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クモをつつくような話 2022 その3

作者: 山崎 あきら

 8月1日、午前1時。

 作者の自宅から路地を挟んで向かい側の駐車場でオニグモを見つけた。体長15ミリほどだが、平屋の屋根の高さに円網を張っているので手は出せない。残念。


 午前6時。

 コガネグモのカオルちゃんのお尻が二回りくらい小さくなっていた。直径約80センチのきれいな円網には隠れ帯も付けられていない。これは産卵を終えたので食欲が回復したということだろう。

 コガネムシをあげると、すぐに駆け寄って捕帯でぐるぐる巻きにしてくれた。そこまではいいとして、獲物をホームポジションに持ち帰る時には口に咥えたまま(牙を打ち込んだまま)運ぶのだった。ショウリョウバッタの雄も後脚を咥えて運んでいたし、大物狙いの分、ジョロウグモなどよりは力持ちなのかもしれない。あるいは牙の強度や構造が咥えて運ぶのに適したものになっているのか、だな。他のコガネグモやナガコガネグモの運び方も観察する必要があるなあ。

 さて、コガネグモが産卵したのなら、だいたい半径2メートルの範囲に卵囊があるはずだ。しかし、探してみたものの見つからなかった。道路標識のポールの死角になる部分に付けられているのかもしれない。実際、水平になっている金具の下面にはオニグモのものらしい古い卵囊がいくつか残っていた。

 マリちゃんは円網を張り替えていなかった。隠れ帯もX字形のままだ。満腹なんだろう。


 午前10時。

 近所の街路樹の根元で体長35ミリほどのイナゴを捕まえた。イナゴのシーズンが始まったのだなあ。これはどの子にあげようか。


 午後10時。

 スーパーの東側の植え込みでコガネムシを5匹、南側では体長70ミリほどのショウリョウバッタを捕まえた。豊かな季節になったものである。


 8月3日、午前6時。

 ショウリョウバッタを光源氏ポイントに残っている最後のコガネグモにあげた。大型の獲物だけに円網に大穴を開けて捕帯を巻きつけるのだが、やはりバッタ系の獲物だと巻きつける量が少ない。牙を打ち込むのも2回ほどでショウリョウバッタは動きを止めたようだった。どうしてコガネムシはタフなんだろう? とは言っても、スズメバチほどではないようだが。

 体長5ミリほどの翅が透明なガをいっぺんに5匹くらい捕まえたのでジョロウグモたちに配った。そのうち3匹はすぐに駆け寄って牙を打ち込んだのだが、2匹は円網の隅に避難してしまった。それほど力を入れて投げつけたつもりはないんだけどなあ……。

※この2匹は脚を2本失っていたから、脚を失うと獲物に対して消極的になるのかもしれない。ただ、この場合も学習能力が必要になるわけだが。


 午前7時。

 コガネグモのカオルちゃんにコガネムシをあげた。カオルちゃんはバーベキューロールで大量の捕帯を巻きつけ、一休みしてからまた捕帯、また休憩して牙を打ち込んでまたまた捕帯というのを繰り返すのだが、コガネムシはしぶとくもがいている。なるほど大量の捕帯を巻きつける必要があるわけだ。

 そして、コガネムシも咥えて運ぶんだ、カオルちゃんは。甲虫の外骨格は硬いから牙が通るところを探すのも大変だろうに。

 予備のコガネムシは近くにいた体長20ミリほどのナガコガネグモにあげてみた。この子はちゃんとお尻から引いた糸に第四脚を添えてホームポジションに持ち帰っていた。

 他のコガネグモにもコガネムシをあげてみる必要があるなあ。多分咥えて運ぶのはカオルちゃんの好みだと思うのだが……。

 マリちゃんは円網すら張っていなかった。いくら小柄な子とはいえ、腹ごなしに2日間もかかるんだろうかなあ……。


 午前8時。

 行き倒れのトンボを拾ってしまったので、そこらにいたナガコガネグモにあげた……のだが、歩み寄って脚先をトンボにかけるだけで捕帯を巻きつけようとしない。暴れないせいだろうと思ってトンボをツンツンしてみたのだが、それでも手を出さない。しかたがないのでそこらを一回りして二〇分ほど経ってから見に行くと、ちょうど捕帯を巻きつけ始めたところだった。ナガコガネグモは暴れない獲物に対してはとにかくやる気が出ないクモなのである。それでいて、暴れる獲物なら円網の糸が次々に切れていくような重量級のアブラゼミでも積極的に仕留めようとするのだ。この辺りは暴れる獲物も大型の獲物も苦手とするジョロウグモとは大違いである。


 午後1時。

 ボトルの水をヘルメットにかけながら涸沼方面へ向かう。

 途中で体長10ミリほどのガを捕まえた。明日の朝まで雨が降らないようならゴミグモ母さんにあげよう。


 8月4日、午前6時。

 ゴミグモ母さんは横糸を張っているところだった。すでに卵囊10個分くらいは産卵しているはずだが、まだまだ元気そうだ。円網が完成するまで待って、昨日捕まえたガを、鱗粉を擦り落としてからあげておく。

 ちょっと考えたのだが、光源氏ポイントのゴミグモたちがいなくなったのは環境が悪化したせいではないだろうか? 光源氏ポイントのゴミグモたちは低木の周辺に円網を張っていた。その結果、葉が茂ってくることによって円網にかかる獲物が減ってしまったのではないかと思う。ジョロウグモの幼体たちも進出してくるし。

 その点、常緑樹であるツツジの植え込みに円網を張っているスーパーの周辺のゴミグモたちにとっては環境の変化が少ないのだろう。ジョロウグモやナガコガネグモが進出してくるのは同じだが、その場合でも数十センチ引っ越せば、すぐに開けた場所に出られるはずだ。

 近所のヨモギにコガネムシが3匹取り付いていた。ヨモギの茎はかなり硬くなるから広葉樹と間違えたのかもしれない。しかし、ヨモギの葉の匂いは平気なんだろうかなあ……。


 8月5日、午前6時。

 サルスベリの花が見頃になった。サツマイモの花もいくつか咲いている。

 光源氏ポイントの最後のコガネグモはショウリョウバッタだったらしい緑色の肉団子をもぐもぐしていた。円網も張り替えた様子がない。


 午前7時。

 カオルちゃんの隠れ帯は下側2本。ちゃんと円網を張ったマリちゃんは左下に1本だけだった。この2匹にはコガネムシを1匹ずつあげる。

 念のために言っておくと、今回はコガネムシの前脚と中脚のかぎ爪を外してからあげている。獲物に爪を引っかけられて「もう、いやっ」と引っ越しをされたりしたのでは困ってしまうのだ。

 そしてカオルちゃんもマリちゃんも仕留めたコガネムシを咥えたままホームポジション近くまで運んでいた。ただ、円網に固定する前のわずかな時間だけはコガネムシを糸でぶら下げていたようだ。

 その近くにいた体長20ミリほどのナガコガネグモにもそこらで捕まえた同じくらいの体長のバッタの子虫をあげてみると、この子もショウリョウバッタをあげた時のカオルちゃんと同じように揃えたバッタの後脚2本を咥えて運んでいた。これは咥えて運んだ方が獲物が揺れない分運びやすいということなのかもしれない。ただ、円網に固定する時だけは第四脚でぶら下げるようだ。ということは、風が弱いというような条件ならぶら下げて運んだ方が手間が省けるのかもしれない。


 8月6日、午後1時。

 光源氏ポイントのゴミグモはいなくなったと言ってしまったのだが、1匹残っていた。平屋の天井くらいの高さにゴミ付きの円網があったのだ。同じくらいの体長ならジョロウグモよりも体重では上だろうに、逃げることを選ぶんだなあ。

 ジョロウグモの最大の個体は体長20ミリ近くになっていた。

 コガネムシにコガネグモを……。〔違うだろ!〕

 もとい、コガネグモにコガネムシをあげてみた。この子もやはりコガネムシを咥えたまま運んでいた。コガネグモ一族の伝統芸なんだろうかなあ……。


 午後2時。

 またお尻がまるくなってきたカオルちゃんの隠れ帯は下側2本になっていた。コガネムシをあげておく。

 問題はマリちゃんで、姿が見えないと思ったら、道路標識のポールの高さ2メートルくらいの所に円網を張っていた。隠れ帯は上側2本がハーフサイズのX字形。これは通常コガネグモが円網を張る高さではないし、お尻も小さくなっているから、産卵したものの、疲れてしまって元の高さまで戻れなかったというところだろう。

「マリちゃんは手の届かないところに行ってしまった」〔嫌われたな〕


 午後3時。

 体長50ミリほどのトンボを捕まえたので、光源氏ポイントまで戻って、ジョロウグモの20ミリちゃんにあげた……のだが、円網の隅に避難されてしまった。羽ばたけないくらいに弱らせてあるのだが、それでも警戒されてしまうのだ。しばらく待ってみたのだが、トンボに近寄ろうとはしなかった。


 8月7日、午前6時。

 体長30ミリほどの細身のバッタの子虫をゴミグモ母さんにあげてみた。すると母さんは、まずバッタの腹部後端辺りに牙を打ち込み、それから胸部にも打ち込んだようだった。バッタなのだから、まず捕帯だろうと思っていたのだが、ハズレだった。あまり暴れなかったせいだろうか? 

 バッタがおとなしくなると、円網に大穴を開けながらDNAロールで捕帯を巻きつけ、しおり糸でぶら下げた状態でホームポジションに持ち帰った。体長で3倍近い獲物でさえも仕留められるんだ。すごいなあ。

 同じくらいのバッタの子虫は体長15ミリほどのジョロウグモの幼体にもあげたのだが、この子は知らん顔をしていた。


 午前11時。

 ジョロウグモの幼体がバッタの子虫を食べていた。大型の獲物に対しては十分に時間をかけて、安全だと判断してから手を出すわけだ。


 8月9日、午前6時。

 2日前に拾った行き倒れのアブラゼミ2匹をポケットに入れて光源氏ポイントへ向かう。

 ほとんど反応がないアブラゼミは体長20ミリほどのコガネグモに、羽ばたくことができる方は羽ばたけないくらいに弱らせてから、隣にいた同じくらいの体長で細め体型のナガコガネグモにあげてみた(ナガコガネグモの円網がアブラゼミの羽ばたきに耐えられなかったことがあるのだ)。

 コガネグモはしばらく様子を見てから近寄って、アブラゼミの脚にだけ捕帯を巻きつけ、胸部辺りに何回か牙を打ち込んだ様子だった。

 ナガコガネグモの方はいったん円網の隅まで避難したものの、慎重に近寄ってDNAロールでぐるぐる巻きにしていた。

 コガネグモは「大暴れする獲物ではない」と判断して捕帯を必要なだけしか巻きつけなかったのだろう。お尻が大きい分体重もあるので、獲物が暴れても捕帯の追加で対応できるだろうし。

 それに対してナガコガネグモは、大物を仕留める時の標準的な量の捕帯を巻きつけたということだと思う。おそらく、比較的体重が軽いせいだろうと思うが、ほぼ同じサイズの獲物への対応に大きな差が出たのが面白い。

 体長12ミリほどのジョロウグモには20ミリほどのバッタの子虫をあげたのだが、やはり避難されてしまった。ジョロウグモは安全第一主義のクモなのである。しょうがない。体長5ミリほどのガをあげておく。

 念のために言っておくと、作者は女王様体型のジョロウグモたちに優先的に獲物をあげている。平民体型の子たちなら支援しなくてもオトナになれるだろうという判断だ。作者はバランスの取れたスタイルの子が好みなのである。


 午前7時。

 コガネグモのカオルちゃんは直径約50センチでほとんど下半分しかない円網を張っていた(上側の係留糸が切れたんだろう)。隠れ帯は左下1本のみでお尻はまた小さくなっている。産卵したばかりなのか、食欲がなさそうな様子なので、そこらで捕まえた体長20ミリほどのバッタの子虫をあげておく。

 マリちゃんは元気そうだ。円網の直径も約60センチで隠れ帯はない。円網が下に向かって広がったような気もするので、そこにコガネムシを放り込んであげる。


 午後2時。

 光源氏ポイントのコガネグモは草葉の陰で……。〔違うだろ!〕

 もとい、アブラゼミをそのままにして、草の葉陰で涼んでいた。で、その隣のナガコガネグモは真面目にアブラゼミを食べているのだ。こういう場面でも種の個性が出るのが面白い。


 午後3時。

 カオルちゃんもマリちゃんもお尻の後端を太陽に向けていた。この2匹のいるところには身を隠せるような葉陰がないのだ。

 本日のお土産はイナゴとイナゴクラスのバッタの子虫を合計9匹である。

 最近スーパーの周囲のツツジの刈り込みが進められている。今年はもうスーパーの周辺でのクモ観察は続けられないかもしれない。


 8月10日、午前6時。

 光源氏ポイントのコガネグモとナガコガネグモのコンビはアブラゼミを食べ終えていた。しかし、コガネグモは円網を張り替えていないのに対して、ナガコガネグモの方はちゃんと円網を新しくしていた(隠れ帯は上と下に1本ずつ)。ナガコガネグモは暑くてもちゃんと獲物を食べるからだろう。


 午前7時。

 カオルちゃんは何かを食べていた。その円網は直径60センチ弱。どうも上側の枠糸をそのままにして、ホームポジションの位置を下げたらしい。上を元に戻すのには新たに係留糸から張り直す必要があるので、それを嫌ったんだろう。

 マリちゃんの姿は見えなかった。獲物が豊富過ぎるという意味で環境がよくないので引っ越すことにしたんだろうかなあ……。


 午前11時。

 近所のツバキの植え込みに体長1.5ミリほどのオレンジ色のクモが2匹いた。ヒメグモである。


 8月11日、午前6時。

 光源氏ポイントのコガネグモは円網の横糸をゆっくりゆっくり張っているところだった。お尻が小さくなったようだから産卵で疲れているのかもしれない。

 円網が完成してからイナゴをあげると、ナガコガネグモと同じように捕帯を投げかけて動きを封じてから牙を打ち込んでいた。イナゴの仕留め方ではコガネグモとナガコガネグモの間で差は出ないようだ。

 そして、気が付いたらまた新たなコガネグモが直径約80センチの円網を張っていた。どこか作者の見えないところにいた子が出てきたんだろうか? 挨拶代わりに予備のイナゴをあげておく。

 体長15ミリクラスのジョロウグモたちは体長5ミリほどのアリならば脚を動かせるくらいの弱らせ方でもちゃんと牙を打ち込んでくれるようになった。よしよし。

 その中の1匹は体長5ミリほどのガの翅に牙を打ち込んでしまったのだが、0.5ミリくらいずつ牙の位置をずらしていって最終的には胸部にたどり着いていた。少しくらい失敗してもリカバーできれば何の問題もないのである。


