第118章 武田軍視点
(1570年9月中 )落合川砦
武田軍視点
織田方から奪い来た俵は籾付きが主、一部は玄米に麦が混じる。
夜半、臼の音が止むころには、大釜の湯気が立ちのぼっていた。
炊き手は同じ釜で続けて炊き、汁も皆で分け合った。
「今夜は久方ぶりの米だ」
湯気に濡れた顔々に笑みが戻り、濡れ藁と飯の匂いが陣に満ちる。
明けて翌日――。
「うっ・・腹が・・」
「なんだ、身体がだるい・・」
食い過ぎか、疲れかと誰もが笑って済ませた。
昼の刻にはぽつり、ぽつりと小屋の隅で蹲る者が目につき始め、同じ釜で食った連中に似た
ような不調が見えてくる。
さらに一日を置くと、数は雪崩のように増えた。
腹痛・吐気・下し、そして妙な倦怠。
六割近くが動けず、残る二割は介抱に追われ、自ら槍を持てる者は二割にも満たない。
「これでは・・戦にならぬ」
馬場信春は歯噛みした。
原因は見えぬ。見張りは怠らず、渡河も控えた。それでも隊は根っこから力が抜けるように弱っていく。
「やむを得ぬ・・一旦、後退する」
その声は低く、しかし抗いがたい。
担架と杖に縋る列が、落合川砦から這うように遠ざかっていく。
振り返れば、砦は静まり返ったまま、ただ風に竹が鳴っているだけ。
(まさか……あの米か?)
信春の胸に、遅れて、その恐ろしい可能性に思い至った。
しかし、すでに手遅れだった。
彼らは、見事な計嵌められていたのだ。
※食中毒の説明:カビ毒とは?カビ(糸状菌)が産生する毒素で、人間や動物の健康に重大な影響を与える物質。熱にも強く、加熱しても分解されにくいという特徴があります。今回のカビはデオキシニバレノール嘔吐・免疫抑制、発生条件は低温高湿(収穫期の雨が好発)




