転勤先の事務所の美女3人がなろう作家だって!? ~仕事も創作も話を聞いてるだけで評判が上がっていく俺が美女達の尊敬する書籍化作家であることを絶対バレてはならない~
「おぅ、花村、来期から浜山だ」
「は? はぁ……」
所属長から突然の辞令に俺、花村飛鷹は一瞬驚いたがすぐ納得した。
株式会社フォーレスカンパニーに入社して4年目。そろそろ転勤の時期であることは分かっていたし、独身で一人暮らしの俺は体一つで全国飛べると思われていたため妥当とも言える。
「転勤理由は……やはり地元だからですか?」
びっくりしたのは俺の地元のすぐ近くにある浜山市のオフィスに転勤だということだ。
飛ばされるなら遠くにと思っていたけど、この経費削減のご時世。
単純に住宅補助とかそういう経費を惜しんだこともあるかもしれない。
「いろいろ理由はあるがお前が我が社の売り出した新製品の開発メンバーだからだよ」
「えっと……」
「つまり、浜山で大量に引き合いがあったのはいいものの今の人員でそれを捌けるリソースがなくてね」
「だから開発メンバーだった自分が営業にまわって、所員達にレクチャーするってことですね」
「おまえ自身は浜山のメンバーから営業のノウハウをもらう。上はそう考えているようだ」
いろいろと上は考えているみたいだが入社4年目の俺がその辞令に逆らえるわけもなく、適当に相づちを打って了承する。
しかし所属長はニヤニヤしていた。
「おまえにとって決して悪いことではないぞ。なぜなら浜山SOは3人の女性のみで構成されている。その3人がみんなドエラい美女なんだよ!」
「へぇ……」
「所長はあの美作凛音だ。君の2つ上だったか」
噂は聞いたことがある。史上最年少で所長になった逸材で幹部候補だっけ。社内報や月初めの集会で表彰されているのを何度か見たことあるけど……確かにドエライ美人だったな。
でも性格きつい完璧主義って噂があるし……あの人の下で働くのか……。やれるのか俺、開発グループにいたから営業力ゼロだぞ。
「あとは九宝くんと仁科くんだったかな。俺も浜山に出張行きたいけどなかなか許可が下りなくてなぁ。ちくしょう!」
「仁科……」
「ん、仁科くんを知っているのか?」
「同期なんですよ。そうか、今浜山SOにいるんですね」
「浜山周辺は女性向けの市場価値の高い企業が勢揃いしていて、女性の担当者も数多い。だから女性だけのSOが存在してるんだ。花村が頑張って男達を転勤させられるようにがんばってくれよ! わっはっは!」
まったくこの人は気楽にいってくれる……。
「だけど……あそこには不思議な噂があるんだよなぁ」
所属長が怪訝な顔をする。
「3人とも残業を絶対にしようとしないらしい」
「今、働き方改革でよく言われてるし……いいことでは? サービス残業かもしれませんよ。どっかの長もタイムカード切ってから仕事振ってきますし」
「うるせーイヤミか! まぁ売り上げも十分だし、引き合いも多い。残業をしないことに誰も文句は言えないだが……まぁ、気になるし、現地でいいやり方があったらこそっと教えてくれよ」
「はいはい、分かりました」
この人は入社時からずっと上司で相談に乗ってくれた。褒められも、怒られもしたけど俺をここまで成長させてくれたのはこの人のおかげだよな。
この人から離れてやっていけるか迷うけど……、新天地頑張るか!
◇◇◇
そうして時は過ぎ、期が切り替わる4月1日から俺は浜山SOに配属となった。
1.2月には引き継ぎで奔走し、3月前からは一人暮らしのための家探し、中旬にはドキドキしながら美作所長に連絡したことも覚えている。
「花村くんね。新製品のレビューを詳しく教えてもらうから、宜しく頼むわね」
すっげー綺麗な声だったな。
仕事が出来るって感じがする声だった。声だけでうっとり赤面しそうだったな……。
だけど赤面は何とか抑えないといけない。
彼女をできたことが26年無い俺が噂の美女3人とやっていくためには動じてはいけないんだ。
始めが肝心って言うしな。
そしてドキドキの初出勤日。浜山SOから5分の最寄り駅で彼女と待ち合わせをする。
「あ、やっほー。花むっちゃん!」
一人、一目を惹く容姿をした社服の女性が俺のあだ名を呼んでいた。
仁科一葉。俺の同期にして……絶大な人気を誇る女子社員である。
彼女の伝説は新人研修から伝わっているが……とにかく容姿端麗であることが随一と言えるだろう。
「おはよう、仁科さん」
「花むっちゃん太った?」
「うっ、社内業務が多かったからね……それにしても去年にあった本社合同の成果発表以来だな」
「だね! もうそんなに経つんだ。早いよね~。でも、これからは同じ事務所の同僚として頑張っていこうね!」
やっぱかわいい!!
肩まで伸ばした栗色の髪にくりくりとした瞳、小柄な体格ながら出る所は出ている魅力的な肢体。
同期の全員が恋してしまいそうなほど仁科一葉は可愛かった。
お、俺は……高嶺の花すぎて何もできやしなかったけど……。
「所長も日向ちゃんも待っているから行こっ」
仁科さんだけでもドキドキなのに……美作所長に初対面の九宝さんだったり……俺はどうなってしまうんだろうか。
◇◇◇
「花村飛鷹と言います。新製品開発グループからの転勤で浜山SOにやってきました。不慣れな点があると思いますが何卒宜しくお願いします」
ぱちぱちぱちと拍手の音で迎えられて何だかとてもむず痒い。
同期の仁科さんが一番大きな拍手をしてくれるのは嬉しい。同期ってのはやっぱり話しやすいし彼女がいてくれて本当に助かる。
「花村くん、電話では何度か話したと思うけど、私が美作凛音よ。あなたの経験と知識に期待しているわよ」
「は、はい! 宜しくお願いします」
写真で見るよりめちゃくちゃ美人だった。
でも3人の女性の中で一番小さい。でも出るとこ出てるし、亜麻色の髪はすっごく綺麗に手入れされている。身につけているスーツも時計やネックレスも高級ブランド物だ。
出来る人なんだと直感で分かった。
そして。
「じーーー」
俺の顔をじろっと見るのが九宝日向さん。
背中まで伸ばした艶のある黒髪が印象的な子だ。女子アナかってくらい見栄えのよい顔立ちをしている。
確か今期から2年目だっけ。若さとは逆で3人で一番の背の高い女の子だ。
男の俺よりは当然小さいが……少しだけ。
「あの九宝さん?」
「す、すみません……花村さん。宜しくお願いします」
奥ゆかしくノートで顔を隠してる所が儚くて美しい。
仁科さんに負けないくらいこの子も可愛いな。2期下にめちゃくちゃかわいい子がいるって聞いたことがあるけど……多分この子のことだろう。
とりあえず……初対面での好感度はそう悪くはなさそうだ。
「じゃあさっそくだけど、しばらくは私について仕事内容を覚えてちょうだい。話しながらあなたの知っているノウハウを伝えてもらうわよ」
「は、はい!」
「やるからにはトップを目指すわ。来てそうそう悪いけど……しっかりついてきなさい」
◇◇◇
これは大変だ……。
何て密度が濃い1日なんだ……。
語ればいくらでも語れるほどの内容だったぞ。
そして美作所長は想像以上に厳しい。
俺がマゾじゃなかったら泣いてたぞ!
