2章 聖女誕生 決意の瞬間
あのピクニックの日から半年ほどが経ち、青く茂っていた草葉は赤みを帯びていった。今日も、いつもの教会に祈りを捧げていると何者かの声が聞こえた。聞こえるのではない、頭の中で何者かの声で再生されているような奇妙な感覚だった。
「恐怖が大地を染め上げる。運命の子を導け。その単眼は大地を導く。…」
「貴方はいったい何ですか。」
訳が分からない。混乱しながら声の主に問いただす。
「その地はキネル。汝もまた業を背負う者。」
声が消える。災厄?運命?頭の処理が追い付かずにいると、突然声が聞こえる。
「どなたと話をしていたのですか。」
あの声ではない。聞きなじみの声だった。
「ゴートさん。頭に声が聞こえて。訳が分からず…。」
返答はない。頭のおかしな子だと思われたかもしれない。
「いえ、少し疲れているのかも。」
慌てて誤魔化そうとするが、ゴートが口を開く。
「きっと、神の声でしょう。」
頭の中でその可能性は考えた。しかし、あまりに非現実的な話だ。神といってもそれは神話だ。
「貴方もヌースならば分かっているはずです。」
他人に言われると実感が湧きだす。そうだ。これは神の導きなのだ。そして私は…使命を与えられたのだ。洗脳にも近い使命感がこの時私を、塗り潰した。
その後はもう迷いはなかった。両親や幼馴染に神の声が伝えたが、取り合ってもらえなかった。けれど関係ない、私には世界の運命が託されたのだ。結局、見送りに来てくれたのは、幼馴染の三人のうち、デイスだけだった。
「本当に行ってしまうのかい。」
「ええ。誰に信じられなくても、私は私のやるべきことをやり遂げてみます。」
「いかないでくれないか。」
「なぜ?」
私はいらいらしていた。なぜ止めようとするのか。世界の命運が懸かっているのに。
「君のことが好きなんだ…。いつだったか話したよね。僕の好きな人のことを。それは君なんだ。だからいかないでくれ。」
え? デイスがわたしを? 好き? 気持ちが揺らぐ。しかし、すぐに気持ちを入れ替える。
「ありがとう。でもごめん。その気持ちにこたえられない。」
「レーナ…。」
彼の瞳が私にすがる。私を求めてくれているのが伝わる。けれど、
「いくわ。…幸せになってね。」
貴方なら大丈夫。きっとすぐに、私なんかよりもいい子が彼を支えてくれる。貴方を支えるのは私じゃなくてもできる。
そのまま彼女は村を出た。大いなる意思をその胸に、旅へと出た。