目覚め
暖かな陽光がさす。小鳥のさえずりは俺に早く起きろとせかしているようだ。
何か悲しい夢を見ていた気がする。夢を見ていたということは覚えているのだが、肝心の内容が全く思い出せない。まあ、思い出せないものは仕方ないか。
重い体を起こす。憂鬱だ。
今日は新暦2850年4月10日。
春休みが明け、今日からまた退屈な学園生活が始まる。二年生になり学年が変わったとはいえ俺の日常はそう変わらないだろう。俺は変化に飢えているのかもしれない。
ササっと着替えをすます。子の制服に腕を通すのも久しぶりだ、身は入らないが。
俺の名前はシン。シン・シュトーリネン。黒髪に赤い瞳。この国では赤い瞳というのは珍しいらしい。確かに赤い瞳をしている人には家族以外では会ったことがなかった。しかし俺には特技らしい特技はない。赤い瞳を持つという点を除けば俺は普通だった。
俺は今、学園に通うため親の元を離れ一人暮らしをしている。一人暮らしは自由度が高く楽しいが、同時に面倒なこともたくさん生まれてくる。
その代表格が家事だ。特に食事は面倒だ。
親と暮らしていたときは、起きて今に向かえばもうすでに食事が用意されていた。だが、一人暮らしとなるとそうはいかない。自分でつからなければいけない。しかもただ適当に作ればいいというわけではなく、栄養について考えてつくらないと最悪死ぬらしい。何度も母さんが言ってた。
俺はそんなわけはないと思い肉ばかり食べ、野菜をほとんど摂取しなかった。すると、俺はあろうことか、野菜を食べなかったことによる栄養不足で倒れ生死の境をさまよった。俺が目を覚ましたのは倒れてから三日後のことだった。
この件以降俺はいよいよまずいと考えるようになった。俺に料理のスキルは一切なく、栄養素の知識などもってのほかだ。しかしそれではまた俺は倒れてしまうかもしれない。俺は食生活を早急に変える必要があった。しかし俺は一つの解決策を思いついていた。
ドンドンドン。扉をたたく音が聞こえる。どうやら彼女が来たようだ。
「私が来たわ、ドアを開けなさい」
「ああ、今開ける」
ドアを開けるとそこにいたのは、俺の幼馴染であるリコである。
赤い髪は肩のあたりで切り整えられている。長いまつ毛にくりくりとした大きな瞳。身長は俺より少し低いくらいだが、女性としては少し高めな部類だろうか。一般的にかわいいといわれるような容姿をしていた。
「じゃあ、今日も頼む」
「わかったわ。すぐにつくるわね」
「いつもすまないな」
「あなた、私がいなかったらすぐ死んじゃうかもだし。ほんと、感謝してよね」
まったくもってぐうの音も出ない。おっしゃる通りだ。
俺の考えた解決策というのは近くに住んでいる幼馴染のリコに料理、ついでに家事を頼むことだった。最初は断っていた彼女も、何度も何度も頭を下げることで、ついに彼女の分も含めた材料費を俺がすべて持つという条件付きで折れてくれた。こうして毎日朝と晩に食事を作りに来てくれるようにうなったというわけだ。
「できたわよ。はい」
リコが皿を差し出す。朝食のメニューは決まっており、白米にベーコンエッグ、サラダとシンプルだ。
食べる前に祈りをすます。何の言葉かわからないが、母さん曰く大事なものらしい。これをサボってすぐ料理を口に運んでよく怒られたものだ。
「「いたただきます」」
まずベーコンエッグのベーコンを外してから、目玉焼きを口に運ぶ。半熟の黄身がまたたく間に口に広がる。たまらん!やっぱこれだよな。
そして俺は白米をかきこむ。米はうまい。すぐに茶碗が空になる。次にサラダに箸をのばす。味付けは塩と胡椒だけと簡素だがそれ故に野菜の味がよく引き立てられている。
