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第二章 震えるエスメラルダ

美咲視点で続いた誘拐劇もこれでおしまいです。


 美咲はデイビッドから教えて貰った目眩しを使い、護衛の男たちと捜索隊を撒いた。

 あの(デイブ)は体が大きい割にこの様な小技呪文をちょこちょこ持っており、討伐の時魔力の小さな人間でも行える簡単な視覚魔法を手遊びの様に教えてくれたのだ。

 家から持ち出した少年の格好に変装すると宰相たちの追跡を振り切って美咲はマリアの居場所を探し始めた。

 マリアが必ず安全とは言えないが、きっと公爵たちが大勢で近くまで迫れば破落戸なんて簡単に足手纏いな人質を殺して、自分が逃げようとするだろう。

 彼らと離れたのはそのリスクを軽減する為と最悪の場合自分の身柄とマリアを交換するためである。マリアは美咲にとってそれだけ大切な人間なのだ。

 ペニシールの軍人は王都のお綺麗な人間たちと違って泥臭く多くの知識を美咲に与えてくれた。

 貴族の知識はまだまだだが、その様なグレーに染まった知識はペニシールの人間に叩き込まれておりヘンダーソン公爵より持ち合わせてる自信があった。

 場所の絞り込み方法もデイビッド直伝である。


 プリテッド通りという確証はなかったが、現地に行くと微弱なGPS的それを感知しミサキは自分の探索が間違っていなかったことに胸を撫で下ろした。

 よりハッキリとマリアの気配が明確な倉庫を見つけると迷わず屋根によじ登った。

 神経を集中させ上から更に追跡をかけると、ある一箇所で場所は確定した。 

 美咲はマリアの様子が気になり屋根の上から息を殺して中を覗き込む。

 すると綺麗とは言い難い空間にドレス姿の女性が横たわっていた。

 どうやらマリアは猿轡をかまされているがなんとか無事なようだ。

 最初に彼女を見つけることはできたが美咲の戦闘能力はほぼゼロ。魔獣ならまだしも対人間にはシールドもそこまで強くは働かない。

 つくづく自分は能力に恵まれない聖女であると悔しくなる。

 仕方がないので助けを呼ぼうと戻ろうとした次の瞬間、倉庫の土壁の隙間から何か影が飛び出してきた。

 一見目立たないその男は素晴らしい身のこなしであっという間に破落戸一人を縛り上げてしまった。


 柔らかそうな稲穂の髪色の男はどうやら騎士のようである。


 偶然通りがかったヒーロー(アーサー・クロフォード)は素早い判断を下すと早速マリアの救出を始める。

 敵が4人もいたのに臆することなく、血を流すことなく、手早く破落戸たちを殴り倒す姿は圧巻で目が離せない。

 途中マリアが破落戸の大将に乱暴されそうになったので慌てて結界(シールド)を張って守ったが、それにしても彼の戦う姿は美しく美咲は倉庫の梁にへばりついたまま感動していた。


(注:美咲は勿論忍者の様な身軽さは無いので文字通り梁にへばりついて四肢を絡めた状態でそれらを見続けていた。)


 倉庫にあった縄紐で敵を縛り上げるとマリアを助け起こしたクロフォード伯爵は『お怪我はありませんか?』と紳士的に聞いていた。

(あぁ!私があのポジションとチェンジしたい!!)

