1章 声を求めて
「あれ、この辺じゃあ見ない格好だな。旅の人かい?」
鍬を持ち畑を耕している農夫に声をかけられた。この地方特有の黒い髪を持ち、何本か白髪が見える。確かに、この東部では銀色の髪を持つ人間は珍しく見えるだろう。
「はい。巡礼の旅をしているのです。もしよろしければ、この村の教会でお祈りの歌を歌わせていただけませんか。」
私たちが暮らすこの大地は現界であり、信仰の対象である神々は天界にいるとされている。東部では西部に比べて信仰が深くないが、たいていの村や町には一つ教会が存在する。私はいま、世界各地の教会を訪れ祈りを捧げる巡礼をしている。
「おお、ヌースの方だったか。ぜひ、この村の教会で歌っていって下さい。案内します。」
そう言って農夫は村の中へと案内をしてくれた。「そういえば、ヌースはなぜ巡礼を?どんな願いを叶えたいので?」道中、農夫は質問を投げかける。神を信仰し、祈りの歌を歌える者は「ヌース」と呼ばれる。ヌースとは職業を指す言葉ではなく、熱心な信仰者という意味合いで使用される。そして、世界中の教会で歌を歌ったヌースは神の声を聴き、自分の願いを叶える鍵を聞くことが出来るとされている。
「ええ、探し人がいまして…。その人を探すために巡礼を行っているのです。」
これ以上はあまり聞かれたくない。そんな気持ちが声に乗ってしまっていたのか、農夫は察したように、「すまん、すまん。こんなこと聞くのは野暮だったな。」明るく返し、これ以上詮索はしてこなかった。
「着いたよ。」案内された教会は簡素な作りだった。村の人たちが住む家と同じ作りで、玄関に申し訳程度にシンボルである、「三日月と現界を見守る目の紋章」が描かれていた。
「ありがとうございます。」そう答え、農夫を見送ろうとするが、動く気配がない。「どうされました?」たずねてみると、「ヌースの歌う歌を聞いたことがねえんだ。聞かせてくれねえか?」農夫は少し興味深そうに言った。「ええ、もちろんかまいませんよ。」そう言い、教会の中へと入っていく。旅の荷物が入っている鞄の中から、マッチと二センチほどの蝋燭を取り出す。教会内の奥にある机に蝋燭を置き、火を点ける。
「それでは歌います。目をつぶり、神に祈ってください。」農夫は目を閉じ、彼女の歌声を待つ。しかし、いつまで経っても歌声は聞こえてこない。そしてついには、「終わりました。目を開けてもいいですよ。」と終了の宣言をされてしまう。目を開けると、蝋燭は消えていた。「おいおい、なんも歌ってなかったじゃねえか。」不満げに彼女にこぼす。すると彼女は悪戯っぽく言う。「ふふ、歌うといっても声に出すわけではないんです。心で歌い祈りをささげるのです。」なんだよ。拍子抜けしたように農夫は「まあ、ゆっくりしてけよ。」と言い残し、畑へと戻っていった。
農夫を見送り、一人残った教会でぽつりと言葉をこぼす。「ようやく聞こえました。」
その日は村を見物したあと、村長に会った。村長の厚意で使っていない部屋を貸してくれた。村長は数年前に妻に先立たれ、今は息子夫婦とその子供と一緒に暮らしている。四人で食卓を囲み子供からせがまれ、旅の話をした。貸してもらった部屋は物が少なく、綺麗に片付けられていた。ベットで横になりながら、教会で起こったことを思い出していた。
いつも通り、心で歌を歌い、探し人の居場所を神に聞いた。普段なら何も聞こえないはずが、今回は聞こえた。かつて、私を導いた時と同じ声が。「来る日。彼の者は試練を終え、この大地へと帰る。なすべきことをなしに。」居場所までは分からない。しかし、その人が来ることを知れたのは大きな成果だった。声が聞こえたということは、私はこれから先、またその声を頼ることになるのだろう。しかし、今度こそ間違えてはいけない。
なぜならこれは、贖罪の旅なのだから。
いよいよ本格的な投稿です。
今後もお付き合いしていただけると嬉しいです。