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35 次の目的地へ

 誤解が解けて牢から出してもらった大地は、元の調子に戻った。

 

「やっぱり誠意って伝わるんですね! どんな困難も耐えていれば道は開けるんだ!」

 

 大地は俺の暗躍を知らない。

 羨ましいほどのポジティブシンキングだ。

 

 大地に謝罪した後、改心した(?)領主のマリアは、小規模なパーティーを催して俺たちを労った。

 見た目がイケメンの大地の両隣には、接待と称して貴族の令嬢が座っている。

 両手に花状態の大地は、すっかり冷遇されたことを忘れていた。

 

「ダイチさまは聖騎士なんですね! すごいですー!」

「それほどでも~」

 

 女性に持ち上げられて鼻の下を伸ばす大地。

 一方の椿は黙っていれば大人しい美少女に見えるので、野郎どもの熱視線を集めている。

 俺は大人気の二人を置いてパーティー会場から離れた。

 中庭に面した廊下で夜風にあたる。

 

「――カナメ、むずかしいことは終わった?」

「リーシャン」

 

 ミニマムサイズのリーシャンが飛んできて、俺の頭上に着地する。

 頭が重い。

 服の裾から頭をのぞかせるウサギギツネのメロン。

 脇腹がくすぐったい。

 俺は動物にモテモテだ……。

 

「そういえば、飛んで行った先で、カナメの仲間と会ったよ」

「え? 誰だ、心菜か?」

 

 そろそろ俺の癒し、可愛くて凶暴な心菜に会いたい。

 しかしリーシャンは首を振った。

 

「そういう名前じゃなかったよ。男の子で、ヤトリって言ってた。なんか怖い人間たちに追われてたよ」

「はあ、夜鳥かよ……」

 

 俺はがっかりしたが「追われている」というキーワードに引っかかりを覚える。

 正直、夜鳥なんか置いて心菜を探しに行きたいところだが、追われている仲間を放っていく訳にはいかないだろう。

 それにしても今度は何に巻き込まれてるんだ、夜鳥。

 

「ヤトリ、アウロラ帝国にいたよ。カナメ、助けに行くんだよね?」

「ああ」

「やった! こんな風にカナメと一緒に旅ができるなんて、夢みたいだよ。楽しいなあ!」

 

 リーシャンは俺の頭の上で飛び跳ねた。

 髪がぐちゃぐちゃになるから止めてくれ。

 俺はリーシャンを大人しくさせようと手を伸ばしたが、リーシャンは俺の手を避けて空中に飛び上がった。

 

「リーシャン、前から聞きたかったんだけど」

「なーに?」

「ろくに返事もしないクリスタルの俺に話しかけて、楽しかったのか。俺はお前の話を聞くことしかできなかったのに」

 

 石に話しかけるなんて、誰が考えても不毛だろう。

 だがリーシャンは頭上を飛びながら愉快そうに言った。

 

「僕は君がそこにいるって分かってたよ! 話せなくても、君は僕の話を楽しんで聞いてくれたよね。暑い日も、寒い日も、雨の日も……君も僕のことを友達だと思っていると思ってたけど、違う?」

「いや、違わない」

 

 俺はリーシャンの答えに心がほっこりするのを感じた。

 

「僕以外にも、君の心を感じていた人たちは大勢いたと思うよ。たぶんアダマスの神官たち、君が現れたらびっくりするね! たーのーしーみー!」

「びっくりで済むかな……」

 

 アダマスは後回しだ。

 取り急ぎ、夜鳥がいるというアウロラ帝国に向かおう。

 

 

 




 

 夜鳥司やとりつかさは追われていた。

 

 

 




 

「くっそー、俺は関係ないっての!」

 

 黒服の男が、背後からビュンビュン毒塗りの吹き矢や針を投擲してくる。夜鳥は持ち前の高い敏捷性を活かして、それらを避けまくった。

 城下町の屋根を伝って全速力で駆ける。

 

 

 

 こんな状況に追い込まれているのは事情がある。

 異世界の空から落ちてきた夜鳥が着地したのは、城の屋根だった。

 どこかの国の王城だろうと、夜鳥は見当を付けた。

 時刻は、夜の一番深い時間帯。

 見張り台らしき尖塔からは光が漏れているが、その他の建物は暗がりに静まりかえっている。

 

暗視ナイトアイ

 

 暗がりを見通すスキルを用いて、付近の状況を観察する。

 暗視のスキルのおかげで城の門に掛かっている旗が見える。

 不死鳥と剣が描かれた国旗だ。

 

「ここはアウロラ帝国か」

 

 異世界の記憶を引っ張り出して、現在地を特定した。

 夜鳥自身の前世は、アウロラ帝国に近い小国タンザナイトの出身だ。盗賊ギルドで暗殺者に育てられた孤児だったが、実際の暗殺依頼は受けることなく、ダンジョン専門の盗賊に職種を変更して穏やかな半生を送った。

 

