星を追う者、ランチを食べる
季節はそう、大学特有の長い夏休みを終えて後期が始まろうとしている10月の始め。今年19歳になる俺こと山崎昴には悩みの種があるのです。
それは、同じ学部の同期である大山魁星に恋をしてしまっているということだ。
ん?今、「昴と魁星?妙だな」と思いましたね?これがメンタリズムです。
ではなくて、今のご時世男が男を好きになっても何も問題はない。この前だって「男は男らしいものが好き!例えば...男!!」なんて格言が爆誕したくらいである。むしろそう考えると我々の方が自然なのではないか?
なんて冗談は置いておき、俺が思いを寄せている彼がどんなにいい男なのか語らせて欲しい。
彼を最初に見たのは入学式後の工学部オリエンテーションの日。
当時の俺は新生活を前にして可愛らしくも緊張していた。恋なんて考えている暇はなかったように思う(まぁ、男が多い学部なので期待はしていたが笑)。
そんな不安と期待を胸に教室に足を踏み入れた時、目に入ったのは1人の大男。背は高て、肩幅は広くガッチリ体型、髪は短く切って前髪を上げてきっちりセットされている黒髪短髪。それに似合う端正な顔立ちと一重の目。目つきは鋭めで少し厳ついが、俺は瞳の奥に優しさを感じた。
なんと自分が理想とする見た目の男が目の前に現れたのだ。その瞬間、新生活の不安や期待は一気に彼一色に塗りつぶされてしまった。
席が近ければ声をかけられたかも知れないと思うが、人生は甘くない。そんなラッキーは起こらず彼とは離れた位置に座らせられる。しかし、自己紹介の時に彼のことを少し知ることはできた。
彼の名前は大山魁星(かっこいい名前!素敵!!)。彼によると、魁星とは北斗七星の先端の星のことを指していて、リーダーや先駆者の象徴とのこと(君は俺の一番星だぜ!!)。九州から上京してきたらしい(九州男児最高!!)。趣味は運動で大学でも運動部に入ろうとしているらしい(素敵!何やっても絵になりそう!)。
なんて彼の発言の一つ一つに惚れ惚れしてしまって妄想を膨らませていたら、あっという間に自分の番が来てしまった。
こういう時の自己紹介は今後の学生生活を左右する大事なものだという自覚はあったのだが、それどころではなかった俺は、山崎昴という名前と東京生まれ東京育ちであること、ゲームや絵を描くのが好きということだけ伝えて着席した。オタク丸出し。正直テンパってよく覚えていない。
これが俺と彼、大山魁星との初対面の出来事である。
その後はなんとか大山くんの近くに座って話しかけようとするも、なんとすでに彼には友達ができていた。
(なんで!?なんでもう友達がいるの!!?)
と心の中で叫ぶ俺。しかしそういえば...入学式の前に新入生交流会の知らせが入っていたような...?まさかあれか!?あんな数時間のうちにもう友達を作ったというのか?信じられない。
「まだ入学もしてないのにこんなのに行くやつ、全員バカです」なんて馬鹿言いながらめんどかったので蹴った俺...。行けば良かったかと激しく後悔する。
ならば同じサークルに、とも思い休み時間に聞き耳を立てていると、どうやら彼は空手部に入部するそう(絶対道着似合う〜!!)。でも空手かぁ。...俺、無理じゃねぇ?もっとテニスとかヤリサーとかとっつきやすいのにしてくれよ!
なんて悪態をつきながらも、実は自分も勧誘されていた漫研サークルが気になっていたため、結局俺は漫研に、大山くんは空手部に入部した。
この時点でお近づきになるのがだいぶ苦しくなってしまった感はあるが、それでも私、諦めない。まだ講義でたまたま同じ班になるとか、そこで課題を一緒にやったり、落とし物を拾ってもらったりだとかチャンスはいくらでも...まぁ、そんなの全く無かったけどもね!!
同じ班になることはおろか、彼に近づくことさえできんかったわ!!だって彼、いつも友達に囲まれてるし。
まぁ?それもそうか。だって俺が一目惚れした男だもん、人気者に決まってるだろう。...てか、あの大山くんの取り巻きの中にライバル混じってそうだよな。早めに始末しておかねば。
そんなこんなで俺も無事に漫研で何人か友達ができて(同じ学部の友達はいないけど...)、悲惨な学生生活は回避したが、どこか満たされることのない悶々とした日々を過ごしてあっという間に夏休みに突入してしまった。
夏休みは特に何もせず自堕落に過ごしていたのだが、そこで俺は悟った。そう、「機会を待っていては大山くんと距離を縮めることはできない。世の中そんなに甘くはない!!」と。
そして時は現在に戻り大学一年後期の初日。なんと目の前には1人で先生の話を聞いている大山くんの姿。
え?なんでせっかくのチャンスなのに隣に座らないのかって?いや、俺だって戸惑ってるんだよ!(なんで!?なんで今日大山くん1人なの?)