最後にはがしておいたベーコンをほおばる。俺は好きなものは最後に残す主義だ。至福のひと時を堪能する。
と、どうやらリコも食べ終わっているようだ。
「「ごちそうさま」」
皿を台所に運ぶ。皿洗いは俺の仕事だ。最近やっと慣れてきて、すぐに終わらせることができるようになった。
そして支度をすます。その間、リコは俺を待っている。
支度をすました俺はリコと学園に向かう。学園まではあまり遠くないので徒歩で行く。
小道を抜け、大通りに出る。学園はこの踊りをまっすぐ行った突き当りにある。大通りには俺たちと同じ制服をまとった学園の生徒がそこらかしこに見受けられた。大通りを待っすぐ
歩くと、学園が見えてくる。
荘厳ないでたちの学園は俺をいつも威圧してくるように感じている。その迫力に入学したての頃は圧倒されたものだ。
国立サントリオ帝国学園。3000年の歴史を誇る現在にも続く魔術の名門校である。卒業生には軍や政治家、研究者など多くの著名人を輩出。魔術における教育は世界でもトップクラスといわれており、ここに通うものは将来が確約されているとまで言われている。
この学園にはクラス替えはないため下駄箱に靴を入れ、教室に向かう。リコとは教室が違うためここでお別れだ。教室に入るとまあまあの人数がすでに教室にいた。始業まではもう少し時間があるらしい。それまでは空気になろう。
「よう、シン!元気にしてたか?」
「...お前か、アル」
「俺だよ、俺。お前に進んで話しかける奴なんて俺以外にそうそういるかよ」
軽口をたたいているこいつの名前はアルベルト・ラッド。俺の数少ない友と呼べる存在だ。最初に話しかけてきたのはアルのほうだった。その時は一言、二言話して終わりだった。だがその後アルは俺によく話しかけるようになった。はじめのうちは俺は面倒な奴だなどと寝たふりなどをして完全に無視していたのだが、それに構わずアルは俺に話しかけ続けた。懲りずに話しかけるアルに興味を抱いた俺は少しずつ、少しずつアルと言葉を交わすようなり、今では気の置けない仲になった。
「今日もリコにメシを作ってもらったのか?まったく、うらやましい限りだぜ」
「あいつとはそんなんじゃねえよ」
「はいはい、わかってる、わかってるって。みなまでいうな」
アルはニヤついた顔で言ってくる。一発、拳を顔面に叩き込んでやろうか。
などと考えていると、ゴーンと鐘の音が鳴り響く。始業の合図だ。
ガラガラガラと教室の戸が開き担任であるサイラス先生が入ってくる。屈強な肉体は軍時代に鍛えた産物であるとは本人談である。
「この学園には珍しいことだがこのクラスに転校生が入ることになった。では、入ってきなさい」
空気感が変わった。まとう雰囲気は現実離れしたものが感じられた。
容姿もそうだった。流れような腰の長さまである銀の長髪。白い瞳。透き通るような肌。それは神によって作り出されたのではないか。そう思えるほどであった。
みなそのあまりに整いすぎた姿に見とれていた。圧倒されていた。
しかし俺にはなぜか既視感があった。彼女のことをすでに知っているような気がした。そんなことはありえないはずなのだが。
「エリーナ。私はエリーナ」
彼女はそう告げた。初めて聞くはずの名前なのに妙にしっくりくるというか、懐かしさを感じるというか。湧き上がるはずのない感情に俺は戸惑いを覚えていた。
「君の席はシン・シュトーリネンの横だ」
彼女はこちらに向かって歩いてくる。と、突然に彼女の歩みが止まった、俺の席の前で。
「見つけた。やっと見つけた」
「ここにいたんだね」
先ほどまでピクリとも表情が変わらなかった彼女が初めて感情を見せた。それは懐かしむような、慈しむような、そんな顔だった。