始まり
困ったことになった。確かに空いている部屋は確かにある。が、彼女を受け入れてしまうと俺の城は崩壊してしまう。何とかならないものか。
「……エリーナさん?ほんとに住むとこがないのか?」
「ええ」
彼女は申し訳ない顔をして言う。どうやら本当に家がないらしい。俺には彼女を住まわせるという選択肢以外のこっていなかった。
「わかった。ここに住んでいいよ、エリーナさん。部屋はちょうど使っていないのがあるからそこを使ってくれ」
「ありがとう。あと私のことはエリーナでいい。そっちのほうが慣れている。エリーナさんはむず痒い」
「わ、わかった。よろしく、エリーナ」
「こちらこそ、よろしく。シン」
「ちょっと待ちなさいよ!」
リコが会話に割って入ってくる。不満たらたららしい。彼女は面倒見がよく、また物分かりもいいほうなのでエリーナがうちで暮らすのは仕方ないことだと理解してくれていると思っていた。だから彼女のこの行動は俺には意外なものだった。
「ちょっ、あんたはそれでいいの!?私は急展開過ぎて頭がついていけてないんだけど!」
「しかたないだうちのお袋からがそうしろって言ってるんだから。俺には拒否権はないみたいだし。というかエリーナを家に住まわせるしかないだろ?本当に家、ないみたいだし」
「それはそうなんだけど……。なんとなく嫌なの」
エリーナの言っていることが本当だというのは物分かりのいいリコのことだ。そこのところは察しているようだった。それがわかっていてもなお彼女は住まわせていいものか、葛藤しているらしかった。でもここ、俺の家なんだが。
「仕方ないか。エリーナさん、ここに住むことを許可します。でも、シン!美少女なエリーナさんが一緒に住むからといって変な気を起こさないように!」
「起こさねーよ!というかなんでお前から許可をもらわないといけねーんだよ!?」
「べ、別にいいじゃない!ほら、えりーなさんをへやまであんないしてあげなさいよ!」
と彼女に勢いよく背中を押され部屋から追い出される。結構強い力で押された。おかげで体勢を崩してしまう。
「おおおおおおおお!」
ビターンと大きな音が鳴る。何とか倒れる直前で手をついたから被害は少ないが、少しおでこにあたってしまった。ヒリヒリする。腫れてしまっただろうか。
スーッとドアが開く。出てきたのはエリーナだった。エリーナは俺の顔の前でしゃがむと俺に向かってその透き通るように白い手を差し伸べる。その手を取ろうとエリーナのほうを向くが、彼女の顔が近くに合って思わず赤面してしまう。
「大丈夫?」
と、心配した顔で訪ねてくる。俺はハッ、と我に返って、
「だ、大丈夫だ。軽い傷だから心配しなくていいよ」
と返しながら彼女の手を取る。握った手は柔らかかった。でも冷たかった。彼女の手からは今すぐにでも壊れてしまいそうな儚さを感じた。
「おでこ、腫れてる。」
「ああ、少し痛いな。まあ、そのうち痛みも治まるだろうから大丈夫だろ」
「それはよくない。私が治す」
そういうとエリーナは俺のおでこの前で彼女の右手をかざし、目を閉じる。
「これで大丈夫」
エリーナがそう言って俺のおでこから手を離すと腫れていたおでこは転ぶ前の状態に戻っていた。でも俺は今自分のおでこにかまっている余裕はなかった。自分の目の前に起こった事象に開いた口がふさがらなかった。
この世界には魔術というものがある。魔術とはこの世界に存在する魔素と呼ばれる物質を媒介して発動する。魔術を行使するには適性が必要である。魔術にはそれぞれ赤、青、黄、緑、白、紫の属性が存在し、それぞれに適性が存在する。つまり赤の属性の魔術を行使するには赤の適性が必要だし、青の魔術を行使するには青の適性が必要といった具合だ。
魔術は属性によってできることが変わってくる。赤の魔術は火を、青は水を、黄は癒しを、白は氷を、紫は雷を司る。
そして魔術を使うにはいくつか条件がある。一つは魔力量。自分が持つ魔力量より多い魔力量を持つ魔術は使えない。しかしこれは触媒を使えば何とでもなる。もう一つは絶対に詠唱が必要だということ。魔術を行使するには詠唱が必要不可欠である。魔術を扱いなれたものは詠唱を短く済ませることができるが、それでも無詠唱では発動できない。魔術を行使するには何らかの詠唱が必要となるのだ。
しかしエリーナは詠唱しなかった。そしてエリーナが使ったのは癒しの魔術であるヒールではなかった。
本来のヒールは『光よ 聖なる恵みにて 癒し給え』と唱えることによって発動する。発動すると術者の手から光が放たれ傷口を覆う。光はしばらく傷口にとどまって傷を癒すといった感じだ。
つまり何が言いたいかというと、無詠唱で発動され、すぐに傷を癒したさっきの魔術はヒールの魔術ではないということだ。魔術かどうかさえも怪しい。
エレーナ。君は何をしたんだ?君は何者だ?
「大丈夫?どうかした?できれば早く部屋に案内してほしい。」
「あ、ああ」
彼女にそう言われて、俺はひとまずこれらのことは後で考えることにして、彼女を部屋に案内することにした。俺は彼女の手を引き、二階の部屋へと連れていく。