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第2話 異世界フリックスバトル!

僕は、生まれた時から僕だった。

なぜ、どうしてここにいるのかも分からないまま……。

ただ、僕は僕だという事だけが妙にハッキリと理解できていた。

人は空虚の中から生まれ、多くを与えられる事で存在を得る。

僕は既に持ってるが故に、これからもずっと自分で存在を手に入れ続けなきゃいけない……。


ぼんやりとした意識が、視界の暗さを認識する。

夢特有の支離滅裂な思考を自覚すると同時に身体は五感を取り戻す。

背中には微かに鈍い痛み……しかし、これは大した事はない。

それよりも感じる後頭部の柔らかな感触。

そして、鼻腔をくすぐる甘い香りと物理的に鼻をくすぐる細い糸のようなもの。


「へっくし!!」

「ひゃっ!」


鼻への刺激に耐えきれずに思わずクシャミをすると、頭上から可愛らしい女性の声が降ってきた。


「ん……?」


うっすらと目を開けると、そこにはピンク色の長い髪をした清楚そうな女の子の顔があった。

弾介が目を覚ました事に気付くとホッと安堵の表情を浮かべた。


「よかった……気が付かれましたか?」

「え、あ、はい……ここは?ぼくは、どうして……」

「申し訳ありません、その、話すと長くなるのですが……実は、私も事態が良く飲み込めてないと言いますか……」


少女は申し訳なさそうにしながら、何かを言い淀んでいる。

要領を得ない少女の返事を待ちながら弾介は何気なく視線を移す。


「…!」


弾介の目に飛び込んできたのは艶かしい質感の肌……柔らかそうな、太もも…か?

そして、スカートというにはあまりにも短い上にスリットの切り込んだ布地の隙間からは同じように肌色が覗き込んでいる。

しかし、本来そこに見えるはずの最も肌に近い位置にある布地の色が存在しておらず、その代わりにかすかな茂みが


(え、履いてな…!?)


衝撃の事実に気づきそうになった弾介は思わず立ち上がった。


ゴチンッ!!


「ぐはっ!」

「きゃんっ!!」


当然顔を覗き込んでいた少女と額と額をぶつけてしまう。


「い、つつ……!」

「うぇぇ、痛いよぉ〜、なんでもぉ……やだぁ……!」


よっぽど痛かったのか、少女は額を抑えたまま蹲り、大袈裟にベソをかいてる。


「あ、あの、ごめん……」


弾介が謝ると、少女はハッとしたように立ち上がって弾介に向き直り、澄まし顔で微笑んだ。


「いえ、大丈夫です気にしないでください。それに、本来謝るべきは私の方ですし……あ、申し遅れました!

私、シエルと申します。王家に仕えている司祭の娘です」

「あ、ども。僕は龍剣弾介、中学生でフリッカーやってます」

「フリッカー……?龍剣弾介さんの世界にもフリックスアレイがあるのですか?」

「弾介でいいよ。僕の世界って、ここは別の世界って事?ここにもフリックスがあるの?

