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7 フラン ドール


 この異世界で、最初に女体化した人間、フランツ。彼、いや既に彼女だが、不思議な事に、己の置かれた状況を、ふんわりと、理解し初めていた。

 フランツの美少女化を、なんとは無しに目撃した村人達よりも、自分の身体に起きた変化をいち早く、彼女は正確に自覚していた。


 自分の守る村に、フラリと現れたこの辺りでは見かけない風貌をした旅人ダストに、握手をした瞬間。彼女は、今までの常識を、己の身体を、書き換えられたのが分かった。

 爽やかな性格は、シンプルに状況判断する。どうやら、「女にされた」ようだ、以上。なってしまったものは、仕方が無いと受け入れる。

 日々の筋トレで、鍛え上げた筋張った筋肉、細くても力強い男の骨格、そういうモノは、既に無い。変わりに生まれた、繊細な花のような肉体と、こんこんと湧き上がる清らかな生命力を身体の芯から感じる。女になった事で、視線も少しだけ低くなった。


「僕、もしかして、女になった?」


「ご、ごめん。」


 フランツの心の中から滑るように流れ出た疑問を、ダストは申し訳なさそうに肯定した。彼女は、変声期が来ていない濁りの無い自分の声に驚く。


 フランツ、いや、僕はもうフランだ。そう認識すると、すっとなにかが腑に落ちた。


 だけど全然、情報が足りていない。彷徨う意識が、未だ握りしめている握手に向かうと、ダストの男らしいゴツゴツした手を感じてドキドキした。え、今、僕は何を考えた?


「ひゃっ!」


「ご、ごめん。」


 フランは、慌てて手を離す。僕は何を考えてるんだ。ドキドキと高鳴る心音を抑えながら、怪しい旅人ダストに、向けていた好感と僅かな警戒が、違うベクトルの好意と興味に変わっているのを感じて戸惑う。


 駄目だ、僕には妻がいるんだ。指輪を見て思いだせ!

 左手を見ると、見慣れた剣ダコのあった男らしい手では無く、すべすべとした細い綺麗な自分の手がある。

 そして、その白魚のように細くなった薬指から、サイズの合わなくなった婚約指輪が、するりと抜け落ちた。

 彼女を縛っていた責任が、いとも簡単に、溢れ落ちるように外れる。


 あはっ、もう駄目だ。・・僕。




 そんなフランの心境の変化を知らないダストは、危機的状況に追い詰められ焦りを感じていた。くっそー、あの耄碌神め、変な異能を渡しやがって。村の自警団という主要人物を、衆人環視の中、村の中央広場で、女体化した今、


 今後の展開が全く読めない。


 死刑が待っているのか、人体実験に利用されるのか、うやむやで無罪になるのか。


 直ぐに遁走すれば、良かったが、握手し続けていたため、機を逸した。しかし、爽やかに美しい大人びた美少女の手を振り払い逃げだす事など出来なかった。

 何にせよ、ダストの命運は、目の前の、小さなバッグから手鏡を取り出し自分の顔を、恥ずかしそうに確認しだした美少女に、掛かっている。おい、適応早すぎだろ、元イケメンさんよ。



