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第一章 4

これにて第一章は完結です。

病人の描写が続きますのでご注意ください。

「本当に叔父を誑かした女はお前か?こんな貧相な女に騙されるなんて叔父も歳を取ったという事か。」

 長身のジェローム・チャペスは館に来るなり美咲を罵った。長身で金髪碧眼の彼は第二王子と同じ色合いで、しかも同じく傲慢な態度で見下してきた。

 コーディは咄嗟に庇おうと前に出ようとするが美咲はそれを押し留める。平民の彼が貴族に楯突いて無事に済むわけがない。


「貴族籍ですが孤児の私を辺境伯様は保護するために王命で婚姻なさってくださったのです。齟齬があるようですが、あくまでも王命です。私は遺産等は要りませんのでどうぞこのままお世話にならせて下さい。」


 チッと舌打ちするジェロームはそのまま辺境伯執務室に向かって去っていった。


 どうやらミサキが聖女であると知らなかったようだ。

 どんだけデイビッドは自分を隠していたのやら…と別の考えに及ぶが、取り敢えず後継者のジェロームにはこのまま執務を受け継いで貰わねば困る。

 物語のように次々発明品を繰り出してお金持ちになることは16歳の小娘には無理だし、政治のことも理解出来ないので自分では辺境伯の領民の生活など守っていけない。

『ファイアーボール!!』一つ出せない聖女は魔物と戦うことだって無理だ。


 デイビッドはギリギリまで自分の病気を隠すと方針を定めたのだから、ミサキもそれに従う。

 コーディに後で聞けば、ジェロームは辺境伯が男色であるということも知らなかった。

 彼にとってデイビッドは皆に尊敬される闘神であり、喋り方がちょっと優しい、情に厚い人格者なのである。

 そんな人間から見れば33歳も歳下の妻など財産目当てにしか見えないのも道理だ。


 美咲はデイビッドに毎日欠かさず癒しの力を使う。

 聖女の癒しの力は魔術師達と何処が違うかと言えば、魔獣の怪我に対しての効果が絶大だという一点だ。

 勿論回復魔法やその他の体を治すという術を、美咲は遅ればせながらも学び直した。

 全てはデイビッドのために。


 ジェロームは初めこそ風当たりが強かった。その後王都に出た際に第二王子から美咲の正体を教えられ泡食って帰ってくる事になるのは一年後。

 勿論秘密を守る宣誓魔術を施されて。


〈使用人達は私が聖女って知ってるけど・・・今更じゃん・・・〉


 美咲は苦笑いするしかなかった。



 発症2年目になるとデイビッドは馬に乗れなくなった。

『一緒にピクニックに行きましょう?』

 最初の年に馬に片手で抱え上げて乗せてくれた大男は少し細くなった腕を見て『悔しいわ』と小さく呟いた。

 体力の低下と、筋力が極端に落ちたのだ。

 内臓のダメージは美咲の力で大分抑えていると思っていたが、病魔は思わぬ所に影響を及ぼす。勿論大剣は執務室に飾ったままで、もう訓練に行くことは叶わなかった。


 発症3年目。執務室でお漏らしをしてしまう。

 痩せた体になってはいたが、シモの事は全て自分でしていたデイビッドが遂にトイレに間に合わなくなってきたのだ。いや、全ての器官が正常に伝わらなくなってきたという方が良いか…

 腸は正常な働きを徐々に止めてしまい食べた物は下痢状になって垂れ流された。

 いや、抵抗力が下がって菌が体に回ってるからお腹を下すのか…日本を離れるのが若かった美咲の医療知識は乏しく歯痒い思いをする。しかしこのタイミングで公爵に嫁いだ宰相の娘マリアとの交流が復活し幾度も頼るようになった。

