは逆の生を証したい。人こそが国、すべての人に意味があると――)
半兵衛の瞳がかすかに揺れた。沈黙が流れる。
「……仏の道、か。」
「ええ。荒ぶる武力や恐れではなく、知と慈悲に基づいた政こそが、未来の国を支えると、私は信じております。」
しばらくの間、半兵衛は静かに藤吉郎の言葉を噛みしめていた。そして、ふっと目を細め、かすかに笑みを浮かべた。
彼の心には、久しく忘れていた希望の灯が点ったかのようだった。
「なるほど。蜂須賀殿が『会わせる価値がある』と言ったのも、わからぬでもありません。」
その瞬間、まだ始まりにすぎなかった二人の関係が、歴史を変える真の協力関係へと進む兆しを見せていた。
この章は、『秀吉転生』のターニングポイントの一つです。
蜂須賀小六との再会は、単なる友情の再確認ではなく、“変革をともにする同志”としての新たな信頼の契機でもありました。
そして登場する竹中半兵衛――この人物の存在感は、史実でも秀吉の躍進に大きな影響を与えたことは言うまでもありません。
本作では彼を単なる「天才軍師」ではなく、政の理念をともに語り合う“思想の伴走者”として位置づけました。
未来を知る藤吉郎=健一と、戦国の才覚を持つ半兵衛の邂逅によって、「智恵と慈悲による政」という理想が生まれます。
この思想は、いずれ“国家の設計図”そのものに波及していきます。
まだ静かな出会いではありますが、この邂逅が、やがて大河の流れを変えていく――それを予感させる章です。
次章では、半兵衛との再会と深い対話を通じて、ふたりの間に“思想としての政”がより明確に形を取り始めます。
どうぞご期待ください。