でも……理不尽な厳しさではなく、俺のためを思っての厳しさでもあった。
4年で培った知識は褒められたし、期待をされているから不思議と腹は立たない。人の心のコントロールが上手いのかもな。
単純に美人に指導されている喜びがあるのかもしれない。
でも、こういう厳しさなら自分のスキルアップにも繋がるし万歳だ。
時刻は17時を越えていた。基本的に美作所長は外先から16時には帰社し、1時間で業務と明日の準備を終える。
営業兼営業業務の仁科さんや九宝さんもそれについていっているようだ。一分の無駄もなく仕事をこなしている。
この人達……想像以上に優秀だ。
さすが少人数でSOの売り上げランキング上位、1人あたりなら断然トップを誇るだけはある。
定時の17時30分となった。
「じゃあ今日の業務は終了するわ」
「おつかれさまです」「おつかれさまでした」
「あ、お疲れ様です」
美作所長の言葉に仁科さんも九宝さんも続く。
3人はすぐさまタイムカードを切って今日の業務を終了した。
だけど……3人とも着替えることもなく自分の席へと戻っていく。
残業はしないって聞いていたけど……なんだサービス残業か。
初日だし……何か手伝っていこうか。
「所長、何か手伝うことがあれば言ってください」
「え? ああ、花村くん。業務は終わりだし、帰っていいわよ」
「え、でもみんな仕事してる中……帰るなんて……。多少のサビ残だったらいくらでもやりますよ」
「仕事はもう終わりよ。今やってるのはプライベート」
「へ?」
よくよく見れば美作所長は会社支給のノートパソコンではなく、個人のパソコンを使っている。
仁科さんはタブレッドを……九宝さんはスマートフォンを取り出していた。
「花むっちゃんはオタクだから理解ありますよ、所長。私達のこと話してもいいですよね?」
その言い方は何やら毒を感じる。
実際ゲームやアニメが大好きなオタクだと言えるけど……。
「まぁ……しばらくはここにいるんだし……話してもいいわね」
美作所長を含む、3人は一斉に手持ちの端末を俺に見せた。
「花村さん……私達、なろう作家なんです……」
「は!?」
それはとんでもない光景だった。
各々の端末にはずらっと文章が書き込まれていたのだ。
何と3人はWEB小説のモノカキを趣味でやっていた。
「元々……私がずっと学生時代からWEB小説をやっていたんです」
九宝さんが恐ろしく早いフリック入力で文章を打っていく。
小説家になろうは毎日恐ろしい数の作品が投稿されるから九宝さんがその趣味を持っていても別段不思議ではない。
「私はね。休憩中に小説を結構読むことが多かったんだ! それで日向ちゃんが書いてるって聞いたら私もって思ったんだ!」
まさか同期のアイドル仁科さんがWEB小説書きだっただなんて……意外だなと思う。
他の人がやっているから自分もやる。趣味としてはよくある流れだ。
そして最も意外なのは……。
「あら、私は学生時代文芸部だったのよ? 仕事のストレス解消で成果も出るようになったし最高ね」
鬼の美作所長までだなんて……びっくりした。
またカタカタと文章を打ち始めた3人が真剣に創作活動を始めた。
ここの所員は皆、電車通勤で、この時間は通勤ラッシュに捕まるので時間をズラして帰った方がいいらしい。
この3人ほどの美人だと痴漢率激高いらしいから仕方ないとも言える。
九宝さんの側に近づく。
するとびくっとされた。
「み、見ちゃだめです」
かわいい。
「どんな話を書いてるの?」
九宝さんのことだからメルヘンチックなお話を書いてそうだ。
童話とか……詩とか似合いそう。
「えっと、断罪されるはずの令嬢がそんな未来を変えようと奮闘するんですけど、敵国の王子が見定めて幸せになるお話ですね」
「悪役令嬢モノ!?」
「私……昔から乙女ゲーが好きで令嬢ものが大好きなんです」
ちらっと序盤を見せてもらったけど、初っぱなからギロチンでヒロインが殺されて、タイムリープしちゃったよ!