 午前7時。

 カオルちゃんは肉団子をもぐもぐしていたのだが、体長70ミリほどの茶色のショウリョウバッタを捕まえてしまったので、円網に投げ込んであげる。カオルちゃんはすぐに飛びついて捕帯を投げつけ、さらに円網に穴を開けてDNAロールで捕帯を巻きつけていった。そうしてショウリョウバッタが動かせるのは右の後脚1本だけという状態にしてから胸部に牙を打ち込んだらしかった。

 ナガコガネグモにショウリョウバッタをあげたことはないのだが、イナゴを円網に投げ込んでも、お尻から糸を引いて逃げたりすることも多いから、おそらく仕留めようとしないんじゃないかと思う。まあ、機会があったら実験してみよう。なお、オニグモにショウリョウバッタをあげた時には、円網の糸を切って獲物が落下するまで見守っていた。コガネグモは大型の獲物を仕留める能力が高いクモであるのらしい。


 8月12日、午前11時。

 近所のヒメグモの片方の不規則網に枯れ葉が1枚取り付けられていて、その下にくすんだオレンジ色のお尻で体長4ミリほどのクモがいた。これはどう見ても雌だ。ということは、鮮やかなオレンジ色で小型の個体は雄だったということなのか? 雄の不規則網にお嫁さんがやって来たのか、あるいは獲物を食べてお尻が大きくなっただけなのかもしれない。


 午後11時。

 ヒメグモ2匹がいるツバキの前のフェンスにコガネグモの卵囊のようなものが取り付けられていた。しかし、これが小さい。縦20ミリ、横15ミリくらいしかない。コガネグモの卵囊だとしたら体長15ミリ以下の子ということになりそうだ。より小型のコガタコガネグモとかムシバミコガネグモの卵囊かもしれない。ただし、これらのクモの卵囊の形については調べきれなかった。


 8月14日、午前2時。

 台風は通過したらしい。

 ヒメグモは3匹(プラス雄が1匹)になっていた。そのうち、体長2ミリほどの雄と同居している子はせっせと網を補修している。


 午前11時。

 また行き倒れのアブラゼミを拾ってしまった。また出掛けなくちゃ。

 雄と同居しているヒメグモは体長3ミリほどになっていた(以後「3ミリちゃん」と呼ぼう)。3ミリちゃんは網の修理を終えた様子だったので、フェンスの上から体長5ミリほどのアリを弱らせてから落としてみた。これがうまくシート網に乗ったので、シート網の下に潜り込んだ3ミリちゃんは捕帯を投げ上げてから牙を打ち込んだ様子だった。できればこまめにアリをあげてお尻の変化を観察したいと思う。〔……スケベ〕

 もとい、お尻の色の変化を観察したい。


 8月15日、午前5時。

 作者の部屋の隅に張られていた不規則網に体長3ミリほどの黒いクモが現れた。ここにはもともと体長1.5ミリほどの黒いクモがいたのだが、お嫁さんがやってきたらしい。今は仲良く同居している。

 なお、雌(多分)は雄よりも低い位置で背面を下にした水平姿勢を取っている。不規則網を張るクモではこれが通常の姿勢らしい。

※『日本のクモ』で調べてみると、この子はヒメグモ科のクロマルイソウロウグモのようだ。「建物の周囲、樹林地、林道の崖地などに造網しているオオヒメグモ、カグヤヒメグモ、ヒメグモなどの網に侵入して網の主を捕食する。さらに卵のうのそばに待機して、出て来る子グモを食べる」とも書かれている。ということは、捕食するためにやってきたのかもしれない。この子は今のところ網の主を捕食する様子はないから、作者としては夫を求めて三千里の旅路の果てにやっと巡り会えたカップルであると信じたいのだが……。


 午前10時。

 近所のヒメグモは4匹(プラス雄1匹)に増えていた。新たに現れた子は体長2ミリくらいだ。

 今日も3ミリちゃんに弱らせたアリをあげたのだが、アリは不規則網部分に引っかかってしまった。そのため、3ミリちゃんはシート網部分をいくら探しても獲物が見つからないのでホームポジションに戻ってしまった。もしかすると、ヒメグモの場合、獲物はシート網部分に落下するものと思い込んでいるのかもしれない。しょうがないので枯れ草でツンツンしてシート網に落としてあげた。もう少し暴れるような獲物なら違う結果になったかもしれないなあ。

 なお、3ミリちゃんと同居している雄(多分)も少し大きくなったような気がする。2匹で仲良くアリを食べたんだろう。〔んなわけあるかい!〕

 実際は3ミリちゃんの食べ残しを盗み食いしたというところだろうな。

 枯れ葉の下に潜り込んでいる子にもアリをあげたのだが、この子の体長は4ミリほどだった。ヒメグモはジョロウグモよりも獲物に対して積極的に手を出してくるので面白い。糸を巻きつけて獲物の動きを封じてから牙を打ち込むという狩りができるせいだろう。

※宮下直編『クモの生物学』(2000年発行)には「ヒメグモ科のクモは、粘球糸を投げかけて餌を攻撃する」中略「ヒメグモ科のつくる粘球はコガネグモ科やアシナガグモ科のそれより大きく、肉眼でも見えるほどである」と書かれているのだが、作者はオオヒメグモやヒメグモの粘球を見たことがない。

 しかし、2023年にヒメグモ科らしいクモに糸を巻きつけられた獲物に触れてみたところ、かすかに粘りけを感じたのだった。少なくともヒメグモ科の一部は粘る糸を獲物に巻きつけるようだ。「餌」を攻撃する場合についてはわからないが。


 8月16日、午前2時。

 部屋の隅の黒いカップルの1.5ミリの方が壁際に避難(?)していた。ということは交接できないのかもしれない。「僕はまだオトナになってません」とか? やっぱり小バエを退治するべきではなかったかなあ……。〔掃除はしろよ〕

 クモを襲うクモの雌が未成熟な雄と出会った時にはどうするんだろう? オトナになるまで待つのか? それとも、とりあえず食べてしまってから、再び夫を求めて三千里の旅に出るのか? とにかく、この2匹がクロマルイソウロウグモの雌と雄だったとしたら不幸な出会いとしか言いようがない。


 午前6時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの最大クラスは体長17ミリほどの3匹だった。その中の1匹にはそこらで捕まえた体長20ミリほどのガをあげる。さすがに大きな翅を持つ獲物だと食いつきがいい。

 ここでちょっとしたミス。体長10ミリほどのガを2匹、同時にあげてしまった子は飛びついてこなかったのだ。2匹のガの間隔が50ミリほどだったので、そのサイズの獲物だと判断したのかもしれない。しばらく見ていると片方ずつ仕留めていたが、慎重なタイプのクモとつきあうのは難しいのである。

 コガネグモは最後に現れた子だけになっていた。この子にはコガネムシをあげておく。

 アブラゼミは体長20ミリほどのナガコガネグモにあげようとしたのだが、怖がって寄ってこない。元気に羽ばたくようなら反射的に襲いかかるのだろうが、「やだっ。大っきい!」と思った途端に消極的になってしまうようだ。残念だが回収する。


 午前7時。

 またお尻が丸くなってきたカオルちゃんはコガネムシをもぐもぐしていた。円網の下に生えている高さ50センチほどの広葉樹の葉の上に黒い糞が落ちていたから、これを食べていた個体だろう。

 さて困った。アブラゼミはカオルちゃんに食べてもらおうと思っていたのだが……ダメ元であげてみると、ちゃんと駆け寄って捕帯を巻きつけるカオルちゃんだった。もちろん、コガネムシは円網に固定してある。

 例によって観察例はまだ多くないのだが、今のところ、コガネグモはナガコガネグモやオニグモが諦めてしまうような大型の獲物でも積極的に狩るようだくらいのことは言えると思う。円網の面積が広いのも大型の獲物の運動エネルギーを吸収するためなのかもしれない。

 ジョロウグモの円網も大きいのだが、第一に円網を黄色くする場合がある、第二に横糸の間隔が狭い、第三に直接牙を打ち込むという狩りのやり方からは小型の獲物を多数捕食しようという意図が感じられる。もちろん、たまには大型の獲物がかかってしまうこともあるだろうが、その場合、多数の横糸が絡みついてしまって逃げられないまま力尽きてしまうまで待ってから仕留めるんだろう。


 8月17日、午前3時。

 近所のヒメグモは4匹になっていた。雄と同居しているのは一番大柄な4ミリちゃんと新顔の2ミリちゃんだけである。

 2ミリちゃんは3ミリちゃんのすぐ下にいるのだが、もしかして、この雄は3ミリちゃんと同居していた奴ではあるまいか? そういうことなら浮気者……もとい、博愛主義者の雄である。

 なお、体長10ミリほどのガを食べている4ミリちゃんのお尻はモスグリーンに変わりつつあるようだ。

 近所のヨモギにコガネムシとイナゴが3匹ずついたのでイナゴ3匹を捕まえた(雌1匹に雄2匹らしい)。イナゴはイネ科植物を食べるということらしいのだが、どうしてヨモギにいたんだろう? もしかすると、コガネムシがいたから安心して翅を休めていた、とか? 


 午前6時。

 光源氏ポイントのコガネグモは全員姿が見えない。しょうがない。イナゴの雄2匹はそこらにいたナガコガネグモにあげて、雌だけを持ち帰ることにする。

 体長17ミリほどのジョロウグモに体長20ミリほどのバッタの子虫をあげてみると、この子は少しチョンチョンしてからバッタの頭部辺りに牙を打ち込んだ。暴れなければ自分より大きな獲物でも仕留めるようになったらしい。

 体長17ミリほどのナガコガネグモにはダンゴムシをあげてみたのだが、しばらくいじった後、円網から外して捨ててしまった。球形になったダンゴムシは獲物だと認識されないのか、あるいは牙が滑ってしまって打ち込めないということなのかもしれない。こういう行動はジョロウグモでも観察している。なお、オニグモの幼体の1匹は捕帯を巻きつけてねぐらへ持ち帰ったようだった。


 午前11時。

 近所のヒメグモは5匹になっていた(枯れ葉の下にいるのは4ミリちゃんと3ミリちゃんのみ)。その他に雄が3匹いて、そのうちの2匹は4ミリちゃんの不規則網に入り込んでいる。残りの1匹はツバキの木の前のフェンスにいる。

 買い物帰りに車道に飛び出してきたショウリョウバッタを捕まえた……のだが、光源氏ポイントにはこんな大物を捕食できるようなコガネグモがいない。カオルちゃんも大量に食べたばかりだ。もったいない気はするがリリースする。昆虫も含めて動物は大きいことそのものが武器になるのだな。


 8月18日、午前5時。

 オシロイバナが咲いていた。

 作者の部屋にいるクロマルイソウロウグモ(多分)に体長2ミリほどのアリを弱らせてからあげてみた。すると、ちゃんと捕帯を巻きつけてから牙を打ち込むではないか! クモを襲うクモといっても、不規則網に獲物がかかれば食べるということらしい。

 コガネグモ科のクモにワラジムシをあげてもちゃんと食べてくれるのだし、クモもアリも同じ節足動物なのだから、食べられないということではなく、好き嫌いとか得手不得手というレベルの話なんだろうと思う。


 午前8時。

 うちのクロマルイソウロウグモ(以後「クロちゃん」と呼ぶことにしよう)は壁から1センチくらいの場所に移動してアリを食べている。網の主に逃げられても、そこにかかった獲物を食べることができるというわけだ。なるほど、これなら次の獲物を求めて三千里の旅に出る必要はないだろう。クモの研究者や図鑑の記述などうかつに信用してはいけないのだな。

 例によって観察例はこれだけなので、これは特殊なケースであるという可能性も否定できない。機会があったら追試をしたいと思う。ああっと、クロマルイソウロウグモは自分で不規則網を張ることができるのかというのも未確認だな。網を張ることができないのなら他のクモの網を乗っ取るしかないだろう。


 午前11時。

 ヒメグモの3ミリちゃんに体長10ミリほどのアリを少し弱らせてからあげてみた。自身の3倍の大きさなのだが、3ミリちゃんはなんでもない様子で仕留めていた。なかなかやるものである。


 午後1時。

 クロマルイソウロウグモのクロちゃんは不規則網の中央近くに戻って背面を下にして待機している。アリは食べ終えたらしい。


 午後6時。

 クロちゃんに体長5ミリほどの弱らせたアリをあげる。十分な量の獲物を食べても引っ越しをするようなら不規則網を作る能力がない可能性があると言えるだろう。


 8月19日、午前6時。

 光源氏ポイントでナガコガネグモの1匹にイナゴの雄をあげた。

 体長15ミリほどのジョロウグモにもイナゴをあげてみたのだが、第一脚でまたいだだけでホームポジションに戻ってしまった。イナゴは回収して他のナガコガネグモにあげることにする。

 一番大きなジョロウグモは体長20ミリほどになっていた。ただし、お尻が細い鉛筆体型である。

 この子の円網には雄が2匹同居している。モテモテである。体長10ミリほどのガを3匹あげておく。えこひいきは承知の上だ。

 体長17ミリ以上のジョロウグモたちはだいたい雄と同居している……ように見えるのだが、この時期は引っ越しの途中の雌の幼体が休憩している場合があるので油断できない。体長7ミリ以下なら雄だろうと思うのだが……。

※もしかすると、引っ越し中のジョロウグモは他の個体の円網に入り込んで、獲物を少し分けてもらってからまた旅立つのかもしれない。あまり排他的ではないクモならそういうこともあり得るだろう。


 午前7時。

 コガネグモのカオルちゃんの円網の隠れ帯は下側2本だった。イナゴの雌をあげておく。

 本日のお土産は小型のガを2匹。体長20ミリクラスのバッタの子虫も2匹、イナゴの雌と雄を合わせて5匹である。ちょいと捕りすぎかもしれない。成体のオニグモが近所にいないのがつらいところだ。

 なお、草地に入り込んだのでソックスがびしょ濡れになってしまった。レインシューズカバーを常備しようかなあ……。


 午前11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんに体長30ミリほどのバッタの子虫を少し弱らせてからあげてみた。体長で7.5倍の大きさなのだが、4ミリちゃんはいったんシート網の下に抜け、下面からバッタに接近して後脚に向かって糸を投げ上げた(ただし、バッタの脚先にしか届いていない)。