ってか、結局今のこの状況ってどういう事なの?大会の途中でいきなり光に包まれたと思ったら空に放り出されて、全然意味が分からないんだけど」


一度疑問が溢れ出すともう止まらない。

弾介はシエルの返答も待たずに矢継ぎ早に疑問をぶつけた。


「は、はい……その、少し説明しづらいのですが……」


シエルが困ったように言い淀んでいると、遠くから何か獣のような雄叫びが響いてきたと思ったら、複数体の重く激しい足音がこちらに迫ってくるのが聞こえた。


「な、なんだ!?」


音がした方向へ身構えると、そこには猛獣…いや、現実には見たことが無い化け物が数十体と群れになってこちらに迫ってきていた。

種類も多様で、一見するとオオカミとかネコ科猛獣のようだが、明らかに目つきが鋭く大きな牙が付いていたり。

やや小型だが恐竜のような爬虫類型のモンスター。

巨大な針を無数に背負ったネズミのようなもの。

禍々しい色をした巨大な蛾……筆舌に尽くしがたいおぞましい生き物たちだ。


「な、なな、なんだぁ!?この世界の動物!?」

「いえ、あれは動物ではありません!魔王の生み出したモンスター……人間に害をなすだけの存在です」

「魔王?もんすたー?…って、まぁ変な世界に召喚されたくらいだからそのくらい出てきてもおかしくはないか」


弾介は割と飲み込みが早い。


「でも、どうしてこんな所に……?ここはまだ安全地帯のはずなのに。まさか、魔王の侵略がもうここまで進行していると……?」


シエルが思案していると、一匹の獣が吠えながら駆け出してきた。


「う、う、うわあああ!!こっちきたぁぁ!!!」

「考えてる場合じゃありませんね。弾介さん!ここは私に任せて安全な場所へ逃げてください!!」

「えぇ!?いや、あれどう見てもヤバイって!任せちゃって大丈夫!?

あそっか!ここ異世界だし司祭の娘って言ってたから魔法かなんかでどうにか出来るのか!!」

「あの、早く逃げてください……」


一人で騒いで一人で納得する弾介に、シエルは呆れながら言った。


「あぁ、ごめんごめん。じゃあとりあえずお願いします」


弾介は緊張感なく一礼したのちにその場から距離をとった。

そしてシエルは真剣な表情になり、懐から宝石のようなものを取り出した。


「ドローアウト!」


宝石から小型のマシン型玩具、つまり…!


「宝石から、フリックスが出てきた!?そっか、こっちの世界にもあるって言ってたもんな。

でもフリックスでどうする気だ?流石にモンスター相手じゃどうにもならないんじゃ」


弾介は逃げるのも忘れてシエルの行動に見入っていた。


「スケールアップ!」


シエルが前方に右手をかざすと、そこに畳くらいの大きさの魔法陣が浮かび上がった。

そして、なぜかシエルの目の前で宙に浮かんでいるフリックスへシエルはシュートの構えをとった。


「アクティブシュート!!」


バシュッ!!

シエルの手から放たれたフリックスは魔法陣を潜ると、これまでの10倍くらいの大きさにサイズアップし

そのまま向かってくるモンスター達へ突進する。


バキィ!!!

サイズアップしたフリックスの強さは相当のものらしく、真正面から激突したモンスターは堪らずぶっ飛んで気絶し、スゥと姿を消した。


(モンスターって死ぬと消えるんだ!都合良いな!!)


妙なことに感心してしまった。


(フリックスがデッカくなればそりゃ戦えるだろうけど、そこからどうやって動かすんだ?あんなんじゃシュートしづらいし、まさか蹴っ飛ばすとか?それはやだなぁ)


サイズアップしたフリックスをどう動かすのか、ワクワクしながらシエルの動向を見守っていたのだが

シエルもフリックスも一向に動かない。


「って!やっぱりあれじゃシュートできないんじゃん!やられるぞ!!」


しかし、モンスターはなぜかシエルは無視して執拗にフリックスばかりに攻撃を仕掛けていた。


「なんでモンスターは無防備なシエルを無視してフリックスばかりに攻撃を仕掛けてるんだ?」


そんな疑問を抱いたのも束の間、一瞬フリックスがパァっと光ったのち、シエルの目の前に実寸大のフリックスのホログラムが浮かび上がった。

そして、シエルがそれを掴んで向きを変えるとサイズアップしているフリックスも連動するように向きが変わる。


「シエルの動きに連動した!」


バシュッ!!!

実寸ホログラム機体をシュートするとサイズアップしたフリックスも連動してぶっ飛んでいきモンスター達をなぎ倒していく。


「そうか!ああやってデッカくなったフリックスを遠隔操作してるのか!!

直接じゃないけど、シュート前に向きを変えてシュートポイントを撃つって言う基本的なやり方は普通のフリックスと同じっぽいな…!」


弾介が感動してるのとは裏腹にシエルは思いの外強く数の多いモンスターに苦戦していた。


「はぁ、はぁ……思ったよりも手強い……!でも、王宮からそこまで離れてないこんな場所でここまでの騒ぎになればすぐに親衛軍が応援に来るはず、それまでにせめて弾介さんだけでも安全な場所に……って、えええええ!なんで逃げてないんですか、も〜!!

