第110章 秀吉、十八番の築城
(1570年6月2日)金沢御坊
犀川と浅野川――その二筋の川にはさまれた洲陵に建つ、古き本願寺の砦・金沢御坊。
そこはまるで天の与えし自然の要害。
夕暮れ、馬上から城下を見下ろす秀吉の声は低い。
「犀川、浅野川、そして我らが築く“竹壁”。三重の防衛線にて、この地を鉄壁に仕立てる」
秀吉の命で、黒鋤隊と地元民を総動員しようとしたが集まりが悪かった。
元々一向宗徒の村々なのだから金や米で動かしがたいのだ。
それでも秀吉も泥だらけとなり、皆で切り出した若竹を縄で組み、杭を打って編み立て、焼き石灰(貝
灰)と土砂を練った塗り土に藁スサと海藻糊を合わせて外面を塗る。
火矢も吸って焦げるだけ、矢羽は土に食われる。
「昼は壁を、夜は中を築け。――まずは十日で“形”を立て、内側は夜に厚付けだ。」
「せーの」掛け声と共に、土煙が舞う。
■ 十二日後・夜、軍議
焚き火が照らす陣幕の中、諜報役・山田が図上に人形を並べる。
「報告いたします。上杉勢、約二万二千。麓の村々を抜け、我らの動向を警戒しながら、ゆっくりと進軍
中。目標は・・こちら、金沢御坊かと」
「二倍以上か・・」
青木一矩が呻く。
「この竹壁と川を乗り越えて攻め込むには、奴らも覚悟が要ろう」
「いや、秀吉殿。奴らは、包囲して兵糧攻めに出る気では?」
その言葉に、秀吉は口元に笑みを浮かべる。
「ならば、それもまた好都合。”包囲している”と見せておいて、”包囲させている”のはこちらだった――
と、いずれ分からせてやる」
将たちは目を見開く。
「ここに、一手。“時の罠”を仕掛けよう」
秀吉は地図の一点を指差した。
「奴らが本陣を張るであろうこの丘、その先に“見せ餌”を置く。」
「丁度ここに立つと我らの砦の中が見えるであろう。」
「この丘から砦までの距離は一町三十七間半町(約150メートル)ほどで弓の名手ならどうにか狙える距離、
謙信は弓も天下一だそうだからな。」
※火縄銃性能:この頃の火縄銃の射程距離は最大100mほどで有効射程は50mほど。例外的に長筒を据え置いて狙えば、百数十m超も“当たり得る”が、常備の隊列射は50〜100mが相場
※和弓の性能:日本の長弓は最大飛距離は200mも飛ばすだけなら飛ばす達人がいた。150mはもしかすると当てる達人がいるかもしれない距離




