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第112章 深夜、地図を囲んで軍議

(1570年6月)金沢御坊


(秀吉が火鉢の前で地図を指さしつつ)


秀吉:「謙信・・上杉勢か。武田と並ぶ猛将よな」


前田利家:「怖い相手ですな、殿。あの“軍神”と呼ばれる男、自ら兵を率いてると聞いてます」


半兵衛(静かにうなずきつつ): 「ええ、謙信本人が出陣している・兵数は二万二千。田植えの季節に


これだけ動かせるとなると、本気でしょう」


蜂須賀小六:「しかし、謙信ってのは・・どうも腑に落ちん。乱取りがひでぇと聞く割に、自分は“義の


人”と名乗ってる。矛盾してねぇか?」


山田:「それは・・たぶん、謙信自身が“報酬を与えない”からです。兵たちは乱取りでしか食っていけな


い。上杉軍の内情は、正直、信長様の軍とは全く違います」


秀吉(口角をわずかに上げて): 「そうだ。上杉は“馬の鼻先にぶら下げた人参”で戦をする――が、肝心


の人参を“飼い主”がやらんのだ。兵は勝手に奪って満足しろってな」


前田:「・・殿。それじゃ、兵の忠義心なんて育たないのでは?」


秀吉:「その通りよ。謙信は、将兵を“人”と思っておらん。いや、それだけじゃない。味方が何人死のう


が気にせん。“戦で死ぬのが美徳”と、本気で思っとる」


蜂須賀:「わし者か…」


半兵衛:「実際、上杉軍は他の大名に比べて、戦死率が高い。農民が減れば村は滅びるのが道理ですが、


それすら無視して”死に戦”を繰り返す」


秀吉(地図をじっと見つめながら): 「謙信は、信頼で軍を束ねとるんじゃない。“戦場で略奪ができ


る”って条件で、荒くれを集めておる。忠義でつながっておらん。だから反乱も多い。だが・・そんな無


理筋を通すために、“軍神”である必要がある。将兵たちに夢を見せねば、あんな軍は成り立たん」


山田(やや皮肉げに): 「幕府の威光にしがみついてるのも、上杉の名前を受けたのもそのためです


ね。“正義の旗印”を借りてでも武将たちの求心力を保ちたい・・」


前田(眉をひそめながら): 「なら・・勝てるんですか? 我らの一万で・・」


秀吉(やや笑いながら火鉢の灰をつついて)


「勝ち負けより、“耐える”ことが肝要だ。あれだけの兵を動かすには食い扶持もいる。」


「乱取りを許さねば兵は飢える。乱取りをすれば敵意を買う。」


「村を燃やし続ければ、いずれ足元から崩れる」


半兵衛(静かに): 「つまり、敵の“戦い方の限界”を待つ、ということですね」


秀吉(頷く)「そう。今は六月、しかも謙信はもともと輜重を意に介さぬ。ここ金沢御坊では川中島のよ


うに領内からの兵糧輸送も満足に出来まい。」


「我らには信長様が残してくれた米など三か月程度では食いきれないほどある」


「時間は我らの味方だ。奴らの“強さ”は“脆さ”と紙一重――それが上杉の怖さであり、狙い目でもある」


秀吉(ぽつりと地図の南を指さしながら) 


「・・奴らは、我らを取り囲むついでに、この地の村々で乱取りし放題という腹だろうな」


(皆が言葉を失う。火鉢の炭がパチ、と音を立てる)


秀吉(わずかに眉をひそめ、悔しそうに) 


「だからこそ、村々には通達を出したのだ。“南へ逃げろ”とな・・だが、半分も逃げはせぬだろう」


蜂須賀:「農民は、土地を捨てるってことが、命を捨てるのと同じですからな・・」


秀吉(うなずきながら、声を落とす) 


「そうだ・・農民は土地と共に生きる。田んぼ、水路、畑、牛・・。残しては、生きていけぬ。」


「どれほど焚きつけても。」


「最後には“きっと生き残れる”と思うしかないのだ」


(その場の空気が、どこか悲しげに沈む。秀吉の言葉は、戦国の世の非情な現実と、彼自身の内なる痛み


を、静かに、しかし深く響かせていた。)


半兵衛(静かに)  「殿・・彼らが逃げぬことは、分かっていても、避けられぬ現実ですね」


秀吉(目を閉じて、吐息混じりに)  「・・分かっておる。だからこそ、悔しいのだ。俺が、“知恵者だ


なんて、どれほどの知恵があろうとも・・、この現実は、変えられなんだ・・」


(山田が黙って火鉢に薪をくべる。誰もその言葉には、答えない)


前田:「殿、乱取りの報が入った際には・・討ち手を?」


秀吉(顔を上げ、静かに首を振る): 「・・みすみす敵の手に乗って被害を出すわけにはいかん。た


だ、奴らに“戦の代償”を、必ず高くつけてやる。それが・・今の俺にできる唯一の償いだ」


(火鉢の火が赤々と揺れ、夜半の静けさに軍議の間の緊張が染みわたる。地図の上に、敵の陣形と村の配


置が墨で記されている) 秀吉(低い声で開啓): 「・・上杉は強い。だが、考え方を変えればいい」


(皆が目を上げる) 秀吉:「やつらは、まともな軍ではない。乱取りを主に据えた、実態は野盗の大集


団よ」


半兵衛:「つまり・・規律ではなく、利で動く集団、と?」


秀吉うなずく: 「その通り。軍神の旗のもと、やりたい放題ができるとあれば、人も集まる。だ


が、それを束ねる“核”は、謙信ただ一人だ」


前田:「・・ならば、その核を――」


秀吉(静かに、しかし力を込めて): 「そう。”謙信を殺せ。”これが今回の戦の全てだ」


(沈黙が広がる。その言葉の重みに、一同は息を呑んだ。それは、常識を覆す、大胆な命令だった。)


山田(口を開く): 「・・殿、それが成れば、上杉軍は烏合の衆。乱れるのは必定ですな」


秀吉(手をかざして): 「そこでだ。持ってこさせた」


(側近が布を取ると、そこに異様な火縄銃が三丁並べられていた)


秀吉:「新式の火縄銃じゃ。砲身は二倍、筒の厚みは一・五倍、重さは三倍――その代わりに、筒内に螺


らせんを切ってある。弾は鉛製、厚手パッチの丸玉だ。火薬は伊賀と美濃の薬師どもが樽硝を幾度


も煮返し、二番三番の白硝を取り分けた。硝石純度を九割強まで引き上げてある」


蜂須賀:「・・こいつは・・化け物か」


秀吉:「・・三脚が要る。だが二町半から三町(約270~330m)で人馬を止めるに足る。五~六町へも


弾は届くが、狙いの間は二町半まで。・・・ただ、あの軍神に一発届けば良い」


半兵衛:「射手は?」 秀吉:「三人――射撃の上位三名。忍び上がりの”無名”、犬山の砲術者”文六”、そ


れと鉄砲百人組筆頭”清藤”。この三名に任せる」


前田:「謙信一人に、三挺三人・・まさに全軍の命運をかけた狙撃ですな」


秀吉:「そうだ。この戦、攻めどころは二つだけ。 一つ、乱取り野盗の群れと思え。 一つ、謙信の首だ


けを狙え。 それ以外は、すべて、餌と陽動と防御に過ぎぬ。・・よいな?」


(一同、静かにうなずく)


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