買い物
次の朝ナターシャが起きると、人が訪ねて来ました。
それはご近所の大きなお屋敷に住む大金持ちの商人の使いの人でした。
「お近づきの印に、完熟パイナップルと、最高級の鴨肉をお持ちしました。」
ナターシャはパイナップルを初めてみました。
切り方が分からないので、テーブルで使いの人に切ってもらいました。
使いの人はナターシャにとても親切に接してくれました。
「味がしない」
「…お口にあいませんでしたか…」
「うううん、私あじわう舌がないの。ごめんなさい」
「いいえ、お気になさらないで下さい。素敵なお家にあげてくださってありがとうございました。」
「うん」
立派な服を着た大人にありがとうと言われて何だかナターシャはくすぐったく思いました。
「ただ、どうぞ誰かを招き入れる際は、ご用心くださいね。」
「大丈夫、この家はこの国一番安全なの。」
使いの人は笑顔で去って行きました。
「せっかく、こんな素敵なお家に住んで、素敵な食器まであるのに、美味しいものが分からないなんて、悲しいわ…」
「それでも、ナターシャ様の選ばれたことですからね。」
「わかってるよ。意地悪ね。」
ナターシャは魔人が隠れている自分の影を踏み付けました。
その次の日も、その次の日も、色々なお客様がナターシャの所にやって来ました。
その人たちは大体が商人や芸人でした。
中でも、ヨクバールと言う商人はそれはそれはナターシャを喜ばせました。
まるでナターシャの欲しいものが聞いてもいないのに分かるようでした。
それは何時か、学校の本や街で見かけたような、カラフルな綺麗な服や人形や可愛い家具でした。
ナターシャはヨクバールの差し出す物が欲しくて堪らなくなり、夜も眠れない程でした。
「魔人、次の願いよ。私の嗅ぐ力と引き換えに、私を億万長者にして頂戴!」
「かしこまりました。仰せのままに。」
広いお屋敷の中大理石の床の上、ランプに刻まれた星影が飛び交い、またナターシャの足元に集まりました。
翌日ナターシャはまた訪れたヨクバールの持って来た商品を全部買いました。
ヨクバールは今までで一番嬉しそうな笑顔で帰って行きました。
その翌日またナターシャの屋敷をお客様が来ました。
それはあのモウリーでした。
「お前昨日これと同じ人形を高値でかっただろ?」
モウリーが差し出したのは、手のひらサイズの猫の人形でした。
頭には紐が付いていて、目はボタンで出来ています。
「バカだねこんなのそんなしないんだぜ。これはおれの近所のモモナ姉ちゃんが作ったんだ。」
ナターシャはモウリーの差し出した人形に付いた値札を見て目をまんまるにして驚きました。
ナターシャの買った物と一緒の物なのに、0が1個少ないのです。
ナターシャはまたその場で金切り声で叫びました。
モウリーはまた勢いよくその場から飛び出して、屋敷の出入口まで走って行きました。
しかし、ぴたりととまり振り返ると、めそめそ顔で眉間にシワを寄せるナターシャにまた歩み寄り、持っていた人形を差し出しました。
「やるよ」
「お金は?」
「いらない」
そう言ったモウリーはー唇を鼻の穴に付くほどあげていました。
ナターシャが手を差出すと、ぱっとその手に人形を置き、モウリーはたったと屋敷を出て行ってしまいました。