第104章 秀吉の報告
(1569年 八月)近江
大津・陣屋にて、羽柴秀吉が密使に戦果の報告書を託す。
その表情は、勝利の高揚とは無縁の、淡々としたものであった。
「三好・筒井・本願寺、すでに撃破。敵は河川敷にて壊滅いたしました。」
「死者・重傷者多数。兵の大半は、火傷で半年は動けませぬ。」
「主だった将もほぼ焼け死んだもよう。当分、京には動きはないでしょう」
密使は即座に出立し、信長の元へ急ぐ。
信長はその書状を読み、静かに口元を歪めた。
「奴が”壊す”と決めた時の手は、やはり容赦がないな・・」
信長の言葉が、秀吉の容赦なき戦術を物語っていた。
■ 敗者の沈黙
時を遡る。
燃えた草地、瓦礫と化した陣幕の間に、呻き声と煙が残る。
三好の残兵たちは火傷に包帯を巻き、動けぬ者は地べたに横たわっていた。
その数、全体の半分近く。
仮本陣にて、三好の軍議が開かれている。
しかし、そこに討議の活気はない。
生き残った武将が頭を抱え、絶望的な報告が飛び交う。
「死者三千余、負傷兵五千以上・・そのうち三割は動けません」
「松永様も、筒井殿も、音沙汰がありません・・」
「火薬の兵器・・南蛮の新式か、あるいは悪夢か・・」
指揮系統は完全に崩壊し、報復の手立てもない。ただ、呻きと嘆きだけがそこに残る。
主だった者たちの戦死で、軍の再建は不可能に近い。
若き指揮官が、燃え残りの土を握りしめ、呻いた。
「・・なぜ、こんな・・こんな戦が・・」
桂川の川辺の風が、燃え残りを巻き上げる。
もはや、そこに戦の気配はない。あるのはただ、”敗者の沈黙”であった。