 さらにバッタの動きが止まった瞬間に後脚に牙を打ち込み、バッタが暴れ始めると少し移動して中脚に糸を投げ上げ、動きが止まったところでまた牙を打ち込んだらしかった。

 比べる方が間違いなのは承知の上だが、ジョロウグモよりもはるかに積極的な狩りである。コガネグモの成体なら3倍以上の体長のショウリョウバッタでも仕留められるのだが、7.5倍だとどうなんだろう? 体長13ミリのクモに対して98ミリくらいか……。機会があったら実験してみようかなあ。


 午後1時。

 ヒメグモの4ミリちゃんにあげたバッタをツンツンしてみたら身動きした。まあ、逃げられるほどの体力は残っていないようだから、時間の問題だろう。


 午後2時。

 光源氏ポイントのジョロウグモの20ミリちゃんの円網がほとんど枠糸しか残っていなかった。円網にかかった体長50ミリほどのトンボが暴れたために糸が切れてしまったらしい。もしかして、円網に残っていたガを狙ったトンボが円網にかかってしまったという状況だろうか? 悪いことをしてしまった。今後は一度に食べきれるくらいの獲物だけをあげることにしよう。


 8月20日、午前8時。

 ヒメグモの4ミリちゃんのシート網にはバッタの後脚2本しか残っていなかった。仕留めるには大きすぎたようだ。ごめんね。

 うちのクロちゃんの不規則網は埃だらけになっている。やはり手入れをする気はないらしい。


 午前10時。

 ヒメグモの4ミリちゃんと3ミリちゃんのお尻はモスグリーンと言っていい色になっていた。本来はここから飢えさせてオレンジ色に戻るかどうかを観察するべきなのだが、どうすればいいのかわからない。


 午前11時。

 体長8ミリほどのルリチュウレンジ(メタリックな藍色の植物食のハチ)を捕まえたので、少し弱らせてからうちのクロちゃんにあげてみた。黒褐色になっていたクロちゃんはしばらく様子を見てから近寄ってみたものの、ハチが暴れると逃げてしまった。まあ、あまり空腹でもないんだろうしな。

 ルリチュウレンジは不規則網から脱出してしまったので再度捕まえたのだが、その時に不規則網を振動させてしまったらしくて、クロちゃんは壁と文庫本の山の間に逃げ込んでしまった。どうも、そこを住居にしているようだ。本格的にうちに居着くつもりでいるのかもしれない。


 8月22日、午前1時。

 うちのクロちゃんが姿を見せない。室内が明るいうちは住居から出てこないようだ。


 午前6時。

 灯りを消していたらクロちゃんが不規則網の端まで出てきていた。ハエトリグモの仲間は別としてクモの多くは視力が弱いとされているのだが、眼があるのなら明るさくらいは感知できるんだろう。


 午前7時。

 光源氏ポイントにいる体長20ミリ前後のジョロウグモたちに片っ端から獲物をあげていく。

 まずは体長5ミリほどのガ。これをあげた子はすぐに飛びついて牙を打ち込んだ。

 次の2匹には体長15ミリほどの太め体型のガ。これも飛びついてくる。

 さらに次の2匹には体長20ミリほどのバッタの子虫。この場合も駆け寄ってくるのだが、第一脚が届く距離で急停止してしまう。そこでチョンチョンとタッチしてから一瞬牙を打ち込み、第一脚2本で獲物をまたいだ状態でしばらく待機する。この時に獲物がどれだけ抵抗できるかを観察しているような気がする。そして安全だと判断してからホームポジションに持ち帰るのである。

 体長20ミリほどで円網を張らずに不規則網の中にいるジョロウグモには雄らしい小型の個体がそろそろと近寄って第一脚を雌(多分)の第二脚にそっと重ねていた。これは雌がどれくらい成熟しているかを確認する行動だろう。また、この雌は今夜から明日朝にかけて脱皮するんじゃないかと思う。雄としてはその時が絶好の交接チャンスになるのだろう。


 午前8時。

 カオルちゃんの円網の下の草地の中で子グモたちがまどいを形成していた。よく見ると卵囊もある。作者の注意が円網よりも上に向いているのを読んで地上20センチの場所で産卵していたのらしい。

「謀ったな、カオルちゃん!」〔適当な産卵場所がそこしかなかっただけだろ。マリちゃんの卵囊である可能性も否定できないはずだし〕

 カオルちゃんにはイナゴと体長30ミリほどのバッタをあげておく。

 なお、ここには体長17ミリほどで円網の背面側だけにバリアーを張っているナガコガネグモもいた。円網も小さめだから、獲物を減らしたいということなんだろう。一時的に大量の獲物を食べてしまったので腹ごなしをしたいのか、あるいは脱皮の準備かもしれない。


 午前9時。

 イナゴが余っているので光源氏ポイントまで戻って、少し離れた場所にいたコガネグモにイナゴを2匹あげた。この程度なら明日の朝までに食べきってしまうだろう。


 午前11時。

 うちのクロちゃんは壁際に移動していた。キーボードを叩くために灯りを点けたのが気に入らなかったようだ。クロマルイソウロウグモはクモを襲うクモだとされているのだから、一ヶ所に定住していてはいけないだろうに。それとも、追い出した雄が帰ってくるのを待っているのか? 


 8月24日、午前6時。

 薄桃色のヒガンバナ(アマリリスかもしれない)が咲いていた。

 光源氏ポイントでは、2日前に雄といちゃいちゃしていたジョロウグモが円網を張っていた。脱皮殻は見当たらないが、鉛筆体型になっているし、近くには雄もいないようだから脱皮して交接もしたんだろう。お祝いに体長15ミリほどのよく太ったガをあげておく。

 体長20ミリ弱くらいで脚が6本しかないジョロウグモと同じくらいの体長の8本脚の子には体長20ミリほどのバッタの子虫をあげてみた。やはり脚が少ない方が慎重というか、安全確認に時間をかけるようだ。

 同じくらいの体長で脚が5本のナガコガネグモにもバッタの子虫をあげてみると、獲物の下で円網に大穴を開けて、そこから捕帯を投げ上げていた。なお、8本脚のナガコガネグモなら、この程度の獲物に対して円網に穴を開けるということはないと思う(駆け寄る前の知らん顔をしている時間が長くなることはある)。これはもしかして、じゃまになる円網を押しやるための脚が足りないので、その代わりに穴を開けたということなのではあるまいか? 確認する気にはなれないが。

 体長18ミリほどのコガネグモの新顔も現れた。もしかすると、以前会ったことのある個体なのかもしれないのだが、作者は今のところ、コガネグモの個体識別はできないのである。

 この子の直径30センチもない円網には横糸が数本だけしかないし、お尻もしぼんでいるから産卵を終えて引っ越してきたんだろう。産卵祝いにバッタの子虫をあげておく。


 午前7時。

 コガネグモのカオルちゃんは円網を張り替えなかったようだ。お尻がだいぶ丸くなってきているので産卵が近いのかもしれない。

 まどいの下と道路標識のポールに取り付けられていた卵囊を回収した。


 午前11時。

 ヒメグモの4ミリちゃんのお尻が白っぽくなっていた。どう見てもオレンジでもモスグリーンでもない。いったいどうなっているんだ、これは? 

 なお、3ミリちゃんは姿を消した。多分作者が手を出しすぎたせいだなあ。


 8月25日、午前5時。

 うちのクロちゃんが昨日から姿を見せていない。思い切って文庫本の山をどけてみるが、そこにもいない。また旅立ったということらしい。

 結局クロちゃんは不規則網の補修をしなかった。アリは食べていたのだから、やはり、不規則網を作る能力がないから他のクモの網を乗っ取るしかないということなんじゃないだろうか。ああっと、住居は造ったんだろうか? それとも住居ごと乗っ取ったのか? 


 午前6時。

 光源氏ポイントのジョロウグモたちに小型のガやバッタの子虫を配っていく。ガならば体長で2倍くらいの獲物でも飛びついて牙を打ち込むのだが、バッタの子虫だと同じくらいの体長でも安全確認に時間をかける。場合によってはホームポジションに戻ってしまう子もいるからやっかいだ。

 コオロギの成虫(体長約30ミリ)を捕まえたので、これは体長20ミリ弱のナガコガネグモにあげてみた。円網がダラーンと垂れ下がるような重い獲物なのだが、この子はDNAロールまで使って捕帯を巻きつけてから牙を打ち込んでいた。ナガコガネグモにはバッタがよく似合うのだ。

 なお、昨日現れたコガネグモは円網ごといなくなっていた。イナゴをあげたのは失敗だったかもしれない。


 午前7時。

 カオルちゃんの円網の隠れ帯は右下1本だけになっていた。円網の下にあった子グモたちのまどいもなくなっている。

 カオルちゃんにイナゴをあげると、即座に飛びついて捕帯を巻きつけ、さらに円網に大穴を開けて獲物がぶら下がった状態にしてから、左第二脚1本だけを円網に引っかけた体勢で縦のバーベキューロールを繰り出した。ずいぶん積極的だなあと思ってよく見ると、お尻がしぼんでいる。つまり産卵したので食欲が回復したということらしい。

 そこでさらに草地を歩いて、体長30ミリほどの黒いバッタの子虫を捕まえた。体色はコオロギのようだが、翅が短いから成虫ではないし、顔もイナゴやトノサマバッタのそれだ。バッタには違いないだろうということでカオルちゃんにあげてしまう。


 8月26日、午前3時。

 眠れないので散歩に出た。

 体長7ミリほどのジョロウグモの幼体に、そこらで捕まえた体長5ミリほどの甲虫をあげてみた。当然、この子はチョンチョンとつついただけでホームポジションに戻ってしまった。しかし、少し時間が経ってから確認しに行くと、ちゃんと牙を打ち込んでいるのだった。大型の獲物がかかった場合にはどれくらい暴れるかを観察して、安全に仕留められると判断してから牙を打ち込むということらしい。もちろん、どれくらい空腹かによって「安全」の判断基準は変化するはずだ。

 獲物をあげすぎた体長15ミリほどのジョロウグモは円網までバリアー状にして食べることを拒否している。脱皮の準備なのかもしれない。

 コガネムシを5匹捕まえた。カオルちゃんともう1匹のコガネグモ用である。残るようならナガコガネグモたちに食べてもらおう。


 8月29日、午前6時。

 久しぶりのいい天気だが気温は低い。

 光源氏ポイントにいたコガネグモの姿はなかった。円網があった場所には枠糸が1本しか残っていないから引っ越したんだろう。

 気温が低いだけにガも捕まえやすい。3匹捕まえたので冷蔵庫から出してきた1匹と合わせてジョロウグモたちに配る。他の子には体長20ミリ以下のバッタの子虫だ。

 バッタをあげた子たちは何度もチョンチョンしてから牙を打ち込んだのだが、それと同時に第一脚を(時には第二脚も)持ち上げていた。これはつまり、獲物からの反撃に対する防御姿勢だろう。獲物がガの場合は逆に脚で抱え込むようだ。

 しかし、それほど慎重な狩りをしているのに脚を何本か失っている子が多い。ナガコガネグモやコガネグモでも脚を失った子は良く見るから、脚を失う原因は獲物の反撃ではないのかもしれない。では何が原因かというと、強い風を受けた円網がたわむことで脚先の爪が引っ張られるせいではないかと思う。これらのクモは基本的に脚を伸ばした体勢で待機している。そこで脚先の爪を引っ張られると、脚の付け根近くにある自切ポイントに大きな荷重がかかるのだろう。ちゃんと統計を取ったことはないのだが、脚を曲げた姿勢で待機しているゴミグモは脚を失いにくいんじゃないかと思う。


 午前7時。

 コガネグモのカオルちゃんはまた1メートルほど引っ越していた(隠れ帯は右下1本)。産卵したのか、雨で円網がダメージを受けたので張り直したかだろう。念のためにざっと探してみたのだが、卵囊は見当たらなかった。イナゴの雌を1匹あげておく。

 その近くにいた体長17ミリほどの細め体型のナガコガネグモには体長40ミリほどのオンブバッタの雌をあげてみた。これはイナゴほど暴れないのだが、17ミリちゃんはしばらくの間知らん顔をしていた。というか、暴れないから「逃がしてたまるもんか!」という気にならないのかもしれない。

 バッタを少しツンツンすると、17ミリちゃんはバッタの斜め下に入り込んで捕帯を投げ上げたのだが、間合いが遠すぎてバッタの脚先にしか届かない。「これはダメかな」とも思ったのだが、獲物の下で円網に大穴を開けると、そこから捕帯を投げ上げ、さらにDNAロールでぐるぐる巻きにしてから牙を打ち込んで仕留める17ミリちゃんだった。


 午後3時。

 イナゴを11匹捕まえたので、光源氏ポイントにいるジョロウグモの中の最大クラスの1匹(体長約20ミリ)に弱らせたイナゴの雄(体長約30ミリ)をあげてみた。しかし、この子は脚が届かない間合いまでしか近寄ろうとしない。それでもホームポジションに戻る様子もないから諦めたわけではなく、獲物がどれくらい抵抗するかを見極めようということなんだろう。

 ただ見守っているだけというのも芸がないので、そこらで捕まえたバッタの子虫(体長15ミリから20ミリくらい)を他のジョロウグモたちにあげていく。その中の1匹は子虫の本体を放っておいて、自切した後脚の方をホームポジションに持ち帰ってもぐもぐしている。確かに後脚はまったく抵抗しないわなあ。とにかくジョロウグモというのは安全第一主義の小物好きなクモなのである。

 そうこうしているうちにイナゴをあげた子は仕留めたイナゴをホームポジションに持ち帰っていた。できれば今シーズン中にコガネムシも食べさせてみたいものだ。


 8月31日、午前6時。

 近所のジョロウグモ(体長約7ミリ)が糸1本でぶら下がって、風が吹く度にくるくる回転していたのだが、病気かなあなどと思いながらスーパーへ向かってしまった。

 ゴミグモ母さんは今日も元気に横糸を張っているところだった。木の葉やジョロウグモの円網などで前を塞がれたゴミグモたちが姿を消していくところを見ると、ゴミグモにとっての長生きの秘訣はいかに円網に獲物がかかる状態を維持できるかということにあるのかもしれない。

 体長2ミリ前後のゴミグモも何匹か見つけた。ゴミグモはオトナになるまで3年かかるんじゃないかと思っていたのだが、2年なのかもしれない。

 体長7ミリほどのナガコガネグモに同じくらいの体長のガをあげてみると、この子は牙を打ち込んだガがまだ羽ばたいているのにホームポジション近くまで持ち帰っていた。いままで見てきたクモたちはもう少し抵抗が弱くなってから持ち帰っていたのだが……クモの場合、観察すればするほど新たなパターンが現れるようだ。やれやれ。


