第二章 聖女暗躍する
時系列が戻ります。
読みにくく感じてしまわれた方申し訳ありません。
遡ること10日前。王家は討伐隊の慰労会を近々催すことを発表した。そこで聖女を招き国民にもお披露目を行うのだという。
王宮内での発表であったが、高位貴族への効果は凄まじく、彼らたちはベールに包まれた聖女に会えるかもしれない期待に大きく湧いた。
派閥の根幹を揺るがすかもしれない大きな出来事になる。
今後の家の方針に関わると誰もが少しでも多くの情報を手に入れようと躍起になった。
『聖女は王家が作り出した虚像』と言う噂が出回った後でのこの発表である。
王宮には貴族たちの謁見申し入れが殺到した。
想像以上の騒ぎになり、王家はやむなく聖女を一部の貴族たちに会わせる場を設けることになった。
国民への表立った挨拶は貴族との対面が済んでから、と取り決め、王国生誕祭のタイミングで大々的に披露することが決定した。
ロドリゲス伯爵は『聖女は王家の作り上げた偽りだ』と吹聴していた為勿論焦り、王党派の貴族も聖女が何故国民の前に顔を晒せなかったかを説明義務があると考えているようだ。
美咲はその件に関してヘンダーソン公爵、王家と打ち合わせ通り話をすするめることにする。
多くの貴族が望んだ謁見は聖女が大人数とのやりとりは望まないと言うことから代表として選ばれた貴族達十数人と対談形式で行うことになった。
美咲はあの当時フードの下に着込んでいた聖女のドレスに再び袖を通す。
宝石はデイビッドから結婚した時に誂えて貰ったシンプルな指輪ひとつ。
だが今回は美しく化粧を施し、髪は丁寧に櫛削られた。
長く伸びた髪のサイドだけを編み込んで、フードの代わりに魔獣から奪った大きな毛皮のショールを纏えば、20歳にしてエキゾチックな美しさが醸し出された。
謁見の間に待機していた貴族は美咲の登場までは酷く騒ついていたが彼女が現れた途端皆が息を呑む。
登場の前。
美咲は挨拶代わりに聖なる光の魔法を謁見の間に降らせる。
(自分の登場を自分で演出って間抜けだわ)そう思いながらドライアイスの煙幕と一瞬迷った自分を内心笑う。
きっと母が見たら『紅白歌合○ね!しかも演歌の演出ね!』と笑われること請け合いだろう。
突如煌めき始めた柔らかな光に皆が瞠目すると美咲はスススと足を進め椅子の側に立った。
「お待たせいたしました。美咲でございます。討伐隊の壮行会では歓迎くださって誠に有難うございました。今日は皆様に私もお目通りできる年齢になりましたので陛下に頼んでこのような機会を設けていただきました。お忙しい中足を運んでいただきありがとうございます。
お会いできて嬉しいですわ。」
ニッコリ微笑めばロドリゲス伯爵は勿論ヘンダーソン公爵も周囲も気圧されたように息を詰めた。
一息入れ、席に着いた途端我に返った貴族達は声を上げる。
領地から魔獣が消えたお礼もそこそこに質問が飛び出し始めた。
事前に規制は掛けなかった為各々が纏まらない質問があちらこちらから次々と上がる。
『何故チャペス辺境伯の城に篭って過ごしていたのか?』
『召喚当時どうして顔を隠したままだったのか?』
『何故今になって王都に戻ってきたのか?』
皆が興奮を隠せないままに言葉をかけ続ける。
進行の補佐を請け負ったのはヘンダーソン公爵であるが、第二王子もタイミングを見てはその人物に対して手や言葉で制約をかける。
美咲は最初だけ優雅に微笑むとそのあとはキリリと口を引きむすび第二王子が視線で優先した人物たちの質問に饒舌に答えた。
時間の制限は設けている為的確に答えて、ある程度こなさなくてはならない。
『そうですね。私の生まれ住んでいた所では成人や結婚前の女性が髪を晒すことは良しとされていません。今までの聖女と国の出身は一緒ですが地域の問題です。
なので表立って姿を見せることは出来ませんでした。この国ではフード姿でなるべく頭部を覆っていたので顔というより頭部を隠していたのです。私の生まれた地区では女性は髪を晒して男性を誘惑する様な真似は『はしたない』とされて来たのですから。』