危ないんですってばぁぁ!!!」


せっかく弾介を守ろうとしてたのに、いつのまにか弾介はシエルの側まで来ていた。


「なぁ、シエル……」


シエルの苦言を無視して、弾介は静かに口を開いた。


「僕さ、今日大事な大会だったんだ。ずっと憧れてた人と念願のバトルが出来てさ……でも、その途中で召喚されたんだ。

勝てるなんて思っちゃいなかった、けどせめて最後まで全力で立ち向かいたかった」


弾介の無念の言葉は、シエルを責めるでもなく淡々としていた。


「それは、本当に申し訳ないと思っています。ですが!今はそれどころではないんです!」

「事情も弁明も後でゆっくり聞くよ。

たださ、バトルを中途半端にお預け喰らったもんだから、身体が疼いてしょうがないんだ……!」

「弾…介…さん……?」


見ると、弾介の身体は小刻みに震えており、息も荒くなっていた。

しかし、それは恐怖から来るものではなく、もっと別の……!


「悪いと思ってるならさ、お詫びとして……僕にも戦わせてくれ」




静かにそう言った弾介の瞳は座っており、狂気に満ちているようにも感じた。

先ほどまでの優しそうな少年の姿はそこにはなく、ただ戦いに餓えた一人の漢がそこにいた。


「な、何言ってるんですか!弾介さんの世界のフリックスがどう言ったものかは分かりませんが、これは命が掛かってるんです!下手をすれば死……!」


(確か、こうやって手をかざすんだったな)


尚も反対するシエルの言葉を無視して、弾介は先ほどのシエルの行動を真似て右手を前にかざした。

すると青い魔法陣が目の前に現れる。


「う、うそ……!初めてで実戦アクチュアルシステムが使えるなんて」


弾介の目の前にドラグカリバーが浮かび上がる。


「3.2.1.……」

「キシャアアアア!!!」


いつもの癖で3カウントしてる隙にゴブリン型モンスターが棍棒で弾介に殴りかかってきた。


「あ、危ないっ!」

「アクティブシュート!!!」


バシュウウウウウ!!!!

放たれたドラグカリバーが魔法陣を通過すると、シエルのフリックスと同様に大きくなった。

と同時に弾介に向けて振り下ろされたゴブリンの棍棒は空を切る。


「す、すげぇ!ほんとにデッカくなった!!この世界のフリックスすげぇ!!!

……って、おわぁ!なんだこのちっこい鬼みたいなの!?え、なんで棍棒すり抜けたんだ???」

「フリックスをスケールアップし、アクチュアルシステムを起動させた瞬間から、フリッカーは一つ隣の別次元へ転移されるんです。

つまり、次元が違う攻撃は全て無効です」


ようは幽霊に触れられないのと似たようなものだろう。


「なるほど、それでさっきからシエルは攻撃されずにフリックスばっかり狙われてたのか。

で、確か動かすには目の前に出る機体の立体映像みたいなのを撃てばいいんだっけ?

って、あれ?何も現れないぞ」


先ほどのシエルに習って実寸大ホログラムによる遠隔操作を試そうとするのだが、肝心のホログラムが現れない。


「一度シュートすると待機時間が経過しないと機体には干渉できないんです!時間は機体によりますが10秒ほどです」

「なにぃ!じゃあそれまで無防備って事!?うわわっ!お前らドラグカリバーに何するんだ!!」


モンスター達は好き勝手にドラグカリバーへ噛み付いたり引っ掻いたりガシガシ攻撃する。


「安心してくだい。アクチュアルモードのフリックスはそう簡単には壊されません!

ですが…!」


ガンッ!!