 午前7時。

 近所のジョロウグモが脱皮していた。「我は脱皮を見逃したー」である。〔古い! テレビ版でさえ1978年だぞ〕

 円網を張っていなかった時点で脱皮の可能性に気付くべきだったんだよなあ。2日前の光源氏ポイントにも円網を張っていないジョロウグモが2匹いたのだが、もう脱皮を終えただろうか。


 午後2時。

 イナゴやコガネムシをポケットに入れて光源氏ポイントへ行ってみた。

 しかし、今日は風が強かったせいか、光源氏ポイントの水田側に張られているジョロウグモの円網2つには大穴が開いていた。

 これではどうしようもないので、おそらく風当たりが弱かったのであろう比較的無事な円網の2匹(体長は20ミリクラス)にイナゴを余計めに弱らせてからあげてみた。大型の獲物でも、抵抗が弱ければなんとか仕留めてもらえるのである。安全確認に時間はかかるのだがね。


 午後3時。

 カオルちゃんはイナゴらしい獲物をもぐもぐしていた。円網には体長10ミリほどのガらしい獲物も固定してある。コガネムシまであげていい状況ではなさそうだ。

 そこでコガネムシはその近くにいる細め体型のナガコガネグモにあげてしまう。少し弱らせただけのコガネムシではあるのだが、この子はあっさりとバーベキューロールでぐるぐる巻きにしていた。


 9月2日、午前11時。

 近所にいるジョロウグモの7ミリちゃんに弱らせたアリをあげてみた。すると7ミリちゃんは何回かチョンチョンした後、なんと、捕帯を巻きつけるような仕草を見せてから咥えてホームポジションに持ち帰ったのだった。作者が獲物を弱らせすぎたせいだろうとは思うのだが、毒牙を使うまでもないという判断もできるのらしい。


 9月3日、午前6時。

 センニンソウが咲き始めている。

 今日もイナゴをポケットに入れて光源氏ポイントへ行ってみた。

 前回イナゴを食べてくれた子にイナゴの雌(体長約40ミリ)を弱らせてからあげてみたのだが、近くまで寄ってくるだけでホームポジションに戻ってしまう。「重すぎたんだ。ビビってやがる」である。〔…………〕

 この子をその気にさせるのにはイナゴの雄(体長約30ミリ)辺りが限界かもしれない。イナゴの雌は回収して、改めて体長20ミリほどの細め体型のバッタの子虫をあげておく。この程度の獲物であればちゃんと仕留めてくれるのだ。

 他の体長20ミリクラスの子たちも20ミリくらいのバッタなら捕食してくれるようだ。ただし、ガの場合よりも安全確認のための時間は長くなる。同じくらいの体長のナガコガネグモならば、よほど食欲がない時以外はイナゴの雌くらいは仕留めてしまうのだが、ジョロウグモなのだからしょうがない。

 体長6ミリほどのナガコガネグモの幼体も見かけたのだが、冬が来る前にオトナになって産卵できるんだろうかなあ……。


 午前7時。

 コガネグモのカオルちゃんの隠れ帯は左下にハーフサイズが1本だけだった。「ご飯はまだなの」と言われているような気がする。冷蔵庫に入っていた最後のコガネムシをあげておく。

 お隣のナガコガネグモにはイナゴの雌。この子はまだ体重が軽いせいか、DNAロールを使っていた。

 近くの草地でヒシバッタのような体型で翅が体長の1.5倍くらいある小型のバッタを捕まえた。

※帰宅してから『ひょうごのばった』というサイトの「ヒシバッタ科」のページを開いてみると、これはハネナガヒシバッタという種らしい。「湿った草地にすむ。成虫で越冬。体長♂9~10ミリ、♀10~12ミリ。4月~11月に成虫。本州、四国、九州、南西諸島(奄美大島以北)朝鮮半島に分布」だそうだ。作者が捕まえたのは背面が白っぽいし、体長8ミリほどだからやや小さめの雄だろう。


 午後10時。

 近所のヒメグモ2匹に体長7ミリほどのガをあげた。この2匹はどちらも体長3ミリほどだし、不規則網の位置も違っているから、かつての4ミリちゃんと3ミリちゃんとは違う個体だろうと思う。

 実はヒメグモに獲物をあげるのは難しい。弱らせないと逃げられてしまうし、弱らせすぎると獲物の存在に気が付いてもらえないのだ。多分、体長3ミリくらいの獲物がいいだろうと思うのだが、そんな大きさだと捕まえるのも難しいのである。

 で、今回は弱らせすぎのケースになったようだ。まあ、そのうちに網の手入れをするはずだから、その時に気が付いてもらえるだろう。できれば産卵するまでサポートしてあげようと思う。


 9月4日、午前10時。

 ゴミグモ母さんのお尻の背面は色が薄くなって模様も消えているが、まだまだ元気そうだ。昨日捕まえた体長17ミリほどの太めのガをあげると、すぐに飛びついて胸部に牙を打ち込んでいた。

 舗装路をうろうろしているコガネムシの幼虫を見つけた。かわいそうなので近くのツツジの植え込みの中に放り込んであげる。オトナになったらコガネグモに食べられておくれ。〔ひどい優しさだな〕


 9月5日、午前10時。

 近所のジョロウグモの7ミリちゃんが体長12ミリほどのナガコガネグモに変身してしまった。〔バカ言うな!〕

 実際のところはナガコガネグモがジョロウグモを追い出して入居したという状況だろう。これだけの体格差だと逃げるしかなかったんだろうな。また、この程度の体長だとナガコガネグモもジョロウグモも同じくらいの高さに円網を張るということでもある。


 9月6日、午前10時。

 今日は可燃ゴミの収集日だったのでゴミに集まっていたハエを3匹捕まえた。その他にイナゴも1匹。なかなか買い物に出られない。

 近所のヒメグモの1匹の枯れ葉の下に直径1ミリほどの白っぽいものが数個見えた。さっそく撮影してその画像をめいっぱい拡大してみると、かすかに脚も見える。それが10個以上写っていた。これは出囊した子グモたちだろう。


 午前11時。

 体長5ミリほどのハエを体長16ミリほどのナガコガネグモにあげてみると、この子はハエに飛びついてごくわずかに捕帯を巻きつけた後、牙を打ち込んだ。観察したのは初めてだが、これはガを仕留める場合とアリの場合の中間のやり方だと思う。ハエは羽が小さいのでそのせいかもしれない。


 9月7日、午前6時。

 光源氏ポイントでは体長20ミリを超えるジョロウグモたちが現れ始めている。これくらいの体長になると、安全確認に時間はかかるものの、体長30ミリくらいの弱らせたイナゴ程度ならば確実に仕留めてくれる。体長5ミリほどのガなら一気に駆け寄って牙で一撃だ。

 今日はアブに咬まれた。ひっぱたいたら地面に落ちたので拾っておく。後でクモにあげてしまおう。


 午前7時。

 小雨が降り出した。

 コガネグモのカオルちゃんの円網は汚れている上に穴だらけだった。隠れ帯は付けられていないが、張り替えていないようだ。

 念のためにイナゴを投げてみたのだが、円網を突き抜けてしまったので、回収して近くにいるナガコガネグモに食べてもらうことにする。


 午前10時。雨。

 またイナゴを捕まえてしまったので、近所のナガコガネグモにあげようとしたのだが、円網を突き抜けてしまった。水滴が付いている円網は大きな荷重に耐えられないのかもしれない。


 9月8日、午前6時。

 ヒメグモ母さんに小型のガをあげたのだが、シート網の上に降りた母さんは反対側にあった枯れ葉を外し始めた。獲物が身動きしないと、どこにいるのかわからないようだ。まあ、いつかは気が付くだろう。

 ヒメグモの体長は最大でも5ミリ程度だ。さらに狩りのやり方まで考えに入れると、狙っているのは不規則網の糸に引っかかってシート網の上に落下するような小型で羽が長い獲物、具体的にはカや小さなガの類だと思う。できればそういう獲物をあげたいのだが、小型昆虫を人間が捕まえるのは難しい。その上にフェンス越しにシート網に投げ込むのもまた難しいのである。

 近所のナガコガネグモには同じくらいの体長のバッタをあげた。この子はバッタに駆け寄ると捕帯を投げ上げ、さらにバーベキューロールとDNAロールを交互に使って捕帯を巻きつけていた。例によってデータが少ないから今のところはという話になるが、この辺りにバーベキューロールからDNAロールへの切り替えゾーンがあるということだろうと思う。

 ゴミグモ母さんは横糸を張り始めたところだった。そのお腹はまた膨らんできている。まだまだ産卵できるということらしい。後で何かあげよう。

 スーパーの東側にいるナガコガネグモにはほとんど力尽きているアブをあげたのだが、この子は直接牙を打ち込んでいた。ほとんど抵抗しない獲物だから捕帯を使うまでもないという判断なのかもしれない。

 南側にいた体長10ミリほどのナガコガネグモには同じくらいの体長の細身のガをあげたのだが、この子は触肢で何回かタッチした後、捕帯を巻きつけ始めた。そこは牙を打ち込むべきところなんだが……。まあ、少しくらいミスをしても捕食できれば問題はないわけだ。

 なお。この子の円網の外には体長5ミリほどのナガコガネグモもいた。円網は張っていないから雄だろう。その若さで……。〔円網を張っていないのなら成体だぞ〕

 もとい、その体長で婿入り先を決めてしまうというのはあっぱれである。雌がオトナになるまでどうやって食べていくのかは気になるが。


 午後3時。

 光源氏ポイントでは、しばらく前から獲物をあげていた体長20ミリほどのジョロウグモが23ミリほどの鉛筆体型になって交接していた。十数分後には雄が離れていたから、午前中でももう少し後でも見逃していたところだ。今朝は天気がよくなかったので午後からロードバイクに乗ったのだが、こういうところにクモの神様のご加護を感じる。円網を張ったら獲物をプレゼントしよう。

 体長20ミリほどのジョロウグモの1匹にオンブバッタの雌をあげると、この子はバッタの上方で円網の糸を切って大穴を開けた。これはコガネグモ科の小型のクモたち(幼体を含む)がよく使うテクニックなので、おそらく横糸を被せて、その粘球まで使って獲物の動きを制限しようという行動だと思う。コガネグモ科では珍しくはないのだが、ジョロウグモでは初観察だ。本能のプログラムなのか、この子の工夫なのかはわからないが珍しい行動である。

※ジョロウグモの円網はコガネグモ科のクモのそれに比べて糸の密度が高いので、できるだけ穴を開けたくないのだろう。


 ジョロウグモの1匹の前後のバリアーには雄が1匹ずつ待機していた。見事な三角関係である。近いうちに修羅場が展開されそうだな。〔クモの不幸を願うなよ〕

 体長10ミリほどのくすんだオレンジ色のオニグモの仲間もいた。昼間から円網で待機しているということはかなり空腹なのだろう。そこらで捕まえたハエをあげる。

 ハエを手づかみで捕まえるのは難しい。成功率は三〇パーセント以下だろう。宮本武蔵のように箸を使うべきだろうかなあ。〔もっと難しくなるぞ〕


 午後4時。

 コガネグモのカオルちゃんは円網を張り替えたらしかった。ただ、張り替えてからおそらく10時間くらいは経過しているはずなので、イナゴを投げても突き抜けてしまう。しょうがないので、そうっと置き直した。早朝に円網を張り替えるクモに獲物をあげるのならせめて午前中に行動するべきだな。


 9月9日、午前6時。

 路面には水たまり。ああっと、水田さんちに生まれた女の子が「マリ」という名前を付けられたら、ちょっとかわいそうだな。〔付けないだろ〕

 近所のヒメグモ母さんに体長10ミリほどの力尽きているハチをあげてみた。ヒメグモ母さんはシート網の上にぽとりと落ちると、慎重にハチに近寄って牙を打ち込んだようだった。

 ヒメグモ母さんのお尻はオレンジ色だが、近くにいるもう1匹のお尻はモスグリーンだった。しばらくの間はヒメグモ母さんのお尻の観察を続けようと思う。それはもう、舐めるように。〔ヤ・メ・ロ〕

 ゴミグモ母さんは横糸を張り始めたところだった。

 ジョロウグモの若いカップルが二組できていた。片方は10ミリほどの雌と8ミリほどの雄、もう一組は8ミリと6ミリである。青春だなあ。

 体長8ミリほどの別のジョロウグモは円網の中心側だけを張り替えていた。食欲がないということだろうと思うが、雨が降ったのですべての横糸を張り替えるのには時間が足りなかったという可能性もあるかもしれない。なお、オトナのジョロウグモは「馬蹄形円網」と呼ばれる下方向に広がった網を張るのだが、この程度の体長だと、まだ円形の網なのである。

※ジョロウグモの円網を「蹄形円網」と呼ぶ人もいるらしいのだが、偶蹄目であるウシなども蹄を持っているので、作者は「馬蹄形円網」と表記する。あしからず。


 9月10日、午前10時。

 赤いヒガンバナが咲いていた。

 昨日脱皮していたジョロウグモの23ミリちゃんのお尻はソーセージ形になってきている。円網は横が約60センチ、縦が約40センチだ。オンブバッタの雄をあげておく。

 23ミリちゃんと交接していた雄はバリアーの中でじっとしている。何か、縁側でひなたぼっこをしているおじいさんのような感じがする。人生、もとい、クモ生の唯一の目標を達成してしまったのだから当たり前なのだが。

 まだ交接していないらしい雄たちは、雌が獲物を食べている時などに、そうっと近寄っては脚先でチョンチョンするのだが、雌の第三脚で払いのけられている。すると円網の隅やバリアーの中に逃げていくのだが、しばらくするとまた雌に近寄っていくのである。ヤルことしか考えていないようだが、雄という生き物は本来そういうものなのだろう。

 甲羅の長さで二〇数センチのカメが車道にいたので道路脇の草地にどけておく。後で竜宮城へ連れて行ってもらおう。〔ウミガメじゃないだろ〕


 午前11時。

 コガネグモのカオルちゃんは姿を消していた。数本の薄汚れた糸しか残っていない。作者の生息域ではコガネグモの季節は終わったようだ。光源氏ポイントには体長6ミリほどの幼体もいたから、来年も観察できるだろう。

 用意してきたイナゴの雌は近くにいたナガコガネグモにあげた。ジョロウグモにあげるのならイナゴの雄くらい(体長約30ミリ)でないと。


 9月11日、午前9時。

 廃屋ポイントへ行ってみた。

 去年、大部分の庭木が伐り倒されたせいか、丈の高い草が生い茂っていてジョロウグモにとって快適な環境ではなさそうだったのだが、体長20ミリほどの子と17ミリほどの子が枠糸の一部を共有するような形で円網を張っていた。