 切っ掛けは結婚式に参列出来ないという断りの手紙のやり取りからだ。

 宰相の娘である彼女は自分の式も放り出し直ぐに見舞いに駆けつけてくれた。婚約者の公爵を連れて。


 2人は仲睦まじく年上のウィリアム・ヘンダーソン公爵はマリアをとても可愛がっているのが見て取れる。夫婦はデイビッドに王都で流行っているというカシミアの毛布とシルクの寝衣を土産に渡すと笑顔を見せた。

 久々に美咲は元気を取り戻し、使用人には明かせない悩みをマリアには色々と打ち明ける。些細なことのように思っていたが言葉にすることで美咲は精神的に回復することができた。

 見送りの日。

『困ったことがあったら必ず教えて。どんな些細なことでも良いから。』と魔術で転送できる不思議な封筒を手渡される。高度な魔術でできたその品物は魔術師団長が美咲のために開発してくれたと聞けば堪えていた涙が頬を伝った。

 国に貢献してくれた2人を宰相も王家も必ず守ると固く誓ってくれる。それが美咲を何よりも感動させた。


 討伐の恩賞として資産を所有する美咲は日本の介護現場で使われていた類似品を遠慮なくヘンダーソン公爵に注文する事にした。

 使い捨てオムツに体温計、車椅子。尿瓶もその一つだ。


 公爵夫婦は美咲の無理なお願いにその都度応えてくれて現在に至る。


 ジェロームは美咲が癒しの力でデイビッドの延命を行なっていると知ってからはいつも気不味そうだ。


「ふん。相変わらず痩せこけてみっともない事だ。良い気になって癒しの力を無駄遣いしているのではあるまいな?これは我が家の土地で作られた滋養の高い薬草だ。使え。」


 人に頭を下げることを知らない尊大な態度の跡継ぎにしては頑張っている方だ。聖女と知ってもこのくらいしか言葉使いは変わらないが。

「ありがとうございます。デイビッドにすり潰して飲ませますね。」

「違う!お前が食うんだ!」


 え???そうなの???と聞き返そうとすれば既に背中を見せて走り去って行ってしまった。

「ミサキも随分綺麗になったからジェローム様も変に意識して居るのだろうよ。真面目過ぎて分かりにくいお方だ。」

 コーディはクックックと可笑しそうに笑う。


「そおねぇ、ジェロームは未だに婚約者決めてないからもしかしたらこの3年でミサキに狙いを定めているのかも?アタシ、夫だからあの子に殺されちゃうんじゃ無いかしら?」寝台に体を起こしたままデイビッドは軽口を叩く。

「其れじゃあ、まるでジェローム様が私のことを好きになっちゃったみたいに聞こえますよ?デイブ?」

 そう言えば、コーディもデイビッドも大声で笑いだした。




 ******************

「お願いがあるの。ミサキ花嫁衣装着て無いでしょう?アタシ一回でいいから貴女が着飾ってるの見たいわ。」

 初夏の日差しの中デイビッドは庭で美咲にそう告げた。

 相変わらず軍人のように背筋を伸ばして座っているが、その手首はすっかり細くなり、ズボンの太腿はゆったりと余った状態だ。

 大きな椅子に腰掛け足を開くとデイビッドは自分の前にミサキを座らせる。

 最近はよくこの様なスキンシップを行なっておりデイビッドは美咲の頭を幾度も撫でる。

 今日は胸まで伸びた黒髪をデイビッドは優しく梳る。

「やだなぁ、花婿居ないとカッコつかないからデイブが元気になってから式は挙げましょう?一人で着飾ったって楽しく無いですから。そうだ!デイブも若返ったつもりで白いタキシードとか着たらどうです?」

 美咲は冷たい紅茶のグラスを握りながら手が震えないように左手を添え直した。


 やめて、やめて。

 死ぬ前のお願いみたいなことはヤメテ!