尤もらしく語りかけると人々は彼女の異世界観を想像しながら耳を傾ける。
美咲としてはイスラムの女性たちのスカーフ姿が妄想の中で膨らむ。
キチンとした知識でないことが悔やまれるがイスラム教の教えにあった話を掘り起こしフード姿で彷徨いたことを国の宗教観念であったと説明して丸め込む。
あれは夏の真っ只中、古典の授業中であった。担任が話してくれた異国の話。
『ヒジャブで頭を覆う女性は美しさの象徴である髪を人前に晒すことを〈誘惑〉だと捉えているんだ。男性を妄りに誘い込んだり少しでも破廉恥な姿を見せないことを美徳と考えている。なので気温が如何に高くとも布で秘めたる部分を彼女たちは覆うのだ。たとえ暑くても我慢する彼の国の女性は貞操観念が高く、慎み深さを俺は感じる。
……………それに比べて鈴木!!そのだらし無い姿は何だ!少しはイスラムの女性を見習え!』
古典の授業中、短パンジャージにセーラー服の首元を限界まで広げていた前列の鈴木さんへ向けて担任は唸る様にこの話をした。
授業中の雑談で語られた彼の国の人々のイメージを都合よく膨らませ美咲は自分は結婚前で成人していなかった点をさらに強調した。嘘半分、本当半分が一番嘘をつく時にバレないと知っている。
結界についての質問は正直に答える。
『えぇ、私の張り巡らせた結界は私がデイビッド・チャペス辺境伯と共にとある方法を用いて強化を現在も続けております。その成果でこの4年大型魔獣は1匹も現れていませんでしょう?』
美咲は歴代の聖女たちが行った様にシールドを張ったが、自分が最初に張った結界は残念ながら完璧とは言い難かった。
書物に記されている歴代の彼女たちの中ではあまり力が強い方ではない。小説では聖女はチートでビックリする程多くのことが出来るが、そうは上手くいかない。
中学生のミサキが使える知識や聖なる力は15歳相応のものだったのではないかと今では思っている。
他の人間が持っていない力ではあるが、聖女の力と言えど個人差があり、全て万能ではないと美咲は既にわかっていた。
聖女として召喚されるのは日本人で、時代はバラバラ、どこに飛ばされるかも分かっていない。現に西暦で誕生日を日記に書き込んでいた初代は自分より後に生まれた人物であった。
この本(日記)は王家より初日に渡される。
王国に初めて召喚された〈初代様〉と呼ばれる女性が書き始めた日記だ。『さくら』という名の九州生まれの女性が書き記し始めたものはどの代の聖女たちにも重宝がられた。
彼女は非常に疑り深い性格をしており『聖なる日記』と題して王国の人間に解読されないように工夫を施してある。
彼女は王国の文字も他国の文字も読めたし書けたようだが他人には『言葉はわかるが文字は読めない』と伝えて力を隠していたようだ。
この日記は多くの箇所を日本語で書いているが、途中途中英語も交じっている不思議な文面だ。恐らく次代の聖女がどの国から呼ばれるかも分からなかったからだろう。18歳にしては非常に周囲に対して警戒心が高くこの日記の存在は『王国を救うための大切な物。粗末にすればきっとこの国は救えなくなるでしょう』と尤もらしく話して子孫に託している。
最初の3ページほどは誰でも見れる仕掛けになっているが、後半からは聖なる光魔法で照らさないと字が浮かび上がらない。
後続の聖女たちもこぞってこの方法を採用しており一般人には白紙の多い日記帳にしか見えないであろう。
(冷静になって考えれば『三日坊主の日記帳』みたいにも見える。)
父親の仕事の関係で海外でも生活をしたことがある桜は自分の年齢より10年後に生まれた女の子だった。
桜は自分に関わった貴族や王族の事を日記に書いており、聖女の力を使う際の呪文、詠唱方法、力の使い方を記していた。