 この二匹にはそこらで捕まえたハエを一匹ずつあげた。素早く飛びついて牙を打ち込んでくれたのは予想通りである。

 少し離れた場所の生け垣では体長5ミリほどのゴミグモがボロボロの円網に卵囊をいくつか取り付けていた。新海栄一著『日本のクモ』ではゴミグモの雌の体長は「12~15ミリ」ということになっているのだが、生物には常に例外が存在するのである。

 クモは翅を持っていないので、あまり遠くへは行けない。獲物が少ない環境では大きくならずにオトナになって産卵してしまおうというような奥の手を持っていれば、子孫を残す上で有利になる可能性はあるだろう。


 午前11時。

 ゴミグモ母さんに体長7ミリほどのガをあげた。体長15ミリほどの太めのハチも捕まえてしまったのだが、こんな大物まで食べてくれるクモなどいるんだろうかなあ……。


 午後2時。

 今日もオンブバッタの雄をポケットに入れて光源氏ポイントへ行ってみた。

 23ミリちゃんから順に円網を張っているジョロウグモたちにバッタを配っていったのだが、23ミリちゃんと同居している雄がバッタを食べている23ミリちゃんの腹部腹面に潜り込んで交接のような動作をしていた。ほんの数秒で離れていたが、いったい何をしたかったんだろう? いまさらナニをする必要もあるまいに。〔こらこら〕

 もしかして、もうボケが始まっていて、交接したのを忘れていたのか? で、交接しようとしたところで、すでにヤっていることを思い出してやめた、とか?〔やめんか!〕

 その近くにいたジョロウグモの雄は雌に脚を1本もぎ取られて(自切して)5本脚にされていた。積極的なアプローチもやり過ぎるとこうなるのだ。ああっと、6本脚だったから逃げ遅れたという可能性もあるかもしれないなあ。

 かと思うと、その反対側にいる体長20ミリほどの雌と7ミリほどの雄は作者があげたバッタの頭部と腹部後端に口を付けていた。人間で言うと、喫茶店で一杯のクリームソーダにストローを2本差して飲んでいるようなものだろう(今も行われているのかどうかは知らないが)。くそったれが! お前らなんか、とっとと幸せになっちまえ! 

 体長17ミリほどのジョロウグモは、作者があげたオンブバッタの雄の上方で大きく網を切り開いてバッタに被せていた。コガネグモ科の小型のクモ(幼体を含む)ではよく見られるテクニックだが、ジョロウグモでこれを観察するのは二回目だ。おそらく、円網を犠牲にしてでも獲物を確実に仕留めたいという状況の時にだけ使われる奥の手なんだろう。

 また、一匹のジョロウグモは頭胸部の背面を下にした姿勢で腹部を真上に向けていた。これは脱皮の準備姿勢ではないかと思うが、これ以上観察を続けると日が暮れるので、ここまでである。


 9月12日、午前6時。

 廃屋ポイントの20ミリちゃんにハチをあげようと思ったのだが、まだ元気だったので、もう少し弱らせようとしたら刺された。「ハチに手を出してはならぬ」という大婆様の言いつけを守るべきだったのだなあ。〔黙れ。そのようなこと言っとらんぞ〕

 その上、20ミリちゃんはハチに近寄る途中で引き返してしまった。ジョロウグモは大きな翅を持たない、あるいは翅をたたんだまま円網にかかった大型の獲物に対しては慎重に安全確認をしてから牙を打ち込むのが普通なのだが、それはハチを恐れているからなのかもしれない。ヒトよりもはるかに体重が軽いクモにとってはハチの一刺しが命に関わることもあるだろうしな。


 午前7時。

 光源氏ポイントの周辺ではオオハンゴンソウが見頃になっていた。

 今日もせっせとジョロウグモたちにオンブバッタの雄を配っていく。ただ、23ミリちゃんは円網の向かって左半分しか張り替えていなかったので、そこらで捕まえた体長15ミリほどの細身のガにしておく。

 体長17ミリほどのジョロウグモは円網の外側部分だけに横糸を張っていた。こういうやり方をしてくれると食欲がないのがよく分かるので楽だ。

 その他に円網までバリアー風にしてしまって、獲物がかかることを拒否している子も2匹いる。この2匹は20ミリクラスだから脱皮の準備かもしれない。

 体長7ミリほどのコガネグモの幼体もいたので、体長20ミリほどの良く太ったガをあげてみた。体長で「三倍です!」という大物なので、さすがにこの子も「獲物なんかかかってないもん」とばかりに知らん顔をしていたのだが、しばらく経ってから確認すると、仕留めたガをホームポジションに持ち帰るところだった。コガネグモもナガコガネグモも大型の獲物がかかった時には知らん顔をすることが多い。おそらく、獲物のもがき方で安全かどうかを判断するのだろう。ただし、捕帯で抵抗を封じてしまえる分、大物を仕留める能力はジョロウグモよりも高い。

 体長3ミリほどのゴミグモの一匹は、一見クモに見えるような形のゴミを円網に取り付けてその中に紛れ込んでいた。多分偶然だと思うが。

 

 午前8時。

 帰り際にオニヤンマらしい大型のトンボとトノサマバッタを見た。

 背面がメタリックブルーの近寄らせてくれない小鳥はカワセミだと思う。その他にオオサギ、コサギ、カモの仲間(何ガモなのかまではわからない)もいる。カモの仲間の集団は夏場よりも個体数が多くなってきているようだ。家族単位で暮らすシーズンは終わったのかもしれない。


 午後2時。

 車道をスズメバチが歩いていた。車に轢かれそうなのだが、地上5センチくらいの高度で一度に1メートルくらいしか飛べないらしい。ジョロウグモにあげるのも危険なので道路脇の草地に誘導するだけにしておく。

 ひっくり返っているイナゴの雄も見つけた。ツンツンするとまだ反応するので、ポケットに入れて光源氏ポイントへ向かう。23ミリちゃんにあげるわけにもいかないので、別の20ミリ超クラスの子の円網に放り込む。この子は駆け寄ろうとしたものの、立ち止まってホームポジションに戻ってしまった。とはいっても、そこに獲物がかかっているのはわかっている様子だったから、「安全だ」と判断したら仕留めてくれるだろう。

 で、最近円網をバリアー風にしていたジョロウグモの一匹が脱皮の直後だった。脱皮殻の下に糸でぶら下がって脚をだらーんと垂らしている。何度でも言おう。「作者はクモの神様に愛されているのだ」と。

 脱皮してから外骨格が硬化するまでの間、クモの雌はほとんど身動きもできない。雄にとっては安全に交接するチャンスである。作者が見ているうちにこの雌と同居していた雄も行動を起こした……のだが、なんと、こいつは雌の腹部背面に乗ってしまったのだった! 

「そんなところに外雌器があるわけないじゃないかあ」

 作者の声が届いたのか、雄はいったんバリアーの上部の定位置に戻ってから再び雌に近寄っていった。しかし、また背面に乗ってしまう。さらに3回目も失敗。4回目は腹面に潜り込んだのに、またくるりと背面に回り込んでしまう。5回目でようやく雌の外雌器に触肢を挿入できたようだったが、どうなっているんだ、これは? クモの交接は本能にプログラムされているわけではないのか? それとも、本能がバグっていた? いやいや、交接できなかったわけではないし……。わからん。生物の観察は発見の連続だ。今日はここまで。明日か明後日か、この雌が円網を張ったらバッタをあげよう。

 さてさて、光源氏ポイントは午後になると太陽光があたるのだが、それで作者が獲物をあげていたジョロウグモたちの円網が金色になっているのがわかった。23ミリちゃんなど張り替えた部分だけが金色になっている。ここまでは死海文書の記述通りである。〔嘘つくな!〕

 もとい、予定通りである。ここから先は23ミリちゃんともう一匹にだけ獲物をあげるようにして、それ以外の子たちは飢えさせてみたいと思う。それで円網の色が無色に戻るかどうかを観察したいのだ。


 9月13日、午前8時。

 廃屋ポイントへ行ってみたのだが、20ミリちゃんも17ミリちゃんも円網を張り替えていなかった。大型の獲物を食べた後だから今日は丸1日腹ごなしかもしれない。

 その20ミリちゃんと同居していた雄は17ミリちゃんに乗り換えていた。浮気者め! だいたいオトナになるのは20ミリちゃんの方が先だろうに。

 他のジョロウグモも見つけたので数えてみると、20ミリちゃんたちも含めて雌が六匹に雄が三匹だった。作者が数えたまどいの子グモ達だけでも約四〇匹だったのだが、生き残ってオトナになれるのはごくわずかなのだろう。

 帰り際に横糸を張っている途中のナガコガネグモを見つけた。体長は20ミリほどでお尻はラグビーボール形。今年の作者の自宅周辺では唯一のオトナのナガコガネグモということになりそうだ。挨拶代わりにオンブバッタの雄をあげておく。

 その近くに体長15ミリほどのジョロウグモ(雄と同居している)がいたのだが、この子の網の1マスがどう見ても縦長の長方形になっている。網の外形もほぼ正方形だ。確認はしていないが、この子も縦糸を横に張り、横糸を縦に張るタイプらしい。こういう形の円網(?)を観察するのは2例目だからそう珍しいものではないのかもしれない。もともとジョロウグモは馬蹄形円網という丸いとは言えない網を張るクモなのだ。ただし、この子の網のサイズは小さい。縦横20センチくらいだろう。縦と横が入れ替わっている小さな網というのも個体変異の幅として本能にプログラムされているのかもしれない。どんな利点があるのかについては見当も付かないが。


 午前11時。

 活きのいいハエが手にハエったのでゴミグモ母さんにあげておく。〔…………〕

 円網の横糸の間隔が広くなっているから食欲はないのだろうが、獲物がかかれば飛びついて捕帯を巻きつけてしまうゴミグモ母さんであった。ゴミグモの悲しい性よのう。〔何様のつもりだ?〕


 午後2時。

 光源氏ポイントへ行ってみたのだが、昨日脱皮して交接していたジョロウグモは円網を張っていなかった。

 その代わり、というわけでもないのだが、その隣の子が交接していた。雌は脚を少し曲げているから、遅くとも今日の昼までに脱皮したんだろう。

 23ミリちゃんと隣の20ミリちゃんには体長15ミリほどの太めのガをあげた。


 9月14日、午前5時。

 近所のナガコガネグモは円網の外周部だけに横糸を張っていた。これで獲物をあげたりしたら迷惑だろうな。

 廃屋ポイントのジョロウグモの20ミリちゃんは横糸を張り替えていなかった。そのバリアーには雄が戻っている。ゴミグモの雄が同じようなことをしていたことがあったから、両手に花状態になると二匹の雌の円網を行ったり来たりするんだろう。雄がもう一匹いたらやらないんじゃないかと思うが。

 ゴミグモ母さんは縦糸のチェックを始めていた。それを終えてから横糸を張るんだろう。


 午前11時。

 ヒメグモ母さんのお尻は白っぽいオレンジ色になっていた。幸いシート網を張ってくれたので、ハエを一匹投げ込んでおく。

 ゴミグモ母さんは横糸の間隔を少し狭くしていた。ハエをあげようと思ったのだが、弱らせようとしたらツツジの植え込みの中に落としてしまった。仕方ないので。そこらで捕まえた体長4ミリほどのアリをあげておく。


 9月15日、午前6時。

 近所のナガコガネグモにイナゴの雄をあげた。

 その近くにいたジョロウグモの姿はない。


 午前7時。

 冷蔵庫の中でだいぶ弱ってしまったイナゴの雄五匹をポケットに入れて光源氏ポイントへ行ってみた。

 23ミリちゃんは肉団子をもぐもぐしていたので、先に隣の20ミリちゃんにイナゴをあげる。23ミリちゃんの円網にも投げ込んだのだが、知らん顔である。

 脱皮後に交接していた二匹も円網を張っていたのでイナゴを一匹ずつあげる。脱皮したばかりのやせ型体型の子は比較的積極的にイナゴに飛びついてきた。

 残りの一匹はそこらにいたナガコガネグモにあげておく。

 そうしてイナゴを配っていて、ふと気が付くと体長20ミリほどのジョロウグモが交接していた。この子はちゃんと脚の関節を曲げてバリアーに爪を引っかけていたので、おそらく昨日のうちに脱皮したのだろうと思う。ジョロウグモの雄にとっては雌が脱皮した直後が安全に交接するチャンスである。雌の外骨格がある程度硬化している時に交接するということは、この雄は雌が抵抗できないのをいいことに何度でもヤってしまおうという……。〔やめんかい!〕

 他種のクモでは複数回の交接は観察していないのだが、ジョロウグモの雄は機会がある限りは何度でも交接するということのようだ。うーん……他の雄が交接するのを妨害するためだろうかなあ……。

 もともとは黄色だったらしい円網の半分を無色の糸で張り替えていたジョロウグモも一匹いた。

 宮下直編集の『クモの生物学』には、大崎茂芳氏が5月から7月、8月から9月、そして10月に採取したジョロウグモの牽引糸(しおり糸)の光学特性を計測したとして「雌のジョロウグモの糸は、春から夏にかけては白色であるが、秋になると黄変する」と書かれている。作者の観察したのは円網を構成する枠糸や横糸なので単純に比較はできないのだが、ジョロウグモは十分な量の獲物を食べた後に横糸を黄色に切り替え、空腹になるとまた無色に戻すようだ。そして円網にかかる獲物が多すぎると判断すると円網をやめて、バリアー状にしてしまう(脱皮の直前にもやるようだ)。それはもう「やだっ。食べない!」と宣言しているような感じがするくらいだ。ジョロウグモは、コガネグモ科のクモのように捕帯を巻きつけて獲物の動きを封じてしまうという手が使えない。食べる必要がないのなら獲物がかからないようにしてしまえば、より安全になるわけだ。

 なお、かの有名な誘引説教原理主義者であるキャサリン・クレイグはアメリカジョロウグモの黄色い網には獲物を誘引する効果があると言っているらしい。しかし、これは作者のように1ヶ月に25回以上のペースで野生のクモを観察し続けた上での主張なんだろうか? ああっと、日本のジョロウグモは特に繊細に食べる量をコントロールしているという可能性もあるかなあ……。


 午前11時。

 少しお尻の色が濃くなったような気がするヒメグモ母さんに冷蔵庫の中で力尽きていたハエをあげた。子グモたちが独立するまではサポートを続けようと思う。

 ゴミグモ母さんには体長10ミリほどのガをあげた。

 スーパーの西側コースで帰宅しようとしたら、ツツジの植え込みに体長17ミリほどのナガコガネグモがいるのを見つけた。いつもいつも同じコースで買い物をしていてはいけないのだなあ。


