117 仲間のパワーアップ
タンザナイトの中央に空いた穴に、蓋をするように落ちた宇宙船。
その前で腕組みする俺に、夜鳥が食ってかかる。
「なんで止めたんだよ! あのまま粘れば勝てたかもしれないじゃないか!」
「装甲硬かったからなー。ギリギリだったと思うぞ」
「だったら!」
「リーダーとして、仲間が死ぬかもしれない戦いは続けられない」
俺が言い切ると、夜鳥は黙った。
確かに魔法を一点集中して、心菜や夜鳥の攻撃で突破するのも手ではあったが、それだとあまり余力が残らない計算だった。
負けられない戦いは慎重に。
それがクリスタルの体の千年間で学んだ教訓だった。
「くそっ」
夜鳥は地面に膝をついて、拳を地面に叩きつける。
故郷のタンザナイトの人々を皆殺しにされたのだから、憤りは分からないでもない。
「俺にもっと力があったら……!」
打ちひしがれる夜鳥にかける言葉が見つからず、黙ったまま立ち直るのを待っていると、空中から声がした。
『――大変なことになっているようじゃのう』
夜鳥の体が光って、頭上に小さな女の子の幻影が浮かぶ。
古風な十二単をまとい額に円鏡をつけた長い黒髪の少女。
「アマテラスさま」
それはしばらく姿を見せなかった地球は日本の守護神、アマテラスだった。
色々事情があって夜鳥に憑りついているのだ。
『佐々木が迷惑をかけたようで、すまぬ』
「まったくだよ。どうして陰険メガネにキャラチェンジしたんだ、あいつ」
『さて。地球にもいろいろあったようだの……』
アマテラスは、ばさりと金色の扇を広げた。
『しかし無抵抗の民を毒殺するなど、勇士の風上にも置けぬ振る舞い。見どころのある男かと思っていたが、心根が歪んでしもうたか。かくなる上は、あやつを選んだ妾も責任を取ろう――』
ぼんやりしている夜鳥の前に、アマテラスはふわりと浮かんだ。
『カナメら、不死者の"超越者"の称号には、レベル上限を1000以上とする効果がある。この称号を得るために必要な"もうひとりの自分との統合"とは、けして異世界の自分との統合だけを指すものではないのじゃ。具体的には、高位の霊体との融和を指す』
「アマテラスさま?」
『ヤトリよ。力が欲しくは、このアマテラスがやろう。不自由な体が継続してしまうが、それでも良ければの』
そうか。アマテラスと統合すれば、夜鳥もパワーアップする……?!
「不自由な体って……この昼は女性で夜は男の体のことか。もう直らないのかよ……ええいっ」
夜鳥は思い悩んだ表情を見せたが、覚悟を決めたように立ち上がった。
「これ以上、タンザナイトをめちゃくちゃにされるのを、何もできずに見ているなんて耐えられない! 体のことは一旦置いておいて、アマテラス、俺は強くなりたい!」
『よく言うた。それでこそ、妾の守護する日の本の男子よ』
アマテラスは微笑んで、様子を見ていた俺を振り返った。
『カナメよ。よく聞くがいい。次元の檻は壊され、破滅の獣は解き放たれた。もはや地球の滅びは避けようがない』
「は?! どういうことだ? 破滅の獣ってまさか黙示録獣のことか??」
『この地にも災厄が復活する兆しがある。しかし、恐れることはない。そなたの仲間たちは、さらなる力を手に入れることだろう。そして最後はカナメ……そなた、自分のスキルが沢山あるからといって、一番重要なやつを忘れるでないぞ?』
ちょっと待て、未来が天地照覧で見えているなら、もっと詳しく教えてくれよ。
中途半端な助言を残していくな!
『さらばじゃ。実体化して一年もなく短い日々であったが、妾を敬う日の本の民と共にあって幸福じゃった。願わくば、巌となりて苔のむすまで世界の続かんことを……』
神々しい光を残して、アマテラスの姿が消えうせる。
代わりに夜鳥の体が光に包まれた。
夜鳥 司 Lv.820 種族:神族 クラス:太陽神見習い
見習いって何?
「あああーっ?! なんだよこのクラス! どうして異世界に来てから変なことばっかり」
夜鳥は頭を抱えた。
小石を蹴飛ばして、心菜が唇を尖らせる。
「レベルが上がって良かったじゃないですか。心菜はまだ枢たんに追いつけないというのに」
夜鳥のレベルが上がったのは、アマテラスの分が加算されたからだろう。どういう計算で加算されたかは知らないが。
ちなみに心菜はLv.599だ。人間としては十分なレベルだが、これからの戦いでは心もとないな。
しかしアマテラスは、俺の仲間がパワーアップするようなことを言っていた。
もしかして心菜も……?
「どうしたんですか、枢たん」
「……心菜はそのままのレベルで十分だと思うぞ」
どうもレベルのインフレが半端ないからな。
俺のレベルを超えないでほしい。彼女が暴走した時に止められなくなる。
「23、24……用事は終わったーー? ツバキがカナメと話したいみたいだよー」
「リーシャン、連絡が来たのか」
俺の周囲をふらふら飛び回りながら、リーシャンが言った。
暇に飽かせて周回数をカウントしていたらしい。
「椿につないでくれ」
俺が頼むと、リーシャンはピタっと空中で止まって、枝分かれした角が生えた頭を振った。
角に着いた鈴がしゃりーんと鳴る。
『――近藤枢! 聞こえる?!』
椿の声が、リーシャンの角を通して聞こえてきた。
というか、角がスピーカーなのか……。
「どうしたんだ、椿? 大地は見つかったのか?」
どこに視線をやったらいいか分からず、とりあえずリーシャンの角を見て聞く。
めっちゃ話しにくい。
『――迷ったわ』
「は?」
『だから、ダンジョンで迷っちゃったの! ここはどこ? 今どこにいるのーーっ?!』
椿の泣き声がキーンと響いた。
何か起こったかと思ったら、迷子の報告かよ。