3話
塔の最上階に登った時には日が西へと傾き赤く染まり始めていた。気持ちの良い風が金の髪をなびかせる。
「綺麗な景色ね。貧民街にもこんな所あったのね」
トタン屋根に太陽の光が反射して光の芸術のように見える。この塔を囲うように貧民街があり、その奥に大きな城壁に覆われたシュヒターン王都があった。
「あぁ、とても綺麗だ。しかしここらなら城が見えると思っていたけど見えないんだな」
「シュヒターン王国の城壁はほかの王国と比べて異常に高いわ。なぜかはわからないけど」
「君ならその答えがわかると思ったんだけど。わからないよな」
「ごめんなさい。そう言えば、私たちってお互いの名前すら知らないのよね。」
会ってからお互いの名前を知らずに貧民街を一日中まわっていた。
「俺の名前はレイバン・エル」
「私の名前はセリエス・エナよ。王国の騎士をしているわ」
王国の騎士は身分が高いものしかなれない。どれだけ実力があっても貴族出身でなければその職につけない。貴族出身で実力もあるその条件が揃うことはあまりなく、今年は5人の騎士が誕生したと国をあげて祝福をしていた。
「そろそろ日が落ちます。交換条件の人殺しのカラスについて話しましょう」
「わかった。その前に聞きたいことがある。人殺しのカラスを見つけてどうするんだ?」
「もちろん排除するわ。国の秩序を守るために」
エルはその言葉を聞いてつい笑みがこぼれた。
「そうだよな。命を脅かす殺人者だもんな殺して当たり前だろ」
「でも、ちゃんと罪を償って更正すれば、」
「考えが甘すぎるよセリエス、君は今まで人を殺めたことはないのか?敵1人たりとも殺したことがないのか?なんて甘ったるい騎士なんだ。呆れを通りこして笑ってしまうぜ」
セリエスの言葉を遮るように言った。
その瞬間、エルの頬を剣がかすった。頬からぽたぽたと血が流れ落ちる。痛さではなく熱さが伝わってくる。
「私には私の信念がある!あなたに何がわかる」
「俺は何もわからない。人間の心を理解することが出来ない。人間は信用出来ない。人間は愚かだ。わかったところで何の役にも立たない」
幼い頃から生きるか死ぬかの瀬戸際を1人で乗り越えてきたエルにはセリエスの言葉は届かない。ただただ6歳の時の記憶が頭から離れない。
「あなたはとても臆病なのね」
(そうか。俺は臆病だったのか。確かにそうかもしれないな)
俺はなにかに怯えている。人間が怖いとか死ぬのが怖いとかじゃない。満たされるのが怖いのだと。人間は欲が満たされるとさらに欲が出てくるものだ。俺は常にその“渇き“がなくなることを恐れている。
外は真っ暗になっている。貧民街は街灯や家の光がないため星が綺麗に見える。
「夜の貧民街は危険だ。早く帰ることをおすすめする」
「それは無理な話しね。まだあなたから情報を聞いていないもの」
「それはまた今度でいいだろ。それより夜はほんとに危険なんだ」
セリエスは知らなかった。貧民街では夜な夜な争いが起こる。その原因は夜に王都から支給される食料だった。その量は少なく汚い酷いものだった。商品として売れ残った物や少しカビの生えたものもある。しかしそんなことより空腹感に苛まれた人々が争っている。
いわゆる、王都の残飯処理を貧民街の人々がしているということ。それでも生きるために夜な夜食料の争いが絶えない。
「なにこれ」
黒い塊のように見える貧民街の人達を見て驚愕する。大勢の人々が取っ組み合いをしている。
「あれは生きるためだ。でも、あれはまだマシな方だ」
「え?マシな方ってこれが?」
「追放された奴らが来ていない。あいつらが来れば死人はもっと増える」
「追放されたってまさか...」
この時ようやくセリエスは築いた。王都が行っている追放という処罰がこのような結果を産んでいることを。追放した兵士や悪人は夜な夜な人々を殺して歩く。
「あれを見ろ」
エルが指さしたのは人々が争っている場所から数百メートル離れた道に1人の大きな男がいた。
「あいつは...。冒険者殺しのバンザールだわ」
「知り合いか?」
「誰もが知っているわ。5人パーティを1人で潰し利益を横取りした凶悪な男よ」
「凶悪ねぇ。いってみるか」
エルは貧民街の目であるこの建物から飛び降りた。
「ちょっと待ちなさいよ」
そう言ってセリエスも後を追った。