初代様と呼ばれる女子高生は18歳でこの世界に召喚されていたが聖なる力は非常に強かったようである。癒す力も凄まじく瀕死の重体の騎士も彼女に救われていた。
だが、反面、本人は細菌や病にはとても弱く何度も病気や怪我で苦しんでいる。
身一つでこの世界に連れてこられた清潔な日本の女子高生にはアルコール除菌のない世界は厳しい。蚊のような虫に刺されただけで皮膚が腫れたり、水にも腹痛を起こし、食べ物もキチンと加熱できていなければ吐き戻した。挙句に小さな風邪のような症状も何度も経験し続け、本当に王国に馴染んだのは七年後であった。
この後も聖女は何人か召喚されているようだが何れも能力は個人差が見られる。
共通しているのは魔獣に有効な聖なる光魔法に長けていることだ。
美咲は歴代の聖女の一人が攻撃力の足りなさを工夫で補っている章を読み、それを参考に可能な限り『力』の鍛錬を続けた。
その結果、他の聖女と違う方法を編み出し強い保護をこの国に授けることに成功したのだ。
その一つが祠に自分の力を残して行くという〈充電式結界〉。
結界を1箇所から一気に張り巡らせた強力なパワーの聖女も居たようだが美咲はそれは叶わなかったので携帯の基地局の様に〈祠〉と言う名の中継基地をいくつも作り弱い力でも維持力を高めた。魔獣の現れる境界線付近をグルグル回りながら作った〈祠〉は現在まで壊されることなくその力を発揮してくれている。皮肉なことに美咲の力を充電しておくのは魔獣の核が最も適していた為、大型のそれをどの土地の祠にも納めている。
討伐隊会議で重鎮のチャペス辺境伯はこの方法を支持してくれたため美咲は聖女としての仕事が予想以上に早く進められたのだ。
しかし従ってくれる人間がいれば反目する人間もいる。
美咲は自分の手の内を決して明かしすぎないように気をつけながら結界を完成させた。
この貴族たちだってそうだ。
『助けてくれてありがとうございます』と言った舌の根も乾かぬうちに『本当は聖女の力が弱いのではないか?討伐隊の活躍だけで国が救われただけではないのか?』と言い出すのだから。
美咲は代々の聖女たちは常識人であり、無謀な事をする人間が少なかったと見ている。
そうでなければ、後継の人間に有利な書き留めなど残さないように思うからだ。もしくは、邪な人間は淘汰された可能性も捨てきれないが・・・
ミサキが日記で一番心に残っているのは聖女『真野宮 美世』である。
名家の血をひく彼女は18歳でこちらの世界にやってきた。
許嫁を本家の従姉妹に取られてしまい悲しみに暮れていたその日に彼女はこの王国へとやってきた。
彼女は静かな生活を望み討伐が終わると市井に降りたいと願ったがそれは叶えられる事はなかったようだ。
激動の時代を生きていた少女は王弟と王太子に同時に愛されてしまい、市井に降るどころか王宮奥深くに幽閉されてしまった。
王弟は何度も彼女を救い出そうとしていたが、王太子はどうしても美世を手放せずに苦しんだらしい。
日記には慎ましやかな幸せを願う美世の気持ちが綴られており読んでいて胸が締め付けられた。はっきりと『誰が好き』とは書かれていない美世の日記は王弟を心配する言葉で溢れていたため『王弟が好きだったのかな?』とも取れる。
王太子は権力を行使し美世を22歳まで閉じ込めていたがそのあと、この日記はブツリと終わっている。
想像の中でしかないが王弟に助け出されたのなら良いのにと美咲は切に願った。
自分と同じ『美』の字が使われた彼女のことを美咲は他人事とは思えなかった。
チャペス辺境伯の城で美咲は何度もこの分厚い日記を読み返し10人ほどの聖女たちの生き様を参考に自分の生き方を模索していた。
貴族たちは『やはり聖女の力で国が平和になったのだと改めて感謝いたしました。』と表面上は口々に称え挙げたが目の当たりにしていない不確かなものを彼らが信じるとは到底思えず、謁見が終わった途端王や第一王子たちに相談する。
「説明としては悪くなかったぞ?
