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50 化身


 悲しみに囚われたダストの気持ちが、少し落ち着いた頃、お通夜な空気にそぐわない、場違いな乾いた拍手が、響いた。


 パチパチパチ


 まるで称賛するかのような不愉快な拍手の方向をダストが振り向くと、顔見知りの男が立っていた。

 下山したはずの身長より高い重そうな荷物を背負った、脚のふくらはぎが異様に発達した僧侶。


「失礼。(イタダキ)に、到達した貴殿を認めよう。此度の祈りは、山神アルファへと届いた。その怠惰な肉体で、到達するとは、人族は、誠に面白い。」


「何の用だ?あんたも人間だろ、神にでもなったつもりか。」


「拙僧は、天国に至る階段(ヘブンズステップ)、山神アルファの眷族、人ならざる者である。ゆえに、神に近い存在であり、貴殿の指摘は概ね正しい。此度は、化身になり貴殿を試させて頂いた。」


 そういうと、僧侶の体が消え、別の場所に現れたり、フェンリルや、ウッドマンに変化したりと、姿を変えた。


 僧侶の姿に戻り、化身は続ける。


「不快なる混沌神の穢れを宿し、人の子よ。何を想い、頂へと辿りついた。望むなら、その穢れを払ってやってもいいぞ。」


「この穢れは、俺の半身だ。何も思う所は、ねぇよ。女の子のお願いを聞いたにすぎない。」


 ダストの反論に、ピクリと僧侶の眉が動き、思案し、結論づける。


「女、惚れた女か?つまり、恋愛の感情であるか。」


「僧侶さんよ、あんたは、神さまなのかもしれないな。人間の心なんて、まるで理解出来てない。そんな感情じゃねーよ。」


 苛立つダストに、僧侶は、不思議そうに問いかける。


「何を苛立っている?」


「見てたんだろ?言わなきゃ分かんねーのかな。もう、会えないんだ。」


 僧侶は、驚いた顔して、笑う。


「会えない?くくく、失礼。もう一度会いたいか。人族とは誠に不思議、絶望する事でもなかろうに。あい、分かった。」


「は?何が。」


 僧侶は、ダストには理解不能な事を述べた後、腕を目の前で合わせて、気を昂らせていく。ジワリと、体から滲む黒い陰。


「拙僧は、山神アルファの眷族。全ての樹は、山神アルファに連なる者である。貴殿の此度の祈りに報い、願う者に、会わせてやろうぞ。」


「なんだ、何をする気だ!?」


 僧侶がパンッ!と手を叩くと、黒い陰に呑みこまれ、人影となり、膨れ上がる。

 やがて、それは木の形となり、巨大な一本の木で安定し、黒い陰が消えてゆくと、生々しい木肌が見えてきた。


 唐突に、現れた実体のある木。


 林檎がなっているのを見るに、林檎の木なのかもしれないが、なんの説明もなく、急展開に起きた怪奇現象に、ついていけない。


 ザワザワと、枝葉がざわめいたかと思うと、一本の枝が、手のひらに、ポトリと落ちてきた。


『林檎の枝』を獲得した。



「何なんだよ。これは、いったい。」


 答えるかのように木が振動した。

 暖かい波動を感じる。

 しかし、何かを語りかけてるようだが、まるで分からないまま、ぼーぜんと時が過ぎた。


 やがて、時間は切れ、一迅の風が吹き抜ける、枝葉がざわめき、若葉が舞う、その飛んできた若葉で遮られ一瞬、視界を奪われる。

 風が止み、視力が回復した時、巨木は、林檎の果実の芳香だけを残して跡形もなく消えていた。


「なんだったんだ、夢だったのか?いや、違う。」


 月の光りに照らされた、のっぺりとした溶岩のような足元に、木の葉が残っている。

 固く植物の育たぬ土地に、存在しないはずの木の葉がある。


 やはり、先程まで、そこに存在していた。

 疑えない証拠が、その手にある。


「俺は、再会できた…のか?この枝は、いったい?」


 よく分からないまま、ダストは、アイテムボックスに、林檎の枝を、収納した。




 再び、ゆらりと、僧侶が現れた。


「貴殿。山の良さが分かったか?また、ここまで、自分の足で登って来るが良い。」


「いや、もういいかな。」


 ダストは、思う。目の前の山の眷族とは、価値観が違いすぎて、会話をするのが無駄であると。


「ふむ、そうか。次の頂を落とすのだな。失礼、貴殿は、山の知識がないようなので、忠告致すが、下山こそ肝要。命を落とす者は多いので、心せよ。また、寺院に寄り、登頂の証を受け取るが良い。必ずや、称賛されるであろう。」


「いらない、誰かに認められたくて、登ったんじゃねぇんだ。ハクレン、お前の力が必要だ、後は任せるぞ。」


「了解っす。」


 もう、足は限界だ。

 山登りがしたかった訳ではなく、リンゴのお願いを聞いただけで、山登りは手段にすぎなかった。

 だから、もうここに用はないとばかりに、最速の乙女ハクレンの背に乗る。


「なっ、下山も含めて登山だというのに。山の山の素晴らしさを。」


「あばよっ。行けっ、ハクレン。」


 ハクレンは、ダストに任せられて、嬉しそうに走り出す。

 朝日が、登り始めた、天に至る階段の手摺りの上を、滑り落ちるように、彼女は、駆け下りる。

 あっという間に、天に至る階段の拘束を、置き去りにして、猫屋敷へと帰還した。


「朝帰りっすね、御主人様。」


「意味、分かってないだろ?」


 にへらっと笑うハクレンの頭を、わしゃわしゃと撫でたら、乙女の汗の匂いがして、思わずドキドキした。



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