 上から覗き込みながら突如現れたヒーローに美咲は柄にもなく悶えた。


 マリアたちがその場から居なくなると、屋根からヤモリのように壁を伝って降り、美咲は急いで外側からマリアの方に向かう。


「ミサキ!!」少年の姿に変装していた聖女をあっさり見破りマリアは大きく手を広げて美咲を迎えた。


 宰相たちと無事を喜び合っている中、美咲はチラリとアーサーを近距離で盗み見る。


 一重のあっさりした涼やかな眼差しに体幹のしっかりした体つき。

 秋の稲穂のような髪の色に故郷の日本の田んぼ風景を思い出す。

 しっかりした顎ラインには薄く無精髭が見えるが多分年齢は20代半ばだろう。


 その後破落戸と繋がっていた男爵が逮捕され美咲たちは一旦屋敷へと戻った。


 救出が無事行われウィリアム公爵がマリアと熱烈な抱擁を交わす。

 目頭が熱くなるその姿……………だがそれも一瞬。

 ヘンダーソン公爵は我に返ると青筋を立てて二人に対して説教を始める。


 ミサキが護衛隊を撒いたことも屋根にするすると登ったことも駄目だったし、いや、一人で人質になろうなどという考えに至ったこと自体が怒りに触れた。


 そして誘拐事件の主犯者はロドリゲス伯爵の娘だと2人に伝えた。


 どうやらエスメラルダ・ロドリゲスをマリアが夜会で挑発した結果この事件が起きたらしい。

『そんな………ただの口喧嘩で始まったことよ?』マリアが驚いた表情を見せるがウィリアムは首を振る。

「君がその程度で、と思っていたことも彼女にとっては大きなことだったんだよ。私がいつも言っているだろう?口が過ぎると身を滅ぼすって。」

 多忙なウィリアムは一旦言葉を切るが、まだまだ話し足りないのは視線でよくわかった。


 ウィリアムは『貴女たちに付き合っていると心臓がいくつあっても足りません。お説教はまた後で。』と溢しながら王宮へと戻っていく。


 マリアと美咲は普段怒らない人が怒ると怖いわね…と視線で語り合った。



 >>>>>>>>>>>>>


「それにしてもGPS?だっけ、それって便利だわねぇ。」マリアは感心したように頷く。

 美咲はマリアの結婚指輪に自分の光魔法を注ぎ込んでおりその痕跡を辿ってマリアを見つけ出したのだ。

 ターナー魔術師団長と討伐中に作ったのは衛星の紛い物。

 5年前、魔獣の動きを観察するために作った衛星を今回使ったのである。

 衛星を経由し魔術を施した地図上に決まった人間の位置を指し示すことができる試作品でマリアを探し当てた。


 試作品と言うだけあって改良しないとダメなくらい、まだまだ正確な位置は掴めない代物(ポンコツ)


 マリアの場所が掴めたのは単純にデイビッドからの知識と『幸運(ラッキー)』という可能性が無きにしも非ずである。


「私の国では子供は結構持ち歩いてるのよ、あと彼氏や旦那の浮気を探るのにも使われている時もあるわ。」クスクス笑いながら美咲はマリアに話したが案の定『浮気』というワードに彼女は関心を寄せた。

 時間にして半刻ほど、軽食をとりながら二人はお喋りを続ける。

 疲労はあるのだが興奮状態からは抜け出せないでいたのだ。

 余談ではあるが戻ってきた二人にダーナは喜びの声をあげ『ガッザヴァ人でしたか?!』と即座に聞いてきた。


 ガッザヴァ人であった。

 ダーナの思い込みではなく派手なジャケットの男はガッザヴァ人。これには皆が驚いた。中年侍女の観察眼恐るべしである。


 簡単な食事を摂り終わると美咲はマリアの疲れや擦り傷を光の力で癒す。

 そして自分も休むからと言いクッキーを皿に載せて用意してもらった客室に向かった。


 何とも言えない濃い2日間であった。


 体は疲労を訴えていたが目を閉じるとあの小麦色の髪に、涼やかな目元の騎士が頭に浮かぶ。


(ちょっと日本人ぽかったなぁ〜)


 日本人で言うところのヤンチャな金髪くらいの髪に穏やかな目鼻立ち。

 喋る声も穏やかで垂れ目な静かな雰囲気の人であった。

 少しでも彼の視界に入りたいと一瞬過ぎった不思議な感覚。


 少年の(なり)をしていた美咲が目に留まることは勿論なかっただろうが美咲は彼の一挙手一投足から目が離せなかった。


 背が高く、騎士らしい体幹のしっかりした足取りが彼の強さを物語っている。

 よくよく考えればこの世界に来てから初めて美咲は男の人を意識した。


 討伐の時は勿論強い男たちは沢山いたし、デイビッドやその軍の兵士も強かった。

 だが彼には言葉には言い表せないしなやかな強さが垣間見えた。


 無闇に力に頼る太刀筋ではなく無駄な動きの少ない、柳の様な静かな強さ。


 人を殺すと言うことより、『助ける』を前提とした精神が彼には見えていた。


 きっと穏やかな人なんだろうなぁ〜。


 平和な日本にいた時と違い、科学の進んでない世界は命が軽い。美咲がこの国に召喚されてから会う男性会う男性、全て命を守る為の闘気を身に纏った人間ばかりであった。


 殺伐としている……………その世界の当たり前が彼にはあまり感じられなかった。


 マリアに向ける優しい言葉や視線をこちらに向けて欲しいと願ってしまったくらいに美咲は彼が印象深かった。


(まぁ、元人妻が何を考えても仕方ないんだけど…ちょっと日本人っぽくて気になるなぁ)


