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第一章 1

新連載を始めます。

ハッピーエンド目指して頑張ります!

『親愛なるミサキ・チャペス辺境伯夫人



 新月の夜、青百合の匂いも風に乗る季節が訪れました。

 その後お変わりはありませんか?デイビッド・チャペス様の病状が酷くなっていなければ良いのだけれど。

 私の夫も非常に心配しています。公爵家はチャペス辺境伯には多大な恩がありますから、遠慮せずに何でも相談してね。

 勿論現在宰相である父も最大限の助力を約束してくれました。


 でも、私はミサキのことを案じております。病人を看病するのは精神的にも体力的にもとても看護する側が大変だから。

 助けに行って差し上げたいのだけれど身重な私が行っても足手纏いだと周囲が言うの。歯痒いったらないわ。

 貴女の癒しの力を以てもチャペス様は症状が悪化してしまうのですから、きっと本当であれば既に助からない命だったと思う。

 厳しい事は言いたくないけれど、もしもの時に自分をどうか責めないでね。


 人生にはどうしようも無い神の力も及ばない悲しい出来事は有るものだわ。

 ミサキは責任を負いすぎる性格だから。本当にそばに行って支えてあげたいのに、物を贈ることしか出来なくて御免なさい。

 取り急ぎ貴女の指示通りの形のガラス瓶を作ったので試供品を贈るわ。

 マリア・ヘンダーソン



 追伸

 とても変わった花瓶だからガラス工芸の工房長が驚いていたわ。

 もし今後応接室で使ったり、社交界で流行らせるつもりなら自分の工房を使って欲しいと言伝をされたわ。一応伝えておくわね。






 ブッーーーーーーーーッ!!

 ミサキはマリアからの手紙を読み終わる直前にオレンジの果実水を思わず吹き出した。

 手には自分がお願いして作ってもらったガラスの瓶が握られており、ウッカリ滑り落とすところであった。


 マリアには用途を伝えていなかったが、ミサキが態々公爵夫人の友人に作ってもらった物。

 持ち手があって、横長で片側は筒状に間口を空けているその物体。

 それは『尿瓶』である。


 男性用に作られたそれはこの国では誰も見たことがなく改めて考えれば『異世界から持ち込まれて発案されたもの』には違いなかった。

 だが、こんな物が公爵夫人発案で社交界の応接室に流行ってしまっては大事おおごとだ。

 ミサキは今夜中に使い方を記した手紙を書くことを決意すると自分付きの侍女、エストを呼ぶために呼鈴を振った。




「奥様。参りました。」

 静かな雰囲気のエストは待たせることなく部屋をノックする。


「もう少ししたらデイビッドの看病を私が交代しようと思うのでコーディに伝えてちょうだい。

 私は今夜はデイビッドの側で休むようにするから簡単にお湯を浴びるつもりよ。到着は今から半刻くらい後かしらね?あとマリアに急いで簡単な手紙を出すわ。急ぎの案件が出来たから。」


 エストはメモを取るでもなく一度頷くと軽い身のこなしで退室した。


 もう4年も一緒に過ごしているが、ミサキの中ではエストのイメージは『くノ一』。

 出会った時からそれは全く変わらない。


 静かで物分かりがよく、表情は乏しいがミサキを何度も救ってくれた最も頼りになる仲間だ。

 きっと自分仕えになってから意地悪なこともされただろうにそんな事は噯気にも出さない。


 さてと・・・・・・・


 独り言を呟くとミサキはシャワー室に向かう。手慣れた手順でお湯を浴びる準備をし個室に籠る。これは日本から魔術で呼び出されたミサキを思いやって一番最初にデイビッド・チャペス辺境伯が自分にプレゼントしてくれたものだ。

 聖女としてこの王国に召喚されたミサキをデイビッドはずっと守ってくれた。


 婚姻後直ぐに結婚指輪でもなく、ドレスでもなく、シャワールーム。

 色気の欠片も感じられない品物だが、コレを思いついたデイブをミサキは本質を思いやれる人間なのだと改めて感じる。

 あの当時の自分が何より欲しかった文明の力。疲れ切っていた自分の活力となる毎日使える浴室。

 風呂が平民には一般的ではない王国でデイブは本当に頑張ってくれたのだ。

 だから、だから今度は自分が少しでも力になってあげたい。


 ミサキが10分でシャワールームを出れば簡単な寝衣と便箋が置いてあった。


 ミサキは手早くマリアに手紙を書くとエストを再び呼んだ。


「ごめんね。今日は急いでいるから髪を乾かして貰って良いかな?」


 エストは頷くと両手の平をミサキの頭にそっと向け小さな声で詠唱する。


 ブワリと首筋が暖かくなり心地よい風が髪を舞いあげる。

(本当にドライヤーみたいだわ)

 王国には少数だが魔術が使える人間が存在する。

 魔物が生息するのだから、魔術が使えないと人間はあっという間に死滅しそうだ・・・


 そう思考を巡らせると何だか自分が世界の理の表面に触れることが出来たような気にもなるが、結局自分は何の問題も解決できない矮小な聖女だと自嘲してしまう。

 魔獣が住むこの国には魔術が必要で、それでも弱肉強食の均衡が壊れた時は異世界から聖女を召喚して、無理矢理全てを何とか元の形に戻して・・・

 そんなことを考えていると自分って一体何なんだ?と負の感情が湧いてくるがチリリと焦げ付いた感情を胸に収めれば鏡越しにエストが心配そうに自分を覗き込んでいるのが見えた。表情の分かりにくいエストのこんな瞬間だけは美咲は見逃さない。

 いけない、いけない、顔に出てた。


 ニコリと微笑むとエストに礼をいう。


「助かったわ〜、今夜はデイブもぐっすり眠れると良いんだけど。

 コーディーはきっと疲れているだろうから食事の後に少し甘いものを差し入れてあげて。エストも休む時間が下がってしまったから申し訳ないけど。」

 エストは、いいえ奥様、と僅かに口端を上げると大判のストールを差し出してきた。


 本当に気が利く。


 ミサキはそれを受け取ると時計に目をやった。

「そろそろね。後の片付けお願いしてごめんね。」

 少し厚めのルームシューズを履き部屋を出る。デイブの部屋は東棟にあるから少し急がねば。

 本館からの渡り廊下を歩いていれば窓が明るい。今夜は大きな満月であった。


「もう、4年経ったのかぁ。早いなあ。」

 独言は田舎の辺境伯邸の庭先に呑み込まれる。


 夜の闇がこんなに深いなんて、日本じゃ分からなかった。福岡の自宅周辺は24時間のスーパーもコンビニも有ったし、街灯は常に消えなかった。

 親に守られて生きているって、異世界の王国に来るまで理解していなかった。

 冷蔵庫には食料が沢山詰まっていたし、父に買いたいものを言えばお金はある程度渡された。

 母は部活に励むミサキの為に朝用と昼用のお弁当をいつも黙って用意してくれていた。静かな母だったが優しくて、熱が出たら出汁の効いた卵粥がミサキの定番であった。


 失ったものは元に戻らないとこの四年何度も何度も自問自答する。


 僅かな時間であったがミサキは満月を食い入るように見つめた。


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