一体の頭に角を生やした小型の馬型モンスターがドラグカリバーへ頭突きを繰り出して吹っ飛ばす。

数メートル飛ばされたのちに停止すると、ドラグカリバーの上にゲージのようなものが現れて少し減った。


「敵の攻撃で動かされると、動かされた距離に応じてダメージを受けます!一定ダメージ受けるとアクチュアルモードが強制解除されて機体もフリッカーも無防備になるので気をつけてください!」

「やっぱ攻撃受けちゃダメなんじゃん!くそぉ!!」

「手のひらを地面に向けてください!そこに自機にしか干渉しない光の壁が出現します!

それで敵の攻撃を支えたり、自機を動かす事も出来ます」

「フリップバリケードもあるのか!よーし!」


弾介はバリケードを出現させて飛ばされそうになったドラグカリバーを的確に支えたり、バリケード自体でドラグカリバーを押して回避したりした。


「どうだ!もうそんな攻撃通用しないぞ!!」

「バリケードは力を込めれば防御力が増しますが、負荷は蓄積されていきます。時間経過で回復はしますが、限界を超えると破壊されてしばらく使えなくなります。特に回避として使うと負荷がかなり大きいので注意してください!」

「ええ!?もうかなり回避に使っちゃったよ!そういう事は先に言ってよ!!」

「いきなりの実戦で一気に全部説明するのなんて無理ですよぉ〜!!」


そもそもシエルも戦いながらなのだ。それでここまで説明できれば十分だろう。


そして、ようやく弾介の前に実寸大のホログラムが現れる。


「やっとシュートできる……!」

「一度機体に触れるとシュートするまでの間防御力が下がるのでなるべく早く撃ってください!」

「言われなくても早く撃ちたくてしょうがないんだ!!」


グッ!

弾介は機体の向きを変え、指に力を込めて狙いを定める。


(舞台が異世界だろうと、モンスターが相手だろうと、フリックスを撃てるなら関係ない!!)


弾介の集中に答えるように、ドラグカリバーが淡く青く輝きだした。


「こ、この光は……!」


その輝きにシエルは驚愕の表情を見せる。


「ダントツで決めろ!ドラグカリバー!!」


バシュウウウウウ!!!

青き輝きを纏ったままモンスターの大群へと突っ込むドラグカリバー。


バーーーーン!と爆炎を巻き上げながら、モンスター達は一気に吹っ飛ばされて全滅してしまった。


「あーーーーースッキリしたぁーーー!!

ふぅ、なるほどなぁ、ようは攻撃ターンと防御ターンが時間で切り替わるってだけで基本的な行動は普通のフリックスと同じなのか。

結構面白いな、異世界フリックスバトル!」


久々にシュートできた事と新しいフリックスバトルの形に触れられた事で弾介はすっかり上機嫌になっていた。


(あの攻撃力に輝き、まさか本当に彼が……?)


一方のシエルは、弾介の活躍を目の当たりにして何か思案していたが、弾介はそれに気づかずにシエルへ話しかける。


「いやぁ、モンスターって言ってもそんなに強くなくてよかったぁ。でも、ドラグカリバーは大きいままなの?」

「あ、それは解除するように念じれば元に戻りますよ」

「そっか、解除!」


シエルと弾介はアクチュアルモードを解除し、フリックスを元の大きさへ戻す。

が、大きさは元に戻ったものの変な膜に包まれており取り出せない。


「あ、あれ?なんだこの膜!?ぐっ……!取れない!!」

「あぁ、それはダメージを受けているからです。HPが全快になるまでその膜に包まれたまま取り出せないんです。再びアクチュアルモードを起動する事は可能ですが、受けたダメージはそのまま継続します」

