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144 逆恨み

「黒崎から余計なことをするなって、釘を刺されなかったか」

「ぎくっ……」

「やっぱりハナビの独断か」

 

 あの黒崎が俺の援護をあてにするはずがない。

 指摘するとハナビはひきつった顔になった。

 

「仕方ないのです! 永治さんのレベルが限界のLv.9999に達しても、黙示録獣を倒せないんですから!」

 

 倒すことに固執してはジリ貧だ。

 永遠に黙示録獣と睨みあうことになるだろう。

 それでも、負けずに押し止めることができる黒崎はすごいのだが。

 

「実際問題、この時代でクロノアを倒せば、全部解決だろ。でも俺は奴を避けてる。未来が変わって自分自身が消滅するのが怖いからだ」

 

 俺は考える人の態勢になった。

 ハナビは直立したまま、俺の話を聞いている。

 

「真、お前は大地を犠牲にすれば良いと言った。だけど別に大地が犠牲にならなくていいんだ。諸悪の根源クロノアを倒せばいい。俺たちの内の誰か一人が犠牲になればいい」

 

 真に水を向けると、奴は薄笑いを浮かべて抗弁した。

 

「いや、枢っちがいなくなったら、大地がいなくなるより損害が酷くね?」

「買い被ってくれるな。だけど俺がいなくなっても、誰かがうまく世界を回すだろ。世の中そういうもんだ。俺がいなくなっても、大地がいなくなっても、同じなんだよ」

 

 命の価値は平等だとか、道徳の授業みたいな話じゃない。

 ただ、俺たちがいなくても世界は回り続けるだろうという当たり前の話だ。

 

「……クロノアを倒しても、歴史を変えなければ枢さんたちが消滅する恐れはありません。要は、辻褄を合わせればいいのです」

 

 ハナビは黙って俺の話を聞いていたが、決然と顔を上げて発言した。

 

「倒した後、クロノアを偽物にすり替えてしまえばいい」

「!!!」

 

 むちゃくちゃ斬新なアイデアだが、そんなことが可能なのか。


「重要なのは、枢さんたちの存在の理由を守ることです。枢さんたちが未来から過去に来た理由、その一連の流れに変更が無ければ、枢さんたちの過去に矛盾が生じて存在が保てなくなる、ということは無いでしょう」

 

 自作自演しろってことか。

 考えこんでいると、床が揺れた。

 

「なんだ?」

「地震?」

 

 タンザナイトの地面が揺れている。

 外で住民たちの騒ぐ声がした。

 

「ダンジョンで大きなモンスターが暴れているような気配です」

「……」

 

 地震で机が揺れて工具が滑り落ちる。

 リーシャンが起きて「ほえっ?」と暢気な悲鳴を上げた。

 

「ダンジョンに行こう」

 

 俺は立ち上がり、上着を羽織る。

 ハナビが「私の話が途中です!」と主張したが「帰ったら続きを聞いてやる」と追い返した。仲間たちも引き締まった顔つきで武器を点検している。

 ダンジョンに徒歩で行くのは時間が掛かる。俺たちは中庭に出て転送魔法を使った。

 

 

 

 

 異変は、ダンジョンの底、狭間の扉の前で起きていた。

 分厚い金属の扉の中央に手のようなものが這い出し、向こう側からこじ開けようとしている。

 扉は音を立ててきしんでいた。

 奇妙なことに、扉を開けようとしているのは、白く細い女性の手のように見えた。

 

『……そこにいるのね、コンドウカナメ……!』

 

 執念がたっぷり練り込まれた、かすれた女の声。

 つい最近、聞いたことのある声だ。

 

「テナー?」

 

 災厄の谷底で、野原に佇んでいた白髪の少女を思いだし、俺は愕然と呟いた。

 

『お前はクロノアを殺した! 絶対に許さない! 過去にさかのぼって、お前を抹殺してやる……!』

「待て待て! 俺はまだ殺してない! 濡れ衣だってば!」

 

 未来の俺は、クロノアを殺したのか?

 あー、混乱する!

 扉の向こうからとんでもない力の気配が漏れ出している。

 これはヤバい。

 

「逆恨みも大概にするですよ!」

「心菜、待て!」

 

 心菜は刀を抜いて、扉に切りつけようとする。

 待て、時間移動するお前のスキルが間違って発動したらどうする!

