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16 馬車


 ダストの右手の奇蹟の異能により、白馬が獣人へと進化を遂げた。それを見ていたロリババアが腰を抜かす。


「う、馬が人間になったのじゃ。」


 やれやれ、だぜ。まぁ、乗物は無くなったが、仲間が増えた事を歓迎すべきか。後悔していた気持ちを切り替える。


「リリィよ、俺の異能の前では、常識なぞ置き去りにされる。あぁっと、こちらこそ、よろしく、ハクレン。」


 背の高いハクレンの差し出してきた綺麗な白い手を、ぶにぶにした醜いオークのような手で握るダスト。


「それで、御主人様、何処に行くっすか?」


「いや、まだ決めてなくてな。」


 まだ、そこまでは決めていない。まずは乗物を探しに来ただけだ。振り出しに戻った感はあるがと、思案するリーダーのダストに、参謀であるリリィが、案を出す。


「王都にでも行ってみたらどうじゃ?足がつくから、使いたく無かったが、乗合馬車を手配しようぞ。」


「あぁ、助かる。」


 ほぅ、王都か。ワクワクする響きだ。それに、馬車の旅も興味があると、今後の方向性が、定まったように見えたのだが、それに不満顔をしたハクレンに気付く。


「どうした、ハクレン?王都は嫌か。」


「違うっす。王都印の人参は、大好物っす。そこじゃなくて、なんで馬車なんすか?うちが、いるじゃ無いっすか!駄馬なんかに負けないっす。」


 ふふん、と鼻息の荒い美少女。どうやら、元、白馬のプライドが許さないらしい。しかし、既に奇蹟は起きた。忘れているようだが、現実から目を背けては、いけない。


「ハクレン、いいか。落ち着いてくんだ。君は、もう白馬じゃない、人間なんだ。」


!!


「そ、そうだったっす。いや、大丈夫、大丈夫なんす。早く乗るっすよ、御主人様。」


 しゃがんで、背中を見せて、まるで、おんぶしてやるから、乗ってこいといったポーズで待機するハクレン。


 可哀想で見ていられない。ダストは、困惑した顔で、リリィとアイコンタクト。

 これに同意を示していたリリィだが、速攻で裏切る。光の速さで。ニヤリと悪戯を思い付いたリリィは、


「これ、女を待たせるでない。早く乗ってやるのじゃダストよ。」


 ひっひっひ、と笑うロリババアの前で、ダストは、しぶしぶ、ハクレンに背負われる。


 ダストが、細くしなやかな背中に抱きつくと、ぶにぶにした足を、細い手でホールドされて、すっと、ハクレンが立ち上がった。

 視界が、ぎゅんと高くなった。揺れるポニーテールからは、このまま抱きついていたいような良い香りがし、落ち着く。


 そのまま、ハクレンは、なんと信じられない事に、軽い足取りで、豚のダストを背負ったまま、ひょいひょいと厩舎の中を軽快に歩いたのだった。


「思ったよりも、大丈夫っす。」



 えっ…マジかぁ。


 ダストとリリィの気持ちは、余裕な顔をして歩く獣人ハクレンの前で一つになった。



「では、王都に行ってくる。」


 馬に跨り、キリリと宣言するダストの姿は、まるでナポレオンのよう。


 その愛馬が、美少女でなければ、絵になっていたかもしれない。スラリとした背の高い美少女に襲いかかるオークというのが、正しい印象だ。


 しゅたた、と軽快に、ダストを背負った美少女は、走りだす。

 館を出て、すぐに、血走った目の完全武装したご令嬢とすれ違うが、あっという間に視界から振り切った。

 絶体絶命のピンチから、脱出。


 獣人ハクレンは、トントンと、軽いリズムで、大地を蹴るように疾走する。

 そう、驚くべき事に、ほとんど揺れないのだ。トップランナーが、ネックレスをしたまま走れるように、ハクレンも上半身がブレない。


 風が気持ちいい。


 流れるように、消え去る風景。


 これが、人馬一体。彼女の見ている風景。溶け込むように、ダストと、ハクレンは、一つになる。


 どのくらい走っただろうか、王都までは、まだまだ遠いのだが、それでも驚異的な距離を走った時に、彼女に異変が起きた。


「だ、駄目っす。」


 急に立ち止まるハクレンは、ダストをそっと、背中から降ろした。


「ど、どうした?ハクレン。」




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