 午後3時。

 スーパーの西側にいるナガコガネグモにイナゴの雄をあげた。この子もいったんは知らん顔をしていたのだが、イナゴが身動きした途端に飛びついて捕帯を巻きつけていた。イナゴは主に地上を歩くタイプの昆虫なのでガなどよりも体重がある。少し余計に時間をかけて安全確認をするということなんじゃないかと思う。


 9月16日、午前6時。

 近所のナガコガネグモは円網を張り替えていなかった。

 廃屋ポイントにいるジョロウグモの17ミリちゃんは円網の向かって右半分だけ張り替えたようだった。そこを狙って体長20ミリほどの細身のバッタ(かなり弱っている)を投げ込んだのだが、バリアーに引っかかってしまった。この子の円網は縦横25センチくらいで、しかもバリアーの本数が多いのである。しょうがないのでバッタを外して、改めて円網に投げ込んだ。当然、17ミリちゃんは警戒して近寄ろうとしない。円網の糸を黄色に変えるまでは獲物をあげ続けたいと思うのだが、あまりしつこくすると引っ越しされてしまうことも考えられる。どうしたものやら……。

 ゴミグモ母さんは横糸を張っているところだった。動作がゆっくりなのは気温が低めのせいかもしれないが、横糸の間隔が揃っていないのが気になる。冷蔵庫の中で力尽きていた体長15ミリほどのガをあげてみると、ゴミグモ母さんはガの方に数歩踏み出してから円網の糸をたぐり寄せるようにしてガを引き寄せ、その翅を抱え込みながら牙を打ち込んだようだった。この「たぐり寄せ行動」を観察するのは2回目だ(ゴミグモ以外では見ていないと思う)。円網の上を歩きたくない時があるんだろうかなあ……。

 いい機会だから言っておくと、日本のクモ研究者はクモが食べているものを「餌」と表記するのだが、作者は捕食されそうになった時には食べられまいとして抵抗するのは獲物だと思う。英語では「餌」は「ベイト(bait)」で、「獲物」は「プレイ(prey)」である。「プレデター」は「プレイ」を捕食する者という意味なんだろう。人間で言えば、米やパンやおかずが「餌」であって、生きているウシやブタ、ニワトリやウサギ、そして自分で釣り上げた魚などが「獲物」だろうと作者は思う。〔論文を書くような日本人は「獲物」を食べたりしないのさ〕


 午前10時。

 近所のナガコガネグモが円網にもたれかかっていた。脚先をツンツンしても反応がない。これは……合掌するしかないかもしれない。

 スーパーの東側の植え込みでは直径約25センチの円網を見つけた。中央に直径10ミリくらいの穴が開いていて、その真ん中に糸が1本張ってあるからオニグモの幼体のものだろう。円網を回収しなかったということは、かなり空腹なのか、それとも食べ過ぎの状態が続いているので夜中過ぎに張り替えたのか、だな。

 スーパーの西側のナガコガネグモは円網を張り替えていなかった。その下にはほとんど食べられていないイナゴが転がっている。もしかして、作者があげたイナゴが毒だったのか? 

 廃屋ポイントの17ミリちゃんはバッタを食べていた。こちらは大丈夫なようだ。


 9月17日、午前2時。

 ヒメグモ母さんが枯れ葉の下から出ていたので観察できたのだが、子グモたちの姿は一〇匹ほどしか見えなかった。ルリチュウレンジを弱らせてからあげておく。なお、このハチは原始的なタイプで、幼虫はツツジなどの葉を食べて育つのだそうだ。

 スーパーの東側にあった円網の主は体長7ミリほどのオニグモ(多分)だった。挨拶代わりに同じくらいの体長の力尽きていたハエをあげる。するとこの子は、ハエの周囲で円網を引き寄せる様にしてハエに被せたのだった(ゴミグモの「たぐり寄せ」とも違う)。これは円網に大穴を開けるのと同じで、獲物の動きを封じる効果を狙ったものだと思うが、このパターンは初めてだ。まあ、大きな穴を一つ開ける代わりに小さな穴を複数開けただけ、と言ってしまえばそれまでなんだが……。

 その後、この子はハエに少しだけ捕帯を巻きつけてから牙を打ち込み、その場で食べ始めたようだった。ホームポジションに持ち帰らないのはどういうわけなのかはわからない。獲物を運ぶ時間も惜しいほど空腹だったのかなあ……。

 西側のナガコガネグモは姿を消していた。作者のあげたイナゴが有毒だった可能性が高くなったかもしれない。


 午前6時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモは姿を消した一匹は別として全員元気そうだ。ということは、作者のイナゴが有毒であったとは言えない……と、思うんだけどなあ……。

 ジョロウグモの23ミリちゃんは25ミリほどの体長になっていた。円網のサイズは縦も横も約40センチ(体長の割に小さめなのは作者が獲物をあげるせいだろう)。そして、その円網は無色になっている。隣の20ミリちゃんも張り替えた部分だけは無色だ。この二匹に最後にイナゴをあげたのは9月15日だから2日で黄色から無色に変更してしまったということになる。どういうメカニズムなんだろう? 糸の原料タンクから出糸器官までの間で黄色くしているということなのか? 

 この二匹にはオンブバッタの雌をあげておく。なお、他の子たちは全員無色の糸にしていた。


 午前7時。

 林の縁で体長6ミリほどのコガタコガネグモらしいクモを見つけた。円網の直径は約20センチで隠れ帯はなし。新海栄一著『日本のクモ』によると雌の体長は8ミリから12ミリということなので、まだオトナになっていない個体だと思う。

 クズの葉の上でカタツムリが交尾していた。念のために言っておくと、カタツムリの仲間は一般的に雌雄同体なので挿入したりされたりできるという、とてもうらやましい……。〔やめんか!〕

 もとい、奇妙な繁殖行動をする。ちなみにウィキペディアによると「自家受精もできるが、産卵数・孵化率とも著しく低下する例が多い」そうだ。

 真っ赤な柿の葉が落ちていたので、上を見上げるとまだ青い柿が実っていた。秋なんだなあ。


 午前10時。

 ヒメグモ母さんの子グモたちは六匹しか見えない。順次旅立っていきつつあるということなんだろうか。

 ゴミグモ母さんは円網を張り替えなかったようだ。

 オニグモの7ミリちゃんはホームポジションに食べ残しを固定したまま住居に戻ったらしかった。何度も言うようだが、オニグモが獲物を仕留めた場合に、住居へ持ち帰って食べるか、円網の隅で食べるか、それともホームポジションで食べるかはどういう基準で決めているんだろう? 気温が影響しているような気はするのだが、データが足りない。ああっと、夜明けまでに食べきれなかった時、あるいは食べきれないと判断した時は住居に持ち帰るのかもしれないなあ。

 去年のお向かいちゃんは一時期、夜明け前に食べかけの獲物を投げ捨てて住居へ戻っていたけれど、あれは作者が毎日のようにイナゴやらコガネムシやらアブラゼミやらをあげていたから、「もういやっ。食べたくない」という気分になっていたんだろう。〔迷惑な話だ〕


 午後1時。

 またミスった。光源氏ポイントにいる25ミリちゃんや20ミリちゃんはもちろん、他のほとんどのジョロウグモたちの円網もわずかに黄色かったのだ(無色だと言えるほどの円網は2枚しか確認できなかった)。より正確に言えば、太陽の反対側から見たので、足場糸の間の数本の横糸がわずかに黄色くなっているのがわかったのである。ということは、獲物を食べた量に応じて横糸の原料タンク内に色素が分泌されるというメカニズムになっている、というところかなあ。

 しかし、獲物をあげるなら横糸が劣化していない午前中がいいし、横糸の色を確認するなら陽の当たる午後がいいとなると、少なくとも1日2回は光源氏ポイントまで行かなければならない。これはちょっと大変だ。街の外へ出られないではないか。


 9月18日、午前2時。

 ヒメグモ母さんにルリチュウレンジをあげようと思ったのだが、弱らせ方が足りなかったらしくて逃げられてしまった。そこで、さらに体長6ミリほどのアリを捕まえて、もがくことはできるが逃げるのは無理という程度に弱らせてから再チャレンジ。ヒメグモ母さんに糸を巻きつけさせることに成功した。

 ここで注目するべきだと思うのは、ルリチュウレンジの時にはぽとんとシート網の上に落下したのに対して、今回は不規則網の糸を伝って降りてきたということである。これは直前の失敗の記憶が影響しているのかもしれない。それとも酸欠のせいで素早く動けなかっただけだろうかなあ……。いずれにせよ、ヒメグモも複数のやり方を使い分けることができる可能性がある、くらいのことは言えそうだ。

 なお、ヒメグモ母さんのお尻の色は薄いモスグリーンになっていた。

 スーパーの東側のオニグモの7ミリちゃんには力尽きたハエをあげてみた。今回7ミリちゃんは脚先でチョンチョンしては捕帯、またチョンチョンしては捕帯という仕留め方をしていた。昨日の手順と違うのは、空腹ではなくなったので確実に仕留めようという意識が弱くなったからだと思いたいのだが、どうなんだろうかなあ……。

 

 午前10時。

 ヒメグモ母さんはシート網に穴を開けてアリの食べかすを落とすところだった。シート網の縁まで運ぶよりは楽なのだろう。その後、ささっとシート網の穴を補修したヒメグモ母さんは不規則網の糸を伝って子グモたちがいる枯れ葉の下に戻って行った。

 スーパーの東側にいるオニグモの17ミリちゃんとゴミグモ母さんは円網を張り替えなかったようだった。今日の夕方から何日かは雨が多いらしい。その前に十分な量の獲物を食べさせることができたのなら何よりである。


 9月19日、午前6時。

 台風は日本海へ向かっているらしい。

 ヒメグモ母さんは子グモたちといっしょに枯れ葉の下でじっとしている(お尻の色は薄めのモスグリーン)。

 それに対してヒメグモ母さんの隣にいるヒメグモは不規則網部をウロウロしている(お尻の色はオレンジ色)。子グモの姿は見えない。かわいそうではあるのだが、この子はヒメグモ母さんの対照群(一匹だけだが)のつもりでいるので獲物はあげないことにしている。だいたい体長3ミリのヒメグモにあげるような獲物を捕まえるのさえ難しいのだ。


 午後4時。

 台風は本州の上空を北東方向へ進んでいくらしい。


 9月20日、午前6時。

 台風は東北地方を斜めに横断しているらしい。

 ヒメグモ母さんのお尻の色は明るいモスグリーンのままである。頭胸部は相変わらずオレンジ色。かなり個性的な組み合わせだ。ちなみに隣のヒメグモのお尻はオレンジとモスグリーンを混ぜたような色になっている。

 体長5ミリほどのアリをわずかに脚が動かせる程度に弱らせてからシート網部に放り込むと、今回もぽとんと落ちてきたヒメグモ母さんはシート網の下面から近寄って糸を巻きつけたようだった。

 ヒメグモ母さんがアリを仕留めようとしている最中に体長3ミリほどのアリがシート網に落ちてきたのだが、ヒメグモ母さんはこれを無視した。二兎と追うつもりはないらしい。

 ゴミグモ母さんには冷蔵庫の中でほとんど力尽きていたオンブバッタの雄をあげた。ゴミグモの獲物としては大きすぎるのだが、ゴミグモ母さんはすぐに駆け寄ってバッタの腹部後端に牙を打ち込み、胸部辺りまで移動して捕帯を投げ上げていた。獲物が暴れないせいか手順がおかしい。まあ、食べてもらえるのなら文句を言うべきではないだろう。

 スーパーの東側にいる体長15ミリほどのジョロウグモの円網のバリアーにはお婿さんがいた。お祝いにオンブバッタの雄をあげる。やはり獲物が大きすぎるせいか、慎重に何度もチョンチョンしてから牙を打ち込む15ミリちゃんだった。同じくらいの体重の獲物でも大きな羽を持つガであれば一気に飛びついて来そうな気はするのだが、なかなか実験する機会がない。


 午前8時。

 ヒメグモ母さんは獲物を枯れ葉の下まで運び上げていた。その枯れ葉の下には一〇匹以上の子グモたちが見える。


 9月21日、午前10時。

 光源氏ポイントではジョロウグモの20ミリちゃんの姿が消えていて、だいぶお尻が太くなってきた25ミリちゃんが、その円網があった場所にわずかに黄色い円網を張っていた。ジョロウグモは強風などで円網がダメージを受けると係留糸から張り直すことがある。この時に数十センチから1メートルくらいの引っ越しをしてしまう子が多いのだ。25ミリちゃんにはそこらで捕まえた体長15ミリほどの太めのガをあげておく。

 光源氏ポイントでは無色、あるいはほとんど無色の円網を張っている子は鉛筆体型の二匹だけだった。特に作者が獲物をあげている子たち(多分)は全員が黄色、ないし、わずかに黄色い円網にしている。なお、この子たちのお尻は全員ソーセージ形である。


 午前11時。

 光源氏ポイントの先で道路標識と稲穂を使って水田の上に円網を張っている体長20ミリほどのオニグモを見つけた。この季節にこの体長ということはオトナになる直前の雌だろう(オトナの雄なら円網を張る必要もない)。しばらく見ていると、この子は糸を伝ってポールに向かって来た。悪天候のせいで獲物を十分に食べられない日が続いたので残業していたというところだと思う。

 よく見るとポールの表面にもしおり糸が何本か残っていたので、これ幸いと、この子の進行方向に人差し指を置いてみた。するとこの子は、指の手前で立ち止まって、触肢でもしょもしょしてから指をまたぎ越えていったのだった。久しぶりのもしょもしょである。〔危険です。よい子は真似しないでね〕

 クモの牙は本来、獲物を仕留める時と身を守るために必要な時に使うものだ。危険を感じさせない限りは、食べられもしない人間などに使うわけがないのである。〔いやいや、100パーセント安全だとは言えないから〕

 ただ……稲刈りされたらここにはいられなくなるはずだ。オニグモ語が話せるなら忠告するところなんだが……。


 午前11時。

 ヒメグモ母さんの枯れ葉の下に卵囊らしいものがある。子グモも1匹だけは見えた。枯れ葉の死角にどれだけいるのかはわからない。

 近所のジョロウグモの幼体2匹(体長約12ミリと15ミリ)の円網の糸は無色だった。


 9月22日、午前6時。

 ヒメグモ母さんに力尽きている体長10ミリほどのハエをあげたのだが、気付いてもらえなかった。それならばと、枯れ草の茎でハエをツンツンして「まいどー。獲物でーす」というメッセージを送る。ヒメグモ母さんは「はーい」とばかりに糸を伝ってシート網の上に降りてきた(ぽとんと落ちるか、糸を伝って降りるかの判断基準も謎だ。腹具合か、それとも獲物の暴れ方だろうか)。

