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第116章 もどかしき思い

(1570年8月末 )比叡山


延暦寺は坂本口の往来を断ち、織田の使者をも矢で追い返した。信長の堪忍は、そこで尽きた。


「・・愚か者どもが」


信長の瞳は、まるで燃え盛る炎を宿したかのように赤く輝いていた。


その声は低く、しかし比叡の山々に響き渡るような凄みがあった。


「仏の道を守るとほざきながら、戦の世を乱すか。ならば、その仏の山ごと、焼き払ってくれようぞ!」


容赦ない号令が下される。織田軍は坂本・田ノ谷の口から一斉に山麓へ攻め上がり、火を放った。


「西風が出る、今だ」信長が扇を下ろす。


乾いた尾根が、たやすく火を呑む。


伽藍は、僧坊は、そして信者たちの住まう里までもが、業火に包まれていく。


炎は天高く昇り、京の都からもその悍ましい光景が見えたという。


時を同じくして、金沢御坊にて上杉軍との対峙を続ける秀吉は、胸騒ぎにも似た嫌な予感に苛まれてい


た。


比叡山攻囲の報は届いていたが、包囲中で連絡がままならない。


この距離では、比叡山が燃える煙など、ここ金沢から見えるはずもない。


それでも、秀吉の胸には、拭い去れない焦燥感が募っていた。


(やはり重要なポイントは歴史通りになっていくのか・・)


歴史を知る秀吉(健一)には、この時代の転換点となる出来事が頭をよぎる。


比叡山の焼き討ち――。


その名が、後世にいかに語り継がれるか、秀吉(健一)は知っていた。


信長がこれ以上ないほどに苛立っているであろうことは、容易に想像できた。


しかし、目の前には膠着状態の上杉軍がいる。今は、信長の采配を信じるしか道はない。


(壊すだけでは人は従わぬ。救う手前てまえを、誰がどう示す――そこだ)


(くっ・・なぜ、こんな時に、俺はここにいるんだ・・!)


どうしようもない無力感に、秀吉はいら立ちを募らせた。


彼の心は、まるで荒れ狂う嵐の海に投げ出された小舟のように、激しく揺れ動いていた。


もし信長が、己の「信」に従ってすべてを焼き尽くす道を選んだとすれば――。


秀吉の脳裏に、かつて信長が口にした言葉が蘇った。


「“空”にせねば、新しき秩序など生まれぬ。」


比叡山の炎は、まさにその言葉を体現しているかのようだった。


しかし、その「空」に何が生まれるのか、秀吉にはまだ見えなかった。


ただ、胸の奥底で、冷たい不安が広がるばかりだった。


信長の破壊が余りに敵を多く作りすぎてしまったら天下を取ったとしてもその事を認める”合意形成を日


本中が醸し出せる”空気”となるのか。


俺にそれが可能なのか不安がよぎるのだった。


(史の筋から一年早い。それでも“ここ”で動いてしまうのか――やはり信長は、そう決めてしまうのか)

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