ついつい負け犬根性が染み付いてしまい当たり前のように彼を眺めていられる少し離れた位置に陣取ってしまった...
いや、待てよ?今の時間はお昼前。この講義というか初回のオリエンテーションが終わればお昼だ。これは、あの手が使えるんじゃないか?
説明しよう。あの手とは?それは俺こと山崎昴が夏休み中に必死に考えた大山くんに近づく作戦の一つ、ランチを隣で食べる作戦。
作戦はこうだ。彼が学食に行くのを後をつけて一緒に入店→同じものを頼めば着席のタイミングはほぼ同じになるが、学食はいつも激混み→そのため他に席がなくて仕方なくという大義名分の元、彼の隣に座ることができる→そこでワンチャン会話ができれば最善→しかし、会話ができなくとも食べるスピードを合わせれば片付けの列に並ぶ時に大山くんの後ろを陣取ることが可能!じっくり彼の後ろ姿を堪能できる!こういったスキームである。なんと完璧な流れだろうか。
ひょっとしたら彼と楽しくランチして連絡先まで交換できちゃったり...デヘヘ♡
なんて妄想を膨らませていたらオリエンテーションの話は終わり、1人彼が席を立つのが見えた。
よし!予想通り彼は1人で昼食に向かうつもりなのだろう。早速後をついて行く俺。...ストーカーじゃないよ?たまたま目的地が同じだけ。
「問題は大山くんが学食に向かってくれるかだが...」
そう、大学生が昼食を取るにはなにも学食だけではない。大学を出て少し歩けば中華屋やラーメン屋、ファストフードなど安く食べられるお店はたくさんある。そうなってしまえば計画は破綻。せっかくのチャンスだが彼を拝みながら昼飯を食べるしかなくなるが果たして...?
なんて心配をよそに、大山くんは学食へ歩みを進めていく。暁光!今日は神様が味方してくれている!!
券売機で大山くんの後ろに並び彼のチョイスを確認する。彼が選んだのは...中華丼!
「中華丼かぁ。あんまり好きじゃないんだよなぁ」
そう思いつつも作戦のため渋々俺も中華丼を選択し入店。
「えっ...?」
しかし俺は目の前に現れた光景を前に思わず声を出してしまった。
「人が全然いない...?」
いつもの激混みな学食はどこへやら、ガラガラの席だけが並んでいる。これでは流石に隣に座るのは不自然だ。
(ちっ。少し早すぎたか?にしても少なすぎる。いつもはイラつくくらい無駄にいるのにどこ行きやがった使えない奴らめ)
なんて悪態をつきながらも俺は渋々彼と少し離れた席に座るしかなかった。せめて大山くんの顔だけは眺めながら目の保養をしたい。
「よし、ここならいいか?」
中華丼を受け取り大山くんの顔が拝める位置に座る。
「やっぱりかっこいいよなぁ♡」
隣に座って話しながら食事をする作戦は無理だったが、まだ別の作戦やチャンスはあるはず。一先ずは大山くんの取り巻きに邪魔されずに彼の食事シーンを目に焼き付けておこう。
そう思いながら中華丼に手をつけていると少しづつ人が増えてきた。
(ちっ、ノロマな野郎ども今頃増えてきやがった)
心の中でぼやく俺。
だんだんと学食が騒がしくなってきたころ、知った声が聞こえてきた。
「いやー、魁星お疲れ〜!」
大山くんの取り巻きの1人だ。名前はなんて言ったか。まぁ、取り巻きAでいいか。取り巻きAも短髪で見た目は悪くないんだけど、茶色に染めていてチャラい印象。俺は真面目そうな人がタイプなので取り巻きAは大山くんの足元にも及ばない。
「おせぇな笑。講義サボってんじゃねーよ!俺1人でビビったわ笑」
「えっ?マジ?ウケる!!他の奴らもサボったのかよ笑。まぁ、だって初回の講義ってオリエンテーションだし行く意味なくね〜?みんなそんな感じでしょ?」
「いや、お前ら以外は結構来てたぞ」
「嘘つけ〜。学食もあんま人いねーじゃん」
なんて大山くんは友達と雑談に花を咲かせている。でもなるほどな、どうりで人が少ないと思ったが、初回の講義なんて誰か1人が出席してればいいもんな。実際さっきの講義も出席点やら講義の形式やら大したこと話してないし。
てか、大山くんを1人にするとは何事だ。だったらその席俺と替われ!!てか、俺も大山くんのこと魁星って呼びたい...