令嬢系は女性ものの流行の最先端だし、女の子が書くのはおかしくない。
「でも異世界恋愛って人気ジャンルだからなかなか上にいけないんですよね。ランキングに入るのも大変」
ジャンル別のランキングだけでいえば異世界恋愛ジャンルは実は一番難しい(2020年12月段階)
今作もダメだったと九宝さんは項垂れる。
「……大好きな作者さんがいるんですけど、その人みたいな作品を書いてみんなに読まれたいんですよね」
「へぇ~、尊敬する作者さんがいるんだね。目標が出来るって良いことだと思うよ」
「はい、特に『お米炊子』先生の【妹に成り代わられた噂の聖女サマ、第二王子に溺愛されて聖王女として覚醒する】がすごく良くて……花村さんもどうですか?」
「ほわっ!? あ、ああ……今度読んでみるよ」
まさかその名前が九宝さんの口から出ることになるとは……これ以上は話を続けるのはやめよう。
泥沼にハマってしまいそうだ。次は隣でタブレットにキーボードを繋いで書いている仁科さんに声をかけた。
「仁科さんは何が好きなの?」
「私はハイファンタジー一本だよ。やっぱり異世界だね」
「いいね! 俺も異世界系は好きだよ。漫画とか結構読んでるし、どんなタイトルなの」
「えっと【熱血魔導師、暑苦しいから出て行けと追放されたので極寒の最果ての地を楽園にします ~俺がいないと平均気温が20℃下がって生物が育たなくなるから戻って来いと言われても今更遅い】
「タイトルなげぇ!?」
「花むっちゃんは知らないと思うけどなろう系はタイトルが命なんだよ! でも最近全然ブクマも評価ももらえなくて……こうなったら短編ばらまいて……人気だったものだけ連載するか」
同期のアイドルが何だか危ない道へいっているような気がする。
何がどうしてこうなってしまったのか。
「ほんとはスローライフ系も興味あるんだけどね」
「へぇ、もしかして好きな作品があったりするの?」
「うん、日向ちゃんみたいに『お米炊子』先生の「宮殿魔導師、追放されたのでのんびりスローライフ」にすっごくハマってるだよね。書籍も全部買ってるし、コミカライズもしてるんだよ……花むっちゃんも読んで見よーよ!」
「あ、ああ……今度ね」
まただ……またその名前か。
「きっと『お米炊子』先生って優雅なスローライフな生活を送ってるんだろうなって気になる。ほんとすごいもん」
「それ連載してる時、残業しまくりの社畜だったんじゃないかなって思うよ」
「え?」
「なんでもない、なんでもない!」
これ以上はボロがでそうなのでやめとこう。
なぜだ……なぜその名前がこんなにも出てくるんだ……。
次は美作所長。多分……推理ものとかヒューマンドラマとか書いているに違いない。
『おれ、たくさんの友達の中でも洋子のこと……幼馴染として大好きなんだ!」
『きゃっ! 瞬くん……私も大好き!」
『こうして俺は洋子を精一杯抱きしめた』
「ごりごりのラブコメじゃないですか!」
「なによ! 私がラブコメ書いちゃダメだって言うの!? 幼馴染モノいいじゃない! 幼馴染最高!」
「ま、まぁ……」
でも正直イメージが……。あなたは泣く子も黙る、我が社の幹部候補ですよね?
「幼馴染が好きすぎて最近ざまぁされる風潮なのがちょっと」
「でもそっちの方が所長の性格っぽいですよね」
「あ?」
「すみませんすみません、言い過ぎました」
すっごく強く睨まれた。
「まったく……幼馴染は愛でるものよ。ざまぁなんて許せません」
「まー幼馴染ものは一定の人気をほこりますからね~」
「そうよ。私もね、一葉や日向と同じで『お米炊子』先生を尊敬しているのよね。あの人の『同じクラスの天女様と何もない俺が一緒に暮らす話』が糖分高すぎて最高なのよ! 実は幼馴染だったという展開が最高!! 花村くんも男の子だからハマると思うわ!」
「……ま、また今度で」
まただ! またその名前が出てきた。
こうしてまた3人はカタカタと小説を書き始めた。
このまま20時頃まで執筆して帰宅ラッシュが終わった頃にご飯を3人で食べて帰るのがルーチンらしい。
まさかノー残業の秘訣はこんなことだったとは……衝撃だった。
いや、それより……それより。
ピリリ。
俺のスマホが鳴る。
3人に見つからないように事務所の裏扉から移動して外に出て……その着信を取った。
「お世話になります! カニカワ文庫の山崎です」
「あ……お世話になります」
「今、仕事中ですかね?」
「就業時間は終わったのでいいですよ」
「一応メールしたんですけど口頭でも伝えたくて『同天』の1~3巻の重版が決まったのと6巻の校正の期限を来週にしてほしくて」
「え? いや俺今……悪役令嬢も宮廷魔導師の書き下ろしとかも控えてて……もうちょっと待ってほしいと言ったじゃないですか!?」
「そうでしたっけ。まー、一応メール見といてください」
「ちょっと山崎さん!?」
「それじゃあお願いしますね。『お米炊子』先生」
こうして通話は切れてしまうのである。
そう俺、花村飛鷹の別名は『お米炊子』で活動している。なろう発の書籍化作家で現在3作の書籍化作業を並行で行っている。
仕事をしながらWEB小説を更新し、書籍化作業を行っているので正直死ぬほどしんどい。
休日なんて全潰れである。
しかし……まさかあの3人が俺の本のファンだったとは思ってもみなかった。
事務所から『お米炊子』を称える声が聞こえる。
ここで俺がその作者とバラしたら何て反応をするのだろうか……。
「花村くん、ずっと尊敬していたのよ。すごいわ!」
「花むっちゃん! サインちょうだい! ずっと宝物にする」
「花村さん、抱いてください」
なんてそんなことありわけないよな……ぐふふ。
気分を良くした俺が事務所の扉を開けようとする。
「でも『お米炊子』先生って」
美作所長の声に足を止めた。
「メインヒロイン全員巨乳だからおっぱい星人よね」
「あと絶対にヒロインの腋を舐める描写があるから腋フェチですよ」
「もう、2人とも……失礼ですよ。でも女の子の服がいつもブラウスとロングスカートばっかりなのはもっとバリエーション増やした方がいいと思いますけど」
ああああああああああああああああああああああ!!
「話はすっごい面白いんだけど性癖をすっごく詰め込んでいるわよね」
そうだ。
そうだった!
親にも友達にも言えなかった俺の全性癖をあの作品集に込めているんだった!?
彼女いない歴26年で女の子への欲望を詰め込んだあの作品をあの3人が読んでいる!?
ってことはもし俺が『お米炊子』ってバレたら。
「え、花むっちゃん、『お米炊子』先生だったの。ヤダヤダキモい……無理ぃ」
「花村くん、ちょっと腋おにぎり作ってあげるから舐めてみなさいよ。好きなんでしょ? 腋舐め太郎」
「……花村さん良かったですね。作品と同じで現実でもハーレムですよ。好感度は最悪ですけど」
いやだあああああ!?
転勤したばっかりなのにそんな蔑む目で見られたら興奮……じゃなくて仕事に行けなくなる!?
女ばかりの職場でキモいのレッテルを張られた男がいたらヒソヒソされ続けて生きた心地がしなくなる!
絶対言えない。俺が『お米炊子』だなんて死んでも言うものか!!
