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第10章 黄金の潮流

勝った――だが、心が空白だった。

桶狭間の勝利を経て、日吉丸は与力に取り立てられる。

名誉、地位、褒美……けれど、戦場に血を流すことは魂をすり減らすことでもあった。

歴史の“表”で栄光を掴む藤吉郎と、“裏”で彷徨う健一の記憶。

そんな彼を救ったのは、ひとつの未来――ねねとの邂逅だった。



(1560年5月)尾張


桶狭間の戦いにおいて、日吉丸(木下藤吉郎)は一番槍をつけた功を認められた。


しかし首を取ったのは服部小平太であり、毛利新助は岡部元信との戦いの中で討ち取られてしまった。


戦の混乱の中、今川義元の首級を確認した岡部元信らが、遺体を持ち帰るために壮絶な殿しんがり戦を展開しつつ退却していく姿を藤吉郎は遠目に見た。


最後に交わした岡部元信の憎しみに満ちた目が、藤吉郎の脳裏に焼き付いて離れない。


この戦での功をもって、藤吉郎は与力へと出世することとなった。


桶狭間から三日目、褒章を受けて下城した藤吉郎は、早めの夕飯を取ろうといつもの飯屋に立ち寄った。


戦いの緊張が解けたのか、気力の糸が切れたような心地で、ぼんやりと飯をかき込んでいた。


脳裏をよぎるのは「ついに桶狭間を生き延びた」という事実だった。


本史では後方支援の功のみで与力格の任に就いたはずが、今回は最前線で戦功を挙げた。


普通なら、現場の武勇を誇る者たちに睨まれるところである。


だが、思っていたほどの反発は今のところ感じない。

それに少なからずの安堵を覚えた。


だが一方で、岡部元信の目が頭から離れない。そしてもう一つ、自らが人を殺す側に加担したにもかかわらず、不思議と罪悪感が薄いことに、藤吉郎は内心でたじろいだ。


何度も死に戻りを繰り返してきた結果、感覚が鈍ってしまったのかもしれない。


そう思い直すことで、藤吉郎はその違和感を心の奥に押し込めた。


それから三日、さらに一週間が過ぎても、どうにも気力が戻ってこない。


戦を終えた虚脱感なのか、それとも深層に潜む空虚なのか、自分でもわからずに苛立ちを感じるようになっていた。


そんな折、ふと「ねね」との結婚という未来の記憶が脳裏に浮かんだ。


現代における知識の中で、秀吉がねねと結ばれることを思い出したのだ。


その記憶が心の中に温かな光を灯し、沈んでいた気持ちがふと軽くなるのを感じた。


これはただの希望ではない、未来を知る者としての確信だった。


その感情の変化に自分でも驚いた藤吉郎は、次の登城の折、城中でねねと思しき娘の噂を聞きまわった。


幸いにも情報は早く集まり、ある町人の娘が候補に浮上する。


初めて出会ったその日、彼女の笑顔が、戦場の泥と血の記憶を一時忘れさせるほど、柔らかく胸にしみた。

彼女は賢く快活で、そして不思議と心が通う気がした。


現代でそれなりに恋愛経験もあった健一の人格が、気後れすることなくその娘と自然な形で会話を交わし、やがてそれはささやかながらも"逢瀬"のような雰囲気を帯びるようになるのだった。


彼女の好物を覚えて差し入れたり、花を一輪贈ったりと、些細なやりとりの中に、穏やかな時間が流れていった。


時に言葉少なに並んで歩くだけで心が満たされた。


本来ならすでに結婚している頃でもあり、迷うことなく両親に許しを得て、三ヶ月後には正式に夫婦となった。


彼の心は、新たな未来への確かな一歩を感じていた。

この章では、桶狭間の「その後」をじっくり描いています。

戦の功により与力へ昇進した藤吉郎ですが、勝利の代償として、彼の内面には空虚感や罪悪感が静かに広がっていました。

何度も死に戻りを繰り返した彼にとって、“人を殺す”という行為は麻痺してしまっていたのかもしれません。


そして、ついに登場した「ねね」。

この出会いが物語に一筋の柔らかな光をもたらします。

歴史上、ねねとの婚姻は秀吉の人生において重要な転機であり、彼の人間性や政治力を支える存在となっていきます。

今作でも彼女は、藤吉郎の“戦う理由”のひとつとして、確かな位置を占めていく予定です。


次章からは、尾張統治の深化と、戦後の処理――経済と技術をめぐる新たな挑戦が始まります。

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