第4話 たくらみ
さて。
クロエがイレーネとカルミラと接触したその日。
イレーネ・マクドネルとカルミラ・ウィズタッカーを見たオースティン王太子は、一瞬驚いて、それから楽しそうに、腹を抱えて笑い出した。
「君たちが……!」
クロエは、ミッドソン侯爵夫人の夜会から退出したその足で、オースティン王太子の別邸に寄り、イレーネとカルミラをオースティン王太子に紹介したのだ。
「何よ! 王太子だからって、人を笑っていいなんて法律がある!?」
イレーネは、相手が王太子であっても気にせず、ぷんぷんと素直に怒った。
カルミラもムッとしたようだったが、カルミラの方は普段から令嬢ぶっているのもあって、何も言わなかった。
「で、どっちが『クロエ』?」
オースティン王太子は、笑い過ぎて半分涙目だ。
クロエはカルミラを指差した。
カルミラが不機嫌そうに目を細める。
「助けてやろうなんて思わなきゃ良かった」
とカルミラは呟いた。
「別れてしまえ!」
カルミラもいざ口を開くと、ずいぶんな口振りだ。
「あ、いやいや、ごめん、待ってよ」
オースティン王太子はまだ腹を押さえながら、一応カルミラに謝った。
「あんたたちを手伝ってやろうかと思ったけど、失礼すぎ」
「だから謝ってるじゃないか」
「謝ってる態度じゃないでしょ!」
「悪いと思ってるさ、でも、あんまり面白いから……!」
「ほら、それよ!」
カルミラはオースティン王太子にキーッとなる。
「別にあたしたちの助けなんて必要ないでしょ! あんたが王位継承権を放棄すればいい話じゃない。愛する女のためなら、それくらいしな! はい、それでお終い!」
カルミラは掌をパンパンと打つと、イレーネに「帰ろう」と目配せした。
「悪かったよ。君たちは最高だってば!」
オースティンが二人を引き留める。
「僕は王位継承権を放棄しない」
先程から王位継承権の話が出てくるのは、オースティン王太子とクロエの結婚を阻んでいるのは、『王位継承権を持つ者は、王族の身分の者と結婚しなければならない』というここの王室の決まりなのだ。
「僕はそれでもクロエと結婚する。上手くいったら、君たちにも相応の報酬を約束するからさ」
オースティンは言った。
クロエも慌てて口を挟んだ。
「お願い、手伝ってよ。あなたたちが手伝ってくれるって言ってくれたから、信じてみる気になったのよ」
「へえ。『信じる』ねえ。あんたなら、『手伝わないなら、警備兵に突き出す』くらい言うかと思った」
イレーネは意地悪そうにクロエに言った。
「そんなことは言わないわ。あなた達が本当はいい人だってこと、知ってるから」
とクロエはイレーネとカルミラを真っ直ぐに見る。
その言葉に、イレーネとカルミラは少し居心地悪そうにした。
やはり、いい人たちなのね、とクロエはホッとした。
カルミラはふうーっと大きく息を吐いた。
「で? あたしたちに何をしてもらいたいわけ?」
「クロエと、例のレイチェル王女を入れ替える? さすがに無理よ」
とイレーネは片手を振った。
入れ替える?
クロエはイレーネの突飛な言葉に驚いた。
カルミラはオースティン王太子をチラリと見た。
「あんたが、王室の決まり事を変えればいいんじゃない。なんか、ほら、適当にできるでしょ? 元老院の根回しなら、あたしたちがやっといてあげるわよ。『ジジイ』は得意分野だし。まあ、仕事ついでって感じで」
「あたしは『ジジイ』なんて真っ平だけどね!」
とイレーネは不満そうに叫んだ。
「そうだね……」
オースティンは口元に手を当てて、少し考えた。
そして、
「まあ、王室の決まりは、やろうと思えば変えられるかな。ただの王室内規でしかないからね。まあ、いざ変えるとなると、かなり大変だが」
と呟いた。
「じゃ、それで。ラクな仕事で済みそうね」
カルミラはさらっと言った。
しかし、カルミラの言葉をオースティンは慌てて遮った。
「だから、ラクじゃないんだってば。君たちも、元老院相手ならうまくやれるかもしれないけどさ、敵にはオランディーニ公爵夫人とかもいるんだよ」
「げっ」
イレーネが露骨に顔を顰めた。
「そりゃ、根回ししようにも厄介だわねえ」
「だろ? それに、そもそも、オランディーニ公爵夫人の連れてきたレイチェル王女が、それなりの候補だってことも厄介なんだよ」
オースティンはため息をついた。
「なんで?」
イレーネは少し分からない顔をしている。
「わざわざ内規を変えなくても、レイチェル王女でいいじゃないかって、元老院や王族の方々は思うでしょうから」
とクロエはそっと付け加えた。
「そんなの、『愛が無いから』で十分よ!」
とイレーネはドンと胸を叩いて言った。
「ここの王室はそうでもないのよ……」
とクロエは小声で言った。
「結婚に愛は必ずしも必要じゃないの。釣り合いの方が重んじられてて。愛とかそういうことはお妾さんでやってくれって考えの人が多いわ」
「ふうん」
イレーネはまだ腑に落ちない顔をしていた。
その横で、カルミラは少し考えこんでいた。
「へえ。王太子の相手に申し分ない女性がいるのに、わざわざ内規を変えてまで一般女性と結婚する必要を、元老院や王族の人に認めさせたないといけないのね」
