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9 ババア


 目の前に、婆さんが座り、話しかけてきた。2人だけが飯を食うのに、長机にする意味が分からない。暗殺対策なのか、権威を見せるためなのか。


「妾の名は、リリィ・アーハイムじゃ。我が異能の前では、どのような嘘もつけない。旅人よ、名前は?」


「ダストだ。なぜ、ここに呼んだ。」


 それなりに、離れているのに、声は、良く聞こえる。魔法が使われているのかもしれない。


「詳しい話は、食事をしながら、しようぞ。ところで、ダストよ、酒は飲めるのか?」


「あぁ、少しならな。」


 飲んだ事無いけど、適当に、そう答えた。プロニートに、お酒とか、そういう贅沢は許されなかった。だけど、30才だし、飲めるとは思う。

 しかし、俺の回答がお気に召さなかったのか、ババアの空気が変わる。さっそく嘘を見抜かれたらしい。


「飲めない。飲んだ事がない。どちらじゃ?」


「参ったよ、飲んだ事が無いんだ。」


 今の会話で分かった事がある。このババアは相当に、自分の異能を使い慣れている。30才の男を前にしてお酒未経験なんて発想は、普通は出て来ないから、飲めないと、早合点をすると思っていた。

 やり辛いババアだ。俺にも話せない事がある。迂闊に答えて死より怖いモルモットルートだけは避けなければいけないからな。

 気を引き締めていく必要がある。油断、即ち、死だ。最悪、黙って、情報は小出しにする。


「では、一杯だけにしておけ、酒は良いものじゃ。」


 美味そうな前菜と、ワインが運ばれてきた。お酒を飲んだ事は無いが、機会が無かっただけで、興味が無いわけではない。

 舐められては情報戦に負けるので、余裕な顔で飲み干してやろう。飲んだ事は無いが、何、一杯如き、問題ないだろう。

 味は、未知の味だった。渋いようで美味いような気もする。大人の味だ。へへへー。


 ダストは、酔った。


 それは、もうベロンベロンに。

 始めて飲むお酒は、そんなものだ。気を引き締めると決意して20秒後、お酒の力で、ぺらぺらと喋り出す。は?何でも聞いてくれよ、ババア。


 だんだん会話も加速してきた。すると、ババアが物騒な事を聞いてきた。


「ダストよ、妾を殺そうと思えば殺せるか?またその方法は?」


「ババア。舐めて貰っちゃ困る。瞬殺だぜ、このステーキナイフで、グッサリさ。でも、そんな事はしないから、命を大事にしなよ。」


 俺とババアとのフレンドリーな関係を嫉妬したのかイケオジ執事が、青筋をたてて、サーベルを向けてくるが、お酒で無敵モードなので、じぇんじぇん怖くない。

 むしろ、料理の脂で汚れたステーキナイフで、キンキンとそのサーベルの刃先を叩いて汚し、挑発してやった。


「妾の執事をおちょくるでない。これを見ても、その答えは変わらんのじゃな?」


 ご機嫌斜めなババアが、魔法を使ったのか知らないけど、ステーキナイフをグニャグニャに曲げて投げてきた。

 ゴツっと、テーブル中央に、着地したナイフの前衛オブジェ。


「変わるに決まってんだろ!俺の弱さ舐めんなよ。」


 汚したサーベルの刃先を綺麗にしようと、ナプキンで拭いて、脂をひろげたら、嫌な顔をされた。全く、どーして欲しいんだよ。



 デザートが出てきた頃、ババアの誘導により、アッサリと転移者だと突き止められると、ダストにとっては、禁断の質問をされた。

 パンドラの匣。闇を閉じ込め続けた開けてはいけない匣が開かれる。


「前の世界には、恋人を残して来たのか?それと、どんな暮らしをしておったのじゃ。未練は無いか。」


「恋人?いねーよ。嫁は100人以上いた。でも、全員、奥ゆかしいからさ、画面から出てこねーの。10年以上、家から出てない。ボトラーって分かる?俺は、エコだから2リットルを使うんだ。毎日、死にたいって思ってた。でも死ねないんだよねー。」


 つらつらと心の内を話すダスト。長年の鬱積していたヘドロのような感情が、清らかな涙となり、大河のように流れ出す。

 ババアは、そんな俺のつまらない。いや、耳を塞ぎたくなるような話を真剣に聞いてくれた。


「辛かったのじゃな。お主は、頑張った。本当に、よう耐えた。世間など知らん、妾が、お主を認める。飛び方を知らぬなら、教えてやろう。ふん、心配そうな顔をするな。お主は本当は飛べるのじゃ。妾を信じるが良い。何度、失敗してもええ。望むなら、妾が、庇護してやる。」


 はぁ。マジで、婆さんじゃなかったら、落ちてた。心の奥底が熱い。燃えたぎるように、熱い。

 だから、これはリップサービスだ。


「ありがとうな、リリィ。あんた、いい女だぜ。」



 そのままババアの館に、宿泊した。なぜか対応が優しくなった執事に案内され、千鳥足で付いていく。与えられた部屋で、胎児のように眠りにつく。


 添い寝してくれた小石ちゃんが、泣きつかれた俺を、撫でる手は、ひんやりとした石のようで、心地良かった。



 その日は、悪夢を見なかった。ーー実に10年ぶりに。

 


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