なんて大山くんの取り巻きに嫉妬の炎を燃やしていると彼の他の友達も集まってきて、いつものように大山くんは人に囲まれている。
「じゃあ、みんな集まってきたみたいだしそろそろどっか行く?みんな食べてきたんでしょ?」
「おう、そのまま午後みんなで遊び行こうぜ!」
(っ!しまった!!)
作戦が失敗して考え事に夢中になってしまっていた。まだ全然食べ終わっていないじゃないか!!
そんなこと考えてる間にも大山くんたちは今にも席を離れそうな勢いだ。
(まずい、このままでは彼の後ろ姿を近くで堪能する作戦までパァになってしまう。せめてそれだけは...)
俺はその一心で無我夢中で苦手な中華丼を口に入れる。
(うわ、あんかけを無理やり突っ込んだせいで気持ち悪)
(や、やばい!吐き出しそうだ!!待ってくれそれだけは勘弁してください神様!!彼の背中はもういいので助けてください!!)
そんな願いも虚しく喉を駆け上がるあんかけの音が聞こえてくる。
(も、もう無理そうだ...せめて大山くんがいなくなった後で...)
真っ青になりながら大山くんの方を見るとにこやかに談笑しながら学食を後にしようとしている彼の姿。対照的にもほどがある。
俺は彼らが学食を出ていくのを見届けてから
(もう、ゴールしてもいいよね?)
俺は抱えきれなくなったものを
ーー全て吐き出した。
吐き出した時の感覚はまさに、溺れる者がやっとの思いで水面から顔を出し息を吸い込んだような感覚。俺はこの感覚を今後10年は忘れないだろう。
(て、満足感に浸ってる場合じゃない!この惨状をなんとかせねば!)
幸いにも音もなく静かに吐き出すことには成功した。引き続き気配を消して片付ければ良い。
しかし、神はそれだけでは許してくれないようだった。
ドン!
「ぐえっ!?」
ひっそりと任務を遂行するのに夢中だった俺は背後から近づいてきた謎の輩に気が付かなかった。
「あ、ごめん。大丈夫?変な声出てたけど?って...」
ぶつかってきた野郎はとんでもないことになっている俺の姿を見て絶句する。
「あ、いや...」
見られてしまった絶望感で俺も思考がフリーズしてしまう。
「ご、ごめん!まさかそんな大事になってるなんて!!」
おそらく彼は自分がぶつかったせいで俺が食べたものをぶちまけたと思っているのだろう。慌てて拭くものを取り出して片付けをしようとしてくれる。
「あ、いや。これは...君のせいじゃなくて...」
止まった思考をなんとか巡らせて俺は勘違いしていることを伝えようとしたが
「いやいや、完全に俺のせいでしょ!!」
彼は俺の言葉を遮りながら俺が吐き出した餡掛けを拭いてくれている。
(あぁ、なんでこんなことに。というかこの状況は客観的に見て...)
俺が思うが先かこの状況を見た誰かが呟く。
「うわぁ...涎掛けでも付けとけよ」
そう、ぶちまけられた餡が離乳食のように見え、食事をぶちまけた赤ちゃんが親に後片付けをしてもらっている。そんな構図にしか見えないのだ。俺が今年19歳になる大学生であることを除いて。こんなの誰が見たってドン引きものだろう。
そんなこんなをしてる間にぶつかってきた彼は片付けを終える。
「本当にごめん!それじゃあ!!」
彼も居心地の悪さを感じていたのだろう。足早に去っていく。
俺も1秒でも早くこの場から立ち去りたく食器を片付けて学食を後にする。
外に出ると過ごしやすい秋の陽気と太陽が俺を照らす。しかし体が感じる空気はとても冷たかった。
「もう、午後の講義はいいや...帰ろう...」
そう、もう午後の講義なんてどうだっていいのだ。どうせガイダンスだけなのだから。
骨折り損とはこのことと思い肩を落としながら俺は帰路に着くのであった。
しかし、俺は諦めない。まだ彼に近づくための作戦は始まったばかりだ。