◇◇◇
浜山SOで出勤を始めてから1週間が過ぎた。
3人の同僚とは何とか上手くやれている。
全員がとびっきり美女なのでまだ少し慣れない所があるが、仕事と割切れば案外いけるものだった。
「おはよう。九宝さん、早いね」
「おはようございます。花村さん」
就業時間より早い7時30分、俺が出社した時には九宝さんがコーヒーを片手にスマホを掲げていた。
スマホに取り付けたクマのストラップが若者らしさを感じる。
こんな朝早くから執筆活動しているのか。
「月曜日の朝はなぜかすごく執筆がはかどるんです。花村さんも早いじゃないですか」
「先週ちょっと仕事が追いつかなくてね。ちょっと早めに来て準備を……」
「ダメですよ。仕事するならタイムカードをつけないと」
九宝さんは初対面では気弱な感じが見受けられたが勤務態度は真面目で背筋もぴしっとしている、
流れるように美しい黒髪と優しげな顔立ちで微笑んでくれると思わず胸がどきっとしそうになる。
俺が自分のデスクに座って、仕事の準備をしていると九宝さんがインスタントコーヒーを入れてくれた。
「花村さん、ブラックが好きでしたよね?」
「悪いね……ありがとう。あれ? 俺、ブラックが好きなのって言ったっけ」
「言ったかもしれませんね。昔どこかで……」
む、むかし? 九宝さんとは初対面のはずだけど。さすがにこれだけの美人を忘れるほど記憶は衰えていない。
「私もおかわりする予定でしたから……ついでですよ」
九宝さんはにこりと微笑んでくれた。
とても優しい子だな……。
自分でいれるコーヒーはそうでもないのに……なぜかすごく美味しく感じる。
「ごほっ! ごめん、むせちゃったみたいだ」
「コーヒー……むせる、毒。令嬢……これだ!」
「どこから令嬢でてきた!?」
「珈琲をこよなく愛していた悪役令嬢が紅茶派の騎士団長に紅茶に毒をいれた冤罪で婚約破棄をされて没落し、その後昔から好意を寄せられていた王子様に溺愛される!」
作家あるあるなのかもしれないけど、発言全てを作品に昇華できるのはすごい気がする。
九宝さんは思いついたネタをスマホにどんどん打ち込んでいった。
「でも……これじゃダメ。どうせランキングには上がらない」
「な、何も悪役令嬢じゃなくても……ほら、今聖女とかも流行ってるって聞くし」
「詳しいですね」
「たまたまだよ……たまたま」
自分がたまたま聖女モノを書いてるからつい口だしをしてしまった。
危ない危ない。
「花村さんって報告書の文章は何だか文学的ですよね。何かそういうお仕事したことあるんですか?」
「そそそそそんなこと!? だ、大学時代にちょっとね!」
年間100万文字以上書かされているから普段の文章にも出てしまっている!?
気をつけないと……。
「あ、そうだ! 悪役令嬢にこだわらなくてもいいんじゃないかなーって思うわけだよ」
苦し紛れに話題を元に戻してみる。
「ダメなんです。悪役令嬢が没落して……王子様に救い出される話じゃなきゃダメなんです!!」
突如放たれた言葉はそれはとても強かった。
俺も驚いたらが言った九宝さん本人が一番驚いていた。
「どうして……そこまで悪役令嬢に拘るんだ……?」
「……私、実はそこそこ裕福な家庭の生まれだったんです」
その話にはどこか納得できるものがあった。物腰柔らかで言葉も綺麗。
先週、食事を一緒にしたときも綺麗な食べ方をしていた。
「ですが父が横暴な人で……パワハラが上等の会社の社長だったのですよ。そんな悪役な人間の悪役な父だったから私はある意味悪役令嬢だったのです」
「それは……」
「そして父は腹心の部下に会社を乗っ取られました。これだけならよかったんですが……その人の復讐により被害は家族にまで及んでしまい私と母は路頭に迷うことになりました。父は性格を改められず、他で女を作って私達を捨て……裕福だったはずの私達はあっという間に没落してしまったわけです」
「だから、九宝さんは悪役令嬢が報われるお話を書くのか」
「……私が報われることはないのですが、お話の主人公ぐらい報われてほしいと思うのです。その話がたくさんの人に読まれるようになれば……もっと救われるかなって」
「九宝さんだってきっと報われるよ」
九宝さんは首を横にふった。
「お話もなかなか上手くいかなくて……最近はランキングともご無沙汰ですし」
異世界ランキングは飛び出ないと上がるには難しいジャンルだ。ここ最近上手くいっていないように見える。
「それに仕事も落ち込んでばかりです」
「……俺で良ければ聞かせてくれないか?」
「大した話ではないです。単純に美作所長や仁科さんがすごい営業だなと思っただけで……。所長は1人の女性として本当に尊敬できますし、厳しいけどとってもためになって……少しでも役に立ちたいです。仁科さんも私の配属の時期に転勤してこられて……社歴は違えどやっている仕事は一緒なのにあっと言う間に先へ行っちゃって……私だけが足手まといになっているのが本当申し訳なくて」
九宝さんが沈んだ顔で言葉を吐いていく。
美作所長は当然ながら仁科さんも同期の中でもトップクラスに優秀な女性だ。
だから……そう思ってしまう気持ちはよく分かる。
「こんな気弱な気持ちだったら。もし……父親が接触してきたら逆らえず縮こまってしまうでしょうね」
「接触する可能性があるのか?」
「腐っても九宝の娘ですから……。父が嫁に出してやるなんて言って来そうで怖いんです。だから私は……就職して1人の女性として強くなりたいと思いました」
そうか……そういう事情があったんだな。
だったら九宝さんにかける言葉は1つしかない。
「九宝さん。君はまわりの社員からどのように思われているか理解しているか?」
「え? ……フィードバック面談ではよくやっているって部長から聞きました。3人でよく頑張ってるって……」
「そう。つまり浜山SOは3人の女性社員でまわしているという印象なんだ。だから周りからの評価で言えば君は所長や仁科さんと同等なんだ」
「あ……」
「この狭い中ではどうしても所長や仁科さんを意識してしまうのは仕方が無い。でもまだ2年目なんだ。これからもっと吸収していけるはずなんだよ……」
「そ、そうなんでしょうか」
「うん、本社でずっといた俺だから分かる。君は2年目にしては別格に優秀だと思う」
「所長のようにまだ営業は出来なくて……」