「えぇ!?じゃあこのまま一生ドラグカリバーに触れないの!?メンテナンスとかしたいんだけど」

「大丈夫です、ダメージは時間経過で回復しますし。このヒールジュエルと言う回復アイテムを使えばすぐに回復できます」


シエルは白く光る小さな宝石を二つ取り出し、自分の機体とドラグカリバーへそれぞれかざした。

すると、宝石はニュルッと溶けるように機体の中へ入っていき、膜が取れた。どうやらこのアイテムは消耗品らしい。


「おぉ、よかったぁ!それにしてもバトル終わってもダメージはそのままだったり、回復アイテムがあったり…やっぱりここって異世界なんだなぁ」


典型的なファンタジーちっくな設定を目の当たりにして、弾介は改めて感心した。


「大丈夫ですかー!!!」


その時だった。

遠くから複数人の武装した男集団がこちらへ駆け寄って来た。


「あ、親衛軍の皆様、お疲れ様です」

シエルが頭を下げると、武装した男達も敬礼した。

「先程、モンスターの大群が出現したとの通報があってまいったのですが……そうか、シエルさんが既に討伐していたのですね、さすがです」

「あ、いえ、その……」


間違ってはないが、その認識は少し足りない、しかしどう説明したものかと悩んでいると親衛軍の男は話を続ける。


「それにしても、安全区域かと思われたこの地にまでモンスターが現れるとは……警戒レベルを強化する必要がありますね」

「そう、ですね。ここは街からの距離もそう遠くありませんし、用心した方がいいでしょう」

「はい、一度協議し人員の配置を改めましょう。…ところで、そちらの方は?」


親衛軍の男は弾介を見ていった。


「あ、ども……」


弾介は苦笑いしながら会釈した。


「もしかして、今日行われると言ったあの件と関係が?」

「はい、ちょっとした手違いがありまして……詳しい事は王宮で直接報告いたします」

「分かりました。では、街まで我々が護衛いたします」


と言うわけで、弾介とシエルは親衛軍の皆様に守られながら街へ向かった。

街の中央にドーーーンと聳え立つ豪華絢爛な建物。

西洋系のファンタジーに登場しがちな典型的なお城の中に入ると、弾介は一旦シエルと別れて客室で待機。

のんびりと美味しい紅茶で一息ついたのちに王室へ呼び出された。


王室では数段高い位置にある玉座に30代くらいの男が座り、それに寄り添うように男よりやや若い女性が立っている。

そして、シエルと弾介はそれに向かい合うように立たされていた。

こういう場は、なんとなく緊張する。弾介の方は自然と強張っていた。


「まぁ、楽にしてくれ。君は客人なんだ」

「は、はぁ……」


男は軽く笑いながらいう。フランクな性格なようだ。


「シエルから話は聞いたよ、初めまして龍剣弾介君。私はこの世界『フリップワールド』を統治する『フリップ王国』の国王、ジンだ」

「私は妻のアリサと申します」


王を名乗った男が軽い感じで自己紹介すると、女性の方は反対に恭しく礼をする。


「あ、これはご丁寧に」


弾介もぎこちなく一礼した。


「この度は本当に申し訳ない事をしてしまったね。この件は全て私の責任だ。全力を尽くして君を元の世界へ戻す手段を模索しようと思っている」

「もちろんその間の生活は補償致します。王宮の一室を用意してますのでご利用ください」

「は、はい、どうもです……」


ジンとアリサの思わぬ丁寧な対応に毒気を抜かれた弾介は、ただただ恐縮するしかない。


「で、でも、そもそも僕ってどうして召喚されたんですかね?何か原因ってあるんですか?」

「そうだな、手違いとはいえ巻き込んでしまったんだ。その理由を話す義務はあるだろうな」


ジンは一呼吸置いて話し始めた。


「この世界は一年前に復活した魔王によって滅亡の危機にさらされているんだ。

君もモンスターの大群を見ただろう?アレは元々この世界の生き物じゃない、人々を苦しめるために魔王が生み出したものだ。

モンスターだけじゃない、強力な兵器やフリックスを操る軍隊をも使役し、どんどん勢力を伸ばしている。

我々も国直属の親衛軍や民間の協力者の力によって抵抗を続けてはいるが、劣勢なのが現状だ」

「そ、そんなに、強い魔王が…!」

「しかし、そこに微かな希望が見えた。

これはこの世界に伝わる古い文献に記述されていたんだが

『最強の剣、究極の盾、天空の覇者、地上の王者たるフリックスが一つになる時

邪悪なるものを打ち倒さん』

藁にもすがる思いとはまさに事だ

私はこの言い伝えに賭けて、司祭であるシエルの召喚魔法で伝説のフリックスを集めようとしたんだ。

その結果、伝説のフリックスじゃなく何故か君が召喚されてしまった」


(え、ええええ!!魔王倒せる伝説の力をそんなお手軽な方法で集めようとしちゃったのこの王様は!?)


