01 非日常への扉
右手と右足の感覚がない。
霞んだ視界の中で、自分の右手と右足がないことに気付く。
瓦礫の上の自分は血の海の上に浮いている、と形容できるだろう。
ズキズキと痛む手足。痺れる脳。薄れゆく意識の中、少年――的場仁太が見たものは、遥か上空に浮かぶ巨大な火の玉であった。
意識が戻ると、まず最初に見慣れぬ天井が視界に飛び込んできた。
管が何本も自分の体に繋がれており、あぁここが病院なのだとすぐに実感が湧いた。
ゆっくりと体を起こそうとすると、聞いたことのない男性の声に遮られる。
「やぁ少年。災難だったね、まさかゴッドフェスに巻き込まれるだなんて」
白髪交じりの初老の男が立っていた。
仁太は男をまじまじと見つめたあと、ごく自然な問いを投げかける。
「あなたは……?」
「オレは近衛リュウゴ。闇の女神さまの眷属さ」
「……???」
自分は頭でも打ってしまったのだろうか。いや、あの災害?でこの男性が頭を打ってしまったのではないか、そんな不安が頭を過ぎる。だが初老の男性は自分が可笑しいことを口にしているという自覚などなさそうである。
「君も見たはずだろう? 巨大の火の玉を操っていた少女の姿を。そして、その子に相対して立つとある少女の姿を」
ちぐはぐな記憶を辿れば、たしかに二人の少女の姿を見た覚えがあった。
――あの災害の中、彼女らは何をしていた?
「世間はあれをただの災害だと報道するだろうな。もしくは出火不明のボヤ騒ぎ。にしては派手すぎたがね」
病室の一角にぽつんと置かれたテレビが不穏な出来事を報道している。
『渋谷が全焼した謎の大災害の真相は未だ不明で、警察が事の究明に――』
そうだ。渋谷のとあるコンビニでジュースを買って出た後のことだった。急に爆風に巻き込まれたのだ。
体にやけど痕が残っていないあたり、建物の陰だったのが幸いしたのだろうか。
「……さて少年、本題だ。どうやらうちの女神さまがね、君を背に敵さんと相対した時、不思議と力が湧いたそうだ。もしかしたらだけど君に女神の力を十二分に引き出せる能力があるのではないかと、オレは踏んだんだ」
男がにやりと笑みを浮かべる。
「どうだ、うちに来ないかい?」
急すぎる提案。うちとはどこなのか。そもそも女神とか能力とか、わけのわからないワードが渋滞を起こしている。
それに自分には学校もあるし――。
そう口にしかけた仁太を見越して男が遮る。
「聞いたろ? 渋谷は全部焼けちまった。悲しいが君の学校も、家族も友達も、もう誰も生きちゃいない」
「そ、そんな……」
「別の県の孤児院にぶち込まれるよか、オレらについてきて戦った方がいいかもしれねぇぞ? お前のすべてを奪った張本人と戦えるんだ、復讐にもなるだろう」
仁太は押し黙ってしまった。
自分の生活が壊れてしまった。もう後戻りもできない。事実なのだろう。
――それに。
自分にはもう右手右足がないのだ。例えついて行ったとしても、彼のいう女神とやらのお力にはなれないに違いない。
「……義手ならあるぜ?」
「え?」
「お前にその気があるってんなら、義手をやる。神経系との接続率100%、自分の手足だと錯覚しちまうくらいには出来の良い義手だ。どうだ、すぐにでもお前には働いてもらえるぜ?」
「…………」
いろいろ考えることはある。当面の生活や自分の選ぶべき道。しかしそれらはその義手を得てからでいい。
そう考えた仁太は、こくりと頷いた。
「へへ、そうこなくちゃな。よろしくな、えーと」
「的場仁太です」
「仁太か、よろしくな!」
男はにかっと笑うと、そそくさと仁太を担ぎ上げる。
「うわっ!? ちょ、ちょっと……!」
「面会の許可もらってねぇからな、バレる前にズラからねぇと」
男はそう言って、仁太を担いだまま窓から飛び出したのだった。