「営業業務は立派な仕事だ。複雑なプロセスとフローを理解できなければすぐにクレームとなって現れる。だから君はすごい社員なんだよ」
「……。何だか花村さんにそう言ってもらえると……すごく嬉しいです」
「何も知らないからこそ見えてくるものがある。君は決して弱くないし、足でまといじゃない」
「……」
「俺は営業1年目で新人みたいなものだ。だから一緒に頑張ろう、な!」
「は、はい!」
全部が全部、悩みが晴れたわけでないだろう。
だけど……少しでも九宝さんを取り巻く壁を……小さな壁を取り除くことができるのであれば手助けしてあげたいと思う。
「……ありがとうございます、花村さん」
「お互いに強くなろう! 父親が文句言ってきそうなら俺も力になるから! 九宝さんはもう幸せでバリバリの営業になってるから放っておいてほしいってな!」
「うふふ……」
九宝さんは今までは型にはまった笑い方だったけど、どこか殻を破ったような笑い方をした。
「やっぱり花村さんは昔から変わりませんね」
「へ?」
「花村さんが溺愛してくれる王子様だったらなーってふふ、冗談です」
王子様なんてまったくガラじゃないのにその綺麗な笑みで言われたら王子でもなんでもなってやろうって気になるじゃないか……。
少しだけ優秀な後輩と仲が深められた気がして、いい朝だったと思う。
8時20分の始業が少し過ぎる前に慌てて、美作所長がオフィスに入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう、花村くん!」
「どうしたんですか? 慌てて」
「ちょっとトラぶってね。本当は今日一緒に客先まわるつもりだったけど……今日は一葉とまわってちょうだい! じゃっ!」
すぐさま書類を持って所長は出ていってしまった。
慌ただしい。……本当に大きなトラブルが発生したんだろう。
「所長の許可も出たし」
俺の後ろにいたのは。
「花むっちゃん。一緒に客先まわろっか!」
くりくりとした丸い瞳に見抜かれて同期のアイドル、仁科一葉と一緒に出られるのは何と幸運なことだと思う。
仕事がとても楽しくなりそうだ。
そのはずだったんだけど……。
お昼で定食屋に入った俺と仁科さんは個室でランチを注文する。
「花むっちゃん。人体制御のマリオネッター ~人体操作で活躍させたことに気付かないパーティに無能はいらんと追放されたが、STR極振り美少女と出会い無双する。今更パーティに戻ってきてと言われてももう遅い~ とかどう思う」
「どう思うって言われても……」
とりあえずタイトルなげぇよ。
今更戻ってきてももう遅い。というのは流行ではあるがこうも何度も聞くと飽きてくる。
車の中でも客先以外ではずっと小説の話が繰り広げられていた。
「ごめんね。所長と日向ちゃんと一緒だとやっぱ小説の話が止まらなくてさ。花むっちゃんも結構知ってる方だから話せるのが楽しくて」
「俺も嫌いじゃないよ。実際漫画とかはよく見てるし」
仁科さんとはいろいろ喋って仲を深めたいが気取った話とかはできるはずもないのでこーいう話題で話がスムーズに進むのはありがたい。
「無理にタイトルを捻出してない? 気楽に書いた方が創作は楽しいと思うよ」
「何か実感のある言葉だね」
「一般論です!」
「花むっちゃんは休日何してるの? やっぱりゲーム?」
「そうです」
「何のゲームしてるの?」
「……スマホゲーを少々」
WEB投稿の内容と書籍内容がズレてしまっているので書籍の方の全編書き下ろし、書籍用に書き下ろしたSSの作成、店舗特典でSSを10本、作家同士の飲み会企画、編集とWEB会議、今週分の更新分の調整、プロの校正が入って返却してきたものの確認。
ゲームなんてしている暇はねぇ……。
でも言えない。話題を変えないと!
「に、仁科さん焦ってないか?」
「焦ってるのは事実かなぁ」
仁科さんがふぅとため息をついてコップの水をぐっと飲みほす。
どんな仕草もサマになるのは美人の素晴らしい所だ。
「所長も日向ちゃんもランキング上位って結果を出してるからね。正直焦るよ」
「仁科さんが書いているジャンルって相当難しいんじゃないの? って聞いたことがある」
「そうなんだけど……やっぱり長くやっている所長や日向ちゃんは文章力とかも高くてぇ……差を感じるなって」
話を思い浮かぶセンスと文章を書くセンスはまた違ったものがある。
文章が駄目でも話が面白ければ人気作となりやすいが……文章力が高いにこしたことはない。
そして量を書くことは単純に構成力も増す。
「ランキングに乗るためには追放ざまぁを書くしかないの。それが上位へいくための近道!」
「だったら異世界転生なんていいんじゃないの? 昔はすごく多かったって聞くよ」
「うーん」
仁科さんは歯切れの悪い言葉で唸る。
「ダメだよ。私は追放ざまぁを書き続けて結果を出さないとダメなんだ」
「どうして……そこまで……もしよかったらだけど聞かせてくれないか? でも無理にとは……」
「そうだね。所長も日向ちゃんも知ってることだし……いいかな」
今まで明るく振る舞っていた仁科さんの表情に陰りが見えた。
事情に突っ込み過ぎてしまったのかもしれない。
運ばれてきたランチを食べながら耳を寄せる。
「花むっちゃんはさ。私がこの浜山SOにいるの……知ってた?」
「いや……転勤するまでは知らなかったよ。ずっと本社の総務にいると思ってた」
「そうだよね……。実は私、総務から追放されたようなものなんだ」
「え……」
衝撃的な話だった。
仁科一葉と言えば俺の中のイメージでは総務部の中の一部署、会社のシステムを構築する所にいたのだ。
「配属された当初はすごく楽しかったんだ。3ヶ月くらいで成果を上げて表彰された時が一番だったかな」
「ああ、社内報でも大きく取り上げられたたな」
この子、同期なんですよって言って部内の人達に自慢していたのが懐かしい。
おまけにとびっきりの美女だから紹介しろってうるさかった。紹介できるほど仲良くなかったけど……。
だからこそ仁科さんは同期の中でトップクラスの出世頭になるって思っていたんだ。
「それを気にいらなかったのがエルダー(教育係)なんだ」
「……」
「きっかけは些細だよ。元々性格が合わなかったのと……あの人が社内で憧れていた人が私に告白してきたことが勘にさわったみたい」
「そんなのただの嫉妬じゃないか」