「師匠はアウロラ帝国の出身だったな……」

 

 ほんの出来心で、夜鳥は空いた窓から王城に侵入した。

 豪華で広大なヨーロッパ風の城を見物してみたくなったのだ。

 しかし好奇心は猫を殺すという。ちょっとした気まぐれは、この場合、命取りになった。地球に戻って平和ボケしていたと、後に後悔することになる。

 

 夜鳥が城内の大理石の廊下を歩きかけたところで、パッと魔法の明かりが付いた。

 一気に建物の内部が明るくなる。

 

「侵入者だ!」

 

 ギクリとした夜鳥だったが、騒ぎになっている対象が自分ではないとすぐに気付く。

 

「皇帝陛下をお守りしろ!」

 

 遠くで騎士たちが走り回る音。

 どうやら別口で侵入した何者かが起こした騒動に巻き込まれたらしい。

 

「タイミング悪いな!」

 

 きびすを返して逃げようとした夜鳥だったが、黒服に覆面をした男に見つかってしまう。

 男の覆面には、翼を広げたカラスが描かれていた。

 

「アウロラ帝国の皇帝直属部隊、黒鴉レイブンか?!」

 

 師匠に聞いた、皇帝に仕える陰の精鋭部隊について思い出す。

 黒鴉の男は夜鳥に武器を向けた。

 

「暗殺者の仲間か」

「ち、ちがう!」

 

 騒ぎを起こしている別口の仲間と間違われたようだ。

 だが関係ないと言っても通じない。

 

「覚悟!」

「人違いだってのに!」

 

 こうして夜鳥は「皇帝暗殺を企んだ奴らの仲間」と認識され、追われることになってしまった。

 

 

 

 城を出て城下町の屋根を伝って走る。

 最初は順調に追っ手を引き離していたが、追いすがる精鋭の黒鴉を撒いてしまうことが出来ずにいた。

 鍛えていた異世界の頃と違い、今の肉体は地球の学生のもの。

 スキルは残っていても昔ほど使いこなせない。

 体力が足りず、夜鳥は走る内に息切れを始めた。

 

「やばい……」

 

 ヒュンと音がして毒針が飛んでくる。

 避け損ねた針が足のふくらはぎに突き刺さった。

 毒による激痛と痺れが全身に広がる。

 

「あっ」

 

 障害物につまづいて屋根を踏み外した。

 異世界で現役だった頃は考えられないミスだ。

 夜鳥の体は人気の無い路地に投げ出された。

 何とか受け身を取って地面に着地し、素早く起き上がろうとする。

 しかし、そのタイムロスを敵は見過ごさなかった。

 

「ここまでだ」

 

 目の前に鋭い短剣を構えた黒鴉が飛び込んでくる。

 夜鳥は落下中も手放さなかったナイフで、敵の攻撃を受け止めた。

 接近してきた敵を何とか押し止める。

 僅差で二人はせめぎあった。

 

『……夜鳥よ。そなた、妾の存在を忘れておらぬか?』

 

 突然、腰のベルトに引っ掛けていた雛人形がしゃべった。

 太陽神アマテラスだ。

 黒崎たちから雛人形を取り戻した後、すっかり存在を忘れていた。

 

「アマテラス、今は取り込み中……!」

『分かっておる。力を貸してやろうぞ。代償はあるがの』

 

 突然、雛人形が光った。

 雛人形は微細な光の粒子となり蒸発する。

 光は夜鳥を包み込む。

 身体の奥底から力が沸き上がってきた。

 

「うおおおおおっ」

「何?!」

 

 夜鳥は黒鴉の攻撃を弾き返す。

 そのまま勢いに乗って反撃に転じた。

 畏怖したのか、黒鴉は下がる。

 

「……まあいい。目印は付けた」

「目印? 待て!」

 

 黒鴉は後ろに大きく跳躍し、姿を消した。

 危機を脱したと判断した夜鳥は警戒態勢を解く。

 

「逃げ切った訳じゃ無さそうだけど……っつ」

 

 くらりと目眩がする。

 地面に膝を折って倒れ込み、目を閉じた。

 

 

 

 少しの間、眠っていたようだ。

 柔らかい布団の感触がして、温かい。

 少女が夜鳥の寝顔をのぞきこんでいる。少女の背景に汚れた民家の天井が見えた。

 

「お姉ちゃん、目が覚めたよ!」

 

 夜鳥が目を開けると、少女は飛び上がって喜び、どこかへ走っていった。

 お姉ちゃんって誰だ……?

 

 上体を起こして、妙に体が軽いのに違和感を覚えた。服がだぶついてスースーする。おかしい。自分の手はこんなに小さかっただろうか。

 胸元を見下ろして、夜鳥はぎょっとした。

 平らなはずなの胸に淡い二つの膨らみがある。

 

「うげろあぁぁうっ?!」

 

 夜鳥は声にならない悲鳴を上げた。

 俺、なんで女になっちゃってんの?!


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