 そう叫び出しそうになる。


 確かに二人は書類上夫婦とはいえ匿うことが主な目的であったから、式もドレスも宝飾も贈り合ったこともない。だが家族としてずっと支え合ってきた。

 この病気が発症してからデイビッドは毎日美咲にごめんねと言う。


 ミサキが『力』を自分の為に使うのが申し訳ないとコーディに零していることも聞いている。

 美咲だって正直『力』の限界が訪れようとしていることを理解はしている。

 全身に回った病魔を叩くには自分の全力でも抑えきれない何かがあるのだ。

 でも倒れたっていい。デイビッドが1日でも長く生きてくれればそんなことは辛くない。


「んんーーーーー、なんていうのかな。最近アタシの看病ですっかりミサキもオバチャンみたいな格好ばかりしてるじゃない?だからアタシも気分が上がらない気がするのよ。自己満足なんだけど、人を着飾らせるのってアタシ本当に好きだから。だから、本気の〈綺麗〉を見せて欲しいな〜って。結局アタシが可愛いあなたを見せびらかしたいのよ。」


 美咲はウッと唸るとまあそれなら仕方ないけど…‥…と、了承せざるを得なかった。

 うら若き(?)乙女にオバチャンとは。デイビッドは本当に人を乗せるのが上手だ。


 でも本心は違うよね?と言いたくて仕方ないのに答えを聞く事が恐ろしくて出来なかった。



 >>>>>>>>>>>>>>


 その日から4日後。前もってエストに頼んでいたのだろう。

 ミサキサイズで仕上げられたドレスが王都から届けられた。

 それは真っ白なシルク生地に蝶と花のモチーフをぐるりと刺繍したシルエットの綺麗なドレスであった。王宮のドレスのように細かなレースや宝石が付いている訳ではない。だが美咲にはデイビッドが選んでくれたと分かるだけでも涙が出る程嬉しかった。日本では花嫁は白いドレスを着るのだと教えたから彼はそれを選んでくれた。

 初めてペニシールに向かう馬車の中で話したことをずっとずっと覚えていてくれたのだ。


 ノースリーブドレスに合わせてロンググローブを嵌めるとミサキが子供の頃に見た映画のお姫様になった気がした。

 エストはいつもよりずっと丁寧に化粧を施し、髪を緩く巻く。「ミサキ様お綺麗です。」エストにしては珍しく口角を上げで笑った。


 準備が整うとエストに連れられて城の中庭に向かう。

 普段人気のない中庭にテーブルが5つ並べられ、そこにはジェローム、全ての使用人達。そしてコーディと兵士が数人座っていた。それぞれが小さな網籠を手にして、色とりどりの花弁を手に握っている。

 ミサキが車椅子に座るデイビッドの隣に立てば大きな声が響いた。


 おめでとう!!おめでとう!!ミサキ!!

 ありがとう!!国を救ってくれて!!ありがとう!!

 皆が手にした花弁を宙に向かって放り投げる。

 赤、黄色、白、ピンク、青の沢山の欠片が太陽光を浴びながら上から舞い降りるのを美咲は只々感激しながら見つめた。



「アタシの花嫁は王国一綺麗ね。」

 デイビッドは柄にも無く眦に涙を浮かべる。

 美咲は久しぶりに曇りの無い笑顔を浮かべたデイビッドを見て花が綻ぶように微笑った。

「デイブ。素敵なドレスをありがとう!」


 それは結婚式にしては余りに質素で寂しいものだ。食事も無ければ招待客も殆どいない。しかしジェロームが柄にもなく拍手をすれば皆も拍手をして美咲を褒め称えた。


 美咲は嬉しかった。物を貰った喜びより自分の為にデイビッドが何かをしてくれたと言うことがこんなにも自分を喜ばすということを知った。

 愛しているとはまた違うけれど、デイビッドに対して美咲なりの愛は確かにそこには有った。



 数日はデイビッドの容体は安定していたが、間も無くデイビッドは痛みでのたうち回るようになる。きっと本当は隠していただけでもっと前から痛みはあったのだと予想はできた。