「うん。でも、まわりをまとめるのが上手い人だったから私はチーム内でも孤立しちゃって。情報はまわしてくれない、大事な書類は捨てられる。小さな嫌がらせが止まらなかったの。事なかれ主義の人にもそっぽ向かれて、気付けば同性はみんな敵対するようなったの。相談できる人が男の人しかいなくなって……相談したらしたで付き合え、恋愛関係になれって」
「八方塞がりだ……無茶苦茶だ」
社内でも選りすぐりの美人である仁科さんに頼られたら男性社員は舞い上がってしまうが……それにしたってひどい。
「ごめん、本社でも気付いてあげられなかった」
「花むっちゃんを責めてるわけじゃないよ! 花むっちゃんは開発グループで頑張ってるのは知ってたし……。それが前提で……大きな事件は次にあったの」
「きっかけ?」
「社内業務システム『beet』があるじゃない?」
「ああ、就業管理をになってるソフトだね。あれ上手く出来ているよなぁ」
「あれの根幹のシステムの7割は私が作ったんだけど……成果は全部先輩に取られちゃった。」
「え、そうなのか!?」
「始めからそれが目的だったのかも。成果のない私の評価は最低。チーム員とコミュニケーション取れないことも指摘されて……浜山行きが告げられたわ」
チームぐるみの嫌がらせにしては大きすぎる。正式に評価査定もしない上司もむごい。
本社では仲良くやってると思っていたけど……見えてなさすぎだったのかもしれない。
「訴えれば翻せたと思うけど……さすがにメンタルボロボロだよ。正直退職も考えたんだよ。だけど浜山SOに来れて本当によかった。所長は厳しいけど間違ったことは絶対言わないし、出来たら褒めてくれるし……日向ちゃんもいい子で競いがいがある」
「でも古巣に一泡吹かせたい、そう思ってるんだね」
「っ!? そうだよね。そんな気持ちがあるから追放ざまぁを書いちゃうんだよね」
転勤当初の仁科さんは本当に伏せていたのだと思う。
だけどこの1年……営業業務として活動し、今年営業として動き始めた彼女は新たなステップへと進み始めている。
趣味に勤しんでいるからこそ……復調してきているのだろう。
「一泡吹かせてみよう」
「で、でもどうやって」
「そう難しい話じゃないよ。仁科さんがこの浜山で大きな成果を上げる。ただそれだけでいい」
「え?」
「君は所長にも九宝さんにも浜山になくてはならない重要な人物だと思われているし、俺自身も君から学ぶことは本当に多い。君は絶対近い将来大きな成果を上げられる」
「買いかぶりすぎだよ~!」
仁科さんは顔を紅くして両手をアワアワさせるが……俺は止める気はない。
「4人で頑張っていこう。1人じゃ無理でもチームでならもっと高みを目指せる」
「う、うん」
「そして社内業務システム『beet』は君が根幹のシステムを作ったんだろ? 今はいいけど、システムのバージョンアップで必ずトラブルが発生する。でも……君はもう総務にはいない」
共に作ったものならともかく奪ったものであれば表面上は理解しても奥までは理解できないものだ。
仁科一葉が優秀であればあるほど……凡人には理解できない。
「そして将来、君はトラブル対応の収拾を求められる。総務に戻ってこいと言われるだろう。でも君はもう立派な営業になっているんだ。だからこう言ってやれ」
俺は仁科さんに指をさす。
「今更戻れって言われても……もう遅いってな」
「ぷふふ……なにそれ」
やばっ、笑われた!
「でもそうだね。それが一番気持ち良さそう。ありがと、花むっちゃん」
沈んでいた仁科さんの顔に笑顔が戻った気がする。
そしてその笑みは今まで見てきた中で本当に美しいとさえ思えた。
「あ~あ、本社にいた時に花むっちゃんに相談してればよかったなぁ」
「いや、俺なんて……まだまだだよ。もしかしたら変に勘違いしてたかもしれないし」
「ん~~」
仁科さんはこてっと小首をかしげた。
「私、花むっちゃんなら恋愛関係に発展してもいいかなって新人研修のあの時からそう思ってるよ」
「え?」
「なんてね、冗談! 本気にしちゃだめだよ」
やばい、一瞬ドキリとしてしまった。
ここでダメもとで口説こうものなら仁科さんを傷つけた男達と変わらない。
気を引き締めなければ。
「これからも宜しくね。花むっちゃん」
「ああ、宜しく」
客先まわりを終えた俺達は浜山SOに戻ってきた。
少し戸惑った九宝さんと……考えこんでいる美作所長の姿があった。
トラブルはまだ終わっていないのだろうか。
所長が俺達を見た。
「昼からまた出て行くわ。あと宜しくね」
「待ってください」
ブツブツと考えこんでいる所長が横を通り過ぎる。
嫌な予感がして……俺は呼び止めた。
「そんなに考えこんだまま車の運転するはよくないです。俺も同行しますよ」
「そ、そうね。じゃあお願いするわ」
はっと気付いて一呼吸する美作所長のフォローをするため、営業車に乗り込み一緒に仕事をすることになった。
片道40分の距離を移動する。
道すがら、今回の案件の詳細を聞く。
簡単にいえばデモ機として導入したウチの会社の装置が機器トラブルでデータが吹き飛んだらしい。装置が悪いというのは客先の言い分だが……そうは思えないのが所長の考えだ。
しかし重要な取引先のためそれをそのまま突き付けるわけにもいかない。
俺が運転している中、うーんと所長は唸っていた。
「今回のようにデータが吹き飛ぶようなことが多発するなら大口案件も考えたいって言われたのよ」
デモ機の性能が顧客の求める基準をクリアしたため既設の装置の更新と新規で何十台も入れる予定となっている。
その大口案件の対応のために新製品の開発メンバーである俺がこの浜山に来たのだ。
ここに来てこの案件がなくなったりしたら大きな痛手となるし、所長の会社内での立場も危うくなる。
相当な金額が動いているからこちらも顧客も慎重になってしまうのは仕方が無い。
「私って背が小さいでしょ。嘗められないように服装かも気を使っているのよ。そういうのも気取っていると思われるのかしら」
「所長からは実績が来る気高さを感じますよ! 俺はそのままでいいと思います」
「浜山SOの担当者は女性が多いけど、その上は男の長が多いのよね。難しい所だわ」
「そういうものですか……。あ、所長が持っているボールペン、某メーカーのものですよね? 俺もあのメーカーの好きで全色買っちゃいましたよ
「ん? あれ1本2万ほどするけど……あなた副業でもやって稼いでるの?」
「うごごごごご」
書籍の印税で給料以上に稼いでるなんて言えやしない!
