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47 林檎3


 ハクレンに案内された場所は、石の壁だった。よく見ると階段のようだが、まさか?

 ははっ、マジかよ。頂上を見ようとすると、ひっくり返りそうになるほどに、急な階段が、そこにあった。



天国に至る階段(ヘブンズステップ)


「すげー階段だな。」


 あっ、無理。となる階段だった。

 頂上というかゴールが見えないのだ。錆びついた手摺りと面白味の無い石畳が延々と続き、言えるのは、やべぇって事だけ。


 こんなガチなヤツでは無くて、高い建物で良かったのに、活躍したいハクレンのお勧めで、とんでも無い所に連れてこられた。


 リンゴが登りたいとか言ったら、どーするんだよ。


「しかも、この階段は、僧侶の己を鍛えたいという信仰が注がれていて、沈み込むっす。もう、これは、うちの出番なのでは?」


 さらに、嫌な情報が追加され、入口で心を折られて立ち止まるダストに、声を掛ける者がいた。


「失礼。貴殿も挑まれるのか?山神アルファの加護があらん事を。では、お先に。」


 脚のふくらはぎが異様に発達した僧侶が、身長より高い重そうな荷物を背負い、ずんずんと階段を登っていった。

 呆気に取られて見送っていると、ある程度、登ると、ズリズリと、エスカレーターの反対側から登ってしまったかのように石畳の階段が下がっていくのを目撃し、眉間にシワがよる。マジかよ。


 ふんすっと胸を張り、出番っすよね?と、ちらちらと、こちらを見るハクレン。

 

 だが、ダストは、階段を見るだけで、心が折れていた。いつもなら、すでに帰っているだろう彼は、今日は、リンゴを説得して帰るつもりだ。それくらいの違いしかない。

 そんな豚野郎ダストは、知る由もないが、今日は、帰れない事となる。


「今からだと遅いし、明日にするかあ?そうだ、美味しいお弁当を持って、明日、出直そう。何か好きな物はあるか?楽しみだなー、明日っ。」


「リンゴは。明日は、、行けない。」


 そんな汚い大人のダストの提案に、返ってきたのは、意外にも明確な拒絶だった。


「何でだ?明日は、逃げない。金持ちも貧乏人も、平等に、明日は来るから。」


「明日なんて、リンゴには、ないの。」


 晴れているのに、ポタポタと、急に、雨が頭に降ってきた。生暖かい雨。それは、リンゴの涙だった。


 そして、続く言葉は、知りたくもない、現実を教えてくれた。


「明日はっ、行けない。・・だって、リンゴの命は、明日までは、保たないの。」


「は??どういう意味だ。生まれたばかりだろ?」


 ダストには鑑定能力が無い、だから、知らなかった、彼女の寿命が1日だという事を。だから、帰りたいあまり、心無い事を言ってしまった。


「おにーさんに、人にしてもらったけど、これは、仮初の身体だから、今も、どんどん燃えているの。やがて、燃え尽きる。たぶん。朝日は、見られない。」


「は、嘘だよな?」 



「・・・。」


 沈黙は、肯定。

 それは、変えられない確定した未来を告げる。現実を捻じ曲げた不安定な存在が、在るべき姿に戻るだけ。


「マジかよ。糞みたいな話だな。」


 聞きたくなかった。すでに、娘のように、感情移入しつつある自分がいる。


「今日は、もう無理…かな?」


「出来らぁ!リンゴ。景色が見たいか?頂上で下界を眺めたいか!」


 気付けば、何故か怒ってた。残酷な現実と、無力な自分に、無性にハラがたった。


「う、うん。」


「分かった。俺が、絶対に、見せてやるから。一緒に見るぞ。」


 顔に傷を持つ(スカーフェイス)のダストは、ニヒルに笑う。絶大なる信頼の眼差しで、幼女リンゴは、ダストの頭を抱きしめた。


「ありがとう。おにーさんっ。大好き。」



 豚野郎は登り始めた。

 無謀にも、天国に至る階段へと。



 ボタリ、ボタリと重い汗が落ちる。


 身体の何処からか、油が漏れているのだろうか、そんな錯覚をする汗。


 よく分からない怒りをガソリンに変化させ、燃費の悪い鈍重な体を、動かす。


 想いとは、裏腹に、運動不足な体は、付いてこないようで、しだいに、意識とのズレが大きくなる。


 そんな足元が、ふらつき出したダストを見兼ねて、ハクレンが、進言してきた。


「御主人様、うちが、2人を背負って登るっす。」


 ふるふると、首を振り、その有り難い申し出を拒否するダスト。


 あぁ、非合理的なのは分かってるさ、ハクレンなら、直ぐに到着するし、酒場で余裕を持って、皆とお別れも出来る。

 汗も、かかないし、ハッピーだ。



 だけど、違う。


 それは、違う。


 最後なんだろ?思い残す事があっては駄目だ。俺はこの子と約束をした。


 だから、俺が、連れて行く。


 男を見せろや!


 ただ、ただ無心に、登る。登る。登る。


 


 しかしながら、刻々と、太陽は沈み始めていた。朱色になれば、あっという間に夜の帳が訪れる。


 そうなっては、景色はもう見えない。


 痛むヒザ、足裏。速度が出ない。


 そんな折、無駄に荷物を持った僧侶が降りてきて、すれ違う。


「失礼。貴殿、そろそろ暗くなるので、早めに下山するが良かろう。」


 僧侶の言葉は優しいナイフだった。

 まるで、「君は、いつまで夢を見ているんだい?いい加減、大人になりなよ。」と、路上ライブから抜け出せれなかった売れないミュージシャンのように、挑戦権は消失した。


 景色は、闇に沈んでいく。


「もぅ、いいよ。ありがとう、おにーさん。登っても、暗くて見えなくなったし。頑張ってくれて、リンゴは嬉しかった。」


 優しい言葉。

 だが、ダストは諦めない。


 ここで諦めるようなら、最初っから、意地なんて張ってないんだと。


「はっ、舐めて貰っちゃ困る。諦めていいのか?もう、燃え尽きてしまったのか?目の前には、奇蹟を起こす男がいるというのに、そんな最後で本当に、良いのか?ガキが、大人ぶるなよ。分かったふりして、我慢するな。我儘言うのが、お前の仕事だろ!願いなんてものは、シンプルだ。欲望のまま願え、リンゴ、お前は、何がしたいんだ。」



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