 

「てやーーーっ!」

 

 恐れを知らない心菜の一撃は、扉からはみ出した彼女の白い手に命中した。

 

『ぎゃああああ!』

 

 絹を裂くような悲鳴が上がる。

 

『このままでは済まさない! お前たちを、道連れにしてやる……!』

 

 心菜の刀が刺さった箇所から、渦を巻いて暗雲が広がる。

 まるでブラックホールのように、暗雲はなにもかも飲み込んだ。

 

「心菜ーーっ!」

 

 俺は必死に手を伸ばしたが、その手が心菜に届く寸前に、のっぺりとした暗闇が二人をさえぎった。

 

 

 

 

 緑の匂いがする。

 湿気と植物の香り、冷たい空気の中で俺は目覚めた。

 見上げた先は、木漏れ日さす鬱蒼としげった森の天蓋がある。

 先が丸まったシダ植物が頬をくすぐっていた。

 

「ここはどこだ? 心菜は……?」

 

 俺は起き上がって、森の深さに呆然とする。

 大樹の幹は抱えきれないほど太く、空はあまりに遠い。

 見渡す限り森が続き、仲間の姿は無かった。

 

「こんな時はマップを……って、え?」

 

 ここがゲーム風異世界で良かった。

 マップ表示を確認しようとすると一瞬「アダマス王国」という表示が見えた。しかしその文字はぐにゃりと歪み、別の表記が現れる。

 

「太古の樹海、だって……?」

 

 マップの異変と現在地について考察を深める前に、森がざわめいた。

 突風が吹き、木々のむこうに青空が見えた。

 空から巨大なモンスターが急降下してくる。

 

 

 古代翼竜 Lv.4521

 

 

 俺はいつも通り鑑定した後、常にない危機感を覚えた。

 災厄の谷じゃあるまいし、こんなレベルのモンスターがうろうろしててたまるかっての。 

 

「待て待て待て! レベルがインフレし過ぎだろ! くそっ、聖晶神の杖よ!」

 

 本気で戦おうと杖を召喚しようとしたが、いつもと違い、手応えが無かった。

 

「あれ?」

 

 翼竜が俺に接近し、吠える。

 超音波のような振動が鼓膜にキーンと来た。

 咄嗟に耳をふさいでうずくまる。

 森を薙ぎ倒しドシンと着地した翼竜は、俺をのぞきこんで口を大きく開ける。いただきますってか?

 

「久しぶりに訳わからん状況で超ピンチだぜ……」

 

 とりあえず防御魔法を起動するか、得意な雷撃を撃ち込むか、考えているうちに、地面が大きく揺れた。

 背後の地面が隆起し、石柱が生える。

 大地を割って二体目のモンスターが現れた。

 

「増援かよ!」

  

 そのモンスターは背中に森を背負っていた。

 全身、黒曜石でできたような、黒い鋼の輝きをまとう巨大な竜だ。

 翼を持たず胴体が長い、東洋の龍のような趣がある。

 

 

 地の災厄 Lv.?????

 

 

 こんなところに災厄魔?!

 驚愕している俺は反応が遅れた。

 俺に向かって翼竜が炎のブレスを吐く。

 まずい、防御魔法を展開する前だった。

 

「?!」

 

 だが、炎は俺の目前で黒曜石の鱗に阻まれる。

 地の災厄魔が、足を伸ばし、俺を踏み越えたからだ。

 

「え?」

 

 翼竜は完全に俺に狙いを付けているようで、こちらをガン見している。

 地の災厄魔を押し退けて、噛みついてこようとしていた。

 しかし、地の災厄魔が体を動かして邪魔をするので、俺に接近できない。

 

「俺を守ってる? まさか……?」

 

 ありえない可能性だと、俺は首を横に振る。

 地の災厄魔は、ゆったりと首を伸ばし、俺に固執するあまり攻撃が単調になった翼竜をパクりとくわえた。

 そのまま噛み砕く。

 

「っつ……!」

 

 翼竜が……Lv.4521のモンスターが呆気なくバラバラになった。

 次は俺かと身構える中、地の災厄魔は妙にゆったりと俺を見下ろしてくる。そして動きを止めた。

 

『そう、構えるな……』

「……災厄魔がしゃべった?」

 

 俺は唖然とする。

 地の災厄魔はさらに驚くべき発言を投下する。

 

『守るのは当然だろう……そなたは我が子のようなものだからな』

 

 今度こそ、俺は完全に絶句して間抜けに災厄魔を見上げるばかりだった。

 

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