 美咲は本館からコーディの住む東棟へデイビッドの寝台を移動した。

 コーディは寝ずの番をしては夜中に痛みで暴れる彼を抱き込むようにして押さえつける。

 弱ったとはいえデイビッドの力はまだ強く、ベッドから転げ落ちれば怪我をしかねない。

 何より醜態を晒すのを嫌がる彼だから、美咲の前では痩せ我慢を続けていた。だがコーディだけには素直に甘えて痛みを『辛い』と言い、泣きながらしがみついている。

 この領域は美咲は立ち入れないものでありデイビッドの尊厳を奪うわけにもいかなかった。



 美咲は癌で苦しんでいた祖父の最期を知っているが故に決断しあぐねていた。

 今はきっと肺にも癌はあるだろう。母から末期の時は呼吸がし辛く、水面に顔を押しつけ続けているように苦しいのだと聞いていた。

 美咲は幼すぎて最期の時は祖父に会わせて貰えなくなったが、その話だけは今でも耳に残っている。


 ・・・でも、あの力を使ったらきっと命が縮まってしまう・・・

 決断できずに苦しみに耐えるデイビッドの手をギュッと握り続けていると、そのうち気を失ったように彼は眠りについた。


 その晩はジェロームが城に泊まりに来ており美咲は彼の寝室を訪ねた。


 起きているかは賭けであったが彼はアッサリ返事をするとドアを開けてくれ、美咲を招き入れる。


「ごめんね?休んでましたか?」

「いや、さっきの騒ぎで落ち着かなくてな。書類を一つやっつけた所だ。」顎でしゃくった先には執務机の上に親指幅の書類が整えて置かれてある。

 厚みからしてデイビッドが苦しみ出した時間からすぐに起き出し、ずっと机についていたのだろう。

 ジェロームの真面目さと、デイビッドへの想いが美咲には痛いほど分かる。


「実は、相談があります。」

 美咲が立ったまま話し出そうとすると意外にもジェロームはティーテーブルへと美咲を誘い椅子をひいた。


「あのね、私もデイビッドの病気を治したくて私なりに毎日頑張ってきたつもりです。

 でも、どうしても私の力が及ばなくて、デイビッドは完治させてあげられそうに無いんです。本当に役立たずな聖女で申し訳ないのだけれど・・・」

 そこまで言うと美咲の手のひらにポタリと何かが落ちてきた。

「毎日、方法を探していたのですが間に合わず、デイビッドは今は痛みに苦しんでいます。きっと本当はもっともっと苦しかったに違いないのに私たちが哀しい顔をするのが嫌できっと無理をしているんです。」

 ポタリポタリと雫は更に落ちてくるが美咲は構って居られない。


「最近私の能力でもう一つ気が付いたことがあって・・・、その力を使ったらきっとデイブは痛みからは解放されるかもしれない。でも・・・でも・・・その力は体の機能を奪うものであって・・・」

 そこまで話すと嗚咽がはじまり止まらなくなった。


 美咲の新しく気がついた能力。

 それは体の一部の機能を停止させるという能力だ。


 一月ほど前森に入った時、胸に矢が刺さった鹿が死に損なって苦しみもがいていた。

 護衛の兵士が首を跳ねてやろうと言ったがそれはあまりに酷い。

 せめて矢を取り除けないかと美咲は一つの方法を試してみたのだ。

 除去の魔法は美咲の悲願でもあったから一つの実験とも言える。

 結果としては詠唱後に鹿はあっさりと死んでしまった。

 矢は無くならずそのままで。


 詠唱後、鹿は苦しそうにもがくのを止め、何度も不思議そうに体をペロペロと舐めていた。そしていきなりこと切れたのである。


 助かったと思った命がブツリと音を立てて失われたような気がして美咲は慌てる。

 そして鹿の死に際に何が起こったのかを調べたところ痛覚と心臓の機能が停止したことが分かった。


 鹿は痛みで踠いていたが痛覚が失われ恐怖が去った。だが、致命傷の心臓は矢のせいで呼吸をそのまま止めた。医者はそのように推測した。

 美咲は、家畜や病人で何度か実験を行ったが結論からいえばその能力は『機能の停止』というものだと位置付けられる。


 痛みを訴え始めるはずのデイビッドの為に一年掛けてモルヒネのような麻酔薬も探してみたがこちらは王都も隣国も所有しておらず八方塞がりであったから美咲としては一瞬この能力を喜んだ。