実際魔獣の侵略は王都では微々たるものであったが、領地を持っている貴族たちはちゃんと理解はしているだろう。ミサキが現れた後魔獣は殆ど中に入れなくなったのだから。
穀物や家畜も守られたし、何より人間が死ななくなった。」
「言い方が身も蓋もないですね。私の張り巡らせている結界の効果は現在は高いのですが定期的にこちらに力を注いでいかなければ弱まっていくシステムになっています。王家の皆様には話しましたが私は一回の出力が強い方ではありませんから。」
そう言うと第二王子はフフンと鼻を鳴らす。
「聖なる書になんて書いてるかは知らんが魔力だって個人差があるのだ。お前は無い知恵を絞って〈祠〉を建てたのであろう?効果は高いぞ。心配するな。」
褒めているのに貶されているような物言いに皆が頬が引き攣る。
ミサキは第二王子のまだ見ぬ結婚相手を半眼で心配するのであった。
ミサキが現れたことで国民の支持が一気に王党派に集まることは明白。たった数日で窮地に立たされたロドリゲス一派は焦るようになった。
一月前まで貴族の多くは資金力のあるロドリゲス伯爵に揉み手して近付いていたのに美咲たちの思惑通り彼らは綺麗に寝返った。
何故なら国民の人気は無視できない上、聖女の討伐を無かったことにすれば、自分の領地に対し彼女が『シールドを弱める』という報復があり得るからだ。
平和な生活はぬるま湯だと誰かが言っていたがまさに其れであろう。
領地が魔獣の危機に未だあるということを彼らは確りと思い出した。
派手な人数を集めた訳では無いが、謁見の貴族中心に様相がガラリと変わった。
聖女は本物であると彼らが確信した結果だ。
王太子たちは謁見後の彼らの様子で確実に王党派が支持されたことに安堵の吐息を吐いた。
宰相もヘンダーソン公爵も希望通りの展開に気が緩む。
マリアが拐われたのはそんな状況の後であった。
ウィリアム・ヘンダーソン公爵は珍しく髪を振り乱しグリフィン家の門を叩いた。
「ミサキ様!マリアが攫われました!!」
大声で叫ぶ彼を宥めながら美咲も動揺は隠せない。
『要求はミサキ様の身柄を渡すことです』ウィリアムは絞り出すような声で美咲の方を窺った。
それを聞くと流石に足が震えそうになる。正面から行って仕舞えば殺されるフラグしか見えない。
幸いなことにヘンダーソン公爵がミサキに正直に話してくれたことで作戦を練る切っ掛けが得られた。きっと彼なら黙って美咲を連れ出し相手に引き渡すことだって出来たはずなのにそれをしなかった。
美咲はその事に心から安堵した。
「実はマリアの場所を探ることはできます。彼女にはGPS的なものを付けているので。あ、説明は求めないでください。位置情報がわかる様に微弱な電波・・・力?説明はあとですね、兎に角近くに行けば分かりますが、近くに行かないと判らないのが難点です。」
ロドリゲス伯爵の周囲が怪しいが下手に動いて相手を怒らせては不味い、とウィリアムは頭を掻きむしる。
「少しでも正確に場所を特定しましょう。」
美咲は地図を広げると探す場所の範囲を絞りはじめた。
マリアを王都から出すことはまず不可能である。短時間で警備網はがっちりと組まれているのだから。しかし都は広い。
マリアの侍女の証言で連れ去ったのは拐かしのプロだが平民らしいと言うことまで分かった。
しかし拐ったあと貴族の屋敷に連れ込まれていては安易に中に入ることは叶わない。
現場に居合わせたマリアの侍女ダーナは猿轡を外してもらうと勢いよく喋り出した。
『あんな下品なジャケットを着るのが貴族だなんてあり得ません。はい、彼は間違いなく南方出身に違いありませんよ!ガッザヴァの人間ですよ!あの派手なジャケットは!!そしてあの顔立ち。重そうな二重の顔つきはガッザヴァの人間です。』
王都は各国からの人間が多く集まる場所で、勿論二世三世の多く生まれる土地柄である。
顔立ちも色々あり、二重なんて掃いて捨てる程の人数だ。服に関してもかなり多種多様と言える。
なのに……………ガッザヴァ地域の人間に恨みでもあるのだろうか?確かに暖かな南方の人間は派手な配色を好む傾向にはあるが、美咲が話を聞く上でイメージしたのは下町のチンピラである。
派手なジャケットを着ていたらガッザヴァの人間なのか?美咲も首をひねったが彼女の証言が頼りだ。
美咲は地図を睨みつけるとやがて一点の場所を指さした。
「ここかもしれません。」
そこは昼間は賑やかな食料品市場だ。
国籍の違う人々の住まう居住区の境、プリステッド通りは騎士団からも歩いてそう遠くないしとても治安の良い場所だが・・・
「この辺りでGPSパワーを作動させて探ります!」
今はミサキが頼りである。
勿論ウィリアムも違う角度から捜索は行っているが美咲の話しぶりだとマリアの場所が特定できるらしいことは理解できた。
プリステッド通りに着くと美咲は手をかざしながら歩き始める。
そして角を曲がった一瞬で美咲は忽然と姿を消した。
GPSパワー的な何かで捜索…
現代っ子のミサキを(作者を)どうかご容赦ください…