第100章 双翼の突進:決別の道、そして新たな野望
(1569年 七月)越前
■ 信長・家康連合、越前へ
七月中旬、梅雨明けを告げる太陽が敦賀の地を照りつけた。
織田連合軍は遂に二手に分かれ、行動を開始する。
本軍は総勢二万六千。
織田の諸隊に徳川の三河兵が合流し、朽木越えの山岳路を駆け抜けながら越前・一乗谷へと進軍を開始す
る。
杉の密林が濃い山肌、笹藪がかすかな道を覆い、足元にはミズ谷のせせらぎが響く。
前軍の中央には、織田家筆頭家老の柴田勝家と、その剛勇を支える佐久間信盛が陣取っていた。勝家は険
しい山道を物ともせず、巨体を揺らして進む。
その横顔には、朝倉を討ち果たすことへの揺るぎない決意が刻まれている。
信盛は、その威圧的な勝家の背中を冷静に見つめながら、後方の指揮に気を配っていた。
左翼には、若き精鋭を率いる池田恒興が、険しい斜面を駆け上がっていく。
その視線は常に前方の一点を見据え、朝倉軍の伏兵を警戒していた。
一方、右翼には、徳川の誇る武将、榊原康政と本多忠勝が備える。
忠勝は、漆黒の甲冑に身を包み、鋭い眼光で尾根を睨みつけた。
「殿、朝倉の者ども、まさかこの険路を越えてくるとは思うておるまい」
康政が静かに忠勝に語りかける。
忠勝は無言で頷き、愛槍「蜻蛉切」の柄を強く握りしめた。
三河武士の誇りを胸に、彼らは一歩も引く気はなかった。
信長は小高い丘の上で、地図をじっと睨んでいた。額には汗が滲み、日差しが甲冑に反射してきらめく。
その隣には、信長と並び立つ徳川家康が静かに控えている。
「──義景を挟撃することができれば、若狭の朝倉別働隊もあっけなく瓦解する」
信長の言葉に、家康が静かに頷いた。
「背後から切り裂く“剣”になりますぞ」
信長は冷笑した。
「剣ではない。朝倉という“鈍の首”を掴んで捻り折るつもりじゃ」
その声には、朝倉家への長年の憎悪と、必ずや勝利するという確信が満ちていた。
■浅井軍、若狭へ:決別の刻、そして密約
同時刻、浅井長政は四千の精鋭を率いて西部山脈を越え、若狭・小浜へと直進していた。
道は細く、所々にある小さな集落や茶屋を、先陣の斥候が馬代わりのように走り抜ける。
斜面の尾根からは、熊川宿へ続く鯖街道の気配がかすかに感じられた。
浅井長政は、馬上で険しい山道を見つめていた。
その表情は厳しく、しかしその奥には、深い苦悩と、そして密かな野望が渦巻いている。
彼は、すでに織田への裏切りを決意していた。
「信長を討つ。この機を逃せば二度とない。朝倉を救うには、今しかない。」
「そして、武田家も吸収する。それが浅井の生きる道だ」
長政の言葉は、彼の複雑な胸中を物語っていた。
織田との盟約を破り、朝倉との共闘を選ぶという道。
そして、その先に見据えているのは、朝倉家という強大な後ろ盾を得るだけでなく、いずれは武田家の力
をも取り込み、信長に対抗しうる一大勢力を築くという、秘めたる野望だった。
浅井軍は俊敏そのもの。
彼らは熊川宿を経由して鯖街道を南下し、小浜へ接近しようとしていた。
古参兵たちは口々に叫ぶ。
「今度は、こちらから恩を返す番や!」
「小谷の誇り、若狭で証明してこよう!」
その声が、木立の間に響き渡る。
砂埃が谷間で舞い、陽光を帯びて輝いた。
浅井軍の進軍は、まだ「命がけの忠義の行動」だと誰もが信じていた。
だが、その足跡は、歴史の流れを完全に変える裏切りの第一歩だった。
彼らが目指すのは、朝倉を討つことではなく、織田の背後を突くという、血塗られた道だった。