と思ったが、さすがに口にはしなかった。


「だから私は、そんな都合の良い方法で伝説の力が手に入るわけないって言ったのに……」

「僕、そんな理由で召喚されちゃったの…?」


ため息混じりに呟くアリサにつられたのか、今度は口にしてしまった。


「うぅ、面目無い……俺が浅はかだった……」


ジンはかわいそうなくらいに凹んでしまった。

周囲の空気が重くなる。


「あ、で、でも!魔王討伐って、興味あるっていうか、僕も挑戦してみたいなー、なんて」


それは、可哀想なくらいに凹んだジンをフォローし、場を明るくするための軽口のつもりだった。

しかし、軽口にしてはあまりにも不自然な願望、そして不自然にも関わらず何故かしっくりときてしまった自分に弾介は不思議な感覚を抱いた。


「いや、さすがにそれは冗談が過ぎるぞ、龍剣弾介!」

「は、はは」


幸か不幸か、弾介の発言は冗談として処理される空気になった。

しかし、その流れを断ち切ったのはこれまで口を閉じていたシエルだった。


「あの……一ついいでしょうか?」

「シエル?」

「なんだ?」

「この事は弾介さんのためにも伏せておくべきなのかと迷ったのですが……。

私の行った召喚の儀……あれはもしかしたら、失敗ではなかったかもしれないのです」


シエルの言葉に一同シーンとするが、すぐにジンが茶化すように口を開いた。


「いやいやシエル、それはありえないだろ。別に失敗を気に病むことはない、この責任は命じた俺にあるんだ。だから」

「ジン。……シエル、続けて」


アリサは茶化すジンを窘めてシエルに続きを促した。


(なんかこの感じ、誰かと似てるな)


弾介はいつか見たバンとリサとのやりとりを思い出しながら呟いた。


「はい。先程町外れの草原でモンスターの大群に襲われたという話をしましたが……そのモンスターのほとんどを倒したのは私ではなく弾介さんなのです」

「なんだって」


シエルの言葉にジンの顔に真剣さが宿った。


「弾介さんの操るフリックス、ドラグカリバーの戦闘力は並のものではありません。

そして、シュートの際に放った輝き、まさしく伝承にある『最強の剣』そのものでした」

「そんなバカなっ!異世界人の彼が、この世界に伝わる伝説のフリックスを持っているなんて……!?」

「論より証拠、確かめてみればいい」


アリサはどこからかメトロノームのような小型機器を取り出した。


「それは?」

「伝説の力測定器と言うマジックアイテムだ。こいつにフリックスを近づければ伝説の力を持っているかどうか分かる」

(なんて都合の良いアイテムなんだ)

「龍剣弾介、悪いがドラグカリバーとやらを貸してもらえるか?」

「あぁ、はい!」


弾介はドラグカリバーを取り出してジンに渡した。

そして、ドラグカリバーが伝説の力測定に近づけられた瞬間。


ビゴンビゴンビゴン!!!!