 しかし、これは痛みをなくしてくれる代わりに寿命を確実に縮める。

 その上、手を下すのが自分なのだと気がつけばその晩は眠れなかった。


 いつの間にかジェロームはミサキを強く抱きしめて、ハンカチで涙を拭ってくれていた。

 本当に無骨な人なのでゴシゴシと強い力で美咲の目を擦っている。


「も、もういいです。すみません、取り乱してしまって。」


 ジェロームはハッとしたように抱き抱えていた腕を離すと水差しの水を汲んで差し出した。


「デイブは今とてもきつい状態です。発作の間隔も狭くなってきました。あんなに苦しい想いをさせるのは辛く、少しでも楽にしてあげたいと思うのです。でも、でも、もしかしたらそのタイミングで天に召されてしまう可能性だってあります。助けてあげたいのに、助けにならないのです。」


 ジェロームは静かに話を聞き終わると、ゆっくりと語りかけるように自分の考えを述べはじめた。



「俺たちは軍人のようで軍人ではない。辺境で生きると言うことは戦うことを余儀なくされ、いつ死んでも良いようにと教育をされる。だがな本心を言えば死ぬってことは怖い。そしてもっと怖いのは自分の自我が保てなくなるような状態で死ぬのはもっと怖い。

 尊厳?そんなものの為に死んで堪るかと俺は思っている。だが、もし。喋ることすら難しくなって来た叔父の気持ちを考えるなら、『俺は今まで本当に沢山の痛みに耐えてきた。死ぬ時くらいは楽に死なせて欲しい』だ。余命を2年生きながらえたのは美咲のおかげだよ。

 コーディにも話してみよう。多分同じことを考えるだろう。」


 美咲は涙が止まらなかった。

 いつか来る別れがすぐそこ迄来ているのだと思うと足に力が入らず目頭の熱は冷めるどころか増す一方だ。


「辛かったな。偶には俺の胸を貸してやろう。」


 その晩美咲はジェロームの寝台の上でグッスリと眠った。

 背中を赤子のようにさすられ、頭の上にはジェロームの暖かな吐息がかかる。

 それはペニシールへの道中、デイビッドがお尻を痛がる美咲を抱えてくれていた馬車の中を思い出させた。


 こんなオジサンに抱っこされて貴女も可哀想ね〜


 4年前のあの日。石鹸の匂いがするデイビッドの腕の中はとても安心でき、王宮でのストレスから不眠がちであった美咲は心地よい睡魔に襲われた。

 エストが心配するようなことは何もなくて、只管甘えられる存在を見つけたような気になった。

〈あの日に帰りたい・・・〉その小さな寝言をジェロームは聞かなかったことにした。


 >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


 コーディはジェロームと同じことを美咲に告げた。

『もう十分頑張ってくれた。俺を悲しませないためにデイブはあんな姿になるまで耐えたんだ。だから俺たちの我儘で頑張らせるのは終わりにしよう。』


 その晩、美咲はデイビッドの元を訪れると、2人で話しましょうと持ちかけた。

 すでにデイビッドは10日ほどかき氷のみで生きながらえていることになる。

 薄がけの毛布からは分かるほどに腹水は溜まり、きっと腹が膨れる鈍痛もあるだろう。


「デイブ、私ね新しい力があることに気がついたのです。

 それは痛みの神経を無くすって言う力なんです。でもね、それを使ったらデイブは呼吸が止まってしまうかもしれません。

 もし・・・・・・・・もしも、デイブが次に耐えられないくらいの痛みに襲われたら、その力を使ってほしいですか?」

 馬鹿!涙声になるな!美咲は太ももを自分で抓りあげると奥歯を噛み締めた。


「お・・・お願いしても・・いい?

