24 決戦《前編》
さすがに最下層の壁は頑丈で、俺の魔法で一気に降りることは出来なかったため、直前の階層から階段を降りたのだ。
三十三層は巨大格納庫のような雰囲気だった。
「これ、壁かと思ったけど、飛行機じゃないか?」
城山が近くにあるカーブした突起物をポンと叩いた。
あたりは暗い上に、壁に見える巨大な物体は黒い金属のため、本当に飛行機かどうかは分からない。
「昔、代々木公園は日本軍の練兵場だったらしいぜ。ダンジョンに関係あるかは分かんねーけど」
物知りな真がスマホをもてあそびながら呟く。
俺もポケットからスマホを出して画面を確かめた。
地下だからか、アンテナの上にバツ点が付いている。
「枢さん、皆さん、あそこです!」
シシアが指さす先を見ると、奥の巨大な壁と同化した扉が見えた。
扉の中心に光の線が入っている。
隙間からは、重苦しい重圧感と不吉な黒い霧が漏れ出していた。
俺は異世界で対峙した金色のヤマタノオロチの気配を感じて、戦慄した。
あの扉をこれ以上、開いては駄目だ。
『止めるのじゃー!』
アマテラスの悲鳴。
俺たちは顔を見合わせると、扉に向かって駆けだした。
扉の前に立つ黒崎たちの背中が見えてくる。
「させるか!」
俺は扉の前に立っている黒崎に向かって、咄嗟の判断で雷撃を放った。
閃光が炸裂する。
爆音と光が収まった後、傷ひとつない黒崎の姿が見えた。
しかし目的は達している。
開き始めていた「狭間の扉」はガタンと閉まった。
俺を振り向いた黒崎は不快そうな表情だ。
「なぜここが分かった」
「俺たちにも預言者が付いていてね」
少し距離を開けて、俺たちはにらみあった。
敵は黒崎を含め三人。
学生と思われる背の低い少年と、セーラー服の少女だ。
古風なセーラー服姿の少女が、甘い声音で手鏡に向かって問いかける。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番強くて頭も良くて幸運な美少女はどこのだあれ?」
『もちろん貴方です、矢代椿さま!』
鏡の悪魔は大げさなほど彼女に強く賛同した。
八代椿。
この間、夜鳥が倒した「Lv.602」の「吸血鬼の女王」で、黒崎につぐ強敵だ。
どうやら復活していたらしい。
「あいつ……!」
「彼女の相手は、私が」
夜鳥は険しい顔をしたが、シシアが夜鳥を制して一歩踏み出した。
シシアvs八代椿に決まったようだ。
残るは……
「本当は、美少女を人形に閉じ込めて愛でるのが僕の趣味なんだけど、君ら男ばっかでつまんないから、こいつらみたいにゾンビにしてあげるよ!」
緑色のパーカーを着た小柄な少年、三雲啓が宣言する。
三雲の周囲の空間が揺らいで、人影が三つ現れた。
不気味な沈黙を貫く三人。
その中に見覚えのある赤いジャケットを見つけて俺は驚愕した。
「あ、あの人、前に枢たんにやられた人にゃ!」
心菜が目を丸くする。
彼らは以前、心菜の弟くんを人質にとって脅迫してきた奴らだった。
しかし様子がおかしい。
目線はさ迷っているし、足元はフラフラしている。
よく見ると首筋に致命傷が。
「ゾンビになってる? うわ、趣味悪ぃ……」
真が呻いた。城山もゾッとした顔をしている。
「僕は殺した人間をゾンビにできるんだよ! 君たちも僕の人形になれ!」
三雲が哄笑する。
敵はゾンビを含めて六人になった。
六対六の総力戦だ。
ゾンビは一律Lv.200なので、敵は全員Lv.200以上で、対するこちらは俺とシシア以外Lv.100付近。圧倒的にレベルで負けている。