と、ものすごい勢いで針が揺れ動いた。


「バカな……!」

「異世界人が、伝説のフリックスを……?」


騒然となる城内。伝説のフリックスとはそれ程までに凄まじいものなのか。

ドラグカリバーを返してもらった弾介は何気なく呟いた。


「って事は、やっぱり僕魔王討伐した方がいいんだなぁ」


その声音にはどこか喜びが混じっていた。


「い、いいのか、これ…?だが、そんな事を頼める立場では……」


ジンは複雑な表情で何やら悩んでいる。

が、弾介と目があった瞬間何か吹っ切れたように口を開いた。


「龍剣弾介、まことに身勝手な頼みだと分かっているが聞いてほしい。

その伝説の力を魔王討伐のために役立てては貰えないだろうか?」


ジンは王様という立場とは思えない真っ直ぐなお辞儀で弾介に依頼した。


「はい、喜んで!」


弾介は二つ返事で了承した。


「じゃあ決まりだな。引き受けた以上、こっちはもう遠慮はしないし、最後まで責任持って完遂してもらうぞ?」

「もちろんです!」

「よしっ!じゃあ今日の所はもう遅いし、せっかく部屋も用意したんだから一晩ゆっくり休んでくれ。

魔王討伐についてどう行動するかは明日からだ。シエル、客室へ案内してやってくれ」

「はい」

「あ、そうだ!この王宮には国名物の温泉があるんだ。めっちゃ気持ちいいから是非入ってくれよ!」

「温泉!?はい!入ります!!」


温泉という言葉に目を輝かせながら、弾介はシエルに案内されて行った。


弾介とシエルが去った後、アリサとジンが会話をする。


「ジン、本当に良かったの?

確かに伝説の力は私達にとって希望になるかもしれない、けど私達の都合であの子を強制的にこの世界に連れてきてしまったのも事実」

「虫の良い話だってのは分かってるさ。俺だって本当は頼むつもりはなかった。伝説の力は惜しいが、元の世界に戻せるなら迷わずそちらを優先するさ。それが人として、上に立つものとして取るべき選択だ。

だが、あの目を見ちゃな……」


弾介の目は、世界のために魔王討伐を望むのではなく。

自分のために魔王討伐をしてみたいという強い意志が感じられた。


「正直、どっちが頼み事してるのか分からなかったぜ……」


しかし、誠実さをなによりも大事にしながらも、時として体裁や辻褄を超えて相手が本来望む選択をする。

これこそがこの男が王として君臨できた人心掌握術なのかもしれない。


一方、シエルに案内され弾介は客室へ。


「おおー!!ここが今日泊まれる部屋かー!!!」


まさに豪華絢爛!高級ホテルも目じゃないくらいのクオリティの部屋に弾介はテンションアゲアゲでベッドへと飛び込んだ!!


「うおお、ふかふか〜!!」

「喜んでいただけたようで何よりです」

「うん!モンスターとのバトルは結構楽しかったし、ふかふかベッドで寝られるし!

バンさんとのバトルを中断させられた事を差し引いてもお釣りが来そうだなぁ!」

「ふふふ、明日から忙しくなると思いますので。今日はしっかり休息してくださいね」

「そうだね、さすがにちょっと疲れたし……あ、そうだ!確か温泉があるんだっけ?早速行こうかな」

「あ、待ってください。まだ弾介さんは無理です」

「へっ、なんで?」

「ここの温泉は聖なる泉を沸かした特別なものなのですが、そのお湯は泉から離れると効力を失うので浴場は一つしか作れないんです。

なので男湯と女湯は時間で分けられてるんですよ」

「時間でターンが変わる……まるで今日やったアクチュアルシステムのバトルみたいだ」

「まぁ、そうですね。今は女湯の時間です、あと30分ほどで男湯に変わるのでそれまでくつろいでいてください」


それだけ伝えるとシエルは部屋を出て行った。


「ふぅ、それにしても、なんかほんといろんな事があった1日だなぁ。……シエル達には悪いけど、やっぱ魔王討伐楽しみだな。

この世界の人達にとっては死活問題だから、あんまり楽しんじゃいけないんだけど」


そう呟きながら、弾介はゆっくりと目を閉じた。


一方のシエルは部屋を出たあとは自室で入浴セットを取りに戻り、温泉に向かっていた。


「あ〜、いいお湯〜〜」


湯船に浸かり、身体をリラックスさせる。


「今日はもうほんっとつかれたよぉ〜、でも召喚魔法失敗したわけじゃなくてよかった〜〜

うーん、でも勝手に人を召喚したんだからよくはないのかなぁ?

まぁ、弾介さん楽しそうだったから今はいっか〜、おんせんきもちいーしー」


完全に顔も体も弛緩させており、人様に見せられない姿になっている。


「うふふ〜、アヒルさんがぷかぷか〜〜」


自室から持ったきたアヒル型のおもちゃを湯に浮かべて至福の表情だ。

お風呂ってテンション上がるよね!!