何てごまかせばいいんだ……!?
そう思っていると所長が突如、ため息をついた。
「だめね……私ったら」
突如、美作所長は弱音を吐く。
「普段エラそうなこと言っているくせに……こういう時に不安になってしまう」
「そうは言っても今まで所長が培ってきた関係もありますし、いきなりばっさり切られることはないでしょう。所長も会社も取れる見込みがあるから俺をこうして配属させたんでしょうし」
「うん……そうなんだけど」
所長はひどく弱気だ。
先週はガンガン厳しいことを言ってたし、客先に対しても堂々とした口ぶりで美作さんはすごいですねと客からも好感触だった。
少なくとも所長ほど俺は危機的だとは思っていない。
「私ね……。自分が築き上げてきたものが崩れ去ることにすごく恐怖感を持っているの。ある意味……トラウマね」
「そ、そうなんですか? 所長にそんなものがあるなんて……」
「ちょっと! 私を何だと思っているの?」
「泣く子も黙る鬼所長。部長だって……美作くんは……私でも勝てないからなぁと言ってましたよ」
所長の上には当然部があるので、部長がいるわけで……、どうやら力関係は美作所長の方が優勢らしい。
だからこそ強気で、会社に対しても客先に対しても自信を持っていけるのだろう。
「まったくもう!」
プリプリと怒る所も何だか可愛らしい。所長って背が小さくて童顔気味なんだよな。
下手をすれば仁科さんや九宝さんよりも若く見える。それをあの2人に言ったら血を見る可能性があるが……。
しかしトラウマか……。もしかしたら。
「そのトラウマって所長が創作をやっていることに関係していたりするんですか?」
「よく分かったわね。もしかして一葉や日向に話を聞いたのかしら?」
「そういうわけではないんですが……2人とも創作をやるのに重めな理由があったので」
「そっか、聞いちゃったか。でも私はあの2人に比べてたら本当に小さなことよ」
美作先輩が少しだけ寂しそうな顔をする。
「……実家の隣の家にはね、同い年の物心つく前から一緒だった男の子がいたの」
「幼馴染ですか……」
「そうね。幼稚園も小学校も中学も一緒で……このまま一緒にいるんだってずっと思ってた」
美作所長が幼馴染か。何とも羨ましい男の子がいたもんだ。
「でも昔から私……性格きつくて、結構厳しいこと言ってたのよね。幼馴染が不器用だったこともあった」
「……それって」
「うん、ある日突然言われたわ。もうおまえとは付き合えないって。その幼馴染の隣には私を見てほくそ笑んでいる……恋人がいたの」
所長は話を続ける。
「いわゆる幼馴染ざまぁってやつよ。私はざまぁされた方。彼のために毎朝早起きしてお弁当を作ったり、試験勉強対策をしてあげたり、風邪を引いた時は看病もしたんだけど……彼にとってはうるさい幼馴染だったみたい」
「……」
「幼馴染のため……と思って培ったものを横から奪い取られてしまう。それから私は培ったものが突如無くなることに恐怖を感じるようになった。だから今もね。大口案件がなくなって……会社に損害を与えてしまって……育ててるつもりの一葉や日向がいなくなってしまうことが怖いのよ」
「所長……」
「幼馴染がね……好きだったの。今はその男のことなんてどうでもいいんだけど……幼馴染というものに私は並々ならぬこだわりを持っている」
それが所長が幼馴染モノのラブコメを書き続ける理由というものなのか。
ずっと心の中の叫びを書いているんだなと思う。
「でも、大事だからって厳しすぎるのも考えものよね。一葉や日向からもうついていけないって言われたら……さすがに」
「それはないと思います」
それははっきりと断言できた。
「今日……仁科さんや九宝さんと話をしたんですが、出てくる言葉は全部所長が彼女達を見いだして感謝の言葉ばかりですよ」
「……そ、そう?」
「普段3人一緒だから見えにくいのかもしれませんけど、外部から来た俺だからよく見えます。仁科さんも九宝さんも所長が大好きなんですよ」
「ちょ、は、恥ずかしいこと言わないでよ!」
「だから俺も所長が大好きになれるように頑張ります。その厳しさを全部吸収して自慢の部下になってやります」
「あ、あなたが言うとちょっと複雑な意味になるから! も、もう」
「その幼馴染さんは間違った選択をしてしまったと思います」
「え?」
「所長の指導は愛に溢れてします。俺、この1週間で教えてもらったことが間違ってると思わなかったです。……だから所長は絶対に間違った生き方はしていません!」
「花村くん……」
「いつか……もし、幼馴染だった……その男がやっぱりおまえがいないとダメなんて言ったらこう言ってやればいいんです!」
俺は拳を突き上げた。
「手遅れだバーカってね!」
「ふふ、そう……って赤信号!」
「げっ!?」
勢い余って赤信号を通過しそうになったので急ブレーキを踏んでしまう。
社名は入っていない社有車だから……大きなことにはならないと思うけどやらかしてしまった。
これは……すごく怒られるんじゃ。
「アハハハハハ、花村くん……あなた意外にやんちゃね!」
思ったより笑われていた。
「ちょっと弱気になっていたわ。でもあなたの言葉でちょっと吹っ切れたみたい……ありがと」
そうやって柔らかな笑みを浮かべてくれた美作所長はとても綺麗だった。
……この人の元で頑張っていこう。そう思えた。
「でも、ヒヤリハット報告はちゃんとしてもらうからね」
「ハイ」
でもやっぱり所長は厳しい。
そして客先に到着した。
先に営業車から出た美作所長を俺は追う。
「花村くん、これから大勝負よ」
「はい」
「あなたは後ろで見てなさい。……でももしかしたら開発者として意見を聞くときが来るかもしれない。その時は……」
「ええ、何でも聞いてください。俺が所長を支えます!」
「よろしい。それじゃあ……いきましょう」
俺と所長は顧客担当者を呼び出し、対処にあたるのであった。
◇◇◇
「所長、花むっちゃん! どうでした!」
「おかえりなさい……。遅くなって心配しましたよ」
帰社して即、仁科さんや九宝さんから詰め寄られる。
二人からは着信が来ていたし、かなり心配させてしまったと思う。
「ああ、何とかなったよ。お互いに譲歩しつつ、これから良い関係でいきましょうってね」
「良かった……。所長が頑張っていたプロジェクトも悪い方向へいかずにすみそうですね」
「ええ……2人とも、心配かけてごめっ、あらっ」
「危ない!」
所長が突如崩れて倒れそうになったので慌てて、抱え上げた。
所長の手のひらを掴んでゆっくりと引き上げる。
体重軽い! こんな小さな体で気丈に振る舞っていたのか。
「花村くん、ごめんなさい。……思ったよりも疲れていたみたい」
「今日は一日出っぱなしでしたからね」
俺が運転していて本当に良かった。
所長の小さなの手のひらに触れ、こんな小さな体でずっと大きな仕事をやってきたんだなと思う。
確か浜山SOができるまでは1人でこの地区の案件をやっていたと聞く。
俺や仁科さんや九宝には対応できないほどの仕事をこなしていたんだろう。
本当にすごい人だ。
「あの……そろそろ離してもらえると嬉しいんだけど」
どことなく顔を紅くした所長が俺を見つめる。
「あれ……顔を紅くないですか? まさか風邪!」
「そのどうしようもない所! あなた……幼馴染だったやつに似てるわね!」
ってことは俺は断罪されてしまうのか!