 慎重にハエに近寄ったヒメグモ母さんはハエの脚先に取り付くと、そこから胸部へと移動していった。通常の三倍の獲物……。〔体長の三倍だ!〕

 大型の獲物だけに慎重な狩りをするヒメグモ母さんであった。

 近所のジョロウグモの15ミリちゃんと12ミリちゃんにはそれぞれオンブバッタの雄をあげてみた。これがまた予想が大ハズレで、15ミリちゃんはチョンチョンしながら獲物に近寄って、獲物の上で円網を切り開いて、それを獲物に被せてから慎重に近寄って牙を打ち込んだのに対して、12ミリちゃんは数回チョンチョンしただけで獲物の腹部後端辺りに牙を打ち込んだのだった。うーん……体重が軽い12ミリちゃんの方がより慎重に行動するだろうと予想していたのだが……。どれくらい空腹かが積極性に影響するということなんだろうか? あるいは、ただの個性という可能性もあるかもしれない。いずれにせよ、ジョロウグモが想定している仕留め方ができないような大型の獲物をあげるのは実に面白い。〔相手は迷惑……いやいや、獲物が食べられるんだから共生関係と言える……のか?〕

 ゴミグモ母さんは横糸の間隔をやや狭めにしていたので、遠慮なく体長20ミリほどの太めのガをあげる。ガであれば、こんな大きな獲物でも積極的に捕食してもらえるのだ。

 スーパーの東側にいるジョロウグモの15ミリちゃんの円網の前後のバリアーには雄が1匹ずつ待機していた。「両手に花」と言うか「引く手あまた」と言うか……。

 この子には体長10ミリほどのアリを十分に弱らせてからあげる。なお、この子の円網も無色である。「黄色い円網はオトナになってから」ということになのかもしれない。


 午前9時。

 コスモスが見頃になっていた。

 今日も光源氏ポイントのジョロウグモたちにイナゴの雄を配ってまわる。なお、今日からは無色の円網を張っている子たちにも獲物をあげることにする。これで全員円網を黄色くするはずだ。

 ガの鱗粉だらけで、穴も一つ開いている無色の円網を張っている体長25ミリほどの子は肉団子をもぐもぐしていたのだが、その肉団子からはみ出している黄色と黒の脚はどう見てもジョロウグモのそれだった。円網にガを投げ込んで誘い出してみると、やはりジョロウグモである。おそらく体長20ミリ以下の子だろう。無色の円網ということはかなり飢えていたはずだ。小型の個体が不用意に円網に侵入したのなら食われてしまっても不思議はあるまい。

 今日もイナゴの雄を仕留めるのに円網を切り開いて、それを獲物に被せた子が2匹いた。どちらも割と小柄な子だったので、やはりこれは大物を仕留める時に使う奥の手なのだろう。

 25ミリちゃんにイナゴの雄をあげると、新たに同居し始めたらしい体長5ミリほどの雄がイナゴを食べ始めた25ミリちゃんの腹部腹面に潜り込んだ。交接するつもりなのか? それにしては、すぐに離れてしまったようだが……。まあ、こういうことがあるから何度でも交接するのかもしれないな。

 交尾している最中のトンボのカップルもいた。これって、上になっているのが雄だっただろうか? 作者は昆虫の交尾については詳しくないのだ。

 オニグモがいた水田の稲は刈り取られていた。夜行性のクモだから無事だとは思うが……。それにしても、刈り入れの前日に残業しているオニグモに会えるなんて、クモの神様に愛されているとしか思えないな。〔…………〕

 ここにある十字路の標識の裏にはオニグモのものらしいごく古い卵囊が二つ取り付けられていた。もしかすると人気スポットなのかもしれない。


 午前10時。

 赤いヒガンバナの上にいる体長50ミリほどのスズメバチを見つけた。翅はボロボロだし、花からは落下するし、どうやらもう飛ぶことができなくなっているらしい。この大きさだと女王だろうから、役目を終えたので、歩いてどこかへ向かっているのだろう。もしかして……スズメバチの墓場?〔んなわけあるかい!〕

 その近くには体長7ミリほどのコガタコガネグモもいた。よく見ればけっこういるものである。


 午前11時。

 スーパーの東側の植え込みでヒメグモを見つけた。お尻はオレンジ色で、見えた範囲では卵囊や子グモの姿は確認できなかった。

 小型の甲虫らしい獲物がシート網に落ちると、この子もぽとんとシート網に落下して獲物を追いかけたのだが、結局は逃げられてしまった。ということは、不規則網を伝って降りるよりも落ちた方が時間を短縮できるということなのかもしれない。ヒメグモの不規則網にもシート網にも粘着性はないようだから、活きのいい獲物は急いで糸を巻きつけないと逃げられてしまうのだろう。

 行き倒れのルリチュウレンジを拾ったので、ヒメグモ母さんの隣のヒメグモにあげた。この子のお尻もオレンジ色だ。


 9月23日、午前9時。

 ヒメグモ母さんの隣のヒメグモは枯れ葉をなくしてしまったらしい。落ち着かなげにウロウロしている。

 近所のジョロウグモ2匹に力尽きている体長20ミリほどのガをあげてみた。ところがこの2匹は円網の端まで避難してしまったのだった。「大きすぎて危険だ」という判断らしい。まあ、安全だとわかれば食べてもらえるだろう。

 スーパーの東側にいるジョロウグモの15ミリちゃんには体長25ミリほどのガをあげた。さすがに知らん顔をされてしまったのだが、ガが羽ばたくとすぐに駆け寄って牙を打ち込んだようだった。そこでだ、もしもハチにガの羽を取り付けてからジョロウグモにあげたらどうなるんだろうか。誰か実験してみない?〔自分でやらんのかい!〕

 ハチに刺されたくはないのだ。アナフィキラシーショックも怖いし。


 9月24日、午前8時。

 近所のジョロウグモの15ミリちゃんが横糸を張り始めたところだった。この子の網はフェンス越しに30センチまで寄れるのでじっくり観察させてもらったのだが、この子は縦糸に片方の第四脚の爪を引っかけて引き寄せ、お尻をごくわずかにすっと下げて縦糸に横糸を取り付けていた。非常に無駄のないやり方である。

 そうすると問題になるのが同じくらいの体長のナガコガネグモたちだ。彼女らは円網が揺れるほどのオーバーアクションでよいしょーよいしょーと横糸を張るのである。この時期の幼体で比較すればナガコガネグモのお尻の方が大きい。必要なエネルギーは大きくなるはずだ。なぜそんな無駄なことをするんだろう? お尻の中身の詰まり方が違っていて、ジョロウグモのお尻は見た目よりも重いのだろうか? 

 この場合、ジョロウグモの円網の方が横糸の本数が多いのだから、それを縦糸に固定する回数も多くなる。だからエネルギーを節約する方向へ進化したのだという説明もできるのだが、ナガコガネグモの中から省エネタイプの個体が現れれば、それだけ早くオトナになれるのだから他のナガコガネグモに対して有利になるはずだ。なぜナガコガネグモではそういう進化が起こらなかったのだろうか。もしかしたら「その方が有利だから進化が起こる」という考え方はクモには通じないのかもしれない。あるいは他の面で大きなメリットがあるのか、だな。生物はきわめて複雑な系なので、一つ一つの要素だけを取り出しても理解することはできない。その個体の一生を、その種全体を、さらに生息環境まで含めて考えないと、その生物を理解することは不可能だろう。

 15ミリちゃんの隣の12ミリちゃんは円網を張り替えていたのでオンブバッタの雄をあげてみた。するとこの子は、すぐに飛びついてバッタの腹部後端に牙を打ち込んだのだった。昨日ガをあげたばかりなのだが、まだ食欲が衰えていないらしい。まあ、体長で二倍の獲物でも積極的に捕食してもらえるなら楽でいいのだが。

 そうこうしているうちに雨が降り出した。15ミリちゃんは横糸張りを中止してホームポジションに戻り、第四脚を円網に引っかけて他の6本の脚をだらーんとぶら下げてしまった。対降雨防御姿勢である。獲物をあげ損なってしまったが、今回はここまでだな。


 午前9時。

 ゴミグモ母さんは横糸を張っていなかった。天気が悪そうな時には無理をしないようだ。ゴミグモは1シーズンでオトナになる必要がないクモなので精神的に余裕があるのだろう。


 午前11時。

 近所の15ミリちゃんは雨が降り出す前と合わせても15センチほどの幅だけに横糸を張っていた。どうも食欲がないらしい。それを承知の上でオンブバッタの雄をあげてしまう。〔迷惑だな〕

 科学の進歩のためだ。お許し願いたい。

 15ミリちゃんはほぼ完全に力尽きているバッタにそろそろと近寄って、何度も何度もチョンチョンした後、脚を大きく持ち上げながらバッタの腹部後端辺りに牙を打ち込んだ。12ミリちゃんと比べてはいけないのかもしれないが、安全を最優先というか、非常に消極的な狩りである。お尻もだいぶふっくらしてきていることだし、もしかするとそろそろ脱皮するのかもしれない。ああっと、12ミリちゃんにも獲物をどんどんあげて、お尻が太くなったら消極的になるかどうかを観察するのも面白いかもしれないなあ。

 帰り際にイナゴの雌を1匹捕まえた。産卵前のジョロウグモも多いので、とてもありがたい。


 午後10時。

 スーパーの東側ではオニグモの7ミリちゃんが横糸を張っているところだった。体長4ミリほどのアリをあげておく。


 9月25日、午前6時。

 ヒメグモ母さんの枯れ葉の下の卵囊は2個に増えていた(直径はどちらも約3ミリ)。お祝いをあげようと思ったのだが、巣穴から出ているアリが見当たらない。やっと見つけた体長6ミリほどのアリを、もがくことはできるがまともに歩くことはできないという程度に弱らせてからあげる。今回は不規則網の糸を振動させるために真上から落としてみた。これがビンゴ! ヒメグモ母さんは不規則網の糸を伝ってシート網の上に降り立つと、シート網の上をアリに向かって歩き、アリの直前でシート網の下に潜り込んで、下から糸を投げ上げたのだった。それからさらに間合いを詰めたヒメグモ母さんはアリの腹部後端に牙を打ち込んだようだった(作者の眼では体長3ミリのヒメグモの牙など見えやしないのだ)。

 さて、ここからが問題だ。ヒメグモにとってのホームポジションは枯れ葉の下である。自分で食べるにせよ、子グモたちに食べさせるにせよ、枯れ葉の下までアリを運び上げなくてはならない。ヒメグモ母さんは糸で白っぽくなったアリの周囲でシート網の糸を切ると1センチほどアリを引き上げた。それからいったんアリと枯れ葉の間まで移動してからまたアリのところまで戻って、アリの上辺りの不規則網の糸を咬み切った。おそらくこの糸は獲物を運び上げるのにじゃまになるのだろう。プロの研究者には嗤われそうだが、どの糸を切ればいいかを考え、じゃまになる糸だけを切りながら段階的に獲物を運び上げようとしているように見える行動だった。

 冷蔵庫に入れてあったオンブバッタの雄3匹が力尽きていたので、まずは近所のジョロウグモの12ミリちゃんにあげてみた。そうしたらなんと、腰を振るんだ、この子は! まあ、昨日大物を食べたばかりなので、今日は食欲がないということなんだろう。

 もう1匹はスーパーの東側の15ミリちゃんにあげる。この子はちゃんと駆け寄って牙を打ち込んでくれた。

 三匹目はしょうがないのでオニグモの7ミリちゃんが張りっぱなしにしていった円網に投げ込んでおく。この子は休眠して越冬するつもりでいるはずなのだが、休眠スイッチは気温なんだろうか、それとも体長なんだろうか? 


 午前9時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの25ミリちゃんにイナゴの雌を弱らせてからあげたのだが、さすがに体長40ミリでは飛びついて来ない。慎重に近寄ってチョンチョンしてから牙を打ち込んでいた。

 そこまでは予想通りだったのだが、25ミリちゃんがイナゴを食べ始めると、同居していた2匹の雄のうちの1匹(体長約5ミリ)が25ミリちゃんの腹部腹面に潜り込んだのだった。これはどう見ても交接である。しかも、以前25ミリちゃんと交接していた体長7ミリほどの雄は知らん顔をしている。

 ウィキペディアの「ジョロウグモ」のページには「交接した雄がそのまま網に居残ることが知られる。これはより多くの子孫を残すため、交接相手の雌と他の雄との交接を防ぐ目的での行動と考えられている」という記述があるのだが、このいかにも説得力がある仮説ではこういう行動を説明できない。かと思うと、その近くにいた、やはり25ミリクラスの雌の場合は、食事中に交接しようとした小型の雄を押しのけて大型の雄が交接したのだった。うーん……老いて体力を失った雄は他の雄が交接するのをじゃますることもできなくなるということなんだろうかなあ……。

 3日前に共食いしていた体長25ミリクラスのジョロウグモは円網の向かって右半分を黄色い糸で張り替えていた。この子は元祖25ミリちゃんより脚が太く長いから、脚を広げると手のひらサイズになりそうだ。「ヒロちゃん」と呼ぶことにしよう。元祖25ミリちゃんは……ニーゴーだから「ニコちゃん」でいいだろう。

 夜行性ということになっているワキグロサツマノミダマシ(体長約6ミリ)も残業していたので体長15ミリほどのガをあげた。空腹に耐えながら頑張っている子は応援したくなってしまうのだ。

 この子は円網を大胆に切り開いてガを宙吊りにすると、縦のDNAロールでぐるぐる巻きにしていた。

 余談だが、ジョロウグモに大型の獲物をあげると、できるだけ近寄らずに仕留めようとするために腹部後端や脚に牙を打ち込んでしまう場合が多い。そこでイナゴの後脚に牙を打ち込んだ場合、イナゴの後脚が付け根付近から外れることがよくある。時には2本同時に外れたりするのだ。これは「自切」ではないかと思う。

 自切してしまえばクモの毒が全身にまわることを防げるし、クモが後脚を咥えている間だけは生きていられるのだから、その間に円網から脱出することもできるかもしれない。逃げ出せたとしても5本脚や4本脚というハンディキャップを背負うことになるわけだが、それでも自切という形質が定着しているのだとしたら、それは生き残る上で有利な形質なのだろう。ただし、イナゴを仕留められるような体長のジョロウグモが円網を張る高さはイナゴの最大飛行高度よりも上の場合が多いような気もする。ということは、何か別の捕食者への対策であるのかもしれない。