……。

………。

しばらく時間が経過し、弾介は目を覚ました。


「おおっと、ちょっと眠ってた?……あ、でも時間丁度いいや!温泉いこっ!」


意気揚々と弾介は部屋を出て行った。


浴場への入り口には青々とした文字で


『男』


と暖簾が下がっていた。


「……今更突っ込むのも野暮だけど、言語は日本語なんだな。都合良い」


ファンタジーだからって変に独自言語とか作っちゃうと面倒くさいのだろうと弾介は自己完結して暖簾を潜る。

モワッとした熱気と温泉の香りにワクワクしながら服を脱いで浴場へ向かった。


「おお!デッケー!!まだ誰もいないし、貸切状態ってのは気分が良いな!!」


真っ白な湯気の中を突き進みながら湯船目指して進んでいく。

しかし、湯船に近づきてきたところで一人の人間の声が聞こえてきた。


「なんだ、先客がいたのか。まぁ、仕方ない」


が、何かおかしい。聞こえてくる声は男にしては高い……と言うか女の声?しかも聞き覚えのある……。




「ふふんふふんふーん♪あひるさん〜、あひるさん〜、三匹浮かんであひるさん〜♪ワニさん出てきてガップンチョ〜♪」


何やらご機嫌に歌なぞを歌っているが……。

徐々に湯気が晴れて視界がハッキリしてきた。


「し、シエル!?!?」


弾介の目の前には、一糸纏わぬ姿で湯船に浸かっているシエルがいた。


「へっ、だ、弾介さん?なんでぇ!!」


ザバァ!

弾介に気づいてビックリしたのか思わず立ち上がるシエル。


「ちょ!(何故立ち上がる!?)」


弾介もとっさのことなのでまともに動けずにワタワタしている。

シエルは、瑞々しい肌も、豊満な膨らみも、引き締まった括れも全て晒したまま恥ずかしそうに手を頬に当てて震えながら口を開いた。


「も、もしかして、今の歌…聴かれてました?」

「他に恥ずかしがる事があるだろ!!!」

「え?……ひゃああああ!!!!」


弾介に突っ込まれてようやく自分の姿に意識が向いたのか、みるみると身体中を赤くして慌てて両手で抱きかかえるように身体を隠しながら湯船の中にしゃがみ込んだ。


「だ、だんすけさん、なんでぇ〜」

「それはこっちのセリフだって!30分経ったら男湯に変わるってシエル言ったじゃんか!!」

「あ、そうだった!私、つい時間忘れてて…!」

「ああもう!とにかく、僕先に出てるから!!シエルも後からすぐに出て!このままじゃ他の人入ってくるかもだし!!」


急いでその場を去ろうとする弾介だが、後ろから情けない声が呼び止める。


「まってくださ〜い…!」

「な、なに?」

「ううう、腰が抜けて、動けないんですぅ〜〜」

「えええええ……」


見ると、シエルは湯船の中でしゃがみながら、必死に縁を掴んでいる。


「手もだんだん痺れてきました……このままじゃ私溺れてしまいますぅ……お願い見捨てないでぇ〜〜」

「……」


弾介は額に手を当てながらも、仕方なしにシエルを湯船から引き出し

背負って脱衣所まで向かうことにした。


「うぅ、すみません、弾介さん……」

「いや、まぁ、いいけど……」


弾介の肩にはシエルの細い腕、腕には形の良い太ももが抱えられている。


「……」


後ろは見られないものの、妄想が働いてしまう。


「うぅ、あまり見ないでください……!」

「見ないよ!!」


どこぞのサバンナを思わせるやり取りをしながら歩みを進める。


ムニュ…ムニュ……。

歩くたびに背中から伝わる柔らかな膨らみの感触が生々しい。


(シエルって、実はかなりのポンコツなんじゃ)


逸物が反応しそうになるのを理性で抑えながらも

弾介はこれからの旅に一抹の不安を覚えるのだった。




つづく





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