 それがアーサー・クロフォードと、美咲の初対面であった。




 >>>>>>>>>>>>



 エスメラルダ・ロドリゲスはその頃1人真っ青になって邸で震えていた。

 元々カッと頭に血の上りやすい人間ではあったがマリア・ヘンダーソン公爵夫人を拐かした悪行がバレた後のことなど全く考えていなかったのだ。


 夜会の日。

 マリア・ヘンダーソンを見つけたエスメラルダはいつものように公爵家を少し揶揄ってやろうと思っただけであった。

 今や父の財力は公爵家を凌ぐ勢いである。

 他国に預けている財を足せばヘンダーソン家など目ではない。そう父は事あるごとに話していた。

 エスメラルダは父の金を稼ぐ才に尊敬をしているし、少し歳をとって生まれた娘であったが故の甘やかされて育った経緯も十分に自覚していた。


 新興貴族の旗頭として担がれている令嬢の筆頭、エスメラルダとしては皆が集まる場所で古臭い王党派の1人くらいはやり込めなければ示しが付かないのである。


『まあ!ヘンダーソン公爵夫人。今宵も『聖女様』は連れてはいらっしゃいませんのね?お会いするのを楽しみにしていましたのに。』


 嫌味ったらしく言えばマリアはいつも少し悔しそうな表情を見せる。

 マリアの父親、宰相のグリフィン侯爵はその昔聖女と魔獣討伐で活躍したと王家は発表しているが、その肝心の聖女様がいつまで経っても社交界には姿を見せない。


 ロドリゲス伯爵たちに圧される王家と、現宰相(グリフィン)が国民からの人気回復の為、偽りの噂を流しただけだと、今や社交界は専らこの通説が認識されている。

 現に王都に聖女が到着したと話は上がっているが今夜も旧知の仲であると公言している娘のマリアは聖女を伴ってはいない。


 いつも冷静なマリアがその話をされる度に悔しそうにするのを新興貴族の令嬢たちと嘲笑うのが最近のエスメラルダの楽しみでもあった。


 だがその夜は違った。


「エスメラルダ様。ミサキ様から聞きましたわ。貴女、国を挙げて丁重に接してきた聖女様に向かって飛んでもない無礼を働いたとか。」


(なんの話?)


 エスメラルダは思わぬ角度からの会話の切り込みに暫し固まった。


 すると王党派貴族の女性たちは皆顔を見合わせ明らかに不快そうに溜息を吐き始める。


「まだ、ご存知ありませんでしたのね?

 貴女がチャペス辺境伯のお邸に乗り込んでいった時の話ですわよ?」

「何で?!何故それ・・・を・・・」

「ミサキ様からご連絡いただきましたのよ。

 ジェローム様は現在王命でミサキ様を一時預かりなさっていらしたのにエスメラルダ様は断られた縁談を結び直そうと厚顔にもお屋敷に押し掛けられたのでしょう?

 その上、ミサキ様を愛人呼ばわりして叩き出したとか・・・

 貴女が追い出した女性は正真正銘、〈聖女様〉ですわ。

 今王家ではその対応をしていますことご存知?」



 エスメラルダはジェローム・チャペス辺境伯に淡い恋心を抱いていた。3年前に社交界に現れた強く美しいジェロームに一目で心を奪われたのだ。

 なので父親から『チャペス辺境伯に嫁いではどうか?』と打診された時は舞い上がった。


 逞しい美丈夫は社交界では注目の的であり、尚且つ非常に真面目。領地は田舎ではあるが彼の妻になることに全く異議は無かった。


 見目にも自信があったし、持参金もかなり用意できる為、まさか向こうから断られるとは思わなかった。伯爵も『なぜだ?』と首を捻る。

 辺境伯領地は多くの兵士を抱える領地であるから資金面で援助できるロドリゲス家の縁談は決して悪い話ではなかったのだから。


 プライドの高いエスメラルダは猛り狂った。

『嘘よ嘘よ!!私が断られるはずがない!!』


 だがロドリゲス家の密偵が少し調べてみれば領地に現地妻のような女が居ると報告が上がり父に相談したのだ。


 ロドリゲス伯爵もデイビッド・チャペスの連れ込んだ女であると聞けば合点がいったとばかりにほくそ笑む。

『ああ聞いたことがある。チャペス辺境伯は稚児趣味(ロリコン)で異国から幼女を連れ帰って屋敷に住まわせているとか。大方前辺境伯に義理立てしてその女を養っているのであろう。』

