第109章 信玄動く
(1570年6月2日)金沢・信長陣中
すでに各将への軍令は下され、織田軍は動き始めていた。
秀吉は北陸道を小浜へ向かい、明智光秀は琵琶湖東岸を駆け下る。
信長は3万の兵を率い、比叡山の東側から突入しようとしていた。
そのとき――。
「徳川家康様より、急報にてございます!」
使者が駆け込む。信長は視線だけで「申せ」と促す。
「甲斐の武田信玄、甲府を発ち、信濃の兵と共に浜松へ南下。すでに今川残党を統合し、西進の動きあ
り! 目下、三河の国境に別動隊が圧力をかけております!」
その場がどよめいた。
柴田勝家が一歩前へ出る。
「三河に侵攻されれば、尾張が脅かされるぞ・・!」
信長は、しかし動じなかった。静かに、使者の報をすべて聞いたあと、ようやく口を開いた。
「信玄め・・義昭の文にあえて乗ったか。火薬の話、焙烙玉と同じような物と漏れたようじゃな。」
「あれを“脅威”と捉えたか・・、そして最後の機会と捉えたか・・」
「今こそ、奴らに”火薬”の有無ではなく、”人と策の差”を知らしめるときよ。家康に伝えよ――三河の防
衛は任せた、しばし持ち堪えよ、と」
そして、ふたたび信長は軍議の図上を睨みつけた。
「武田が動いたのなら、我らも早急に動かねばなるまい。」
「比叡山は焼き、京は制し、石山は封じ、上杉は止める。――その先で、甲斐に火を落とす」
その言葉に、場の空気がぴんと張り詰めた。
信長の目には、天下布武への揺るぎない決意が宿っていた。