 午前10時。

 道端に小ぶりなアケビが落ちていた。落ちるくらいなら熟しているだろうと思って皮を裂いて食べてみたのだが、へた(?)の近くだけは微妙に渋かった。〔甘いな〕


 午前11時。

 ゴミグモ母さんの姿が見えない。横糸が6本しか張られていない円網しか残っていない。ゴミグモとしては長生きしたんだし、卵囊も十数個だ。大往生と言っていいだろう。合掌。


 午後3時。

 久しぶりにジョロウグモポイントへ行ってみた。そうしたら、なんとジョロウグモが6匹いたのだった(最大の個体は20ミリクラス)。その少し先のアケビちゃんポイントにも数匹のジョロウグモが円網を張っていた。前回見た時には1匹もいなかったのに……。油断してしまった。


 9月26日、午前1時。

 スーパーの東側にいるジョロウグモの15ミリちゃん(以後「東子はるこちゃん」と呼ぶことにしよう)に体長17ミリほどの活きのいいガをあげる。さすがにガならば、この大きさでもためらうことなく飛びついてくる。そしてこの子はバリアーをほとんど張っていないので、獲物をあげるのが楽でいい。

 オニグモの6ミリちゃんは張り替えていない円網で待機していた。というか、眼が覚めてしまったので住居から出てきただけという感じだ。食欲はまったくなさそうなのでスルーするーことにするー。〔…………〕

 近所のジョロウグモの12ミリちゃんは体長15ミリほどになっていた。いつの間にか脱皮していたらしい。ガの在庫はあるのだが、この子のバリアーはうまく張り巡らされているので、その隙間から円網に向かってガを投げ込むのは難しい。パスする。

 15ミリちゃんは横糸を張り替え中だったのだが、この子の場合は鉄柵がじゃまになる。この2匹へのサポートは終了して、スーパーの東側にいる東子ちゃんとオニグモの6ミリちゃんにだけ獲物をあげることにしようかなあ……。


 午前10時。

 ヒメグモ母さんのお隣ちゃんはガガンボに気が付いていないようなので、枯れ草の茎でツンツンしてみた。お隣ちゃんは新たに取り付けた枯れ葉の下から降りてきたのだが、獲物の位置がわからないらしくてウロウロしている。そこでまたツンツンして「ここだよ」というメッセージを送ってあげる。

 獲物に向かって歩き出してくれればこっちのものである。ガガンボに歩み寄ったお隣ちゃんはすこしだけ糸を投げかけてから牙を打ち込んだ様子だった。この子のお尻はオレンジ色なので、安全性よりも食欲を優先したということなんだろう。力尽きているガガンボが抵抗するわけもないし。

 ヒメグモ母さんの枯れ葉の下には体長一・五ミリほどの子グモが何匹かいる。次の卵囊から子グモが出てきたらお姉ちゃんやお兄ちゃんに食われてしまうんじゃないだろうか。それを防ぐためには子グモたちが独り立ちした後に、次の卵囊から子グモたちが出てくるというタイミングにする必要があると思うのだが、さて、どうなんだろう? 成長を促進するために、あえて共食いさせるという選択肢もあるとは思うのだが……。

 近所にいるジョロウグモの元12ミリちゃんにアリをあげてみたのだが、知らん顔をされてしまった。まあ、食べさせすぎなのは承知している。空腹になれば食べてくれるだろう。

 東子ちゃんにもアリをあげてみたのだが、やはり知らん顔だった。


 午後1時。

 光源氏ポイントでは体長20ミリほどのジョロウグモの雌が体長5ミリほどの雄に捕帯を巻きつけていた。あわててカメラを取り出すと、この子はそれをホームポジションに持ち帰るところだった。

「雄を……食ってる……」〔こらこら〕

 この子の円網のバリアーには5匹の雄が残っているから、居場所がなくなった雄が不用意に円網に踏み込んでしまったのかもしれない。あるいは、雌の方が1匹くらい食べてしまっても問題はないと判断した可能性もあるだろう。

「私が死んでも代わりはいるもの」〔そんなこと言うなよ〕

 もともとは黄色かった円網の大部分を無色の糸で補修したらしい形跡もあるから、空腹のあまり雄に手を出してしまったということも考えられる。とりあえずこの子にはイナゴを1匹あげておく。雄と同居しているジョロウグモが無色の円網にしていたら獲物をあげた方がいいかもしれない。


 午後8時。

 台所にヒメグモの仲間らしい丸くて黒いお尻の体長2ミリほどのクモがいたので撮影したら、シャッター一発でどこかへ隠れてしまった。息を吹きかけてしまったかもしれない。クモの撮影は難しいのである。


 9月27日、午前6時。

 お尻が白っぽいオレンジ色になっていたヒメグモ母さんに体長4ミリほどのアリをあげた。もちろん、もがくことはできるが逃げることはできないという程度に弱らせておいて不規則網の上から落とすというやり方だ。ヒメグモ母さんもぽとんと落ちてきた。

 さすがに経験値が上がったので、アリならうまくあげられるようになってきたと思う〔自画じーさんだな〕

 風が強いとシート網の上に落とせないこともあるのだが、早朝の風の弱い時間帯を選べばなんとかなりそうだ。

 近所にいるジョロウグモの元12ミリちゃんは同じくらいの体長のガを自力で仕留めていた。ほぼ全面に鱗粉が付いた円網と穴一つが激闘を物語っている。

 元祖15ミリちゃんには体長8ミリほどのアリをあげる。バリアーの隙を突いて必殺の垂直落下式だ。すかさず駆け寄った15ミリちゃんが牙を打ち込んでスリーカウントである。〔プロレスかい!〕

 しかし、ガやバッタのような大型の獲物だとバリアーに弾かれてしまいそうだ。もう少し大きくなったら外してくれるかなあ……。

 スーパーの東側の東子ちゃんは引っ越したようだった。獲物をあげすぎたかもしれない。置いて行かれたらしい雄があわれである。

 オニグモの6ミリちゃんは円網を張り替えなかったようだ。越冬体勢に入ったか、それともただの腹ごなしだろうか。


 午前9時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモのニコちゃんは円網の向かって左側三分の二を張り替えたらしかった。体長15ミリほどのガをあげておく。


 午前10時。

 ふと気が付くと、ニコちゃんと同居していた体長7ミリほどの雄が捕帯を巻きつけられた状態で円網の中央辺りに取り付けられていた。

 通常ジョロウグモの雄はバリアーで交接のチャンスが来るのを待っている。不用意に円網に踏み込むと雌に食われてしまうからだ。それなのに、なぜ円網で仕留められているんだろう?  

 交接を済ませたジョロウグモの雄が生き続ける理由は他の雄が交接するのを妨害することくらいしかないはずだ。もしかして、体力の低下によって、それすらできなくなった雄は、雌に食われるためにわざと円網に踏み込むのかもしれない。それによって自分の遺伝子を次の世代に伝えられる確率がいくらかでも上げられるのなら命を投げ出す価値もあるだろう。しかし、これは……涙が出てきそうだ。クモ観察なんか始めなければよかったかもしれない。

 その後、ガを食べ終えたニコちゃんは肉団子にした7ミリちゃんをもぐもぐし始めた。イナゴの雌を円網に放り込んで自宅に向かう。


 9月28日、午前6時。

 ヒメグモ母さんの卵囊の一つがしぼんでいるように見える。枯れ葉の下にいる子グモたちの数も増えている。しかし、子グモたちは全員同じ大きさのようだ。ということは、いままで枯れ葉の下にいたグループが独り立ちしてから次のグループが出囊したのかもしれない。しかし、そんなにうまくいくんだろうか? もしかしたら、いつまでも独り立ちしないニート気質の子は母親に追い出されるという可能性もあるかなあ。

 ヒメグモ母さんのお尻はオレンジとモスグリーンを混ぜて薄めたような色になっていたので、ルリチュウレンジを落としてあげた……のだが、これが不規則網の糸に引っかかってしまってシート網まで落ちていかない。そのせいか、ヒメグモ母さんも獲物に向かって数歩踏み出したものの、すぐに枯れ葉の下に戻ってしまった。「ぽとん」が見たかったのだけどなあ。今のところ、ヒメグモにあげる獲物はアリが一番確実のようだ。

 ゴミグモ母さんの残した円網の近くにいる体長2ミリほどのゴミグモの幼体に体長7ミリほどの細身のガをあげてみた(体長でも三倍以上だ)。この子は獲物に向かって数歩踏み出し、盛んにつま弾き行動をした。それを感じたのか、ガが羽ばたき始める。2ミリちゃんは、その羽ばたきが止まった隙を突いて一気に間合いを詰め、腹部後端に牙を打ち込んだ様子だった。何か、「獲物が大きすぎて危険だ」という意識と「ガに対してはまず牙を打ち込む」というセオリーがせめぎ合っているような狩りである。「最後に勝ったのは食欲だった」と言ってもいいかもしれない。

 トンボの幼虫ヤゴなども捕食者だろうが、大きすぎると判断したら襲わないだろう。クモの網には獲物の大きさを選ぶ機能がほとんどない(重すぎる獲物がかかれば糸が切れて外れてしまう程度だろう)。高性能な捕獲装置を獲得することと引き替えに、昆虫などには無縁の苦労も背負い込むことになったということだな。

 廃屋ポイントでは体長20ミリほどのナガコガネグモが円網で待機していた。ナガコガネグモとしては小柄な方だが、お尻はラグビーボールを通り越してボンレスハム形になっているからオトナだろう。ルリチュウレンジをあげたのだが知らん顔である。バッタのような大物でなければ飛びつく気になれないらしい。


 午前8時。晴れ。

 オンブバッタの雄を持って廃屋ポイントへ行ってみた。しかし、20ミリちゃんはちゃんとルリチュウレンジを食べている。

 オンブバッタの雄は近くにいた体長20ミリほどのジョロウグモ(お尻はソーセージ形)にあげることにした。この子は慎重に獲物に近寄って何度もチョンチョンした後、バッタの左前脚に牙を打ち込んで、すぐに跳び退いた。20ミリちゃんはその位置でしばらく様子を見てから、また近寄ってバッタの腹部背面に取り付いたから、さらに牙を打ち込んだのかもしれない。それから獲物の下に回り込み、その周囲の糸を噛み切って獲物をほとんどフリーにすると、ぶら下げた状態でホームポジションに持ち帰ったのだった。

 なお、フェンスの外から見る限りでは、今の廃屋ポイントには10匹以上のジョロウグモがいる。そのうち黄色い円網は2枚だ。去年の廃屋ポイントでは黄色い円網は見当たらなかったから、庭木が伐り倒されて丈の高い草が増えた分ジョロウグモ向きの獲物も増えたということなのかもしれない。


 午前11時。

 ヒメグモ母さんはルリチュウレンジを枯れ葉の下まで運んでいた。


 午後8時。

 浴槽の中に体長3ミリほどのクモがいた。気温が下がってきたので暖かい場所を求めて入り込んだのかもしれない。しかし、これでは風呂に入れない。指先に乗ってもらって浴槽の外に連れ出しておく。


 9月29日、午前7時。

 ヒメグモ母さんはルリチュウレンジを枯れ葉の側に置いたままだ。気温が下がった分、獲物を消化するのにも時間がかかるのかもしれない。

 近所のジョロウグモの元12ミリちゃんが帰ってきていた。オンブバッタの雄をあげてみたのだが、やはり知らん顔である。ガにするべきだったかなあ……。

 廃屋ポイントのナガコガネグモにはオンブバッタの雌をあげた。この子は安全確認に時間をかけたが、ちゃんと捕帯を投げかけると、獲物の下で円網を切り開いて、そこから捕帯を投げ上げ、さらにバーベキューロールでぐるぐる巻きにしてから牙を打ち込んで仕留めていた。


 午前10時。

 イナゴやオンブバッタなどをポケットに入れて光源氏ポイントへ行ってみた。

 ジョロウグモのニコちゃんは自力でトンボを1匹仕留めたようだったのだが、あえてイナゴの雄をあげる。もう体長は30ミリ近くで、お尻も「赤ちゃんはまだなの?」と言いたくなるような大きさなのだが……。〔ジョロウグモは卵生だぞ〕

 26日に雄を食べていた子(「トモちゃん」と呼ぶことにしよう。もちろん共食いの「トモ」である)の円網周辺には雄が3匹いた。1日1匹のペースなんだろうかなあ。

 意識的に獲物をあげていない子たちの円網はいまだに無色である。


 午前11時。

 ジョロウグモの元12ミリちゃんはオンブバッタの雄に手を出していない。ガの在庫が残っているからあげてみようかなあ……。


 午後2時。

 体長20ミリほどのガを拾ってしまった。やれやれ、また光源氏ポイントへ行かねば。


 午後3時。

 飛べなくなったらしいスズメバチが車道の真ん中にいた。体長40ミリほどで羽も傷んでいないから働き蜂だろう。のんきに顔を洗ったりしている。車に轢かれてもかわいそうなので、たたんだバンダナで包んで道路脇にどけてあげた。今夜辺り、黄色と黒のしましまパンツをはいた美女が訪ねてきて「私はあの時助けていただいたスズメバチです」と……。〔刺されてしまえ!〕


 9月30日、午後2時。

 昨日の疲れが残っているのでこの時間から活動開始である。

 光源氏ポイントのニコちゃんには体長20ミリほどのガをあげた。ジョロウグモの場合、体重が増えたからといって多くの卵を産めるというわけでもなさそうなので、あまり太らせたくないのである。

 ヒロちゃんは円網の向かって左側半分をほとんど無色の糸で補修していた。逆に前回獲物をあげた2匹の円網はより黄色い糸で補修してある。

 トモちゃんと同居している雄は2匹になっていた。本当に1日1匹のペースである。冗談のつもりだったんだけどなあ……。


 午後3時。

 体長20ミリほどのジョロウグモにオンブバッタの雄をあげてみたところ、バッタは牙を打ち込まれた右後脚を自切した。一般的にバッタの仲間は後脚を自切する能力を持っているのかもしれない。前脚や中脚では見たことがないし、短い脚を自切してもあまり意味がなさそうだから、おそらく自切できるのは後脚だけなんだろう。


 午後4時。

 帰宅してから確認すると、黄色い円網の中に赤い部分が現れている画像が2カットあった。これは糸が透明な黄色であるために太陽光が屈折して現れた色だと思う。室内では見ることが難しい現象だろう。

 9月の走行距離は約970キロだった。あと30キロで1000キロ……無理だな。多分ケガをすることになるだろう。



     クモをつつくような話2022 その4に続く

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