02 闇の女神
路地裏を行ったり来たりを繰り返し、ようやくたどり着いた地下室のような場所。
そこに入るやいなや、仁太は実験台のようなものの上に強引に寝かされた。そして唐突に耳に飛び込んでくる不穏なワード。
「はぁいそれじゃ全身麻酔しますね〜」
仁太の拒否権はないのだろう。しますね〜と同時にチクリとした痛みが走り、意識が遠のいていった。
目が覚めると、右手右足のあった場所に、鋼色にギラギラと輝く義手がつけられていた。
目をまんまるにして義手を見つめる仁太に、施術者であろう女性が動かしてみてと口にする。仁太は言われたとおりに手足を動かすと、本当に自分の手足が戻ってきたような感覚を覚えた。
「神経系にばっちり接続したからね〜。よかったね〜戻ってきて〜手足〜」
おっとりとした口調でいう女性の次は、先程ここまで仁太を担いで来た近衛リュウゴの登場だ。
「お、いい具合にやってもらえたな。じゃあいよいよお待ちかね、オレらのボスとのご対面だ」
入り組んだ地下室のさらに奥へと進んでいく。
道中、初老の男と似た格好をした人たちを何人も見た。彼らが近衛リュウゴの言う眷属というやつだろうか。
神の力を身に宿した少女――女神を、他の女神と戦わせ勝利へと導く下僕。それが眷属だと近衛リュウゴは道中説明してくれた。
そしてうちの女神は、闇の神の力を身に宿す存在であるとも、教えてくれた。
女神は全部で4人。闇、炎、水、風、土。それらの少女たちも同様に眷属を率いてコミュニティを作っているという。
「その……女神たちの大戦、ゴッドフェス?っていうんですか? それを勝ち抜くと、どうなるんですか……?」
「唯一神の座が得られるのさ!」
仁太は首を傾げた。
「唯一神になるとな、願いが叶え放題なのさ」
願いが叶え放題。そう聞いて、それは眷属の願いもなのかと問う。すると近衛リュウゴは頷いた。
「だからオレら眷属も死物狂いで戦う。自分の願いも叶えたいからな。だから女神さまに勝ってもらいてぇのさ」
そうしてしばらく問答を続けながら歩き、ようやく目的の場所へとたどり着いたのか、近衛リュウゴが扉の前で立ち止まった。
「ここだ。この奥に我らが女神さまがいる。ここからはお前ひとりで行きな」
仁太はそう促され、取っ手へと手をかける。そしてゆっくりと押し開けた。
中は地下室の至るところで見た油まみれの配管などがむき出しになっており、それらを覆い隠すように数々の本が無造作に散らばっている。
その中心に少女は立っていた。
「あ、あの、えっと、的場仁太です」
「……新しい眷属さん?」
「は、はい」
「……そっかぁ」
腰まで届く長い黒髪。切り揃えられた前髪の奥に揺らぐ、ややくぐもった視線。
仁太より頭ひとつぶん小さな少女は、大きくため息をつくと、その場にぺたりと座り込んでしまった。
「……あなたも、私に戦えって期待しちゃうんだね」
「へ?」
「わたし……ほんとは戦いたくないって言ってるのに……はぁ」
「あ、あの……?」
女神が想像よりもだらしなかったことに驚く仁太。
渋谷を全焼させたほどの力を持った炎の女神と同等の存在である闇の女神が、ごくごくそこらにいるちょっとだらしのない少女だった。
「……まだなにかあるの?」
「え!? いや、えっと……僕にもなにがなんだかって感じで……」
「……あぁ、ギフトをあげなきゃだね」
「ギフト?」
「そそ、眷属にはね、女神の力のひとつをギフトとしてあげることになってるの。はい、手出して」
言われるがままに手を出すと、のろりと近寄ってきた少女が仁太の手を握る。思わずドキッとした仁太を他所に、少女はそのまま何かを呟いた。
「……はい、これでオッケー」
「え!?」
「……じゃあね、私、捜し物してるから。どこにいったのかなぁ、あの漫画……」
結局わけもわからず、ギフトとやらをもらって仁太は退室した。
そのことを近衛リュウゴは聞くや否や、派手に笑い飛ばした。
「がっはっは! うちの女神さまはあんなんだ! どこか気怠げでな、消極的なのさ。ってか自己紹介すらし忘れるとは、女神さまらしいぜ」
近衛リュウゴいわく、少女の名は闇霧キリコ。眷属からはキリキリの愛称で親しまれているのだとか。
そしてもらったのかどうかさえ定かでないギフトの正体は、どうやら異能の力であるらしい。
「そのギフトの名はな、オレらはダークハートハントって呼んでる」
「……だーくはーとはんと?」
「そうだ。敵めがけて手のひら掲げてな、その名を叫んでみな。手のひらから真っ黒い紐みたいなの相手の心臓めがけて飛んでって、急所をぐるんぐるんに捕縛して、握りつぶす! 一撃必殺さ」
仁太の顔が青くなる。
それって人殺しなのでは?
「あぁ人殺しだとも。でもな、もうこの世界で道徳云々言ってられるわけねぇぞ?」
「え……?」
「言ったろ? すべての女神を殺せば願いが叶うんだ。お前の願いもまた、他の命と天秤にかけた時、人殺しなんざ大したことでないってなるはずだぜ」
仁太の願いはただひとつ。ゴッドフェスの話を聞いてから定まっていた。
死んでいった人たちを蘇らせ、渋谷を元の姿に取り戻すことだった。
そのためなら他の命なんて――。
「……まだ僕にはわかりません。本当にそれでいいのか、どうなのか」
「へっ、最初は皆そうよ。だが戦いに放り込まれりゃ、そう言ってられなくなるさ」