 エスメラルダもそう聞くとジェロームが渋々女を邸宅に置いてやっている姿が目に浮かんだ。

 彼は真面目で義理堅い人柄だから女を追い出せないのだろう。

 そうと分かれば話は簡単だ。

 父に頼み大金を準備する。

 ロドリゲス伯爵も『この金で愛人を追い出せば解決だ。大概のことは金で解決するものだ』とエスメラルダを宥めてくれたのだ。


(まさかそれが聖女だったなんて・・・)

 急にそれまでのバラバラに得た情報がカチリと嵌りこんでいく。


 随分と地味な女だった。


 ジェローム様がこんな女に手を出すはずが無いと逆に浮かれてしまうくらいに。

 真面目なジェローム様らしく、前辺境伯の愛人を蔑ろにできずに住まいを提供してやっているのだと早合点したのだ。



『私はある方に所在を教えておかなければならない責任がありまして、そのせいでデイビッド・チャペス様が娶って下さったのです。本当にそのお話をご存知ありませんか?』

 そう黒髪の前辺境伯夫人は話していた。


 聖女だったからジェローム様は保護していたのだ・・・・


(そ、それを私は追い出した?)


「エスメラルダ様。貴女が密かにジェローム様を慕っていたことは存じていてよ。

 ですが貴女はしてはならないことをなさったのです。


 貴族が聖女様を害してしまうなんて恐れ多いこと。

 ジェローム様は大変お怒りですわ。

 その様子ではご存知ないようですが今日の昼間、聖女様と幾人かの貴族の方々が謁見の間に呼ばれましたのよ。

 私としては友人のミサキ様が王都に戻られたのは喜ばしいことですが、切っ掛けがロドリゲス伯爵家が屋敷から追い立てたなど・・・、あってはならないことですわね。

 ミサキ様はその内社交界にも顔を出されるそうです。

 ですが、エスメラルダ様にお会いになってくださるかは・・・ねぇ?」


 そう言うと憐れんだような表情を浮かべた。


 するとマリアの取り巻きの1人クリスティ伯爵令嬢が声をあげる。

「もうエスメラルダ様の話は結構ですわ。救国の聖女を罵っただなんて淑女の話としては聞いていて耳障りですもの。

 それよりデイビッド辺境伯様をお助けになった時のお話を是非あちらで聞かせてくださいまし!」

「まあ!聖女様がなさった事ですの〜!?私もお聞きしたいわ!」

 そう皆が口々に囃し始める。


 エスメラルダは茫然とした。


 ジェローム様が怒っている?


 そんなことは未だ聞いていない。


 喜んでもらえると思った。


 お荷物なオンナを金で綺麗に片付けてあげたのだから・・・

 感謝される筈だと・・・

 なのに・・・


 何日か前、父親は昼間慌てて出掛けて行ったまま家には戻ってきておらずエスメラルダは何も聞かされていなかった。


 聖女ミサキを保護したのはヘンダーソン公爵家であるのだとマリアは誇らしげに取り巻きたちに話し、マリアはその晩貴族たちの注目の的であった。


 ロドリゲス伯爵()は何も言ってくれなかったが、まさか自分がこの様な状況に晒されるとは予想してはいなかっただろう。


 マリアにとんでも無く恥をかかされたのは間違いなくエスメラルダは皆の嘲笑の的になっていた。


 ジェローム様を慕っているということ。縁談を断られてしまった事実をエスメラルダは隠し続けていた。

 暫くすれば全てうまくいく筈だったから公表していなかっただけなのだ。

 けれどマリアによって他の令嬢たちの前で一番知られたくない女の事情を暴露されてしまった。


 いつもなら取り巻きの誰かがエスメラルダの気持ちを落ち着かせようと気の利いたことを話しかけてくるのにその夜はそのまま散り散りとなる。


 ロドリゲス伯爵家の醜聞はきっと彼女たちを中心にあっという間に広がるであろう。


 聖女を害した伯爵令嬢だと公爵夫人にお叱りを受けたのだ。


 流石の取り巻きたちも王族や救国の聖女に関することで自分たちがとばっちりを受けるわけにはいかない。


 エスメラルダは怒りで頭が痺れそうな状態で屋敷に戻る。そして自分に充てがわれている侍女の1人を呼び出した。

「マリアを・・・マリアを許せないわ・・・彼女が二度と社交界に出れないようにしたいの。一緒に聖女を名乗る不審な女も葬ってほしい。きっと私たちの未来にあいつ達は邪魔だわ」