「じゃ、レイチェル王女がこちらの王子さまに釣り合わなきゃいいんじゃないの?」
とイレーネは意地悪く聞いた。
「オンナの足を引っ張るのは、あたし得意だわね!」
ガバッと大きな口を開けて笑う。
「そういうのはちょっと!」
クロエは慌てて言った。
「クロエ、まあそう、めくじら立てなさんな。多少の粗探し、よ」
イレーネは明るく笑った。
「そういう感じ悪いのは嫌だわ」
クロエはきっぱりと言う。
「はあ~?」
イレーネはポカンとしてクロエを見た。
「あんたね、舐めてんの!? そんな覚悟で王室の慣例ぶっ壊せるとでも?」
「レイチェル王女は何も悪くないじゃない。気の毒よ」
クロエも譲らない。
カルミラはため息をついた。
「王太子サマ。あんたの選んだお嬢さんは、心がお優しすぎよ。あんたからも何か言ってよ」
「僕から言えることもあまりない。まず、その方法は核心的じゃないから。レイチェル王女がふさわしくなければ、連中はもっとふさわしい女性をつれてくるだけだと思う」
オースティンは首を振った。
オースティン王太子の言うこともまあその通りだったので、カルミラとイレーネも黙ってしまった。
しばらく黙ったあと、イレーネが口を開いた。
「そもそもなんでオランディーニ公爵夫人はレイチェル王女を連れてきたわけ?」
「オランディーニ公爵夫人は父王の姉なんだ。本当はどこぞの国の王族かに嫁ぎたかったようだが、当時の王宮は財政難だったから、彼女は大金持ちのオランディーニ公爵家に嫁いだのさ。まあ、売られた花嫁ってところだね。でも王宮内に権力は保持していたいらしい、金をバックに父や私になんやかんや言ってくる。今回の件も、僕の妃の後見になれば王妃を介して色々口出しできると思ったのだろう」
オースティンは苦笑しながら説明した。
「レイチェル王女はオランディーニ公爵夫人の何なのさ?」
イレーネは聞いた。
「レイチェル王女は北方の国の王女だけどね、オランディーニ公爵家の遠縁に当たると聞いたよ。少々遠い国だから、この国には縁の者が少ないと言っていた。自然とオランディーニ公爵夫人を頼るしかなさそうだ。オランディーニ公爵夫人とっては御しやすい相手なのかもしれない」
とオースティンは答えた。
「はあ~。あの派手おばさんもなかなかの野心家だったのねえ」
イレーネは呆れた声を出した。
「あんまり悪くは言えないさ。オランディーニ公爵夫人だって、王家のために望まぬ結婚をしてくれたのだから」
とオースティンは庇うように言った。
「あーあ! それを聞くと、余計に『愛の結婚』なんて言いにくいわね!」
イレーネは王太子をちらりと見ながらお手上げのポーズをして見せた。
「あのおばさん、あんたに対しては、とにかく相応しい女がいたら文句を言わずにとりあえず結婚しとけって思ってそう」
そのとき、しばらく黙っていたカルミラが、ぽつんと
「そうねえ、『相応しい女』か……」
と呟いた。
イレーネはカルミラの物言いに胡散臭そうな顔をした。
「カルミラ?」
しかしカルミラはイレーネには答えなかった。
「どうしたの?」
クロエはカルミラの不穏な雰囲気に少し怯えたように聞いた。
カルミラは冷たい目でクロエを見た。
それから何か迷うように宙をみた。
「おーい、カルミラ―! あたしを無視してんじゃないわよー!」
イレーネが腕組みをし頰を膨らませながら抗議の声を上げる。
カルミラはやっとイレーネの方に目をやった。
「イレーネ。大芝居でも打ってみる?」
「は? 大芝居って? あんた、まさか?」
イレーネが急に狼狽えだした。
「え? ちょっと? 危険は嫌よ、あたし!」
カルミラはぺろっと舌を出した。
イレーネは驚いた顔をした。
が、カルミラのその吹っ切れた表情を見て、イレーネは思わせぶりに大きくため息をついた。それは、『仕方ない、付き合うわよ』という意味だった。
カルミラはオースティン王太子の方を向いた。
「ちょっとクロエを借りるわよ」
当のクロエは何が始まるのかと固唾を呑んでカルミラとイレーネを見守っている。
「クロエが嫌でないなら、君たちのやり方に従うよ」
オースティンはカルミラとイレーネのやり取りに少々不安なものを感じたが、カルミラが表情を強張らせているのを見て、ちょっとした覚悟を感じ、任せるしかなさそうだと思った。
クロエもハラハラして両手をぎゅっと握っている。
「まあそんなに心配しなさんな、あたしもついてるし」
とイレーネは、クロエとオーステインの心中を慮って明るく笑って見せた。
「任せるよ。まあ僕の方でも、いざとなったら王位継承権を放棄するような準備だけはしとくからさ」
とオースティンは柔らかく言った。
「本当はね、クロエと一緒になるためなら、それくらいはする覚悟だから」
「だーかーら!! それをさっさとやってくれたら、あたしたちは何も苦労しなくて済むんだけど!」
イレーネは叫んだ。
「まあまあ」
とオースティンは笑顔だ。
「そこを何とか、よろしく頼むよ」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
本当に感謝です!!
あと3話ほどで完結の予定です。よろしくお願いいたします。