戦略を考える俺の隣で、真が歩み出た。
「枢っち、いちかばちか、一番厄介なやつを俺のスキルで片付けられないか、やってみる」
「真」
「ごめん。後は頼むな……いかさま!」
真は決死の表情で、黒崎を対象にレベルを入れ替えるスキル「いかさま」を発動した。
「愚かな」
しかし黒崎は涼しい表情だった。
瞬間移動して真の前に立った黒崎は、手にした黒い光の槍を、真の胸に貫通させる。
「真!!」
鮮血が空中に飛び散る。
俺は急いで真を受け止めて回復の魔法を使った。
一撃で致命傷だったらしく、真は気を失っている。
「仲間を気遣っている場合か? 近藤」
すぐそこに黒い光の槍を持った黒崎が立っている。
俺に向かって槍を振り下ろす黒崎。
「枢たんは、心菜が守る!!」
心菜が日本刀を抜いて、黒崎の前に割り込んだ。
そのまま激しい剣戟が始まる。
「ゾンビは俺に任せとけ!」
城山が気合いを発してゾンビに向かっていく。
三匹のゾンビ、およびゾンビを操っている三雲を一人で相手どるつもりらしい。
「援護する!」
夜鳥はナイフを手に、城山を援護しながら三雲の背後に回ろうと動き始めた。
「二つの世界の未来を、消させはしない!」
「美女は私だけで十分なのよ!」
弓矢を撃つシシア。
八代の足元から生まれた氷柱が矢をはじき、戦場を分断する。
「やばいな……」
俺は気を失っている真の前に立って「大地の脈動」という回復魔法を使う。これは俺の近くにいる味方に、時間経過による微量なHP/MP連続回復効果を与える魔法だ。同時に前線に立っている心菜と城山へは追加して、適宜HP回復の魔法を送る。
ひっきりなしに回復や補助の魔法を使っているせいで、俺は手一杯になった。
攻撃に参加する余裕がない。
しかしそれでも、味方のダメージが大きすぎて回復が追い付かない。
その上、こちらの攻撃力が向こうの防御を上回らないので、敵に与えるダメージも少ない。
このままでは倒せない、どころか全滅してしまう。
「俺の邪魔をしないと約束するなら、仲間は見逃してやってもいいぞ」
黒崎が俺に話しかけてくる。
心菜と激しく切り結んでいるというのに、話をする余裕があるのだ。
「決断するなら今の内だ。MPが尽きる前に、投降しろ」
この世界の俺は人間なのでHP/MPは有限である。
黒崎の言う通り、いつまでも回復魔法を使い続けられる訳ではない。
心菜たちを殺されてもLv.999の俺は生き残るだろう。
ベストなのは黒崎と取引して、心菜たちを逃がすことか?
――いや。
思い出せ。異世界でいくつもの窮地を乗り越えてきたことを。
こんなのはピンチの内に入らないだろう。
「黙れ。勝負はこれからだ」
俺は片腕を上げて、異世界から「神器」を召喚する。
アダマス王国の大聖堂に飾られている錫杖を。
神器・聖晶神の杖。
柄頭に菱形を組み合わせた装飾が付いた、白銀の長い杖だ。
アダマス王国の天才職人が建国祭にあわせ、神に捧げるため作り上げた最高傑作。聖なるクリスタルの逸話を彩る曰く付きの一品だ。
初めて触った神器はひんやりした感触がした。
この手に触れられるのを待ちわびていたように、杖から力が伝わってくる。
床に突いた杖の先が「カチン」と澄んだ音を響かせた。
「俺は、勝利をもたらすもの、だ」
呟きに呼応するように、杖の先に浮かぶ青い水晶が輝きを放つ。
視界に浮かび上がるポップアップメッセージ。
『称号【勝利をもたらすもの】の効果。<条件:聖晶神の杖の所持>が満たされたことによる、フィールド魔法【追い風の聖戦】が発動しました。味方に特殊効果が付与されます』