 そう言えば侍女は自分の伯父である男爵に連絡を取り付けてくれた。


 頭に血が上ったエスメラルダは短慮にも男爵の立てた穴だらけの短絡的な作戦に乗ってしまった。

 商売を軌道に乗せたい男爵はロドリゲス伯爵に商売の伝手を紹介して貰いたいと渇望しており、大した謝礼も払わず父親(ロドリゲス)との繋ぎだけを餌に食いついた。


 恐らくロドリゲス伯爵がこの経緯を知っていたならばもっと上手に立ち回って行ったであろうがエスメラルダは目先のタンコブを叩く事しか頭に浮かばなかった。


(憎たらしい!!

 聖女を名乗る女が現れてから碌なことがない!!!

 絶対後悔させてやるわ!!!)


 だが、この作戦はあっという間に解決されてしまい今や火の粉は自分に降り掛かろうとしているでは無いか。


(聖女を害す計画を立て、公爵夫人を拐かした犯罪者として自分が拘束され裁かれるかもしれない・・・)


 そう思うとエスメラルダは震えが止まらなかった。



 >>>>>>>>>>>>>>>>>>

 暫くの後、ロドリゲス伯爵の足掻きも虚しくエスメラルダは公爵夫人誘拐の罪を問われることとなる。


 ウィリアムの追及は厳しく男爵は事細かに揃えられた証拠の前に屈服させられたのだ。エスメラルダはロドリゲス伯爵のつけた有能な弁護士により殺人未遂の罪は免れたものの当然ながら刑に処せられることとなった。

 破落戸を雇った段階で公爵夫人を辱めようとしたということは明白であり、あろうことか聖女にまで殺意を向けている。上位貴族に対するそれは絶対に許されないと厳罰を求められたのだ。

 北の修道院は労働者と共に働かなくてはならない厳しい牢獄である。生涯出ることの叶わないその場所がエスメラルダの行き先となった。


 それは新興貴族のトップが如何に財をもってしても王国法は覆ることはないと国中に知らしめる切っ掛けとなりロドリゲス一派は大きな求心力を失った。


 愛娘であるが故に甘やかし、自尊心の塊であった令嬢の驕った気持ちが癌となり、大きかった政党の力を削ぐ。

 貴族たちはこの事実を重く受け止め身辺を改めることとなる。

 後ろ暗い金儲けを行っていたものは自粛せざるを得ず、すぐに力を落としていく。

 古参の貴族を追い落とす勢いだった政党は、やがて相応の収益しか望めなくなり発言権も弱まった。


 王家としても予想を超えた展開であったが終わってみれば全ての結果は王家の望んだ通りとなり、政治力は安定の一途を辿り始めた。


 王党派の政治は急激に発展を遂げる政策は打つことはできない。だが、国民全てを飢えさせず、国に貢献した魔獣討伐隊にも安寧の地になることを目標としている。

 金銭に余裕のある政治家たちが縮小されたことで社交界は派手さを失ってしまったが、ミサキとしても王家やウィリアムたちの理想に一歩でも近づける政策は応援していきたいと切に願っている。

 ダンスパーティに興じる人々より、多くの国民が飢えないで暮らす国の姿がミサキが望んだことなのだから。



 当然ながら暫くの間は浮かれた夜会はご法度となった。

 公爵夫人が害されるというとんでも無い事件は市民にまで広がり、犯人は伯爵令嬢となれば国中大騒ぎであったのだから。


 この事件が切っ掛けとなり、聖女ミサキのお披露目は更に延期されてしまう。


 貴族の一部だけが知るミサキの顔は未だベールに包まれたままとされ、市井の人間は勿論、社交界でもその姿は謎として扱われたのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 娘の短慮のせいでロドリゲス伯爵もとんだ迷惑ですねぇ〜(笑)
[一言] >(注:美咲は勿論忍者の様な身軽さは無いので文字通り梁にへばりついて四肢を絡めた状態でそれらを見続けていた。) 忍者じゃなくても十分アクションシーンになりませんか? 梁に乗るなんて無理、絶…
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