16 シェリス(1)
シェリスにとって、実家は居心地の悪いところだった。
母は産褥で亡くなり、父のバレンは忙しくて家にいないことが多く、年の離れた二人の姉からは邪険に扱われていた。
父親のバレンが、末っ子のシェリスを特に可愛がっているからだろう。
ランダスター商会の相続を巡って、姉たちはシェリスもライバルになると考えていたのだ。
――私が選ばれることはないのに……。
シェリスは確信していた。可愛がって貰っているからこそ、父の考えはよく分かっていた。
そもそもシェリス自身が、ランダスター商会で働くつもりはなかった。さっさと家を出たかった。
しかし、まだ十四歳。一人立ちするには早すぎた。
だからシェリスは、ひたすら本を読んだ。経済や歴史の学術書から、趣味の軍記物まで幅広く手を出した。
バレンの蔵書を読破する勢いだった。
そこへちょうど良く、『一日騎士の修練場』の話が舞い込んできた。
もともと興味はあった。フォルク・ファーランドの境遇が、父バレンと似ていたからだ。
だから父にお願いした。すると、父も同じことを考えていた。
「やりたいようにやってみなさい」
父バレンはそう言ってくれた。
出店資金の借金は無利子。しかも商会の土地と建物を無償で使用させてもらえる。
他人ならあり得ない高待遇で、胸を張って一人立ちしたとは言えない環境だった。
でも初回くらいは、生まれ持った特権を活用させてもらおう。シェリスはそう自分を納得させた。
フォルク・ファーランドは、人の良さそうな青年だった。「頼りにさせて頂きます」と、年下の娘に躊躇なく頭を下げた。
シェリスは好感を持った。
その後もシェリスの意見を軽んじるようなことはなく、真摯に耳を傾けてくれた。
この人となら、やっていけると思った。
「フォルク殿には、話しても良いのではないですか?」
ある時、アレルが言った。
「あの方なら、お嬢様が会長の娘だと知っても、態度を変えることはないと思います」
「私もそう思うけど……」
シェリスは同感だったが、不安の色は隠せなかった。
ランダスター商会に睨まれたら、帝都では商売ができない。そう言われているほど、商会の力は絶大であった。
物品の鑑定と流通を支配しているのが大きかった。商会のお墨がなければ信用を得られず、商会の流通を使えなければ、商品を並べられない。
そんなランダスター商会の会長ともなれば、近寄ってくる者の大半は追従しかしない。しかし裏では、商会への不満を並べ立てている。
そんな大人を見て育ったシェリスにとって、身の上を明かすとは、相手に仮面を被らせることと同義だった。
「もうしばらく、今のままで……」
シェリスには、店長と店員という関係が心地良かった。それが変わってしまうような要因は作りたくなかった。
フォルクがシェリスの境遇を知ることになるのは、だいぶ先のことになる。