 ざわつく村人達に、2人は囲まれていたが、ついに、


「おい!フランツを何処にやったんだぼ。」


 村人の1人が、不可思議な状況に、耐えられなくなって叫ぶ。おそらく、この朴訥そうな顔の青年はフランツの友人なのだろう。


 答えに窮して黙り込むダストに変わって答えたのは、御本人様。


「バルバレ、僕がフランツだ。いや、もうフランかな。」


「はぁ??ふざけんなぼ、女。雰囲気は似ているが、貴様は完全に女だぼ。」


「さすが、バルバレだね。女研究の第一人者。そう、僕は女になってしまった。だから、共用のエロ本は、もう使わないから、全て君にあげるよ。」


 ざわりっと、非難の目を浴びるモテなさそうな青年バルバレ。とんだ、とばっちりである。

 しかし、友情に厚い漢バルバレは、何処かに消えた友人を探すため、怯まずさらに死地へと踏み込む。


「女、フランツだと言い張るなら証明しろぼ。」


 真剣なバルバレの叫びに、フランは哀しそうに微笑み応える。


「君の覚悟は分かったよ、バルバレ。僕は君の親友だ。だからこそ、あえて言わせて貰う。ミーシャさんに、下着を返すんだ。」


「ぼぼ、黙るぼ。それはオラとフランツしか知らない事なのだぼ。」


 クリティカルな回答。フランツは、2人だけの男同士の秘密を明かし、バルバレとの友情と犯罪を証明した。


 犠牲の犠牲となった勇者バルバレの活躍により、《女体化》という奇跡が、ようやく愚昧な村人達の間にも、じわじわと認知される空気が漂い始めた。


 この後、バルバレは、社会的に死ぬ事となり、朴訥な青年から、気持ち悪い犯罪者にクラスチェンジするが、この物語とは関係が無いので流す。


 女体化より20分ぐらい経過した時だろうか、目の前の奇跡に戸惑い、なかなか次の行動が決まらない愚昧な村人達の輪が動く。

 村人達の輪の中から、必死にかき分けるように、焦燥に駆られた薬指の指輪が光る若い1人の女性が出てきた。どこかの令嬢だろうか、お嬢様の雰囲気がある。


「フランツ、フランツは何処?消えたっていうのは、どういう意味なの?」


「やぁ、ドール。」


 焦燥している元妻、ドールに、片手を上げて挨拶する爽やかな少女フラン。


「誰、貴女?フランツに似てるけど、フランツには妹なんていなかったはず・・・ねぇ貴女、私の夫のフランツを知りませんか?」


 焦燥した元妻の問いに、苦い顔して、フランは、何か小さな固い金属を、握り込ませるように渡して、残酷な言葉で返した。


「落ち着いて聞いて。フランツは、帰らない旅に出た。彼の最後の言葉は『ドール、愛していた。』と。」


 ドールは、嫌な予感がしながらも、恐る恐る震える手を開き、渡された物を確認すると、そこにあったのは冷たい金属の輪。見間違える事のない彼女が大切な人に贈った物。


 フランツとの結婚指輪があった。



「い、いやぁぁぁあ!!嘘よ、嘘と言って。フランツ、私を1人にしないで。」


 絶叫し、崩れ落ちる元妻を、爽やかに抱きしめる元夫フラン。

 泣き喚く少し可愛いお嬢様を、スラリとした美少女が抱きしめる。非常に眼福な光景が広がる。



 そして、うやむやのまま迷宮入りかと思われた今回の騒動だが、名探偵が生まれた事により、風向きは戻る。どうやら、まだピンチを脱していない。


「ん?」


 女の勘は、時に理不尽な程に正確に真相に迫るのだが、つまり、そういう事だ。

 ドールが、この抱き方、覚えがある?と気付くと、泣き喚いていた涙が、ピタリと止まっていた。真顔で、フランの方を見つめ、問正す。


「そういえば、貴女のお名前を聞いておりませんでしたね。」


「僕は、フラン。始めまして。」


 引きつりながら、言い逃れしようとした最低な元夫を、お嬢様探偵ドールは追い詰める。


「そういえば、夫の一人称は、僕でした。それに、フランツ、フラン。似ているとは思いませんか?」


「ぐ、偶然。それに、ほら胸もあるし。」


 目を反らしながら、答えるが、犯人は決定的なミスを犯す。もちろん、探偵は、それを見逃さない。


「男の癖が、抜けていませんよ、フランツ。女は、嘘をつく時、目を反らしません。」


 ビシぃ!と鼻先に指を突きつける。


「ぐっ。」


 犯人確保!


 しかし、探偵ドールは、まだ俯かない。真犯人がまだ残っているからだ。涙は、既に乾いた。

 ギリッ!とダストを睨む。


 女の勘が告げる。この見た目が怪しい男が、夫フランツを害した犯人に違いない。完全に正解ではあるが、そこに理論は無い。


「私の夫を女にした覚悟は、よろしくて?」


「ま、待て。悪気は無かった。」


 ドールは、ダストから自白を入手し、裁定を下す。それ即ち、有罪。

 探偵から裁判長に、そして執行人となった彼女は、村人達に混ざり、高みの見物をしていた冒険者を目敏く見つけて近づき、腰にさしていた鞘から剣を抜き放ち、奪う。


「お借りします。見物料です。」


「お、おい待てよ。いや、なんでも無い。いいから、気にしないでくれ。」


 白粉が流れる乾いた涙の跡がある彼女の鬼気迫る表情に、飲み込まれ、冒険者はアッサリと引いた。冒険者は後に語る、ハイオーガより怖かったと。


 もはや、執行官を止める者は、誰もいない。

 ギランと抜き放たれた剣が、ブタであるダストを屠殺しようと凶悪な光を放った。



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