せっかくこの中の一員として頑張れると思ったのに!
「お、俺……所長に好かれるようにがんばりますから!」
「ば! ……もう、あなたわりと年上キラーね。まぁ悪い気はしないから頑張りなさい」
「頑張ります!」
「花むっちゃんの一番の仲良しは私なのに……」
「でも出会ったのは私が最初ですから」
「え、日向ちゃん……今なんて……?」
「さぁ! あなた達……就業時間の終了よ!」
すでに時刻は18時を過ぎてしまっていた。
残業をしない浜山SOとしては遅すぎる時間だ。
「何だか……創作意欲が出てきたわ! 今日から幼馴染ものを連載してやる!」
「お、どんな話にするんですか?」
「そーね」
美作所長は振り向いた。
「年下の幼馴染モノなんてどうかしら!」
年上なのにそんなあどけなく笑う所長の姿がとても印象的でかわいらしく見えた……。
頑張ってほしい。心からそう思うよ。
そして次の日。
俺達4人は所長の個人のパソコンを食い入るように見る。
時刻は20時前。所長が昨日投稿した作品が爆伸びして……評価ptをすごく稼いでいたのだ。
もしかしたら念願の初、ジャンル別1位が取れるかもしれない。
それほどまで稼いでいた。
「あ、ランキング更新されましたよ!」
九宝さんが別で見ていたスマホを掲げる。
「あ~~、見れない無理無理無理!」
「もー、所長。何らしくないこと言ってるんですか!」
仁科さんが心配で見ようとしない所長に無理やり見せつける。
そして画面に出ていたランキング、日間1位という内容に所長の顔立ちは一変する。
「やったぁ……初めての1位だぁ!」
「おめでとうございます! 所長!」
所長が喜んでいる所を見るのがとても嬉しくて、自然とそんな言葉が出てくる。
さてと……。
「あ、感想が来た」
「え、見せてくださいよ」
「いいなぁ」
さっそく気付いたようだ。仁科さんも九宝さんもわらわらと近づく。
「っ! え、ウソ!? 『お米炊子』先生から感想が来た!」
「ほんとだ! ホンモノだ!」
「すごいです、所長!」
「いい幼馴染モノで面白かったです。期待します……ですって! やったぁ……嬉しい!」
これはちょっとしたサービスですよ……所長。
もちろん本当に面白くて先が期待できたから感想を書いたのです。
日間1位で気をよくした所長のおごりで……美女3人と楽しい食事をすることができたのであった。
……。いいなぁ。
仕事もプライベートも目的があって突き進む3人。
俺も同じように……突き進むことができるだろうか。
俺はもっとちゃんと創作に向き合わないといけないな……。
書籍だけに注力せず、もっとWEBのファンともしっかりと交流。
そうすれば始めた頃のような気持ちに戻れるのかもしれない。
みんなのように執筆が楽しいと思う気持ちを取り戻すため……本当に少ない4千文字程度のラブコメの短編を書いて投稿してみた。
「久しぶりに気持ち良くお話がかけたな」
いい夢が見れそうだ。明日もいい日になるといいな。
そして次の日。
昨日遅くまで執筆をしていた俺は寝坊してしまい、始業ギリギリに出社した。
「くっそおおおおおおおおおお!」
所長がめっちゃ荒れていた。
側にいた九宝さんに声をかける。
「な、なにがあったの?」
「えっとですねぇ……」
九宝さんはスマホの画面を俺に見せた。
そこには所長が連載している作品がジャンル別日間ランキング2位になっていたのであった。
まさか一晩で1位から2位に落ちてしまった!? そう思った瞬間、仁科さんが横やりを入れる。
「まさか『お米炊子』先生の新作短編が夜中に投稿されるなんてね」
ぐぅ!?
ま、まさか……。俺はそのランキングの1位を見てみる。
俺が夜中に投稿した作品がぶっちぎりの1位になっていた。
「投稿開始4時間で日間総合1位ってエグすぎだよね」
「さすが『お米炊子』先生です」
「いくらファンだからって……許さんぞぉぉぉ! 昨日の感想は当てつけかぁぁぁぁ! もし会ったら皮をはがしてなめしにしてやる!」
ち、違うんです所長。
そういうつもりじゃなかったんです!
こんなことになるなんて……最悪のパターンだ。
「じろっ!」
美作所長に睨まれる。
「花村くん、悪いけど……今日は機嫌が悪いから……ビシバシいかせてもらうわぁ」
「ひぃ!」
皮はがしに合わなかったけど……滅茶苦茶厳しい指導を受けて泣くハメになりましたとさ。
……やっぱり、美女達の尊敬する書籍化作家であることを絶対バレてはならない。
心からそう思った今日であった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
オフィスラブに創作という要素を加えて書いてみました。
仕事しながらモノカキされている方は多いと思います。
自分もそうです。
仕事と趣味、両立は大変だと思います。でも楽しくいきたいですよね。
印税生活も夢ですがはよ年末ジャンボ当たって余裕のある暮らしをしたいですね、本当そう思います。当たりくじ下さい!
連載は……あまり考えていませんがもし要望があるなら10万文字くらいで書いてみたいですね。
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