火星
「まず、一流の商人になるのなら、生活態度を改めないといけないよ。朝起きる時間。ごはんを食べる時間。お風呂に入る時間。全部決めておけば悪い事が起こる前に分かるようになるんだ。」
「それって魔法みたいね」
ヨクバールはにっこり笑って取り合えず今は先にお風呂に入るように勧めてくれました。
それから毎日ヨクバールはナーターシャの屋敷に来ました。
ヨクバールは丁寧に一つ一つの事を教えてくれました。
文字の書き方や計算の仕方、喋り方動き方。
「ヨクバールさんみたいな先生を独り占めできるなんて贅沢ね。」
「ははははは、ところでナターシャ、君のいた学校でウラウと言う先生がこなかったかい?」
「ええいたわ。」
ナターシャは少し悲しい顔になりました。
「彼は素直で従順な人間をみんな自分の仲間に引き入れてるんだ。」
「それはどうやって調べるの?」
「テストをするのさ、絵を描かせて、その子が人の言う事を信じやすいかどうか調べるんだ。」
ナターシャは何故だかモウリーの事を思いだしました。
そしてまた何故だかモウリーはきっときちんとした普通の分かりやすい絵を描いたんだろうとおもいました。
「ウラウ先生の仲間っていったいどんな仲間なの?」
「まず彼らは「自分自身と戦え」と教えるんだ。次に「自らを投げうってでも正しい事はすべきだと」そして「自分の選択は自分に責任がある」と言った上で、如何に今の世界が子どもに良くなく、子ども時代を奪われた事は、全てを奪われたのと同じと教え込みます。そして子どもたちは奪われる前に奪い取らないといけないと思うようになる。そして学校とは別の自分達の”特別授業”に通わせ、自分達の為に労働するように仕向けるのさ。」
ヨクバール先生はこのようにウラウ先生のやり方をまるで、ウラウ先生に教わったように、分かりやすく教えてくれました。
ヨクバールは決してウラウ先生たちがどんな事をしてるかは、教えてくれませんでした。
ナターシャはそれが自分の為になる事だと分かりました。
「わたし、モウリーって言う子に会いたいんだけど、前いたところを毎日探しても全然見つからないの。特別な日に学校に行けば会えるかしら。」
ヨクバールはしばし考え込みました。
「行くのは良いけど、前に着ていた服を来ていくんだよ。お風呂も入らないで行くと良い。」
ナターシャは特別な日に、ヨクバールの言った通りにして学校に行きました。
朝、学校へ行く途中ナターシャはモモナお姉さんが道の途中でしゃがみ込んでいるのを見つけました。
モモナお姉さんは、ナターシャが初めて学校に行って、どうしたら良いか分からずうろうろしていた時、声をかけてくれたお姉さんでした。
その後も学校に行く度にモモナお姉さんはナターシャに挨拶してくれたので、顔を覚えていたのです。
「どうしたの?」
「ちょっとお腹が変なの」
モモナお姉さんは苦しそうな顔で笑いました。
「ごはん食べれなかったの?」
「ううん、今ウラウ先生のところで暮らしてるから、ごはんは毎日食べてるよ。」
「わたしあの人嫌い。」
ナターシャが余りにはっきり嫌いだと言うので、モモナお姉さんは声を出して笑ってしまいました。
「ねぇこれお姉さんが作ったんでしょ?」
ナターシャは二つの人形をカバンからだして見せました。
「そうよ。今はもう作ってないけど…」
「どうして?」
「中々お金にならなくて、そしたらウラウ先生が自分の仕事を手伝うように声をかけてくれたの。自分の身の周りの世話をしてくれないかって、私は喜んで引き受けたわ。でもそのうちウラウ先生がよく何にも言わずに横に立ってたり、身体をすれ違いざまくっつけてくるようになった。それで今朝それとなく言ってみたの何で身体を寄せてくるんですか?ってそしたら「自分がそう思うからそう感じるんでしょ」って言われて、私恥ずかしくて顔から火が出る程真赤になったわ。」
そう話しながら思いだしたようにモモナお姉さんは顔を赤らめていました。
ナターシャはモモナお姉さんのお腹に手をあてさすってみました。
「ねぇ、うちで働いてよ。」
「ふふふ、良いわよ。お金をくれたらね。」
モモナお姉さんはまた声を出して笑いました。
「私、お腹が治ったみたい。」
モモナお姉さんはそう言って立ち上がると、片手をナターシャに差し出し手をつなぎました。
ナターシャは学校へ行くと、モモナお姉さんと別れ、モウリーを探しました。
モウリーもナターシャに気が付いたようでしたが、すぐ目をそらされてしまいました。
モウリーは頭に赤いターバンを付けていました。
そして同じ様に赤いターバンを付けた子たちと一緒に席に座っていました。
ナターシャは学校が終わるとモウリーが帰り道を一人で歩いてるところで声をかけました。
「これあげる」
ナターシャは自分がヨクバールから買ったモモナお姉さんが作った人形を差し出しました。
「ありがとう」
モウリーはぶっきら棒に言いました。
「そのターバンは何かの印なの?」
ナターシャが聞くと、モウリーは片手でターバンのまかれた頭をさわり、ニヤリと笑いました。
「これは星の戦士の証なんだ!」
「星の戦士?」
「そうだよ!おれは明日、火星って言う赤い星に旅立ってその星の人と戦って英雄になるんだ!」
「どうして英雄になりたいの?」
「どうしてって、英雄になったらもう誰にも馬鹿にされないし、馬鹿にされてもそいつをやっつけられるだろ?」
「どうして赤い星に旅立たないといけないの?」
「どうしてって…みんなも行くし…、こんなゴミだらけの国住んでいたく無いだろ?なのにおれなんかはそれを拾うしか仕事が無い。そんなん一生続けたいと思うのか?」
「誰に教わったの?」
「ウラウ先生だよ。」