 アタシが痛がる前に、その力・・・・使って・・・・欲しい・・・の。

 ジェロームと、コーディ、ミサキと・・・・アタシの四人・・が・・・良い・・な。」


 途切れ途切れにデイブはそれを明日の昼に頼むと言い、眠りに落ちた。




 >>>>>>>>>>>>>>>>>>

 昼の鐘を聞いた後3人はデイビッドの東棟の部屋を訪れる。


 いつの間にか庭師は咲き誇っていた薔薇を全て刈り取って有りったけの花瓶に生けていたため、部屋中に薔薇の匂いが立ち込めている。

 執事は寝台をお気に入りのシーツにすでに取り替えてくれており、カーテンは本館で使っていた物を使用人たちが洗い直しかけていた。

 食事が出来ないのは分かっていたが、小さなテーブルには白身魚とインゲン。ポタージュのスープが温かな湯気を立ち上らせている。


 4年前に訪れたチャペス辺境伯の部屋そのものがそこにはあった。


 呼吸が浅いデイビッドに近づくと美咲は詠唱する。


 力を使った瞬間、デイビッドはゆっくりと瞼を開け笑顔を浮かべた。

「すごい・・・何処も痛くないわ。」

 そして使用人たちが置いていったものを一つ一つ眺めると嬉しそうにした。


 デイビッドはジェローム、コーディにゆっくりとだが今後のことを話し始めた。

 政治のこと、財産のこと、兵士たちのこと。そして恋人を色んなことで悩ませ続けたことを謝罪した。『コーディ、最期まで付き合わせちゃってごめんね。貴方をずっとこれからは愛し続けると誓うから、だから今までのこと水に流してくれる?』

『俺はそんな所も引っくるめてデイブを愛しているよ。』コーディはデイビッドの額にキスを落とした。



 そして最後に美咲を呼ぶ。


「アタシね。ずっと家族が欲しかったの。自分じゃ子供が産めないし48年間本当に寂しかった。

 ミサキ、アタシと家族になってくれてありがとう。貴女が私の元に来てくれてから本当に毎日が輝き出したわ。幼い貴女を守ることで自分の存在意義を感じられてたの。勝手なことばかりだけど。

 辛い仕事、最後に頼んじゃって本当にごめん。愛してるわ。この先絶対に幸せを諦めちゃダメよ。」

 美咲は思わず抱きついた。

「デイブ!ありがとう!あなたは私の家族よ!大好きよ!」

 骨張った手が美咲の頬を撫でる。

「すっかり大人になったわね・・・」


 時間にして30分ほどだったかもしれないし、もう少し長かったかもしれない。

 デイビッドは話を終えると薔薇の花の匂いを嗅ぎ、ポタージュをひと匙だけ舐めた。


『悔いは無いわ。』

 それが最期の言葉だった。

 コーディの体にもたれるようにしてデイビッドは目を閉じていた。

 コーディはデイビッドが好きな旅行記を傍で朗読していた。


 その顔があまりにも眠っているようで、美咲は死んだことに気が付かないほどだった。

 静かに泣くコーディがデイビッドを強く抱きしめていることに気が付いて初めて彼の呼吸が途切れていると分かった。


 こうして闘神ガリバーと呼ばれた男の最期は静かに幕が下ろされた。

これにてデイビッド編が終了。

第二章からはキラキラ恋愛模様が……(出てくるといいな。)と思ってます。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここまでの話、最後は泣けてきまうぐらい良いです。
[一言] 泣けた〜!
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